10 なんだってやったりますよ
「私は……こういうことができる」
と、昨晩も私たちに披露した片手に闇、片手に光の中二チックなスタイルになるカザリちゃん。これなー、見た目はかっこいいけど何ができるのかよくわかんないんだよね。
シズキちゃんの黒いやつをガードできていたから、闇のほうにはコマレちゃんの障壁と同程度の防御力があるのは確認できてるんだけど、それ以外にはただもわもわしているだけだし、光なんてぴかぴかしているだけだ。
けどバロッサさん的にはやっぱりこれもすごいことのようで。
「あんたはダブル。それも光と闇とは豪勢じゃないか。それぞれ単体でも珍しいってのに」
「カザリさんは光属性と闇属性の適性がある、という理解でいいのでしょうか」
「そうだね、コマレ。あんたに火・水・土・風の属性の適性があるようにこの子には光と闇の適性があるってことだ。しかし二属性はままいるが光と闇の組み合わせはこれまたお初にお目にかかる。やはり勇者、揃いも揃って女神様から得難い才能を頂いているようだね」
「あぅ……」
流れでバロッサさんから視線を向けられたシズキちゃんは肩を震わせた。怖がっている。それが何に対しての恐怖か、バロッサさんはしっかりと理解しているようだった。
心なしか優しく聞こえる声音で彼女は言う。
「安心おし、あんたに与えられたのは呪いじゃなく祝福。しっかりと気を保てば悪いことは起こらないよ。だからほら、怖がらずに力を見せてごらん」
「は、はい…………えい」
ぽこっとシズキちゃんの制服の襟から見覚えのあるものが飛び出した。例の黒いアレだ。
液体にも金属にも見える不思議な質感を持ったそれは、でも昨日のよりも二回りくらいはサイズが小さく、威圧感がない。
「これを……たぶん、操作? できると思います……」
「ふむ。思った通りユニークだろうね、こいつは」
「ユニーク、とはなんでしょう。魔力とはまた違うものなのですか?」
「異能力ってのは一部の者に備わった原理不明の力を指す。果たして魔力が源なのかもよくわかっていない、個人ごとに異なる結果を引き起こす未解明の能力さね。あたしもこの分野に関しちゃ専門外だ」
「え、それじゃあシズキちゃんには何も教えてあげられないんですか」
黙ってろ(要約)と言われたのを忘れたわけじゃなかったんだけど、思わず口を挟んでしまった。けれどバロッサさんは気にするでもなく肩をすくめて答えてくれた。
「学術的な部分では専門外でも、言ったろう。『力の扱い方』を教えるぶんにはなんの問題もない。過去にはユニーク持ちの面倒を見たこともある、そこは安心しな」
最後はシズキちゃんに向けられての言葉で、そう言われて彼女はこくこくと頷く。仲間外れにはならないと知れて嬉しそうだ。かわいい。どんぐりとかあげたくなっちゃう。
「さて。最後はハルコ、あんただね。あんたはどんな力を女神様に頂いたんだい」
「健康で丈夫な体っす」
「うん?」
「いやだから、健康で丈夫な体を寄越してくれやがったみたいなんですよ、あの女神」
元々持ってるんですけどねぇ、とマッスルポーズでアピールすればバロッサさんはしばらく黙り込み、それからゆっくりと長いため息を吐き出した。
「何も、できることはないのかい? 祝福を授かる前と後で思い当たる変化は?」
「それが何もないんですよね……ああでも、魔力が知覚できてるっていうのは無関係じゃないかもです。それ以外には本当に一切変わったことはないっす。ねえ皆」
「いや、以前のハルコさんを知らないんですからわかるわけないじゃないですか」
「ほら、コマレちゃんもこう言ってますよ」
「……参ったね、こいつは流石に想定外だ。どんな力を持っているのかわからないんじゃ鍛えようもない」
「うっそでしょバロッサさん! まさか私だけ教育放棄ですか!」
「馬鹿言いなさんな、一度引き受けたからにはなんとしてもやり遂げるよ。お告げだからじゃなく、それがあたしの主義でね。……仕方ない。ハルコ、あんたは他の四人と違って一からの修行になりそうだが構わないね」
一からの修行、というのがどんなことを指してるのか私にはさっぱりなわけだが、まあ皆と違って目立った力がないからにはしょうがない。
というか、こっちにはぶっちゃけバロッサさんの言う通りにする以外の選択肢がないよね。だって他に何も思い付かないんだもの。
「ばっちこい! なんだってやったりますよ、自分!」
「思いの外に意気込みが強いね」
「や、このままだと私だけさくっと死んじゃいそうなんで。そりゃ必死にもなりますって」
まだぜんぜん納得はいっていないんだけど、とにかく魔王だか魔族だかと切った張ったするのは確定しているみたいだし? 生き延びて元の世界へ帰るためには強くならなくちゃいけないだろう。最低限、自分の身くらいは自分で守れるくらいには。
でないと皆の足を引っ張っちゃうことになるからね。
「なるほど、意気込むわけだ。よーしわかった、あたしもとことん付き合ってやる。なあに、あんただって勇者の一人。きっとこの子らにも負けないだけの力が眠っているだろうよ」
「そうっすかね」
そうだったらいいなー。
あの女神のことだから望み薄な気もするけどさ。
でも期待するだけタダだし、自覚できてないだけで私にもめちゃつよパワーが授けられていると信じておくか。
「それぞれに見合った訓練の仕方を教えよう。幸い、ハルコ以外は既に基礎ができているようだからあたしが付きっ切りにならなくても方向さえ示せば勝手に育つはずだ。まずは一人で力にじっくりと向き合ってみな。壁を感じたらそのとき相談に乗ろうじゃないか」
そう言ってバロッサさんは皆にああしろこうしろと指示を出し始めた。
コマレちゃんとカザリちゃんには術の組み方がどうのこうの。
ナゴミちゃんには魔力の流れがどうのこうの。
シズキちゃんには黒い物体との意思疎通がどうのこうの……といった具合に一人一人にけっこうな時間をかけて教育方針? を伝え終えた彼女は、さっそく個人練習を始めようと散っていく四人を背中に私へと向き合った。
「で、私には付きっ切りと」
「そうなるね。不満かい?」
「特別扱いで涙が出まさぁ」
それで、具体的に私は何をすればいいんだろうか。
皆は大体わかってるっぽかったけど正直私はバロッサさんが何を言っているのかちんぷんかんぷんだったんで、かなり噛み砕いて説明するなり手本を見せるなりしてくれないと何も始められなさそうなんだが。
「そうさね。あんたの場合、まずは魔力とどの程度の密接さでいるかを確かめるところからになるか。魔術における初歩の初歩だが、そこを確かめないことには次に進めない。一歩一歩行くよ」
「あいあいキャプテン! それで、その密接さってのはどうやって確かめるんです?」
「何か感じるものは?」
「えっ? あー、バロッサさんから何か出てますね。ナゴミちゃんがやってたのに似てる」
「ふむ。じゃあ、これはどうだい」
バロッサさんの全身からぼやっと出ていた光が引っ込んだ。けれど、消えたわけじゃない。
「あれ? 見えなくなったのに何も変わらない……これどういうことですかね」
「変わらないってのはどういうことだい。もっと具体的に」
「いや、なんと言いますか。圧みたいなのをバロッサさんから感じるんですよね。さっきまでは光ってなければ何も感じなかったのに」
「そうかい。なら、お次はどうだい?」
「えーっと……圧がかなり弱くなった。いや、薄まった? そんな感じです」
「なくなったわけじゃないと」
「はい、感じてはいます。ちょびっとだけ」
私の答えにニヤリとバロッサさんは笑った。
「なかなか鋭い。これならそこまで苦労はしなさそうだね」