113 もっと強くならなくちゃ
で、それからどうしたかって話をしよう。
幸運にも誰も欠けることなく四災将一人+部下の魔族二人というこれまでで一番ヤバい敵との戦いを終えられた私たちだけど、もちろん無傷ではない。
バーミンちゃんは意識こそ取り戻したもののふらふらだし、コマレちゃんは彼女を治すために見様見真似の治癒術にチャレンジして、成功はしたものの効率が悪すぎてほとんど魔力切れに陥っている。つまりコマレちゃんもふらふら。そんな状態でナゴミちゃんとシズキちゃんの援護までしたっていうんだから──そしてそれが部下たちとの戦いに決着がつく切っ掛けになったとも言うからには──今回のMVPはコマレちゃん以外にはいないね。
そしてこの二人以上にふらふらなのが私とカザリちゃんだ。どちらも座っていることすらキツいくらいにふっらふら。特にカザリちゃんはお腹に大穴がぽっかりなもんで、バーミンちゃんの首の傷を塞いだみたいにコマレちゃんに治せないかと訊いてみたけど、さすがに今の魔力量じゃどうにもならないとのことだったので、結局はカザリちゃん自前の魔力で止血だけしておくのが精一杯。マジで早いとこ街に向かって腕のいい医者だか癒者だかに診てもらわないといけない。
ってことで、ナゴミちゃんが提案したのが「ウチが御者やるよ~」という案だった。曰く、一番軽傷だしそんなに疲れてもいない自分が適任だろうと。
意識こそ戻っているとはいえ手綱を引けるか怪しいバーミンちゃんを御者席に座らせるのは無茶だ、とは私も思っていたけども。だからって馬に関して素人であるナゴミちゃんに御者が務まるのだろうか──なんていう不安は吹き飛んだ。ナゴミちゃんは二頭の馬に優しく声をかけて、バーミンちゃんからいくつかアドバイスを受けると、すぐに馬車を走らせた。それもなんの危なげもなくだ。
さすがにバーミンちゃんみたいに限界ギリギリまでかっ飛ばす技術はないみたいだけど、移動としては申し分ない馬の操り方だ。手綱を握る後ろ姿がすごく堂に入っていて、なんだかカッコよかった。いやー肉体派ってだけじゃなくこういう才能もあるなんてすごいよね。バーミンちゃんも驚いてたよ。
だけど才能で言えばやっぱコマレちゃんが飛び抜けている。魔道具への魔力補充だけじゃなく、条件がもっと厳しいはずの治癒術まで使えてしまうとは。しかもこちらに関しては誰に教わったわけでもなく、ほぼ独学での会得なのである。これはもうすごいなんてものじゃない、私の理解を遥かに飛び越えていてどれくらいすごいのかすらもわからないレベルだ。
魔術師としてコマレは完成されている、とカザリちゃんが言ったけど、コマレちゃんはそれに謙遜で応えた。人並み外れた魔力量の全てを費やして傷のひとつを癒すのが限界とあってはとても「治癒術を使える」とは言えないとかなんとか。いやー、限られた場所で限られた人しか本当は治癒ができないって前提を思えばそれでも充分にヤバいと思うんだけどね。ひとつの傷って言うけど致命傷クラスのそれなんだし、治す効率だってこれから上がっていきそうだし。
でも本人的にはどうしても納得がいっていないようだった。目の前でカザリちゃんが傷に苦しんでいるせいもあるかもね。別にコマレちゃんは何も悪くないんだけど、なまじ治癒術に目覚めてしまったばっかりに治せないことを自分の責任みたいに感じているんだろう。ちょっといい子過ぎるってコマレちゃん。それに責任感が強過ぎる。
同じことをカザリちゃんも感じていたらしい。少しでもコマレちゃんの自罰感情を取り除くためか、彼女はまったく痛いとか辛いとかそういう言葉を口にしなかった。傷の深さからして気休めにもならないはずの応急薬を飲んでからは楽になったとまで宣ったくらいだ。涼しい顔してそんなことが言えちゃうんだからホントにカザリちゃんはクールだよ。イカしてる。
そんなこんなで私たちは元々目指していた街へ直行。道中また何かに襲われてもそれに構っている暇はないので、唯一自由に動けるシズキちゃんだけ──ちなシズキちゃんは怪我とか一切してない。けどショーちゃんを忙しなく動かし続けて疲労は溜まっている様子だった──が頼りだった。敵と見たらショーちゃんで馬車を守りながら無理矢理突破する。という重大な役目を担っているために見るからに緊張していたけれど、やる気も充分だった。
私が緊張をほぐすために何かするまでもなく最初から最後まで周囲への警戒を怠らずにちゃんと半壊状態のパーティを守ってくれた。そのことに感動してしまう……何度も言うけどシズキちゃんのほうがひとつ年上なんだからこんな風に、まるで子どもみたいに扱うのは失礼もいいとこなんだけどね。でも感動するものはしちゃう。だってシズキちゃんかわいいんだもの。それでいて懸命だからいつでも応援したくなるのだ。
それはともかくとして、シズキちゃんが一人で奮戦する機会も結局は訪れることなく私たちは無事に街へと到着。門番の人に軽く事情を説明して馬車内の様子を見せたらそれはもう大慌てで通行許可をくれた上に教会がどこにあるのかも丁寧に教えてくれた。運のいいことにこの街の教会はそれなりに大きくて、癒者もたくさんいるとか。そう励ましのように教えてくれたのも門番さんだ。
その言葉通り教会の建物は確かに立派だったし、中に通されたらたくさんの人に群がられてあっという間に治療室へと担ぎ込まれた。そして一人あたりに数人がかりの治癒術が行使された。うーん手際がいい、目を回す暇さえもないくらいの迅速な仕事だ。
治療そのものもあっという間だった。私は剥き出しかつどう見ても人肌じゃない右足に驚かれたし、それだけにどうやって治癒術をかけたものかと迷わせちゃったけれど、オーソドックスなそれで大丈夫だとこっちから言えばその通りにしてくれて、骨折とかも含めた全身の傷が完治。重い気怠さもだいぶ良くなった。とは言ってもまったくの元通りではない(治癒術はあくまで他者の魔力による『穴埋め』でしかない)からくれぐれも無理は禁物だと忠告された。
ま、私は治癒術の通りがすこぶるいいからあんまりいらない心配だとは思うけどね。癒者の人たちも自分たちで術の効果に驚いてたもの。
でもカザリちゃんあたりはマジで無茶しちゃいけないだろうな。案の定治るのが一番遅かったもの。てか、他の四人はいずれも無傷か軽傷でしかないからそれも当然なんだけども。ナゴミちゃんは私と変わらないくらいの時間で治療室から出てきたし、バーミンちゃんとコマレちゃんは点滴をされながら奥で横になっているだけ。シズキちゃんに至っては栄養ドリンク的なのを貰っただけで治療を受けてすらいない。
改めて、あんな不意打ちから始まった戦闘にしては上々の切り抜け方をしたよなぁ。下手をすれば……いや下手をしなくたって何人か命を落としていてもおかしくない状況だったんだから。ロードリウスがスタンギルを倒した勇者のみに拘っていたからよかったけど、あのまま乱戦に持ち込まれていたら本当にそうなっていたかもしれない。そう考えるとヒヤッとするね。
──もっと強くならなくちゃいけない。切実にそう感じたよ。最後だけ私が持っていったけど、かなりカザリちゃんの足を引っ張った自覚もあるからそこも反省だ。
かつん、と下ろした右足が教会の床を叩いて鳴った。
まるでミニちゃんが私の意思に同意してくれたみたいだと思った。