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シミュレーター

サーキットの方からエンジン音が響きだした。

その音に対する快不快は、まだよくわからない。


階段を降りる。

カートっていうのは入門編のカテゴリーだと聞いていたけれど、こうして見ると随分速いんだな。


100キロくらいは出てるんじゃなかろうか。


普通のサーキットよりも格段に狭いこのコースで、そのスピードを出す。

…やっぱりちょっと怖いかも。


「どうしたー?」


階段の途中で足を止めていると、下の階にエレベーターで一足早く降りていた父さんが声をかけてくる。


「いや、なんでもない!」


止めていた足を動かして、階段下で待っている父さんの横まで向かう。


「すまんな、この施設にあるものでおまえが楽しめそうなものは無いかも知れんが…。」


僕はずっと、父さんがこの場所に呼んだ理由を考えていた。

仕事があるからっていうのは勿論そうなんだろうけど…。

それ以外にもっと、大切な理由があるんじゃないかと勘繰っている。

他愛のない会話をしながら、1階フロアを練り歩く。


色んな機械やトレーニング器具なんかが並んでいる。

モータースポーツはスポーツだもんね。

そりゃ筋トレも重要なわけで…。


ふと、さっき言われた「男らしく」という言葉を思い出した。


「父さんもトレーニングとかしてたの?」


「俺の時代はな。かなりきつかった。だが…」


そんな僕の心を透かして見たかのように笑う。


「今は横G加速Gなんか気にならないほどスーツが進歩してるし、ペダル操作やハンドル操作もAIがサポートする。…あのジムはルイスの趣味だ、おまえの細腕でも充分だよ。」


ちょっと小バカにしてない?父さん。

むくれながら後を付いていくと、今度は父の方から質問が飛ぶ。


「なぁ。あのカート、どのくらいスピード出てると思う?」


丁度さっき考えてたことだった。


「僕の感覚的には、100キロくらいだと思ったけど。」


「そうだな。エリックならバックストレートで102~3キロは出すだろう。」


思ったよりも正確だった。

でも、一つ疑問が生まれた。


「直線はアクセルを踏むだけなのに、人によって速度が変わるの?」


僕の言葉に、父さんがピクッと反応する。

何らかのスイッチが入ったみたいに。


「そうだ。直前のコーナーを抜ける速度やライン取りによってストレートスピードは大きく変わる。…そうだな…。」


そう言うと、父さんはおもむろに車椅子をシミュレーターの方へと漕いだ。


「実践した方が分かりやすいだろ?」


え。


「待って待って。父さんがシミュレーターやるの?」


「ああ。それか凛がやるか?」


「ダメだよ!またお医者さんに怒られるよ?」


「もう慣れた」


慣れちゃダメだよ!!!


「不自由な下半身だが、大雑把にペダルを踏むくらいならできる。」


あーあー。

もうこうなったら聞かないんだ。

よたよたとシミュレーターの椅子に座り、スタートボタンを押す父さん。


「フゥ~!久しぶりだなぁX1マシン!!!」


明らかにテンションが上がった。

ってか前にもやってたの!?

これは母さんに報告だな。


「よし、じゃあ行くぞ。」


父さんがコースに出ると、モニターに映る辺りの景色が歪んだ。

そう錯覚するほどの凄まじい加速が周囲を包む。

それでも当然のことのように父さんはハンドルを操作し、僕に話しかけてくる。


「このマシンの最高時速は何キロだと思う?あのカートとは比べ物にならないぞ。」


片手をハンドルから離し、速度が見えないようにメーター類を隠す。

ワンハンドでコースを周回し続ける。

それも恐ろしい速さで。

この人は、只者じゃないんだとやっと分かった。


「さあ、何キロだ?」


コースの中で一番速度が乗る場所を通過した。

周囲の看板や流れる景色。

それらを今まで経験してきた速度の体験と照らし合わせてみる。


「…450キロ…だと思う。」


「…正解は~?」


ジャカジャカジャンッっと言いながら父さんは片手をメーターから離す。

そこに書いてあった数値は。


「452キロ!まあほぼ正解と言っていいでしょう!」


直線終わりのブレーキングをしながら、離した片手で僕の頭を撫でる。


「おまえは目が良いんだよ。特に動体視力ってやつがな。」


元から知っていたかのように褒めてくる。

そんな父の横顔越しに、二人の人影が見えた。


「『おいおい、随分鈍ってるんじゃないか?瀬名。お前の実力はそんなもんじゃないだろ』」


「『車椅子生活を15年やってから言ってくれないか、ルイス。』」


お互い笑いながら軽口を叩き合う。

エリックを連れたルイスさんが、そこには立っていた。

…。


「父さん。」


「おう、なんだ?」


ほんの少しだけ、興味が湧いた。


「僕にもこのシミュレーター、使わせてほしい。」









「『待って、速くない?速くないですか!?』」


「『一番奥まで踏めてないぞ~』」


「『全然よ。ラインがガタガタね。』」


「『いいぞ。好きなように走るんだ』」


三人の教官に翻弄されながら、初のシミュレーター体験。

意外と楽しいかも。


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― 新着の感想 ―
まったく興味がないと思っていた息子から質問がきたら、そりゃ嬉しいですよね!( *´艸`) 一生懸命楽しそうに語ってくれる瀬名くんに、私もニコニコしちゃいました! 凛くんもシミュレーターを楽しめそう!…
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