見知らぬおじさん
「話は聞いてるよ。凛の旅支度をしないとね!」
「待って、ちょっと待って。僕が聞いてない。全く理解できてないから…母さん!話を!!!」
まるでこうなることが分かっていたかのような動きをする母さん。
こうなると話を聞かないのは両親に共通した点だと思う。
ちょっと待ってよ。
僕、日本から出たことないんだけど。
いきなり一人旅でイギリスに…???
というか、そもそもなぜ。
なぜイギリス。
「あたしもイギリス行きたーい!!!」
「ご飯が美味しくないらしいからおれはイイかな…。」
もー収拾つかなくなってきたよ。
恐ろしい手際で荷物をまとめる母。
ここぞとばかりに騒ぎ立てる弟妹。
たった一文でここまで人を、空気を狂わせるのは父の才能だと思う。
まぁ…久しぶりに父さんに会えるみたいだし、いっか。
ちょっとした旅行だ。
気楽に行こっと。
「『…よく来たな、凛。久しぶりじゃないか。』」
「『…どちらさまですか』」
「『えー!凛!?こんなに大きくなったの!?』」
「『どちらさまですか!!!』」
指定された空港にて。
付いた先で待っていたのは、なにやら怪しげな外国人の集団だった。
拉致?
これ拉致???
父さんは???
「『凛、覚えて…るわけねえか。最後に会ったのはX1ができた時だもんな』」
僕を取り囲んでいるのは三人の男性。
初老…とまではいかない、40代くらいに見える。
「『はて。X1ができたのって去年とかじゃなかったっけ?』」
「『…そんなに年を食ったか。』」
「『ボケ老人じゃねぇんだからよぉ…』」
三人は仲良さげに会話を続ける。
完全に蚊帳の外ですが。
「『あ、あのー…?』」
中心に佇む僕は、お三方よりも少し身長が低い。
水平だった視線が、一斉に少しだけ降りてくる。
ちょっと怖い。
オロオロしながら三人の顔を見回していると。
「『ああ、ごめんごめん!ぼくたち、瀬名に頼まれてキミの面倒を見ることになってるんだ!』」
ん?
え?
あ?
なんで?
「『でも、父さんの方から呼んで来たんですよ?なんでここに居ないんですか…?』」
少し不満げな表現になってしまったかもしれない。
でも、その人は笑顔で続ける。
「『それはね、キミに最高の休日を送ってもらうために準備してるからだね。』」
「『瀬名は今、ここから少し離れた場所のとある建物に居る。』」
「『…凛の『退屈信号』をキャッチした、とか言っていたな。』」
全部聞き取れたのに。
全部聞き取れたのになんもわからん。
そんな、本当の意味で『理解に苦しむ』僕を見て。
「『ま、今無理に解らなくてもいいだろ。』」
「『移動しながら喋ろっか!』」
「『…運転、任せろ。』」
クルマのキーを指にはめ、クルクルと回して見せた。
「『そっかー、覚えてないかー。』」
「『なんかごめんなさい…』」
微かに残る記憶を頼りに、この人たちのことを思い出してみようとした。
でも、どうしても出てこない。
当たり前だ。
僕はあの時、目に映り耳から聞こえる一切の情報を拒んだ。
「『いやいや、小さかったししょうがないよ!』」
「『自己紹介なんつーもんは、何度やってもいいんだ』」
「『…癖の強い者ばかりだからすぐ覚えるだろう』」
運転席の人は、助手席に座った仲間に『大クセ代表のお前が何を』と小突かれていた。
でも、そうだよな。
向こうは僕のことを知っているみたいだけど、ここは一つ。
僕の方から自己紹介を始めてみよう。
父さんが言ってたんだ。
人とのコミュニケーションは、初動が大事だって。
「『伏見凛…です!あの…父がお世話になっております!』」
車内が静寂に包まれた。
え、僕何かやらかした?
一気に冷や汗を噴き出していると。
「『聞いたか?ジャンニ。オレもう泣きそうだよ…』」
「『ごめん、周。もう泣いてる。…カレル、キミは運転に集中して…』」
カレルと呼ばれた運転席の人。
その顔を覗き込んでみると。
「『…。』」
目線を真っすぐ前に向け、瞬き一つせず涙を流していた。
なんなの…。
「『恥ずかしい所見せちゃったね。まさかこんなに立派になってるとは思わず…。』」
「『また泣き始めてませんか!?』」
助手席に座ったその人は、俯いて眉間を押さえている。
「『ま、改めましてよろしく!ぼくはジャンニ・ルクレール。ジャンニお兄さんって呼んでいいよ』」
「『いい加減若作りはやめねえか?』」
「『だまらっしゃい!』」
喋り始めたとたんにけろっとしたジャンニさん。
元気そうで何よりです。
そして、僕の隣。
後部座席に座るのは、ジャンニさんに茶々を入れていた人だ。
恐らくアジア系の方だろう。
「『周冠英だ。よろしくな。』」
差し出された右手に、僕も手を合わせる。
「『グァンちゃんはねー、凛が小さいとき一番可愛がってたんだよ~』」
「『おい、その名前で呼んでいいのはアイツだけだ。やめんか。』」
「『ハイハイ。』」
周さん、ツッコむところそこなのか。
良くしてくれていたのなら、覚えていないのは申し訳ないかも。
そして最後。
運転しながら、ちょくちょくルームミラーでこちらを確認してくれている。
「『…カレル・サインツだ。通称、妖怪シャンパン注ぎ。』」
「『待ってそれ自称するのウケるんだけど』」
えぇ…。