Kill my weakness
「『そ…そうですがなにか…。』」
目線を逸らしながら一応返答する。
何の用なんだろうか。
父さんの知名度は、こういう時は仇になりがちだ。
彼女はつかつかとこちらに歩み寄り、目の前に。
もうよそ見はできない。
「『あなた、ここに来るのが遅すぎるのよ!!!』」
はい?
「『15歳からレースを始めて一流になれるケースなんてほんの一握りなのよ!?今まで何してたのよ!!!』」
あー…。
なるほど。
なんとなく分かってきた気がする。
この人、僕がレーサーを志しているんだと勘違いしてるな…。
「『エリカちゃん、これには色々ワケがあってだね…』」
そんなジャンニさんの横槍を完全に弾き返し、彼女はまくし立てる。
喋ることを許されないジャンニさんたちはもう諦めモードで目を閉じる。
もうちょっと頑張ってください。
「『大体その姿勢も態度も!見た目ももっと男らしくしなさいよ!そんなんじゃ上に行ったとき舐められて終わりよ!!!』」
そこまで言う!?
確かに僕は髪も長いし、女の子みたいだとよく言われてきたけど…。
それにしたってひどいでしょ。
僕はすかさず反論する…でもなく、黙りこくってしまう。
こういうところが更に気に食わなかったのか、彼女は更にヒートアップする。
「『あなたには『父を超えてやろう』という気概は無いの!?あなた自身の使命と戦う覚悟は!?』」
思わず耳を塞ごうとすると、流石にマズいと思ったのかカレルさんが動く。
彼女を羽交い締めし、ズルズルと引きずっていく。
「『…一旦落ち着かせる。また後でな』」
カレルさんは親指を立てて、やいのやいの言っている彼女と共に消えていった。
「『…。』」
「『…。』」
沈黙が続く。
彼女は二人掛けのソファの真ん中で、動き出さないように両腕をジャンニさんとカレルさんに固定されている。
三人で座ってるわけだから結構ギュウギュウだ。
「『あー…まずは自己紹介からじゃないか?』」
周さんが沈黙を破る。
数秒後、不満げな彼女が口を開いた。
「『エリカ・“エリック”・フェルスタッペンよ。』」
…ん?
名前、どっち?
「『私のことはエリックと呼んで。』」
「『…でも皆『エリカ』って…』」
「『いいから!!!』」
分かりましたよ…。
謎は深まるばかりだけど、僕も自己紹介はしておかないと。
「『伏見凛です。えーと…』」
僕に関する状況の説明は、さっきカレルさんがしてくれたらしい。
それからというもの、エリックは更に不満を露わにしている。
モータースポーツに関する全ての話題は、僕から振ることはできない。
「『凛、初めに言っておくわ。…あなたの判断は間違ってる。』」
物心がついたころからこの世界に居た彼女の意見は、信憑性があるのかもしれない。
だけど、僕の判断は僕なりに考えた結果だ。
それを他人にとやかく言われるのは良い気はしない。
でも彼女の気迫は凄まじく、反論したくても身体が付いてこない。
自らの信念に絶対の自信を持っている。
それが、言葉を一つや二つ交わしただけでも感じることができるほどに表面化している。
「『あなたは今や未来を見ていない。過去に起きたことをずっと引きずって、やらない言い訳を探しているだけ。』」
今、モータースポーツ界は安全が確保された世界へと様変わりした。
でもそれは過去に命を落としてきた先人たちが居たからこそであって…。
と、頭の中でだけ言い返しても何もならないのに。
すると、遠くから聞きなじみのある声が。
「『エリック、ルイスが呼んでるぞ。』」
本人からの要望を忠実に守っているのは、僕の肉親だった。
「『間違っちゃあいないんだよ。彼女の言葉も、凛の言葉も。』」
仕事の合間に、僕たちが座る席に顔を出してくれた父さん。
「『にしても、ありゃ言い過ぎだと思うがな。』」
苦笑いしながら紅茶を啜る周さん。
僕の手元にある、三割ほど残った紅茶は既に冷めていた。
「『要はモノの見かたの問題なんだよね~。』」
彼女…エリックの言葉は、的を射ていた。
正反対の意見を持つ僕でも、それは分かる。
結果を見るか、過程を見るかの違いだけだと思う。
でも…それにしても。
「『あんなに強く当たらなくてもいいんじゃないかな、とは思っちゃいますね。』」
僕が何をしたわけでもないのに、と言ってしまうとちょっと子供っぽいかな。
そんな僕のぼやきに反応したのは、父さんだった。
「『彼女は、彼女が持つ唯一の弱点を消そうと必死になっている。周りのことが見えなくなるほどにね。』」
それに続けるように一言。
「『ま、俺は弱点だとは思ってないけどね。もうそういう時代じゃないから。』」
「『準備できました。ルイス。』」
「『了解。じゃあこのセッションも頑張ろうな。』」
小学校に上がる前から、自分の時間を削りに削ってこの世界に費やしてきた。
私はこのコースを走っている他の誰よりも鍛錬を積んでいると自負している。
私と同じ境遇で、かつてのトップカテゴリーであるF1に参戦したドライバーはたった五人。
70年を超えるF1の歴史で、たった五人。
狭き門どころの話じゃない。
それを分かっているからこそ。
Kill my weakness.
女は、この世界では戦えないから。