九分九厘
11月某日。
暑くもなく、寒くもない、過ごしやすい気温。
こんな日は、体感で年に二週間くらいしかない。
そんな清々しい日にこのコースで走れることを、光栄に思う。
『聖地』鈴鹿サーキット。
ホームストレート上を歩き、前から三番目に停車する僕のマシンへと向かう。
ヘルメットをマシンに置き、髪を纏める。
「『手伝うわよ、凛。』」
風に攫われる髪と格闘していると、後ろから声がかかった。
「『ありがとう、エリカ。ここ押さえといてくれる?』」
ヘアゴムを今一度持ち直し、今度こそ結わくのに成功する。
「『どう?サーキットの中からの景色は。』」
ピットや観客席から見る景色とは、やっぱり一味違う。
なんというか、表現が難しいんだけど…。
「『スケールが大きいんだ。今まで見てきた、サーキット像がひっくり返るくらいに。』」
道幅やそこら中にある建造物。
その全てが、とても大きく見えている。
「『走ってみたらまた違うわよ。こんな道幅じゃ足りないーって思うかも。』」
スタートの時間は、刻一刻と迫っている。
「『凛くん。』」
後ろから、もう一人の声が響く。
「『裕毅さん、お疲れ様です。』」
振り返ると、彼はニヤッと笑みを浮かべて。
「『お手柔らかに、ね。』」
こっちのセリフですよ!!!
それだけ告げると、裕毅さんは自分のマシンに帰っていった。
まるで、僕に伝えるべきことはもうないと言わんばかりに。
うぅ~、緊張する!
でも、父さんも言ってたよね。
緊張は、デバフじゃない!
僕を強くしてくれる要素の1つなんだ。
そう割り切って、開き直ってみる。
「『じゃあ、健闘を祈るわ。頑張って私たちについてきなさいよね!』」
「『分かんないよ~?抜いちゃうかもよ~?』」
そう言って笑い合い、僕たちはそれぞれのマシンに乗り込む。
もうすぐだ。
もうすぐ始まるんだ。
「『もう始まる?ねえもう始まる???』」
「『気が早えんだってジャンニ』」
「『…もうその質問は7回目だぞ。』」
関係者席は、いつにも増して騒がしい。
新たに凛が参戦し、絶対的な人数は減ったはずなのだが。
残されたおじさま達の声のボリュームは、以前よりも大きくなったように思える。
「『だってしょうがないでしょ!凛にエリカちゃん、裕毅の三つ巴のバトルがこれから始まるんだよ!?テンション上がりまくるだろ!!!』」
X1グランプリ、冬シーズン。
開幕戦が、ここ鈴鹿で行われる。
凛は初参戦ながら、予選で三番手グリッドを獲得した。
トップツーはおなじみのメンバーだ。
ポールポジションからはエリカ。
二番手は裕毅。
この二人は今、世界の頂点だ。
でも、だからといって凛が遅れるとは考えない。
いや、むしろ…。
「『まあ、祭りみてえなもんだよな。誰が勝っても嬉しいもんだ。』」
「『それはそう』」
はしゃぐ三人と、離れたところで見物する俺とルイス。
いつもの構図だ。
凛がここに来る前は、いつもこうだった。
凛は再びいなくなったが、コース上にいる。
俺としてはこれ以上に嬉しいことはないのだが。
人ってのは欲張りなもので。
ついついそれ以上のことを期待してしまうのだ。
「『なあ瀬名、お前は誰が勝つと思うよ?』」
周が問いかけてくる。
俺の答えは、もうすでに決まっている。
数か月前、凛が初めてカートに乗ったあの日から。
「『お前は、凛のカーナンバーの意味を覚えているか?』」
99。
その数字に込めた、あいつなりの思いを。
二桁の数字で一番大きい、99。
それは、必勝とまではいかなくても。
それに限りなく近いパフォーマンスを発揮できるように。
99%…いや。
こう言った方が、スマートかもしれないな。
凛は、あいつは。
「『九分九厘、勝つだろう。』」




