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熱さ

「『―――――ッ!!!!!』」


コックピットを、まず真っ先に飛び出してきたのは。

エキゾーストノートにも劣らない、甲高い咆哮だった。

それに続いて、レーシングスーツに包まれた細身の身体が外気に躍り出る。


僕はそれを確認すると、関係者席を飛び出して階段を駆け降りていく。

ピットの方へと、脚を回転させる。

X1マシンのエンジンにも負けないスピードで。


彼女としては、初めてのポールポジションだ。

父さんが言うには、完全に独立した状態で本来の力が出せたなら、元からそのポテンシャルはあったのだそうな。

エリカは、それを実現させた。


暗いガレージの中から、光の差す方へ。

晴れ渡るモナコの陽光が、洩れ出る方へ。

眩しい外の世界から、彼女は僕を、僕が見つけるよりも早く視界に捉えた。


「『凛!!!』」


次の瞬間、真っ白だった視界に人型の影が落ちた。

いきなりのことだったから、彼女を抱き留めるのは僕の反射神経と動体視力が無ければ難しかったかもしれない。


「『やったわよ!!!ポールポジション!!!』」


その声は、昨日までの彼女とはまた一段違った、歓喜が表面に映し出されたような声だった。

マシンから降りたまま抱きついて飛び跳ねるもんだから、ちょくちょく頭にヘルメットが当たる。

いてっいてっ。


でも、そんなことは気にもせずに。

というか僕もあんまり気にしていなかった。

二人で喜んでたら、僕の方もテンションがハイになってきちゃって。

エリカのさらに後ろから、光を裂いて近づいてくる裕毅さんにも気づかなかった。


「『ナイスラン。』」


裕毅さんはそれだけ告げると、エリカの肩を叩いて去っていった。









モナコっていうのは、ニュルブルクリンクほど危険なコースではない。

だが、かのコース以上に難しい。

スピードレンジの低さゆえ、大まかな操作で攻めていける反面、道幅はグリーンヘルの比ではなく狭い。


もしボクが、世界一のドライバーズ・サーキットを選ぶとしたら、ニュルブルクリンクではなくモナコを選択するだろう。


ドライバーズサーキットと言うくらいであるから、マシンの性能よりもドライバーの技量が試されるサーキットであるわけだ。


そんな状況下。

ボクは、自分における最善を出し尽くした。

特にセクター1とセクター3は、理論値と言って差し支えないタイムであるはずだ。


比喩ではなく、0.0000…秒の世界の話だ。

数百万分の一秒単位で、ボクは完璧なステア操作とペダル操作を行った。


ミスなんてものは、一切なかった。

そしてその手ごたえは、エリカちゃんのセクター別タイムを見た時に確信に変わった。

千分の一秒まで揃ったタイムを見た時、理解した。


あれがこのマシン、このコース、この状況におけるセクター1の『理論値』だったのだ。


未来永劫、このタイムを抜く者は現れないだろう。

良くて並ぶまでだ。


セクター2、ボクはベストラインを10センチ外して走行した。

セクター3を完璧にまとめるための考え事をしていたら、そうなってしまった。


結果、ボクはセクター2のタイムを百分の一秒遅らせることとなった。


セクター3、ボクは完璧な走りをした。

恐らくほぼ完璧な走りだったであろうエリカちゃんを、0.011秒上回った。


このコース全体における理論値は、今日エリカちゃんが記録したタイムから、この0.011秒を引いたタイムだろう。


だが、ここまでの高みに到達するような人物が、この先現れるかは分からない。

更に成長したエリカちゃんが更新するかもしれないし、あるいは…。


分からないことだらけだね。

この世界って、本当に分からない。


何が起きるのかも、誰がやることになるのかも。

誰が頂点に君臨することになるのかも。

ただ、一つ分かることは。


これから始まる決勝レースは、まばたき厳禁だということ。


まばたきに要する時間は、0.1秒らしい。

そんな永遠にも感じられる長い時間目を閉じていて、一体何を見る気なんだい?


さ、そろそろ始まりますよ。


今のうちにドライアイ対策の目薬差して、目をかっぴらいてください。

最も速く走ることのできる人間が、今から決まります。

青春を感じさせる、夏はもうそろそろ終わりです。

ボクみたいなおじさんが青春青春言ってるのは見苦しいかも知れないけど。

今でも心持ちは十代のままだよ。


…そんなこと言ったらもっとおっさんっぽいか。


フゥ。

夏は好きだよ。

特に清々しい暑さは、ね。


それも和らぎ始めている。

ボクという猛暑は、まだまだ続くよ。

秋はまだ先さ。


やってやろうぜ、エリカちゃん。

まだ夏を終わらせたくはないだろう?

早く終わらせたいんなら、アクセルを抜きなよ。

そうすりゃ暑さは抜けていく。

そんなことはしないって、分かってるけどね。


人間の本質は熱さだ。

人類は火を獲得した、唯一の生物だからね。

いつしか炎ってものは、心にも宿るようになったんだ。


さあ、本当に始まりだ。


終わりの始まり、最終章。

でも大抵の場合、最終章が一番面白い。


ブレーキOK。

クラッチ良好。

アクセルバッチリ。


シグナルオールレッド。


全てを、この右足に込めろ。


ブラックアウト、レース開始。


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― 新着の感想 ―
きっと裕毅くんも、すごく悔しい想いと、次の世代が着実に育っている嬉しさと、色んな気持ちがあったと思います(*'ω'*) これは世代交代が繰り返されるカーレースの世界で誰もが順繰りに経験していくことなん…
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