114 おニューの足
「それで、その右足はいったいどうなっているんですか」
あちゃー。やっぱ説明しないわけにはいかないか。おニューの足のことを考えるのは後回しにしようと決めたけど、思ったよりも早くその機会が来てしまった。
私たちがいるのはホテルの最上階、一番いい部屋だ。あのまま教会に泊まってもいいとは言われたけど、一応は完治しているのに六人で厄介になるのも悪いし、何よりああいうところって便利ではあっても気持ち的にはそこまで休まらない。ってことでホテルを手配してもらって教会から移動したのがついさっき。
ちなみに私たちは勇者特権で教会の使用料が治癒代に関しても宿泊代に関してもタダになるので、そこも悪いなぁと思っての判断である。
いつもは私たちと同じ部屋に泊まろうとしないバーミンちゃんも今回ばかりは同室で休むことを了承した(させた)ので、こうして全員で顔を合わせてようやくひとごこちついた……ところだったんだけど、そこでとうとう指摘されてしまったのだ。私のテッカテカの鋼鉄の足。ミニちゃんが補ってくれている右足の膝から下について、訳を話してくれと。
「訳って言っても単純な話でね」
戦闘中に足を失くしてピンチになって、ミニちゃんと合体して事なきを得た。これが全てだし、全てが事実だ。
別に痛くも痒くもないよ、と付け加えれば皆は複雑そうにする。
「なんともないのー? 合体してるって言っても、自分の足みたいにはいかないんじゃない……?」
「いやそれが、本当になんも変わらんのよ。元の足と感覚的には。まあ強いて言うならちょっと重たい気はしないでもないかな? あと、右だけ靴履いてないから左右で高さが違うのがちょい歩きづらい」
「靴は明日にでも新調するとして……その見た目で元の足より『ちょっと重たい』だけで済むものなんですか?」
そんな訝し気にされても、済んじゃってるものは済んじゃってるからねぇ。私だって妙だとは思うけど嘘偽りなく、今のところ違和感みたいなのは一切ないのだ。
それに何かしら問題があっても我慢しないわけにはいかないよ。生身の足にはもう戻れないんだから……。一応は千切られた足もカザリちゃんの提案で拾って、治療用の包帯を巻く魔道具を使って保護して、教会で癒者の皆さんにも相談するにはしたんだけども。まーやっぱダメだったよね。
わかってましたよ、だって切断面ぐっちょぐちょなんだもん。刃物で切られたとかじゃなく土蛇の荒い牙で噛み砕かれたんだからそりゃそうだ。その上で奴の口の中で散々に潰されて全体的にぐちゃぐちゃにもなってるんだからどうしようもないよね。
私の(治癒術が効果覿面な)体質なら離れた部位をくっつけることももしかしたらできなくはなかったかもしれないけど、その肝心の部位がここまで破損していては不可能だと言われてしまった。ものすごく申し訳なさそうにしてたのがこっちとしてもごめんなさいって感じだ。
あ、お亡くなりになった私の足は教会で丁重に葬ってもらったよ。さらば、十四年を共に過ごした私の一部。また来世でもよろしく。
「支障とかはないんすか? その、生活と……あと戦闘には」
「生活で困ることはなさそうかな? さっき入ったお風呂でも普段通りに洗えたし……洗ってる感覚はあんまなかったけど。戦闘についてはまだはっきりとは言えないかなぁ。この重みとかがどこかで邪魔になることもあるかも。ああでも、蹴りの威力は確実に上がってたね。そのおかげでロードリウスを倒せたから悪いことばかりでもないか」
そう言って笑うと、また皆して難しい顔をする。いやさっきからそのリアクションは何? って思ったけど、仲間の一人が片足を失ったとなれば無理もないことか。
私だって自分以外の誰かが義足になったらとても平気じゃいられないもんな。自分のことだからあっけらかんとしていられるんだ。そういうのってけっこうあるよね。
「シズキさん」
「は、はい」
「この、ハルコさんの足になっているミニちゃんは……あなたにとってどういう状態なんでしょうか。今までと変わりは?」
「えっと……この子はもう、わたしのものじゃ、なくなってます」
完全にハルコさんのものです、とシズキちゃんが言う。え、そうなの? ミニちゃんはあくまでもショーちゃんの分身というか、力の一部だったはずなのに……独立しちゃったの? うちのミニちゃんは?
もう少し詳しく聞くと、繋がっている感覚はまだ薄っすらとあることにはある。けど、本体であるショーちゃんとは隣同士で、分身であるミニちゃんとはリモート的な感覚だとすれば、私の足とは遠い地元の親戚くらいの距離間になってるみたい。あ、これは私が無理くり距離で例えさせただけでシズキちゃんからそう言ったわけじゃないからね。一応。
で、私がその親戚の家に嫁いできて家主みたいになってる女って感じか……本当にそんな感じか? でも私としてはこの理解の仕方が頭に入りやすい。だってこうでもして言葉にしないとややこしいんだもんよ。元々シズキちゃんにしかわからない感覚なんだからさ、ショーちゃんとの関係性なんて。
「元から命令権はハルコさんにもあった……でもそれは本来の主であるシズキさんと二分されたもの。だったものが、一体化することで完全にハルコさんへ統合された……いえ、現在されつつある、ということでしょうか」
「でしょうかって言われても、私にはなんもわからんのよ」
「もう、自分のことでしょうに」
「前よりミニちゃんと近づいた気はしてるよ? 物理的にもそうだしね。でもそれだけ。他に変化はないよ、これは断言できる」
そこまで強く言い切れば、ようやく皆も少しだけ安心できた様子だった。大浴場で生身の部分とミニちゃんがしっかりと引っ付いているのは全員が確認してるし、洗ってるとこも見せたから、痛くも痒くもないっていうのが強がりじゃないってことも伝わっているとは思う。
そうだとしても黒い鈍色の足はインパクトがとんでもないから、どうしても気掛かりになるのはわかるけどね。
「あの、ハルコさん。良かったら、新しいミニちゃんを貰いませんか?」
と、おニュー右足の話題がひとまず片付いたところでシズキちゃんがそう言い出した。うーん、提案としてはありがたいんだけど……悩みどころでもあるな。
「シズキちゃんの負担にならない? ミニちゃんって数を出してると情報の処理が大変だって言ってたよね」
「は、はい。でもハルコさんのミニちゃんはもう、ハルコさんになっているので……」
「新しく増やしても負担が増えることにはならないと」
おずおずと頷くシズキちゃんの表情は、是非とも二体目のシズキちゃんを貰ってくれって訴えてきている。ただ、シズキちゃんの負担を別にしても懸念がもう一個あってね。
「私の負担がねぇ、右足も今まで通りじゃないところに他のミニちゃんまで抱えるとさすがにパンクしちゃいそう。今でもアイテム全部を活用できているかっていうと微妙だからさ」
「そ、そうですか……」
「そんな残念そうにしないでよーシズキちゃん。この子だけで充分な助けになってるんだからさ」
充分どころじゃない助けられ方してるよ、マジで。そしてこれからも助けてもらう気満々だから、シズキちゃんは何も残念がる必要なんてない。むしろ私としてはどれだけ感謝したってし足りないくらいなんだから、もっと大きな顔をしていてほしいよ。
おニュー足に慣れて、他のアイテムとも問題なく併用して戦っていけるようだったら、そのときにまたミニちゃん二号について考えさせてくれと言ったら、やっとシズキちゃんは笑みを返してくれたとさ。ちゃんちゃん。