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11 老いぼれにだって勝てやしない

「押してごらん」

「こう?」


 バロッサさんが出した手を、こちらも手で押す。

 押す……けど、ビクともしない。壁に手をついてるような感触だ。


「うわ、体幹すごいですね」

「体幹だけじゃないよ。それだけでこの老いぼれが若いのの腕力に耐えられると思うかい?」

「まあバロッサさんなら?」

「褒め言葉と思っておこう。種は魔力、あんたもしっかりと感じている圧の正体さ」

「ほへー。魔力を使ってパワーアップしてると」

「その通り。歳を取って衰えた以上の力を魔力が与えているってこった」


 つまり身体能力が強化されているのか。

 それはまた、いかにも戦闘には必須の技能って感じだ。


「魔力による自己強化は生活にも便利だが、最も恩恵があるのは戦闘面。それは間違いない。ましてやあんたは市井の民じゃなく勇者なんだから尚更だね」

「じゃあ、私もできるようにならなきゃっすね」


 うむと頷きつつバロッサさんは「ただし前提がある」と押し合いをやめた手で指を二本立ててみせた。


「魔術師タイプと魔闘士タイプ。魔力を操る者はこの二タイプに別れる」

「魔術師と魔闘士……それって何が違うんですか?」


「読んで字の如くだがね。魔術師は魔術を使いこなすのに長けている。魔力を術に変換して放出するのが得意だ。反対に魔闘士は魔力を体内に巡らせるのが上手い。それによって己が肉体を武器にするわけだ」


 ほーん、なるほど。身近な例で言えばコマレちゃんはばんばん術を放つ頭脳派で、ナゴミちゃんはがんがん攻め込む肉体派ってことか。後衛職と前衛職って感じ?


「どっちが強いんですか」

「得手不得手が異なっているんだから一概には比べられないさ。優れた魔術師なら魔闘士を近寄らせないし、優れた魔闘士なら術に捕まらず懐へ入り込む。研鑽が物を言う点はどちらであっても同じだよ」


「ふむふむ。ちなみに、自己強化ができるってことはバロッサさんは魔闘士タイプ?」

「いんや、あたしは典型的な魔術師さね。ただ長く生きて経験を積んでいるぶん、多少は自己強化の心得も他よりあるってだけだ。それでも魔闘士のそれにはてんで及ばないがね」

「え、強化してるのは同じなのに?」


「倍率が違うのさ。同程度の力量で同程度の魔力を使ったとしても、断然に強化倍率は魔闘士のほうが高い。そのぶん、放出に関しては魔術師に軍配が上がるんだから釣り合いは取れているってもんさ」


 倍率ねえ。確かにナゴミちゃんは労せずシズキちゃんの黒いやつの攻撃を体で受け止めていたもんな。それも私のぶんまで。あれは高い倍率で強化されているからこそ可能だったわけだ。


 そんでもってナゴミちゃんはやり方を習うでもなく魔闘士の技ができちゃっていると。

 うーん、羨ましい。


「本題に入ろう。あたしはあんたのタイプが知りたい。魔力を肉体に留めるのと放つのと、どちらが向いているのか。それを確かめるには実際にやってみて比べるのが手っ取り早い」


「手っ取り早いって言われても、どうすればいいのやらさっぱりなんですけど」

「既に魔力の感知は人並み以上なんだ。自分の中から感じるものはないのかい?」

「バロッサさんから感じたのと同じものを? うーん……」


 目を閉じてちょっと真剣に探ってみるが、どう探ればいいのかもわからないくらい何も手応えがない。

 あれー? ナゴミちゃんやバロッサさんの魔力はしっかりと認識できてるっぽいのに、いざ真似てみようとするとダメだな。


「感じないですね、何も。取っ掛かりすらないっす」

「ふむ……あれだけ鋭敏でいながら、か。それはそれで珍しいが、まあ他者の魔力にこそ敏感なやつだっていなくはない。そういう手合いには肌で覚えさせるのが一番だ」

「肌で?」


 なんだか体育会系なノリを察知して猛烈にイヤな予感を覚えたが、バロッサさんはにこやかだった。

 まるで怖がる子どもを宥めすかすようなその笑みがいっそうに不穏さを醸し出している。


「ふう、そろそろ小休憩といきましょうかバロッサさん。昨日のお菓子ってまだあったりします? あ、今度は私がお茶淹れますよ。あのお茶も美味いっすよねー、なんて銘柄なんですか」

「こらこら。死ぬ気にもなるんじゃなかったかい?」

「う……」


 それを言われると痛い。サボったらサボっただけ自分が危なくなるんだもんなぁ……スポ魂な精神は持ち合わせていないんだけど、今ばかりは熱血主人公ばりに頑張るしかないか。


「やる気になったね」

「うす!」

「何よりだ。じゃあ、今からあんたを魔力で攻撃するよ」

「前言撤回いいすか」

「駄目だ。もう少し優しいやり方もあるにはあるが、あんたはなまじ人さまの魔力には敏感なだけに多少の粗っぽさがなけりゃ自覚もできんだろう。始めるよ」


 ろくな前置きもなくバロッサさんは踏み込んでくる。


 拳が迫る。咄嗟に妹との稽古を思い出した私の体は防御を固めていたが、両腕で受け止めたはずの拳はガードの上からでもガンと衝撃を与えて、私を後方へと押しやった。


「ッつ……!」


 こ、拳の感触じゃないぞ! 鉄球でもぶつけられたのかって威力だ。腰の入っていない手打ちのパンチでこれって、バロッサさん本当に魔術師タイプ? 

 じゃあ魔闘士タイプはもっととんでもないパワーを出せるのか……。


 確かにこれは、私も魔力を使えるようにならないと話にもならないかも。


「悪くない反応だね。あんた、動けるのか」

「え? ああまぁ、家庭の都合と言いますか……同年代女子の中じゃ鍛えてるほうなんじゃないですかね」


 私の世界での基準で言えば、だけど。


「そうかい。ひとつ言っておくが、あたしの攻撃は避けないように」

「はいっ? なんで避けちゃダメ?」

「魔力を自覚するための訓練だからだよ。その身で魔力の脅威を味わわないと成立しない。あんたがしていいのは防御だけだ。余裕があるなら反撃も構わないよ」


 マジかー。ガードしてもあんまし意味ねえなと思った途端に回避禁止令ですか。

 つまりこれから私は飛んでくる鉄球にひたすら耐えて、ボコボコにされるしかないと。


 だけど反撃アリなのはありがたいね。じっと耐えるだけじゃ辛いけど、こちからも攻めるチャンスがあると思えば少しは精神的に楽だ。本当に少しだけだけど。


「そら、いくよ」


 さっきよりも速い踏み込み。だけどそれに合わせて私は引くでも受けの姿勢を作るでもなく重心移動。前蹴りを放つ。考えての行動ではなく打たれる前に打つしかないと本能が下した脊髄反射的な最速の反撃──だったんだけど、バロッサさんのお腹に命中したそれはさっきの私とは反対に、軽々と受け止められてしまっていた。


 ずっしりと重い。濡れた砂のつまったゴム袋を蹴ってるみたいな、まったく中まで響いていない感触。これが──。


「そうだ、これが魔力で身を守るということ。強化された肉体に素の肉体で対抗するのは至難だ。あんたがいくら体術を鍛えようと、それだけじゃこの老いぼれにだって勝てやしない。だからあんたは覚えなくちゃならないんだよ。魔力の扱い方ってもんを、すぐにでもね」


 ぱしん、と足が払われる。そして殴打。止めるのではなく逸らそうと横から腕を押し当てるが、逸らせない。もちろん止められもしない。それでも多少は威力を散らせたはずだけど、肩口に当たった拳の痛いことと言ったらとんでもなかった。


 サンドバッグをくの字にする妹の蹴り技だって何度も受けてきた私が、耐え切れず地を転がるしかなかった。


 そうやって痛みを誤魔化しつつ距離を取った私に、バロッサさんが厳めしく言う。


「こら。逃げるのは無しと言ったろう」

「いや無理っす! 肩が爆発したかと思いましたよ本気で!」

「それはあんたがあたしみたいに魔力で身を守っていないせいだよ」

「そりゃそーですよ、できないんですから」

「できるようになりな。でなけりゃ死ぬほど痛い目に遭い続けるよ」


 む、無茶苦茶だぁ!



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