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104 届かない、及ばない

 網糸と同じようにしなやさかを持たせる都合上、檻糸にも隙間はある。そこから捕獲した対象者、即ちロードリウスの姿も見えているわけだが、彼は捕まった瞬間即座に檻へ攻撃を行った。例の鎧(ストゥルムメイル? とか言ったか)の補助によって得られた高速のパンチ。が、しっかりと当たっても檻はなんともない。


「……!」


 まったく手応えがないことに対してだろう、ロードリウスの表情にも僅かな変化が見て取れた。暖簾に腕押し。吊るされた布と同じでいくら殴ったところでしなやかな檻糸は壊せない。そういう風に作らせてもらったんでね。


 だけどロードリウスはめげない。鎧の腕部分が変化し、水人間のそれみたいに刃状になった。打撃がダメなら斬撃か。切り替えが早い。でも、私だってそうくるだろうってのは予測していたよ。


「む……これは」


 拳速と同様にめたくそ素早く振るわれた刃の一閃。それは確かに檻糸を切り裂かんと触れ、硬質な音を立てたものの、失敗。檻糸を切断できずに終わった。これにはさしものロードリウスも感心したように唸った。


 ふふん、どうだい栄達さんよ。ただしなやかなだけでなく檻糸を構成する糸の一本一本に一定以上の硬度だって持たせているのだ。それを何層、何十層と細かく織り込んだ部分をいくつも用意して、それらを比較的薄い層で繋げて檻糸はできている。それが硬さと柔らかさを混在させる秘訣だ。


 ミニちゃんの硬度と柔軟性が合わさった強さから着想を得てもいるこの技は、捕まった側からすると相当に厄介なはず。まあ本当に硬くて柔らかいミニちゃんと違って檻糸はそれを疑似的に再現しているだけだから頑丈さもそれなり。今だってロードリウスの刃によっていくらか糸は切れてしまっている。けど、それを問題にしないための超多層構造である。多少切られたくらいじゃビクともしないぜ。


 そのためにえらく時間がかかったんすよ……でも手間暇かけた甲斐はあったと見ていいね。


「魔力で編んだ糸による造形……これほどの物を作り上げるとは恐れ入った。君もやはり勇者か」


 私が新技の出来に満足していると、ロードリウスから思わぬ言葉を投げかけられた。動きを止めてこちらを見つめる奴の目には真摯な賞賛の色がある。……糸と水の違いはあれど、私もあいつも物を作って戦っている。同じ製作者として見事な出来栄えのものには何かしらシンパシーでも感じるんだろうな。私も、あいつの鎧にはうんざりしつつも純粋にすごい術だと思っているし。


「やっと私のことも認めてくれたねぇ、嬉しいよ。嬉しいついでに、そのまま諦めてじっとしてくれるならもーっと嬉しいんだけど」

「諦める? 面白くもない冗談だ。それに生憎と私はまだ君を認めていないよ。確かに当初の見立てよりは見所もあるようだが、それでもまるで! 魔王様が可能性を見出すほどに優れた術者だとは! 微塵も見做してはいないのだよ──!」


 刃をもう一方の腕にも生やしたロードリウスが、斬撃版のラッシュを開始した。一度やってダメなら同じ部分を何度も斬りつけることで強引に突破しようという腹だろう──そしてそれはこの上なく有効だ。いくら耐久性に重きを置いた檻糸だと言ってもいつまでも攻撃に耐えられるわけじゃない。特に一箇所だけを重点的に切られ続けたら、いつかは糸の層が全て切り裂かれてしまって大きな穴になる。


 これがスローペースな攻撃なら私が外から糸を追加・補修していくことで実質的に無限の壁にもできるんだけど、ロードリウスの拳速……いやさ今となっては剣速は、私のパッチワークを許してくれるような温いものじゃない。補修なんて間に合いっこない。


 だから頼る。


「カザリちゃん!」

「準備ならできている」


 呼びかけてみれば、けれど呼ぶまでもなくカザリちゃんは既に私の求めに応えてくれていた。混合魔弾。これまでに見せてもらったどれよりも大きな、超特大の光と闇が入り混じった魔力の塊が彼女の両手の先に出来上がっている。ミルクを注いだコーヒーみたいに白と黒が絡み合う、でも完全に混ざることなく両立し合うその力は、今か今かと発射のときを待ち構えているように私には見えた。


「合図して」

「わかった────今!」


 檻糸が断ち切られて無力化する、その一瞬前に叫ぶ。まだロードリウスが身動きできないタイミングで撃ち出された特大混合魔弾は、私たちの目論見通りに檻糸が破壊されたと同時に着弾。ドォウッッ、と鈍くも巨大な音を立てて白黒の爆発が起こった。


 や、やった! どストライクのクリーンヒット! 投げたんだか打ったんだかわからない表現だがそうとしか言い表しようのない会心の一発が決まった!


 今のをまともに食らったからにはロードリウスもただでは済まない。それどころかゲームセットまで期待できる一撃だった。間違いなく、そんな希望が持てるくらいの火力はあった。


 なのに。


「っ……、」


 息を飲んだのは自分か、それともカザリちゃんか。どちらにしたって私たちの思いは同じだった。味わっている感情は、共に驚愕ただひとつだけ。


「ふ、ふふふ……素晴らしい。素晴らしい術だった。私の魔力防御と麗渦鎧の大半を吹き飛ばした上でここまで痛手を与えてくれるのだから──カザリ。つくづく君の才覚は素晴らしいよ。この私をして恐怖まで抱かされるほどに」


 しかし、と。土煙と魔力の残滓の中からゆっくりと姿を現しながら……形の崩れた鎧を立ちどころに修復させながら、ロードリウスは言う。


「それでも私には届かない、及ばない。何故なら私は四災将、魔王様より格別の厚き信頼を頂く魔族の中の魔族! 【栄達】のロードリウスだからだ!」


 健在だ。口振りや表情からしてまったくの無傷ではない。少なからずのダメージを確実に負ってはいるものの、五体満足で無駄口を叩く元気がまだある。痛みはあっても痛手ではない。そうハッキリとわかる、強がりではない余裕がロードリウスからは感じ取れる。


 頬を伝う冷や汗を拭いつつ、ついでに口元を隠してカザリちゃんとこそこそ話。


「ねえ。今のってカザリちゃんの中ではどういう術? まだ上があったりする?」

「ない。現時点での最高威力をぶつけた」

「ですよねー」


 そりゃそうだ。タメの時間があって絶対に当てられるという絶好のチャンスなんだから最大の火力をぶっ放さない理由がない。ロードリウスに命中した余波だけで彼の立っていた地面が掘り返されたみたいに深く抉れているんだからそこは元から疑いようもなかったが……どうしても信じられなくてね。


 っていうよりも信じたくないのよ。

 あのカザリちゃんの最高の術が、まったく決め手になり得ないだなんて。そこまでのタフネスがロードリウスにあるなんて思いたくないのだ。


 いや……タフネスじゃなくこれも技術か。魔族の肉体性能以上に、あの鎧と魔力の集中防御がそれだけ優れているのだと見るべきだろう。そうじゃなきゃスタンギルだって、今の攻撃を正面から食らって無事でいられるはずもない。絶対にああもピンピンとはしていられない。


「じゃあ奴を倒すには、あのクソほどかったい防御を貫く必要があるってことね」

「そう。そのためには」


 ──私たちもそれなりの無茶をしなきゃならない。

 生死の狭間を駆け抜けるような、九死に一生を得るような無茶を。


「いい目をする。そろそろ実力差を心身で理解できてきた頃だろうに諦めが欠片もないのは……勇者に選ばれたという気概がそうさせるのかね。あるいは、君らがそういう者だからこそ勇者に選ばれたのか? 魔王様の覇道を阻む憎き神に道具として見初められたか──ふん。まったく忌々しいことだよ」


 ロードリウスが目付きを鋭くさせて、私たちが構える。

 さあ、おおよそ互いの実力は知れた。

 ここからが本当の勝負だ。



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