完璧
今、私にできることはなんだろうか。
…走れ。
高みへとたどり着くために、やるべきことはなんだろうか。
…走れ。
まだ、終わらない。
終われない。
終わらせない。
目指した景色は、前にしかない。
誰もいない、前方の景色は。
私の強さの証明だ。
心に、魂に刻み込め。
勝つための、信念を。
少しでも前へと進みたいのならば。
今を、走れ。
「『…エリカが先頭で1コーナーに入っていく。』」
「『頼むから接触だけは勘弁してくれよ…?』」
ホームストレートを、弾かれたようにスタートしていく全車。
特にトラブルは無く、各車物理法則に反した速度で僕たちの視界から消えていった。
超低速サーキットであるモンテカルロ市街地コースでは、従来のダウンフォースのみでは高速でのコーナリングは不可能である。
そのため、モナコのみで適用されるマシン技術として、『ファン・カー』というものがある。
マシンに搭載されたファンによって車体下部から空気を吸い出し、まるで電源の入った掃除機のように地面に吸い付く。
これはウイングによるダウンフォースとは違い、車体を下へ押さえつける力の強さは、車両の速度に依存しない。
これにより、X1マシンの従来と比べて『絶対的に速い』という印象は覆ることは無い。
速い。
まさに、物理に反する速さである。
そうこうしているうちに、もうマシンたちは一周してきてしまった。
まだ50秒も経っていない。
短いホームストレートでも、300キロを優に超えるスピードで過ぎ去っていく。
「『驚いたな…オープニングラップで脱落者が出なかったのは、俺の記憶にない。』」
スピードが出ないため、深刻な事故は従来から少なかったモナコ。
その分、小さな事故は比にならないほど多いコースである。
それはAIによる制御が行われているX1グランプリでも変わることはなかった。
だが、今日は違うようだ。
「『瀬名、これはなんでだ?何が起きている?』」
ルイスさんが問いかける。
父さんが答えるのに、あまり時間はかからなかった。
「『ルイス、君もモナコを何度も走っているから分かるだろう。ここを走る時、視界に最も大きく映し出されるものはなんだ?』」
少し考えて、ルイスさんはハッとしたように顔を上げた。
「『そうか。そういうことか。』」
先頭集団は、もう三周目に入っている。
…速い。
と、言うよりかは。
完璧だ、と言った方が正しいかも知れない。
ステアリングを切るタイミング、アクセルオンの時間や開度。
その全てが、最も理想的な形で行われている。
今のエリカちゃんは、熱い闘争心を持ちながら、冷静に完璧なラインを通っている。
自分の0.3秒先を走るお手本を追いかけている感覚だ。
こうなってくるとボクにはどうすることもできない。
ただ、彼女のラインをなぞる。
それが、今ボクに出来る最高のパフォーマンスということになってしまう。
低速コースのモナコじゃあ、スリップストリームの効きも弱い。
F1みたいなDRSも、このマシンには搭載されていない。
モナコは抜けない、と、昔から苦言を呈されることもあった。
そう言いたくなる気持ちもわかる。
久しぶりに、誰かの後ろを走ってみて思い出したよ。
退屈極まりないね、コレ。
唯一の楽しみは、前を走るエリカちゃんの走りを見ることだ。
美しい。
美しいねぇ。
悔しいけど、隙が見つかる気配は全くない。
このコースを走る時、自分の視界に最も大きく映し出されるのは、空でも街の景色でもない。
それは、前を走るマシンだ。
「『前走者が完璧な走りをしていれば、後続のドライバーはそれをなぞるだけでいい。楽な仕事だよ、クラッシュも起きないわけだ。』」
だが、それは何を意味するかと言うと。
「『レースが動くことはない。だって先頭が完璧なんだ、動きようがないだろ。』」




