再会
「『…着いたぞ。』」
「『ありがと、ご苦労さんカレル』」
車が停まる。
辺りに建造物は少なく、開けている。
当たり前のことながら、日本の田舎とは雰囲気が違う。
枯草色の地面が地平線まで広がる。
そんな中、僕の眼前に現れたのは。
「『ここって…。』」
比較的新しく建てられたであろう建物。
一階部分はガラス張りになっており、向こう側が少しだけ透けて見える。
そんな、見えた向こう側ではチラチラと何かが動いている。
それが何らかの車両であることは想像がついた。
「『ルイスウィルソン・レースウェイ。この辺りじゃ珍しい、大型カートコースだ。』」
平たく言えばサーキットなのだろう。
なるほど、父さんは仕事中か。
「『行こうか、凛。』」
「『…はい』」
ナチュラルに手を差し出してきたジャンニさん。
反射でそれを握り、建物の中へと向かう。
誰かの手を取ったのはかなり久しぶりな気がする。
中に入ると、そこはホテルのロビーみたいな落ち着いた空間だった。
中心にロビーが位置し、その両翼にはシミュレーターがズラリと並んでいる。
レーサーを志す人たちは、ここで練習しているのだろう。
僕には一生縁のない場所だと思ってたけど…。
心の奥底にざわめきが生まれるのを感じた。
それが恐怖なのか、はたまた別の感情なのかは分からない。
ロビーエリアの最奥。
ガラス越しにサーキットと面した場所には、二人の人影があった。
一人は僕にもよく見覚えがある、車椅子越しの後ろ姿だ。
「『やはり彼女は一人頭抜けてるな。流石、ルイスの教え子だ。』」
「『ああ、俺もそう思う。あの子は俺に似てるんだ』」
隣の男性と話をしているようだった。
口ぶりからして、二人はかなり親しいみたいだ。
「父さん!」
と、僕が口を開く直前。
父はガラスの反射越しに僕を見つけ、身体を反転させた。
「凛!思ったより早かったな、よーしよし」
あまり勢いよく抱きついたつもりはなかったけど、思ったよりも強い衝撃が伝わり少々心配になる。
ふと上を見上げるとさっき父さんと話していた男性が、倒れないように車椅子のハンドルを支えていた。
「『あっ、すみません!』」
思わず謝ると、その人はウインクして微笑む。
「『こういう時は『ありがとう』って言うんだぜ?よく来たな、久しぶりだ。』」
車椅子の父と抱擁を交わすために膝を付いていた僕の手を取り、立たせてくれる。
この人も『久しぶり』、か…。
「『ルイス。多分凛の方は覚えてないと思うぞ。』」
父さん!?!?
なんで言うの!?
どう取り繕うか考えてたのに!!!
でもそれを聞いたその人は、怒るでも悲しむでもなく。
声を出し笑って、続ける。
「『分かってる分かってる!それがなぜか、もな。優しい子なんだろうよ』」
そう言って、僕の頭をワシワシ撫でる。
…そうか。
この人が…。
「『ルイス・ウィルソンだ。X1の運営と、ここのオーナーを掛け持ちしてる。』」
伏見瀬名登場以前の絶対王者。
引退してからも各グランプリの運営重鎮として活躍している人だと聞いている。
「『じゃ、俺はこの辺でお暇するわ。またな、ルイス。』」
「『おう。子供との時間は大切にしてやれ。』」
父はルイスさんに手を振ると、僕に向かって『ついてこい』と合図をした。
残されたルイスさんはまた、サーキットの方を向いて腕を組んでいた。
「ここは今や、X1シリーズに出る若者のための養成所みたいなものになっている。」
施設の中を、父さんの車椅子を押しながら進む。
「もし、おまえがモータースポーツに興味を持ったら…ここに連れてくるつもりだった。」
「…でも、僕は…」
「分かってるよ。おまえは本当に優しい子だ。」
じゃあ、なぜ。
なぜ僕を呼んだんだろう。
僕はここに居ても何もならないのに。
…でも、不思議なことが一つある。
僕は今すぐにここから逃げ出したいとか、そんなことは考えていない。
どちらかと言えば心地よさすら感じている。
ずっとマシンを見ていたいとか、走りたいとは思わないけれど。
異国のこの地に、ただ居たい。
いや、この表現は少しだけ違うのかな。
『あの人たちと、もっと話したい。』
…これかも。
そんな僕の脳内を透かして見たかのように、父さんは悪戯っぽく笑う。
「俺が忙しい間、やかましいおっさん達の相手をしてほしいんだ。」
父さんが指さした先には、僕をここまで送ってくれた人たちが。
「『裕毅も息が長いよねぇ。35超えてまだ現役やってんだもん。』」
「『ジャンニ、お前いつ辞めたっけ?』」
「『裕毅が初めてチャンピオン獲った次の年』」
「『…そこ基準なのか。』」
あの人たち、ずっと喋ってるよな…。