112 見事
「ガッばぁあ!!」
くの字に折れ曲がり、血反吐を撒き散らしながらロードリウスがぶっ飛ぶ。そして土埃を巻き上げて地面を転がった。その様を見ながら私は着地、残心。くらりと眩暈に襲われるが、右足のミニちゃんがどっしりとした支えになってくれているので倒れたりはしない。
「カザリちゃん、大丈夫?」
「私は……なんともない。それよりハルコ、その足は……?」
手で押さえて隠しているけど、ちらっと見えた。カザリちゃんの右脇腹には傷がある。それもたぶん、背中側に貫通しているくらいのデカいやつが。それをなんともないと言い切るとは、カザリちゃんも大概に覚悟が決まっているね。そういう子は好きだ。格好いいと思うから。
「私もなんともないよ。足だってこの通り、ミニちゃんが義足になってくれてるし」
カザリちゃんの視線を追えば、向こうの地面の上にぽつんと私の足が落ちていた。こうして見ると何かの冗談みたいな光景だ。さっきまで体の一部だったものがまるでゴミみたいに……でもいいさ、命が拾えただけめっけものだ。死んでなきゃおかしいくらいの状況から逃れられたんだから喜びしかない。
とはいえ──。
「けじめはきっちりつけさせてもらうけどね」
この花丸健康優良児のおみあしを奪った罪は重い。それだけじゃなく、カザリちゃんをこんなにボロボロにしたことも。バーミンちゃんを死にかけさせたことも、全部が全部重罪だ。何ひとつも許せない。
「でもねロードリウス。恨みつらみを晴らすつもりはないよ。あんたを甚振るようなことはしない。だって私は、勇者だもん」
這い蹲っているロードリウスの傍まで寄って、そう言ってやれば。キッとその目が私を睨む。見下されていると思ったんだろう。それはまあ、間違ってはいない。実際に頭の高さはロードリウスのほうが下だもの。身長は私よりもずっと高いのにね。
「一撃で終わらせる。抵抗するなら、してもいいよ。したって無駄だから」
「き、さま……この、私をっ」
血混じりに怨嗟の声が吐き出される。喋るだけでも死ぬほど苦しいだろうな。さっきの飛び蹴りは確かにこの男の骨も内臓も打ち砕いている。そういう手応え、足応えがばっちりとあった。立ち上がれるような傷じゃない……はずなんだけど、ロードリウスはゆっくりとだけど立ち上がってみせた。
魔族だから立てた? ……ううん違うな、ロードリウスだからだ。四災将に選ばれるほど強く、その強さに見合うだけの誇りを持っているこいつだから立てたんだろう。
「さすが」
魔力が高まっていく。この身体でまだやれるのか。すごいな、と本心からそう思う。素直な勝算の気持ちが湧いてくる。でも、私のやることは変わらない。ロードリウスに訪れる結末も。
変わることはない。
「ッ──、」
撃つ。という意志を感じ取った瞬間に私の右足も跳ね上がる。横合いからロードリウスの手を蹴りつけて砲口を外す。魔弾が飛んで地面を穿つ。そのときにはもう私は一回転しており、二撃目の蹴りをぶち当てるところだった。
跳び上がり蹴りによる首への痛打。残りの体力と魔力を全て費やしたそれによって、ごぎりと。腹を蹴ったとき以上に決定的な何かを砕く感触が伝わってきた。
ロードリウスが、倒れる。やけにスローに感じられるその最中に、首が折れて顔が明後日の方向を向きながら……とても言葉を発せられる状態にはないだろうに、それでもしっかりと私には彼の声が聞こえた。
「見事だ……勇者、よ」
もう残心の必要はなかった。体勢を整えることもせずに私も倒れ込んで、伏したロードリウスのすぐ横で大の字になって寝転ぶ。そうしたくてやったんじゃなくて、もうまったく動けないのだ。呼吸や瞬きすらも億劫なほど疲れ果てている。
ああ、気分が悪い。やっぱさっき酸欠になってたんだな。そして血が足りていないのもそのままなんだから、敵を倒したからってすぐ元気にはなりっこない。
……でも、そうか。倒したんだな。四災将の二人目に勝つことができたんだ。いいね、気分の悪さなんて目じゃないくらいの達成感だよ。
「ハルコ」
「あ、カザリちゃん……一応聞くけど、死んでるよね」
「……うん、確かに死んでいる。あなたの勝ち」
「私たちの勝ち、ね」
「…………」
「それよかさ、ホントにだいじょーぶなのその傷。顔色も……ぶっちゃけかなりヤバそうなんだけど」
「うん……実はヤバい。死にそう」
「あはっ、あははは!」
笑いごとじゃないのに、カザリちゃんの言い方がおかしくて思わず噴き出してしまった。待って待って、笑わさないでよ。腹筋動かすだけで私も死にそうなんだから。
「こ、殺す気かってカザリちゃん」
「勝手に笑っておいて……ふう」
カザリちゃんが私の傍に座り込む。お腹の傷は押さえたままだからその動作さえも相当に辛そうだったけど、辛うじて魔力を集めて止血しつつ自然治癒を促してはいるようだ。でもあんまりにも大きな傷だから気休めにしかなっていないっぽい……早いとこ病院に行かないと本当に命が危ないだろう。
で、早く病院へ行くためには皆が来てくれないとなんだけど……問題はシズキちゃんとナゴミちゃんも今、ロードリウスが連れていた二人の魔族と戦っているところだってことなんだよね。
「向こうはどうなってんだろ……助けに行きたいけど、行けそうにないや」
「心配ないでしょ」
「え?」
「ナゴミもシズキも、あんなのには負けない」
そう断言するカザリちゃんは、顔色こそ最悪だけど全然弱さを感じさせなかった。本気で二人が勝つと、そう信じているのが伝わってくる表情をしていた。
「じゃ、バーミンちゃんも平気か」
「当然。コマレが助けるって言ったんだから助かってる」
「……なんかカザリちゃん、いつもより柔らかい?」
「何が」
「いや、態度っていうか言葉遣いっていうか。そういうのが」
「ん……そうかも。さっきまでどん底だったから、今は気分がいい。ハルコが生きていてくれて……ロードリウスを蹴っ飛ばしてくれて、スッキリした」
「あは……それは良かった」
死の淵から舞い戻ってきた甲斐があったってもんだ。や、舞い戻らせてくれたのはミニちゃんだけども。
ところでこれ、私の足ってどうなってんだろ。ミニちゃんが離れる気配がない。というより、完全に一体になってる感じなんだけど。もしかしてこれから先ずっとこのままなんだろーか?
まあそうじゃないと片脚生活になっちゃうから私としても困るんだけどさ。こっちの世界なら魔道具なんかで便利な義足とかもあるかもだけど、だとしても魔族との過酷な戦闘に耐え得るかっていうとちょっと怪しいもんねぇ。
あー、でもそうなるとミニちゃんをずっと踏みつけ(?)ながら生活することになってそれはそれで悪い気もする……んー? ふふ、ミニちゃんはどうやら「どんと来い」と言ってくれてるみたいだ。前よりも意思疎通が明瞭で、なんか面白いぞ。
「ハルっちー! カザっちー!」
「お」
私たちを呼ぶ声に頑張って体を起こしてみれば、ずっと向こうからナゴミちゃんとシズキちゃんがやってくるのが見えた。あ、ナゴミちゃんはバーミンちゃんを背負ってもいるな。そしてシズキちゃんは、私が陸上サーフィンをやったみたいにしてショーちゃんでコマレちゃんを運んでいる。
良かった全員無事だ……それはいいんだけど、バーミンちゃんよりもぐったりしてるように見えるコマレちゃんが気になるな。何があったんだ?
まあ何はともあれ、一時はどうなるかと思った急な四災将イベントだったけどなんとか乗り切れたってことで。右足やら何やらと考えるのは後にして……今は勝利の喜びを噛み締めておこうかな。