孤独
「『なあ、お二人さんよ。』」
富士スピードウェイ、グランドスタンド最上階。
VIPルームで酒を酌み交わす三人組。
「『んー?』」
「『…なんだ?』」
周の声に、二人はほとんど同時に返事をする。
「『裕毅は、今日も勝つと思うか?』」
それは、様々な感情が混じり合った問いに聞こえた。
まだ勝ち続けてほしいという期待、いつか居なくなるという寂しさ。
まず間違いなく最強であった、松田裕毅という老齢の獅子はいつまで存在するのか。
それが誰にも分からないということは、二人の沈黙が物語っていた。
「『…ぼくの意見としてはさ。』」
長い静寂を破ったのは、ジャンニだった。
「『裕毅の勝敗を決めるのは、裕毅自身じゃない…と思ってるんだよね。』」
カレルと周は、その言葉を理解するのに少々時間を要した。
しかし、少し考えてみればさほど難しい言葉ではない事に気づく。
「『…裕毅が止まるのではなく、誰かが裕毅を止める…ということか。』」
ジャンニは指を鳴らし、『正解っ』とカレルを指差した。
「『現状、裕毅を止める『誰か』が動き始めてる頃だと思う。今日のレースも、そうだ。』」
現時点で裕毅に肉薄するドライバー。
「だからぼくは思うんだよね。」
ただ一人、最高峰の舞台で戦う少女を。
「エリカちゃん次第だ、って。」
エリカ・フェルスタッペンは孤独である。
それは、自らが他者に心を閉ざしてきたから。
自らを弱い存在だと思い込み、ひたすらに自分を追い込み続けた。
余裕なんてものは一切なく。
ただ、モータースポーツの世界に閉じこもり続けていた。
伏見瀬名、松田裕毅らとの最も決定的な違いはそこであった。
『裕ー毅!裕ーーー毅!!!』
日本だから、というところもあるかもしれない。
だが、沸き起こるのは裕毅コール。
まだ、エリカ・フェルスタッペンの勝利を、人々は望んでいなかった。
分からない。
私がやれることは全てやってきた。
やってきたはずなのに。
どうしてまだ勝てないのだろう。
このまま2位に甘んじるつもりはない。
さらさらない。
私は、松田裕毅すら超えていかなければならないのだから。
ルイスは『よくやった』と褒めてくれるけれど。
それで喜べるほど、私のココへの思いは軽いものじゃないんだ。
…次戦の準備をしよう。
私は勝つ。
次こそ、絶対に。
「『ルイス、彼女の様子はどうだった?』」
「『ありゃ相当思い詰めてる。良くない兆候だ。』」
関係者席に座る、二人の重鎮。
15年を超える付き合いの、親友同士でもある。
「『そちらさんの様子はどうなんだ?』」
ルイスはドレッドの髪を結び直しながら、隣の瀬名へと問いかける。
「『もう、さほど時間はかからないだろうと思うよ。裕毅とも会わせたし、ウズウズしてるのが目に見えてる。』」
「『分かりやすい子で助かるな。…ウチの教え子とは大違いだ』」
「『ま、それがエリックの魅力でもあるんだろ?』」
面白くなってきた、と二人は笑う。
今日分の仕事をやり終えて、手荷物をまとめながら。