ニュルブルクリンク
「『…あれは確か7年前か。』」
「『去年じゃなかったっけ?』」
「『OK。ジャンニは黙っててくれ』」
不服そうなジャンニさんをよそに、周さんは続ける。
ってかこの流れ前にもやらなかったっけ???
「『X1の開設セレモニーだよ。あれが、ここで執り行われたんだ。』」
7年前、2040年6月。
「『ミスター・伏見。この素晴らしい祭典の舞台に、ここニュルブルクリンクを選んでいただき光栄に存じます。』」
現地の管理人は車椅子の瀬名に対して、片膝をつき手を差し出した。
「『長いモータースポーツや車両開発の歴史と、この場所は切っても切れない関係にあります。私は我が国が誇る国際サーキットである鈴鹿と並び、このサーキットをX1グランプリの主軸として考えておりますよ。』」
管理人と握手を交わして微笑む瀬名。
その傍らには、幼い凛の姿があった。
不愛想に下を向き、ただ手元の端末を弄る。
ただ幸いしたのは、まだ彼が存在するだけで可愛がられる年齢だったことだ。
「『ご子息ですか。ご両親に似て美しい眼をしていますな。』」
「『ありがとうございます。彼はとても優しい子ですよ。』」
そんな会話も、凛の耳には入っていなかった。
傍から見れば、まだ英語が理解できないだけと思われたのかもしれない。
この日、この場所で、凛は数多くの人物と出会っていた。
「『瀬名~!!!久しぶり!!!』」
瀬名を見つけるなり走ってきたジャンニ。
瀬名もジャンニの手を取ると、お互いの肩をトンと合わせて挨拶を交わす。
「『元気にしてたか?』」
「『…息災そうで何よりだ。』」
「『老けたな、オレもお前もよ。』」
ジャンニの後ろから続々と現れた旧友に、瀬名もそれぞれ返事をする。
「『こんな面白そうなことやるんなら言っといてくれよな。知ってたらオレだってもう少し現役やってたってのによぉ…』」
周は口惜しそうに瀬名の背後へと回り、車椅子を押す。
その周の動きは自然に見える。
しかし、この二人が出会った当初のことを知っている者が見れば、驚かずにはいられないだろう。
動き始めた車椅子を追うように、凛は瀬名の横をくっついて歩いていた。
片手で瀬名の袖をきゅっと掴み、不安げに顔を俯かせている。
「『…瀬名の子は、なんという名前なのだ?』」
カレルの問いに、瀬名は自らの袖を掴む凛の手をトントンと叩き。
『挨拶しなさい』とジェスチャーを送る。
だが、それでも凛はふるふると首を振り、更に小さく縮こまってしまう。
瀬名としては優しい元F1ドライバー達に会えば、少しはこの世界に対して心を開いてくれるのではないかというもくろみで凛を連れてきたのであるが。
彼に対して悪いことをしてしまったかな、と苦笑した。
「『凛です。彼は人見知りなので、そっとしておいてやってください。』」
それから凛は、瀬名の行く先について回る。
あらゆるところで歓迎され、可愛がられることになるのだが。
この出来事は凛の中でいい思い出とも、悪い思い出としても残ることはなかった。
「『あの時の凛くん、可愛かったよねぇ。』」
「『…周なんか瀬名よりも世話を焼いていた。』」
「『うるせーなー、子供好きなんだよオレは』」
お酒を飲みながら思い出話をする、親戚のおじさんたち。
つくづく僕はもったいない事をした…ような気がしてならない。
「『僕は皆さんに失礼なことはしてなかったですか?』」
でも。
「『全然全然!皆デレデレしてたよ』」
今、僕はここに戻ってきた。
あの時できなかったこと、楽しめなかったこと。
今、存分にやってみよう。
【ビデオ・20400611】
『『凛、キミはいくつなんだっけ?』』
『『…。』』
(無言の時間が五秒ほど続いた後、凛が両手の指を8本立てる)
『『8歳か!よしよし、じゃあ小学校頑張ってんだな!』』
(凛の頭を撫でる周)
『『周、そのくらいにしてやってくれ』』
(笑いながらカメラを代わる瀬名)
《映像終了》




