招集
「ねぇ凛兄ちゃん、やらないの?ゲーム。」
「あたしの方が速いからやりたくないんでしょ!」
弟妹達の声がリビングから飛ぶ。
暫くして、いつものことながら。
「こら、無理強いしないの!凛は凛のやりたいことがあるんだから!」
母の注意が聞こえてくる。
それからは、自分の時間だ。
父が与えてくれたパソコンを立ち上げる。
僕の父は、偉大なレーサーだったらしい。
今でも彼は、運営側としてモータースポーツに携わっている。
不自由な身体で全世界を飛び回っているから、家に帰ってくることは少ない。
それでも、母と僕たち三人兄弟をしっかり養っている。
そんな父のことは大好きだし、尊敬しているけれど。
モータースポーツのことは、どうしても好きにはなれなかった。
昔は今よりも、父さんが家にいる時間は多かった。
僕や弟妹たちが幼かったから、というのが理由だ。
父さんは、よく昔の話をしてくれた。
モータースポーツファンには『神話時代』と呼ばれる話を。
弟妹は目を輝かせて聞く。
僕も最初はそうだった。
とある日、父は自分の身体の話をした。
それと同時に、かつてサーキットで命を散らした数多のドライバーたちの話も。
弟妹はあまりピンと来ていないようだった。
その恐ろしさを理解するには、あまりにも幼すぎたからだろう。
父さんは重ね重ね、『怖がる必要はない』と言った。
それは事実だろう。
技術の進歩で、もう死人は出ないと分かっている。
でも、父さんの身体や死んでいった人たちはもう戻らない。
それらを奪っていったモータースポーツは、僕の中で忌むべきものとなっていった。
8歳の時、僕はX1シリーズ開設のセレモニーに同席した。
父に連れられて、そのとき何人もの人に会った。
でも、誰一人顔を覚えちゃいない。
僕は首が痛くなるまで下を向き、スマホをずっと見ていたから。
今日も弟妹はレースゲームに打ち興じている。
それはそれでいいのだ。
でも、僕は。
それに混ざることはできない。
「えーと…今日の宿題は…。」
マウスをカチカチいわせて課題に取り組む。
これが日課だ。
趣味と呼べるものは、まだない。
15年生きてきて、思うのは。
父のような波乱万丈な人生が全てではないということ。
起伏の少ない人生だって、大いにあるということ。
でもそれだって、一つの人生なんだ。
僕は今の暮らしに満足している…と言えば嘘になっちゃうのかな。
でも、これ以上の暮らしってなんだろう。
僕は、どんな生活を望んでいるんだろう。
今は全然分からないけど、いつか分かる時が来るんだろうか。
…。
『ピコーンッ』
「なんだぁっ!?」
日頃は大人しいスマホが、いきなり震えながら奇声を発した。
ついでに僕もひっくり返って奇声を発する。
「なんだなんだ…。何が起きた…???」
椅子を起こしながら、机の脇に置いたスマホを覗き込む。
「通知…?」
全く心当たりはなかったが、誰かからメールが来ている。
IDを確認してみると、父さんのものであることが分かった。
「この時期は忙しいんじゃ…?」
X1は、世界的に集客が見込めるホリデーシーズンである夏、および冬に行われる。
今は思いっきり12月。
…なんでだ…?
とりあえずメールを開いてみる。
そこに書いてあった一文は。
『誕生日おめでとう、凛。』
ああ、ありがとうございます。
実はついこの間、15歳の誕生日だったんだ。
『イギリスに来なさい。』
なんでだよ!!!!!