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108 土水人形と土蛇

 地面がひっくり返った。初め少女たちはそうとしか思えなかったことだろう──何せ足元の土が、水人間が散ったことでぬかるんでいた広範囲の土がまとめて起き上がった。まるで自ら意思を持つ一個の生物かのようにのそりと屹立したのだから彼女たちには何がなんだかわかるわけもない。


 当然、足場が急に形を変えたのだ。ここまでロードリウスが何をしようと一瞬たりとも止まなかった連撃、神がかりの連携攻撃は中断させられてしまう。とにかく倒れないようにするのに必死のカザリとハルコの様に、高笑いが降ってくる。


「わははははははは! 私を追い詰めるからだ! 不用意にこの栄達のロードリウスを追い詰めてしまうから! 君らは地獄を味わうことになる! そうだ結局のところ! 君たちに勝機などやはり無かったのだ!」


 蠢く土の塊──否、土と水の塊。地形を変化させるほどの質量を伴ったそれが自分たちを見下ろしてくる。その威圧感に少女たちは一歩二歩と下がるが、巨大なそれを前にはたった数歩分の距離などなんの意味ももたらさないことは明らかだった。


 怯えている。警戒の中に混じった確かな弱さを敏感に感じ取ったロードリウスは、改めて鎧を纏い直しながら。そこに体中を伝う自信の血が混じって普段の青紫──彼が美しいと自画自賛する色味──から仄暗い赤紫の色味になっていることもまるで気にしないままに、機嫌よく言葉を続けた。


「浸潤だ。術を介して私の魔力を土へ染み込ませ、私の支配下としたのだよ。君たちが水人形アクアトレスを派手に散らしたのはその助けになっていた、ということだ。おかげでこの通り、土属性を持たない私には本来ならば操れるはずもない質量という強大な武器が手に入った! ふふふ、これは他者の魔力であろうと支配権を奪うスタンギルを相手にはまったく役立たない奥の手だがね。しかし君たちにはまさしく必殺の術となろう! 過度な攻め方で疲労を抱えたその身にもはや打開策など打てまいよ! わははははは!」


 ひとしきり笑い、これでもかと自らの有利を、劣勢を覆したことをアピールしてから──しん、と彼は表情を消した。精神の昂りも同様に。


「では、殺そうか」


 土が形を変える。別たれてひとつがふたつに。一方は人型となってロードリウスによく似た姿になった。もう一方は質量の大半を引き継ぎ怪物になった。土の大蛇。目も鼻も手足もない、だが敵を噛み潰す口だけを持つ巨大な蛇が──ハルコへ一直線に襲いかかる。


「……!」


 大口を開けて突っ込んでくるそれを横に跳んでハルコは躱そうとした。ぬかるみが全て持っていかれているために足場は今までよりもしっかりしており、ずっと動きやすい。ハルコの反応自体も悪くなかった。が、いかんせん土蛇は巨大で、しかもその図体に見合わず接近が素早かった。


「っぐ!?」


 躱しきれず足を噛まれる。膝から下をがっちりと咥えられて、動かせない。咄嗟に鞭糸を振るうものの体勢が悪く、また距離も近すぎることで勢いが鞭に乗り切らない。土蛇には些かのダメージも入らず、足を噛む口には更に力が込められていく。


「いっ、ギ……!」


 防魔の首飾りがなんとか彼女の足が嚙み千切られるのを防いでくれているが、魔力残量は残り僅か。そう時間も経たず自動防御が機能しなくなり、土蛇の乱杭の牙が直にハルコの膝を潰してしまうだろう。


──ッ!」


 当然、そうはさせじとカザリが魔弾の雨を土蛇へ降らせようとするが、横合いから迫る水の砲弾によってそれは中止せざるを得なくなる。なんとか回避した彼女は再びハルコの救助に挑もうとするが、目の前に土で出来たロードリウスの分身。そして背後には本人が立ち、既に攻撃態勢に入っていることでまたしても動きを止められてしまう。


「させんよ。今度は私が挟み撃つ番だ。ハルコが命尽きるまで私、そして土水人形ネメアクアトレスと共に踊ろうではないかカザリよ。曲の終わりまでそう大して時間もかからない」


「うがぁあああああああっ!!」


 上がった悲鳴は足を噛まれたまま持ち上げられて宙を舞うハルコのもの。ロードリウスは痛々しいそれを指して曲と称しているのだ。そしてその終わりとは、悲鳴が聞こえなくなること。即ちハルコの絶命を意味している。


「お前」

「ふ、怖い怖い。睨まれるだけで穴が開いてしまいそうだ。だがいいのかね? そんなことをしている合間にも君の相棒へ死が近づいているのだ。ほうら、助けなくてはな」

「言われなくても」


 助ける、と言葉を続けるよりも先に分身のほうが飛びかかってくる。咄嗟に魔力防御で受けよう、として分身の身体が溶けようとしているのを見て取ったカザリは守りから脚力の強化へ魔力の出力を回して回避を選択。その場から飛び退き──ロードリウスに回り込まれていることにその時になって気付いた。


「!」

「甘いな」


 麗渦鎧ストゥルムメイルの流水加速。それによって高機動を得て、あとはカザリが動くであろう方向を先読みして陣取っておくだけ。ロードリウスにとっては実に簡単なことであり、これこそがいつもの彼らしい戦い方というものだった。


「ふん!」

「く……!」


 流水加速によるハイスピードの打撃。瞬間的に五発放たれたそれをカザリは今度こそ魔力防御で受けた──受けざるを得なかった。そうして足が止まったことで分身にも追いつかれ、結局は挟撃から抜け出せなくなった。こうなることがわかっていても彼女にはどうしようもなかった。


 ハルコを助けにいくことが、できなかった。


「やはり一人ではこの程度。君も、ハルコも、単体であれば何も怖くない。私にはまるで敵わない……とはいえ勇者は勇者、この傷の数々も君らによって付けられたもの。このまま徹底的に行かせてもらおう」


 ハルコの下には向かわせないし、魔弾による援護も許さない。合流も連携も絶対にさせない。ハルコは土蛇に殺させ、その間にカザリは自分と分身とで磨り潰す。それで勝利だ。奇跡はもう起きない、起こさせない。


 窮地を脱したロードリウスはもう余計な思考に気を取られたりしない──。


「合わせろ土水人形ネメアクアトレス。私たちの連携で何もさせるな」


 両者が同時にカザリへと肉迫する。分身は土で出来た本来不定形の肉体を活かし、人型の身体構造からはあり得ない角度で攻撃を加えていく。それを盾にするようにしながらロードリウスは流水加速による高速の一打を叩き込んでは位置を変えるという、カザリの移動すらも許さない立ち回りを取る。


 自分で操っているだけに分身とのコンビネーションは抜群だ。先ほどまでのカザリとハルコの怒涛の攻めには及ばないものの、一人の少女を封殺するには充分過ぎるほど密な連携であった。


 ロードリウスの拳は早く、とても躱しきれないし防ぎきれない。それを余計に厄介にしているのが分身の軌道が読めない攻撃で、しかも土の身体は迂闊に触れたり懐に入ってしまえば形を変えてカザリを捕獲しようとまでしてくる。これを察して先のカザリは防御から回避へ選択し直し、今も捕まらぬようにと神経を尖らせて対処しているわけだが、言ったようにその間隙を突いてロードリウスが攻めてくるものだから自ずと両者への対応はどちらも半端なものにしかならない。


 隙あらば打ってくる本体と隙あらば掴もうとしてくる分身。カザリが苦心しながらもどうにか打開策を見つけようとしている最中──とうとう。


「ふ。思ったよりも早かったな」


 悲鳴()が止んだ。思わず土蛇のほうへ目をやってカザリは、深い失意に苛まれる。


 土蛇の口にハルコはおらず、代わりに血がべっとりとついていて。

 そして傍にはぽつんと右足だけが転がっていた。



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