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109 過重混合螺旋魔弾

 どういう経緯を辿ったのかはわからない。ロードリウスと彼を模した分身に挟まれて対処に追われていたカザリはハルコの様子を窺えるだけの余裕もなかった。だが、大まかな想像くらいはできる。


 必死に抵抗したのだ。足を噛まれ持ち上げられ振り回されて、それでもハルコは痛みに耐えつつなんとか土蛇の口から脱出しようと足掻いて藻掻いて、そして。そして──土蛇に食われた(・・・・)。足と入れ替わりに体を飲み込まれてしまったのだ。乱雑に千切られた傷跡の、ハルコの右足。地面に転がったハルコの膝下のその部位が、それを物語っていた。


 ハルコの苦痛と絶望をまざまざとカザリに訴えていた。


「わはははは! 哀れ君の相棒は我が大蛇ペットの餌食になった! 既に死んでいるか──まだ息があったとしても虫のそれだ。片足で取り込まれたとなればもはやあの質量の中、ろくに苦しむ暇もありはすまい。ただ数瞬先の死を待つばかり。本当に哀れだよ、負けた勇者の末路は!」


 カザリの魔力が隆起する。目にも見えるオーラとなって彼女の身を包んだそれが早々に魔弾へと形を変え、出来上がると同時に射出される。詠唱もなければ魔力運用の最適化も行われていない、出力任せ。感情だけを材料として速度だけが求められた最速の魔弾は、しかし予期されていた。


 お喋りに夢中になっているかと思えばロードリウスはその速攻をしっかりと麗渦鎧ストゥルムメイルで盾を構築して真正面から受け止め、また土水人形ネメアクアトレスである分身は変形しつつその場から退くことでそれぞれ十発の魔弾に難なく対応。


 鎧は勿論のこと、分身とて操作しているのはロードリウス。彼も分身もカザリ最速の攻撃を危なげなくやり過ごせたのは、これがまったく予想通りだったから。カザリの行動を読み切っていたからに他ならない。ハルコの敗北に動揺したカザリが、けれど即座にそれを怒りに変えて速攻を仕掛けてくるだろうと。そうすることで今度こそハルコの救助に向かおうとするであろうことを、ロードリウスは予想していた。その攻撃法まで含めて完璧に、未来予知にも等しい精度で先読みしていたのだ。


 明晰な頭脳からくる読みの力と、類い稀な水術の使い手だからこそ可能となる麗渦鎧の高い対応力。これらふたつがロードリウスの強度の二本柱。鎧を砕かれた上に読みの精度まで失っていたさっきまでの彼は、彼にあらず。栄達のロードリウスではなかった。


 ニヤリ、と彼は取り戻した己に万感の喜びを感じながら笑う。


「やはり随分と甘い。君は個人でももう少し脅威に値すると思っていたのだが、買い被りだったかな?」

「く……、」


「ふ、ふふふ。これだ、これこそが私なのだ。魔王様に選ばれし最も優秀な魔族、四災将が一角ロードリウスなのだ! みっともなく狼狽えるのは私の役目じゃあない……君もそう思うだろう?」

シュ──きゃっ!」

「おっと、それはやらせないよ。魔弾を繋げて連鎖起爆させる術。見事だがこの距離で狙うべきじゃないな。それとも何かね、今の私が隙だらけにでも見えたかな? ん?」


 その通り、鬱陶しい自己賛美に夢中のようだったから攻撃したのだ。しかし流水加速による蹴りでそれを止められたカザリは、自分の口からそこらの女子みたいな可愛らしい声が漏れたことも含めていよいよ怒りの頂点に達した。


 どうあってもハルコを助けに行かせるつもりがないらしい。それどころか、救助を諦めてただ戦うことだけに集中したとしてもロードリウスと分身を下せるかは怪しい。このまま行動の全てを殺されたままジリジリと敗北に追いやられるのが目に見えている……。


「…………」

「む?」


 分身の動きにも目をやりながら体勢を立て直したカザリは、そこで一度深く息を吸い込んだ。それは覚悟を入れるためのルーティン。いつでも冷静冷徹。というハルコの評通り、普段はどのような場面であっても緊張などとは縁遠いカザリだが、しかしさしもの彼女もまったくの自分次第。己が頑張り(・・・)次第で良くも悪くも全てが決まってしまうシチュエーションともなれば緊張しないわけにはいかない。


 特にそれが友人の命が懸かっているような大一番ともなれば尚更に。


 そう、カザリは意思を曲げるつもりなどない。決してハルコの救助を諦めはしない──なんとしてでも土蛇の胃の中から助け出す。それもできるだけ早く、迅速に。でないと本当に仲間を一人失ってしまうことになる。


 そんなのは真っ平ご免であった。


(っ、何をするつもりだ? ──いや、なんであろうともだ)


 これまでにない魔力の高まり方にやにわ警戒心を強めたロードリウスだったが、カザリが何をするつもりであろうと関係がない。魔術師同士の戦いは先手必勝。術式の構築にしろ詠唱にしろ、その途中で邪魔してしまえば術は完成しないのだ。意識を掻き乱せばそれでいい。そしてその最良の手段はやはり攻撃。先に攻めれば有利という単純にして絶対の法則が魔術師と魔術師の間にはある──あるいはそれは魔術師に限らずとも戦闘における普遍的な理でもあって。


「止めるぞ土水人形ネメアクアトレス! 出力を全開だ!!」


 カザリが何に縋ろうとしているにせよ。それが本当にこの状況を打開できる起死回生の手段足り得ようとも、出させる前に潰してしまえばなんともない。なんともならないのだと、ロードリウスはむしろ今この瞬間をカザリへのトドメにしてしまおうと自身も分身も全力での同時攻撃へ打って出た。


 明晰な頭脳を誇る彼が、その長所を最大限に活用して戦っているのだ。導き出した答えに間違いなどあろうはずもない。カザリの一手に最善最良最適にして最終となる一手を。チェックメイトとなる一手を返した。

 

 それは確かであったが、しかし。ひとつだけ。この場面においてロードリウスが読み違えている要素がたったひとつだけあった。


 唯一の誤認──カザリが「全て」を承知でいることを、彼は予測できていなかった。


「!?」


 前後から襲い来る致死の攻撃。練り上げて術へと変換されつつある己が魔力が火を吹くよりも先んじてそれらが到達すると知りながら。けれどとカザリは落ち着いている。受け入れている、どころではなく。むしろそれを喜んで誘い入れていることを、少女の凪いだ瞳からロードリウスは察した。


キラタマ──過重混合」


 ロードリウスの加速した拳が何発も入る。防御に魔力を割いていない少女の身体は重くその打撃を受け、肉が裂け、骨まで砕かれた。分身の変形した腕が鋭利になって突き刺さる。それは少女の脇腹を貫通して大きな穴を開けた。


 それでも詠唱は、術式の構築は止まらなかった。


旋回チュロ連鎖シュン増大メガ──」

「貴様ッ……!」


 カザリの出した本当の答え。それは少女たちの神がかりの連携に悩まされたロードリウスが取った行動に同じ。被弾を良しとし、代わりにどちらか一方にだけでも連携を続けられないだけの傷を与える。つまりは捨て身の一手、だからこそ早めに選択しなければならない策だった。


 ただし纏まりきらない思考で破れかぶれにそれを選んだ彼とは違い、少女は、カザリは明確に取捨した。覚悟と共に選び取ったのだからその深度は大きく異なる。求める結果もだ。


 致命傷を良しとし、代わりに本体と分身どちらにも致命傷を与え返す。彼女の捨て身は自身の命を省みない本当の意味での捨て身であり、故に、深度そこを見誤ったロードリウスの攻撃では止まるはずもない。


 正気か、などと疑問とも恐怖とも付かぬ言葉がロードリウスの口から出る前に。血を吐き出しながらカザリが叫んだ。


「螺旋魔弾──発射バロ!!」



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