101 二重の罠
反応ができなかった。
当然だ、着弾の瞬間まで私は自分が撃たれたことに気付いていなかったんだから。
何かが高速で飛来した。そう理解したのは防魔の首飾りのオートガードによってそれが防がれてからだった。
「む……今のは」
撃たれて私はギョッとしたが、戸惑っているのは撃った側も同じみたいだった。今、明らかに私は何もできていなかった。防御はおろか攻撃自体を知覚できていなかった。そう、ロードリウスもわかっているんだ。
わかっているからこそ。見えない攻撃の成功を確信していたからこそ、何故かそれを防がれたという事実に困惑している。
「発射」
「!」
闇と光の魔力で形成された弾丸。二色のそれがいくつもロードリウスに向かう。さすがいつでもクールなカザリちゃん、敵の一瞬の動揺を見逃さない。だけどロードリウスも然る者で、初手に撃ってきた水の散弾を両手で放つことでカザリちゃんの弾を全て撃ち落とした。
ぬう、あの散弾は面制圧なだけに咄嗟のガード手段としても有用ってわけか。しかし不意を突かれていながら術による迎撃で身を守るとは、とんでもない魔術の腕前だ。こちらもさすがは四災将の一角だってところか。
そしてやはり、我が身こそが最大最後の武器だったスタンギルとは違い、こいつは術を駆使して戦う魔術師タイプの術者と見て相違ないだろう。そうでもないと大量の水人間の生成と操作なんてできっこないだろうしな。
「危ない危ない。やはり君は油断のならない、まさに勇者らしいお嬢さんだ」
「光・闇・増大」
「言葉もろくには交わしてくれないことだしな!」
「混合魔弾──発射」
詠唱で魔弾の強化を行なっている段階ではなんともなかったのが、カザリちゃんがふたつの属性を混ぜたことでハッキリとロードリウスの顔色が変わった。発射された白と黒が渦を巻く大きな魔弾を、今度は水散弾での迎撃じゃなくて防御して受け止めることにしたようだ。両手から瞬間的かつ大量に放出させた水で壁を作り、遮蔽物にした。
白黒魔弾と水壁が衝突し、なんとも言えない音が鳴る。例えるならそう……排水溝へ一気に水が吸い込まれるみたいな。マジでそうとしか言えないぎゅごるるるみたいな音。
音は変だし色のついた水が壊れた噴水みたいに飛び散ってるし、景観としてはとても戦いの真っ最中とは思えない感じだけど。でも紛れもなくこれは戦闘、それも四災将との激闘だ。私もいつまでも間を抜けさせてはいられない。ってことでミニちゃんで地上を走る。魔弾と水壁の残骸がいくらかロードリウスの視界を制限している今の内に回り込み、カザリちゃんと挟み込む構図に持っていくのだ。
ロードリウスは水を両手から生み出す。つまり手こそが奴の術の起点。その気になれば手以外でも──私が足からでも一本だけなら糸を伸ばせるみたいに──水を出せる可能性がないとは言えないけど、今の時点でそうしてないってことは手ほど自在じゃないとか大量に作れないとか、それこそ足だと万全に糸繰りができない私と同じような制限があるのだと見ていいだろう。
何が言いたいかっていうと、魔術巧者なロードリウスにもそういう「どうしようもない部分」があり、そこを突かない手はないって話。
両手で作れるからには咄嗟に撃てる術はふたつ! 散弾も二発同時に撃ってたもんね。でも水人間や水壁の生成にはどっちの手も使っていた。大きな術には両手が必須、あるいは片手だと時間がかかり過ぎるんだ。だったら挟撃の恩恵はデカいはず。
的がひとつではなくふたつになればロードリウスは対応に困る。これで挟むのがどっちも私だったら片手ずつで充分に対処も追いつくんだろうけど、なんせ一方はカザリちゃんだ。今だってロードリウスに多少なりとも焦りのようなものを抱かせて、防御のために両手を使うことを余儀なくさせた。
なら、攻め方はもう見えている。
「カザリちゃん!」
ロードリウスの水術のせいでぬかるみ始めている地面もミニちゃんがボードになってくれているおかげで足を取られることなく移動でき、その機動力のおかげで私はロードリウスを挟んでカザリちゃんの反対側ポジションにつくことができた。
そこで彼女の名を呼べば、返事はなかったけど意図を察してくれているようで、魔力の反応が高まった。そしてすかさず混合魔弾が撃ち出された。さっきみたいに巨大な一個じゃなくてそこそこの大きさの魔弾が複数個ロードリウスへと殺到する。
よしっ、ここで私も!
「ダブル突糸!」
左右の手それぞれで突糸を放つ!
カザリちゃんとの同時攻撃。混合魔弾の群れを防ぐにはさっきみたいに両手で術を行使しなければならない。けど、そうすると私の突糸の二連撃がロードリウスの無防備な背中を襲うことになる。かと言ってどちらの攻撃にも片手で防御すれば、突糸は防げたとしても魔弾を抑えきれない。最初の数発はなんとかできても残りの弾に防御をぶち抜かれて撃たれまくる。
どっちを選んでも被弾を避けられない。となればロードリウスは、リスク面からの取捨選択として当然にカザリちゃんの攻撃を完全に防ぐことを選ぶと思われる。二属性混じりの強力な魔弾を浴びるよりは、明らかにそちらより殺傷力に劣る私の糸のほうが食らってもマシだってことでね。
実際のところ、突糸が二発ともクリーンヒットしたってどこまで奴の手傷になってくれるかは怪しいところだ。私自身もそう思ってる。だから仕掛けをした。
この突糸はただの突糸にあらず! 通常の突糸は硬度と鋭さを糸の先端のみに集中させて、それを勢いよく伸ばすことで相手を撃ち抜く技だが、今撃ち出しているこれは先端を固まらせておらず、わざと解けやすくしてある。そうすることでヒットと同時にバラつき、即座に締め上げることで相手を絡め取る仕様になっているのだ。
持ち味である貫通力は失っているけれど、言ったように本来の突糸だと当てたところで有効打になる望みは限りなく薄い。だったらいっそ火力を低から無にして、その代わりに次に繋げるための拘束力を持たせる。そういう作戦なのである。
つまりこれは二重の罠なのだ。水人間を的にした突糸がどういう技かはロードリウスも散々見ていることだから、きっと魔弾よりもこちらを捨て置くはず──仮に神がかった直感で挟撃に隠された第二の企みを読み取ったとしても、だからってカザリちゃんの魔弾に背を向けるわけにもいかないだろう。というかそっちを食らってくれるならそのほうが私たちにとっても万々歳。大打撃を与えるのが早まるだけなんだからどっちにしろ都合がいい。
ふふん、咄嗟に編み出したにしては冴えた策だ。私ってば孔明並みの策士じゃない? 孔明の具体的なエピソードは何ひとつ知らんけど。
「あっ!?」
なんて悦に浸っていた私だけど、すぐに予想と現実の差異を知らしめられた。予想に反してロードリウスは半身になり、私とカザリちゃんどちらの攻撃に対しても対処する構えを見せた。最も可能性が低いと思っていた行動を、それも悩む素振りもなく取ったものだから少し驚いて、そして次の瞬間にその驚きはもっと大きなそれに塗り潰された。
魔弾群には、壁。これは想定通り。だけどもう片方の手で行使された術はまったくもって想定外だった──瞬間的に構築された水の鎧! 水人間の武器腕と同様に見るからに硬いそれでロードリウスは自らの全身を覆ってしまった!
水壁に魔弾が激突する。それに続いて私の突糸もロードリウスを襲うが、しかし──。