116 王城に帰すまで
「ついに四災将の存在を打ち明けるのですね」
「ええ、今が潮時と陛下は判断されたようですな。俺ら兵士は勇者様方が推定四天王に襲撃を受けたって時点からそれを知らされてるんで今更のことではありますがね、さすがに一般市民は驚くでしょうよ。それだけに伝えるタイミングには慎重になってたんでしょうが──」
「それは、コマレたちが全ての試練をクリアしたから?」
おそらく、と蓮っ葉な門番さんが頷く。
ふむむ、なるほど? つまりアレだ、魔族がかつてないほど活発に動いているけど、対する勇者も負けていないんだぞって示すためにこのタイミングまで四災将に関しての周知は行わなかったと。そういう意味、でいいんだよね?
魔王が復活してから力を完全に取り戻すまでの期間、通称「百日の猶予」が過ぎるのを待たずにこうも四災将クラスが攻め込んできているとなったらそりゃあ、国民からすると怖いったらありゃしないよね。
幸い、なのかはわからないけど今のところ四災将が街とか住民に被害を出した例はないけどさ。スタンギルはエルフタウンを一点集中で攻め落とすための準備をしていたところだったし、ロードリウスは徹底した勇者狙い……もっと言うなら「スタンギルに勝った勇者」狙いだったからか、他のことには見向きもせずに私たちを待ち伏せていたみたいだし。良くも悪くも目的が定まっていたために無用な破壊活動には勤しんでなかった。
なので四災将が暴れてます、なんて言っても実感としてピンとくる人はいないはずなんだけど、まあ情報だけでも怖いものは怖いよね。魔族にばかり好き勝手されてるかと思うと今回の魔王期は大丈夫なのかって不安にもならぁな。だからそこで私たち勇者も猛スピードで試練の旅路を終えましたっていうプラスの情報も付け加えることで、人類側だって負けちゃいないんだぞってアピールするわけだ。
実際、スタンギルにもロードリウスにも私たちは勝っているしね。四災将の半分をもう倒しているってのは相当にデカい吉報だと思う。残すところの強敵は四災将の残り二人と魔王だけ。だけ、なんて言っても軽く倒せる相手じゃないから大変なんだけども、まあ戦績だけで言うなら私たちは快調もいいとこだ。これまでの勇者の中でもダントツの速度感で魔族を攻略していってるんだから少しは胸を張ってもいいだろう。
そう内心で密かに自慢に思っていると、門番さんが思い出したように。
「そういや魔王……らしき魔族とも交戦したって聞いてるんですが、そりゃ本当なんですかい?」
急な質問にちょっときょとんとした私たちだけど、事実に違いないので肯定を返せば、門番さんは苦笑いめいた表情になりながら続けて言った。
「おお、マジに魔王が国内をうろついてやがんのか……いやすんません、情報の共有はしていてもどうしても信じられなかったもんですから。俺から言うまでもないことでしょうが、魔王の件はまだしばらくは国民に知らされないはずなんで勇者様方も話す相手を選んでくださると幸いでさぁ。国兵か役人、あとは儀巡で回るとこのトップくらいですかね、もう知ってるのは」
「わかりました、その方たち以外にはうっかり打ち明けないように気を付けますね」
本当は今あげられた面子に加えて、大陸魔法陣の要点に選ばれているロウジアみたいなところの長を務めている人たちにも魔王その人が直々に秘密を暴きに来たってことは知らされているはずだけど(托生紋が要点の人員を結んでもいるしね)、門番さんはそれを存じていないっぽい。
それだけ大陸魔法陣はトップシークレット。魔王や四災将の出没についてちゃんと教えられている兵士でさえも関知も関与もできない、まさに連合国の要と言えるものだってことだ。魔王と交戦したこと以上に私たちが漏らしちゃいけないのはこっちのほうだよね。もちろん、こればっかりはそこまで口が堅いほうじゃない私でも絶対に漏らすまいと心に誓っている。それこそ口が裂けようともね。
永続楔化の罠や、それを最大化させている托生紋っていう、要点を預かる人たちの凄絶な覚悟を目の当たりにしたからには私だってそれくらいの気合を入れて秘密を守ろうっていう気にもなるってものだ。
一番いいのは、そんな秘密を守らなくてもいいようにすること──つまりは魔王を本当の意味で倒して未来永劫に魔王期を終わらせること、なんだけど。果たして私たちにそれができるだろうか? エルフタウンの長老ルールスさんは初代勇者が去り際に言い残したという予言めいた言葉になぞらえて、前代未聞である複数人勇者である私たちに多大な期待を寄せているようだったけど……むーん。
ま、なるようになるだけ。やれるだけをやるだけだね。結局はさ。
「お伝えすることは以上でさぁ。どうぞお気をつけて!」
通行の手続き(と言うほどのことはしてないんだけどね、王様印の印書もあるし顔ももう知れ渡っているから)を終えて街を出る。ここから次の街までの街道では特に注意事項もないようだった。トロールのときみたいに直近で何事かあればちゃんと警告してもらえるのはいいことだよね。危険がなくなるまで待ったり、ルートを変えたり国兵やギルド員に同行を依頼したりもできるんだから。
無論のこと私たちは勇者であるからして、そのどれも選ばないけどね。危険があろうが強行一択だ。何が待ち構えていたって実力で排除するのみ。それくらいできなきゃ魔族との戦争に勝つなんてとてもとても。
とカッコつけてみるけど、時と場合によっては普通の魔物相手でも逃走や迂回をすることもあるとバーミンちゃんが言うので私は思わず馬車の中でずっこけた。
「そ、そうなの? でも今まで魔物の多い危険地帯だろうがトロールの群れが出るっていう道だろうが構わず突っ切ってきたじゃない。勇者ならそうするもんなんじゃないの?」
特に今は力を付けるための試練の旅路の最中なんだから、ますます逃走だとか迂回だとかは似つかわしくない気がするんだけど。でもバーミンちゃんは快速で馬を走らせながら軽く振り返って。
「今みたいな強行軍もやる、余裕があるなら無用な戦いを避けたり、あるいは経験を積むために積極的に魔物へ当たりにも行く。猪突猛進ばかりじゃなくそういう柔軟さもなきゃいけないっすよ。というか、その判断の助けになるのが案内人である自分の役割のひとつでもあるっす!」
ほー。そう言われてみると私たちの旅路は目的地に向かって常に真っ直ぐを選んできているけど、それは逆に言うならそうじゃない選択肢もあるからこそ「選ぶ」っていう行為ができたわけで。ザリークやら魔王やらとの出会いがなければもっと色んな場面でどうするか悩む、というかベストが何かを考える旅になっていたんだろうな。
もしかしたら旅路にはそういう判断力を勇者に身に着けさせる意味もあるのかな? 来たる本格的な魔族との戦いに備えてさ。
勇者は必要に応じて国のあちこちを移動して魔族を倒すんだからね。
「改めて、昨日はごめんなさいっす。皆さんの足である自分がいの一番に倒れるなんてあっちゃいけないことだったっす」
「もー、バミっちまたそれ~? もう謝らなくていいって昨日も言ったのに~」
「そうですよ、襲われて大怪我を負ったことを迷惑かけただなんて思うのはナンセンスです。バーミンさんは全面的に被害者であって落ち度なんて何もないんですから」
「いや、そう言ってもらえるのはありがいんすけど。自分でも浮かれている部分があったのは否めないっす。案内人は勇者の戦いの邪魔も支援もしちゃいけない──それを忘れないよう、もっと気を引き締めるっす。皆さんを王城に帰すまでが自分の仕事っすから」
私たちに、というよりも自分自身にそう宣言するバーミンちゃんの背中は、これまで以上に頼もしく見えた。