103 麗渦鎧
「ほう、自動追尾──いや手動の誘導か。なるほど卓越しているな」
避けたはずの魔弾が一発も余さず再び自分に向かってくるのを、ロードリウスはむしろ楽しげに、心から感心している様子で迎え入れた。そして拳が振るわれる。
ロードリウスの打撃は重い。殴られた私にはそれがわかる。だから、魔弾を拳で撃ち落とす真似をされても驚きはない。魔族ならそれくらいのことはやるだろうっていう納得しかない。
殺到するいくつもの魔弾が次々と間髪入れずに殴り散らされていく。敵ながら圧巻の光景に息を飲みつつも、私はやはり奴から若干の違和感ってものを抱かずにいられない。
種族的な優越を誇っただけあって力は本物。ただしロードリウスの場合、魔族であることや鎧の重みが加味されていること、そしてあれだけ速度が乗っていた割には、むしろ打撃力は低いほうだとも思う。
たとえばスタンギルやアンちゃんが全身鎧に身を包み、なのにものすごいスピードで迫ってきて殴りつけてきたと考えたら、私は防魔の首飾りを装備していても守りきれずに致命傷を負いかねない。大袈裟ではなくロードリウスと肉体派の二人を置き替えたらそれくらいの差がある。
ロードリウスは体の使い方ってものを、知らないのだ。だから今も腕だけのパンチを繰り出している。魔弾の数が多いだけに自分もとにかく手数を求めて手打ちになるっていうのは理解できるけど、だからって腰が入らな過ぎる。あれはあえて手打ちにしているんじゃなくそもそも腰の入れ方を理解していない人のやり方だ。さんざっぱら妹に武術の練習に付き合わされたことで私の目はそういうのを見分けられるようになっている……別に何も自慢じゃないんだけどね。いやホントに。
とにかくロードリウスの自称は嘘じゃないってことだ。己が肉体を武器にするような戦い方をしてきておらず、得意じゃない。それでも魔族だっていう一点で私たちを凌駕する肉体性能があるってことをまざまざと見せつけている、と。
それはわかったし、鎧装備の魔族が厄介極まりないってことも重々に味わったが……やっぱり奇妙だ。違和感の原因は、おそらく速度。スタンギルに比べて劣ると本人が認める割には、奴のスピードだけが異常だって点にある。
ロードリウスは全ての魔弾を砕き終えた。あれだけの数が一斉に向かってきたのをひとつ残らず防いでしまうとは。それもパンチスピードが優れているからこそだけど、いくらなんでも両足を伸ばしたままのほとんど棒立ち状態であんなラッシュができるものなのか?
「種は水の鎧」
「! カザリちゃん」
最初からそうするつもりだったのか、ロードリウスが離れた隙にカザリちゃんが私の傍まで来ていた。彼女はロードリウスから目線を逸らすことなく、隠された真相を暴く名探偵みたいにビシッと指差して(実際はそんな大袈裟な所作ではなかったけどイメージね、あくまでイメージ)私に言った。
「あなたより離れた位置で見ていたからよくわかった。奴が地を蹴った瞬間、明らかに鎧の脚部が駆動していた。あの水の鎧は奴の身を守る盾としてだけじゃなく、動きを補助する役割も担っている」
「鎧が動きの補助をする……!?」
そんなことがあるのか、と聞かされた最初こそ半信半疑ぐらいだったけど、よくよく考えてみれば素材が水なだけにロードリウスの鎧は固定化されてはいてもその形に定まってもう変えられないというわけじゃない。むしろ水人間のように大きく散らされでもしない限りは常に新しく成形が効くと思われる。
ということは──と思考が行き着きかけたところで本人の口から答え合わせがあった。
「その通り! 麗渦鎧は単なる鎧にあらず、私の動作に合わせてその都度に形を変えているのだ。端正なものだろう? これぞ技の極致だよ」
技の極致……なのかは知らないけど。でも自分の動きにいちいち鎧の操作を合わせて、一部を変形させたり元に戻したりしてるとなると、確かに相当難度の高そうな術だ。
つまりあれでしょ? 中世的ないかにも古めかしい鎧に留まらず、現代的なパワードスーツ的な機能を持たせているってことでしょ。それを魔術で編み出して実現させたとなると発想も技術も普通じゃないとしか言えない。自ら自慢げに種明かしをするだけのことはある、か。
瞬きの間もなく間を詰めた速力、弾幕を打撃で撃ち落とせる拳速。それらの謎が解けて腑に落ちる。そしてその謎を淀みなく解き明かしたカザリちゃんに感嘆する。ロードリウスにも同様の思いがあったのか、彼はいくらか目を細めながら「それにしても」と言葉を続けた。
「よくぞ気付けたものだ。形を変えると言っても外身にそれは現れない。麗渦鎧の動作補助は内部によって行われるのだからね……大した観察眼と洞察力だ。と、称賛しておこう」
むむむ。見破られた側のくせして偉そうだけど、これも確かにだ。カザリちゃんの眼力はすごい。私だって違和感はバリバリ覚えていたけど、その原因が鎧の補助にあるなんて考え付きもしなかった。少なくともさっきの時点でその答えに辿り着くことはどうしたってできなかったろう。
だけどカザリちゃんは事も無げにそれをしてみせた。魔術師タイプでありながらも中間タイプの私以上に視力が強化されているからか、それとも彼女が元々持っている天性のモノが働いたか。まあそのどっちもなのかな。すげえや。
だけどこれ、素早さの秘密を暴いたところで──。
「しかし見破ったとてどうするというのかね? どうしようもないだろう。この攻防一体の我が鎧、攻略する術などない!」
ロードリウスが仕掛けてくる。今度はカザリちゃんのほうだ。相も変わらずそこそこの間合いを瞬間的に潰して振るわれる拳を、カザリちゃんは全身を光の魔力で覆うことで受け止めている。
重いパンチもしっかりと受け切っている。カザリちゃんに痛みや焦りが見られないからにはきっとそうだ。それは打ち込んだロードリウスもわかっているだろうに、けどお構いなしに連続で拳が振るわれる。またしてもラッシュ。速く、そして執拗な連撃。確実にカザリちゃんにダメージを与えたい奴の欲が透けて見える。
さっきは私から先に潰そうとしているようにも思えたけど、単に距離が近かったからだったのか? それともカザリちゃんを野放しにはできないと判断して優先的に攻める対象を変えたか──たぶん後者だな。だったら私への意識が多少なりとも疎かになっている今は腕の見せ所ってわけだ。
「檻糸」
カザリちゃんが攻撃に耐えてくれているおかげで仕込みが間に合った。ロードリウスにぶん殴られて押しやられたときからずっと準備は進めていたんだけど、ちょっと糸の操作が複雑で時間がかかった。カザリちゃんの援護と会話での尺も合わせてなんとか完成したこれは、女王テッソを捕まえた網糸と普段からよくお世話になっている壁糸を組み合わせた技だ。
何層にも編み込んだ糸の檻。網よりも綿密でしなやか、壁よりも堅牢で強靭。残糸や突糸みたいな最高硬度ではなし得ない柔軟性と丈夫さを兼ね備えさせた現状の私の最高難度術。──たった今思い付いたばかりのそれを、けれど私は完璧の確信をもって披露した。
「むぅ!?」
辺り一面に張り巡らせた糸のどこにでも中心点を任意で組める。そういう作りにしたからね。バロッサさんとの修行で地道にやったあやとり特訓の経験が活きたよ。
狙い通り、ロードリウスは下からせり上がって完成した糸製の檻の中にすっぽりと納まった。捕獲完了だ。