Costume Change
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「やっぱり若いっていいですね」
「素材がいいですから、お化粧は最小限で」
昼過ぎから、メイドさん達に囲まれて着せ替え人形になっていた。
事業が軌道に乗ってから買ったという、ノースタウンの高級住宅街にあるリックの屋敷に連れて行かれたオレは、バラの匂いが香るピンク色のバスで全身ピカピカに磨かれ、レッドカーペットでしか見たこと無いようなイブニングドレスを、あれでもないこれでもないとメイドさん達に言われながら次々と着替えている。
「こちらリック様がぜひ付けて欲しいとのことです」
散々時間を使ってドレスを選ぶと、アンティークな赤いイヤリングを耳に掛けられた。
石は小ぶりだが、上品で神秘に満ちた真紅の輝きは素人のオレが見ても貴重なものだと分かる。許されるならこんな高価そうなもの付けたくないけど、とれも嫌だとは言い出せる雰囲気ではない。
最期に化粧を施され、背の高いヒールを履いたらやっと解放となった。
つ、疲れた。鏡に映る自分はもはや別人だ。香織の雰囲気に合わせてシックに決めましたとのことだが、確かに似合っていると思う。そして成人したらこんな感じかと思えるくらい大人びて見える。馬子にも衣裳、香織もやればできるじゃないか。謎の自信が湧いて来るのが怖い。
「香織様、こちら届いておりました」
オレに手紙? ストリートファイトの運営からって嫌な予感しかしないけど……開けると『イベント参加のお願い』と書いてあった。
「あっ、そっか、初代にはこれがあるんだった」
これはボーナスステージの案内だ。後期の格闘ゲームでは無くなった要素なので、すっかり忘れていた。初代はボーナスステージというミニゲームがあって、クリアーすると必殺技のコマンドを一つ教えてもらうことができた。
全ての必殺技が公開されている後期の格闘ゲームと違って、初代はボーナスステージをクリアーしないと必殺技のコマンドを知ることができないから、重要なイベントだった。
ネットも無い時代だから、人の知らない必殺技を使えると、ちょっとした優越感があったのを覚えている。
香織の必殺技は初代以降も含めて覚えているので、今更公開されなくても大丈夫だが、それ以外にもボーナスステージはポイントが大量に入手できるという特典がある。真のボスを出すためにも、ここは是非とも参加しなければ。
「これで隠しステージに近づける。でも、今日の夜か……」
白井アイと対戦した次の日、柳とリックに散々怒られたオレはなぜかリックとデートすることになった。
デート中に試合の申し込みが無いようにということで、午前中はストリートファイトで時間を潰す。相手はムエタイ使いとボクサー、悪いが今のオレの敵じゃない。
ムエタイ使いは隙の多い突進技がメインなので、その都度、当身技でダメージを与えて行く。しばらくすると強いお酒を飲んでパワーアップするが、酔っ払って考え無しに突っ込んでくるようになるので、更に簡単に当身技で倒してしまう。
ボクサーは可哀想だが、龍虎伝説では最弱キャラ、足払いをしていたら勝つことができる。唯一間合いを詰めることができる『マッハ・パンチ』は背の低い香織がしゃがんでいると当たらないというおまけ付きで、パーフェクトと大会内で最速勝利というボーナスまで付いて倒してしまう……転生先がボクサーで無くて良かったと神様に感謝した。
二つ名があるって恰好良いと思っていた。ご多分に漏れず中学生頃は憧れたけど……実際に付けられると困る……香織に付いた二つ名は「狂犬」、街中では恐怖と共に呼ばれているらしく、怖そうなお兄さんにも道を譲ってもらえる。
テレビ中継で「狂犬」香織と言っているのを見たときは、飲んでいたスポーツドリンクを噴きそうになった。
総当り戦ではなく、生き残り戦だから、怪我などのリスクを考えると無駄に戦う必要が無いのは分る。一日一人戦えば二人目は断れるというルールがあることを考えると運営も一日一人誰かと戦っているくらいの予定で試合日数を組んでいるはずだ。そんな中でガンガン喧嘩を売って出場者を倒していくのだから確かに狂犬……だけどこんなにお淑やかに見える女子高生に付ける名ではないと思うけど……
「見た目と違い過ぎるからだと思うぞ。今日は大人っぽいな、香織は何を着ても凛々しく綺麗だ。そのイヤリングもとてもよく似合っている。見立ては正しかったな」
メイドさん達からやっと解放され、お屋敷の広いリビングの中で独り言を言っていたらリックが入ってきた。サラッと褒めてくるな。こういうところがモテるのだろう。お世辞でも悪い気はしない。
ちらりとリックを見た。う~ん、女性陣がキャアキャア言うのも分かる。オレから見ても格好良い。
黒いタキシードがよく似合っている。オールバックにしていて少しワイルドだ。外人にありがちな強い香水などを付けていない爽やかさが日本人には好まれるだろう。
微かなバラの匂いはどこかで嗅いだことがある……あっ同じ風呂に入ったからか! 一緒に入った訳じゃないが少し恥ずかしい。これって他の人が気づいたら、一緒に入ったって誤解されるんじゃないのか?
「で、こんなにめかし込んで、どこの仮面舞踏会に出るつもりだ?」
メイドさんにされるがままに着替えたけど、ちょっと遊びに行く恰好ではない。
「舞踏会が良かったかい? 急遽だったから、ショッピングと食事だけの予定だよ。服が無いって言ってたよね」
「こんな、結婚式でも出れそうな恰好で普段着を買いに行くのか?」
「もちろん。ドレスコードは守らないと」
「ドレスコードって、どんな店に行くつもりだよ!?」
本当にどこに行くつもりだ? てっきり車で行くのかと思ったら、庭にある自家用ヘリコプターに案内された。リックのエスコートで綺麗な夜景を見ながら向かった先はアパレルショップではなく、超高層ビルの屋上。
ヘリポートに降り立って、あまりの現実味の無さに呆けていると五人ほどのスーツを着た女性にエスコートされて最上階の部屋に案内される。入口に掲げられているロゴは俺でも知っている超高級店のものだ。
「こんなところにある店って、お客さん来るのか?」
「こちらは香織様のような、特別なお客様に商品をご案内する店となっております」
オレは一般人であって、特別じゃないけど……リックを見ると身なりの良い老紳士と何やら話し込んでいる。
「普段使い用にとりあえず10着程度見繕ってもらえるかな……香織、ここなら、きっと気に入るのが見つかると思うよ。」
「かしこまりました」
リックは老紳士に要望を伝えると、オレの背中をそっと押した。スッとスーツを着た女性二人がオレの両脇を固め、奥のフロアーに案内される。優雅であまりに自然に連れられるのでなぜか振りほどけない。
「ここの服は普段使いするものじゃないだろう! もっと庶民の店で……」
抵抗虚しく、奥のフロアーにあるフィッティングルームに連れて行かれた。
広い豪華な部屋でまたしても着せ替え人形になる。自分ですることは何もない、服を着るのも脱がすのも人任せ、初めは恥ずかしかったが、一時間もしないうちに慣れてしまった。
さすがプロと言うべきか、不快なことは何一つない。それどころか、適度に好みを聞いてくれたり、褒めたりと非常に心地良い。
白井アイというより、リナはこういう特別扱いが忘れられなくて、道を踏み外してしまったのかもしれない……ちょっと怖くなった、気を引き締めないと。
この超高級店の服やバックはロゴが目立っていたが、ここで着せられる服はほとんど入っていない。せいぜい目立たないところにワンポイント程度だ。
頑なにスカートを断っていたので、パンツタイプばかりのボーイッシュなスタイルだけど、選んでくれる服はどこか女性的な可愛さがある。オレの要望とブランドのイメージとを融合するとこうなるのかもしれない。
服によっては違う女性がネックレスやイヤリングなど光る小物を付けてくれる。あなたは……宝石商さんですか……テレビでそういう職業があるのは聞いたことがあるけど、実際に会う日がくるとは思わなかったよ。というか、これ、いったいいくらするんだ!
上下に小物と一式が決まると、使用感を試して欲しいと言うので着たまま歩き回ったり座ったりする。着心地は最高に良いし、センスの無いオレにも洗練された格好良さが伝わってくる。
「うん、今度のはすごく可愛いいよ。香織の格好良さもよく出ている」
決まる都度、リックが入ってきて上手に褒めてくれる。よくそんなに褒めるレパートリーがあるなと感心する。語彙力が違うのだろうか? これがモテる男とそうでない男の違いなのだろう。
お世辞だと分かっていても、褒められると嬉しい。だけど、いくら褒めてもこんなに高そうな物を買ってもらう気は無いからな!
「バックをこちらに交換を、あとこの布を腰に巻いて差し上げなさい」
リックと共にいつも入ってくる老紳士が少し指示を出すと、女性達が素早く修正を加える。
少し変えただけでより洗練された。香織もゲームのキャラクターだけあって整った体形だというのはあるが、洗練された服を着るとこんなにも違うのかと驚かされる。
鏡に映る姿は別人のように光っている。この老紳士ってここのオーナーさん? プロ中のプロだね。
「あれ? ニュースとかで見たことない? 彼はここの創始者だよ」
「創始者って、映画にもなったあの伝説のルッチ!? 引退してお孫さんが活躍しているってニュースで聞いたような……」
「この、老い耄れを、伝説だなんて照れますな。ただの服好きの爺ですからお気になさらず。それにしても、香織様は可愛らしいですな。失礼を承知で言うと垢抜けていらっしゃらないのが素晴らしい。まさにダイヤの原石! 久しぶりに楽しくてしょうがない」
介護職という仕事柄、いろいろなお爺さんを見て来たけど、ここまで品のあるお爺さんは初めて見た。老いてくると誰しも多少なりとも衰えて活力を失っていくけど、まだまだ好奇心旺盛で情熱を失っていない。
「私も、あのロゴだらけの商品はセンスが無いと思っております。止めさせたいのですが、困ったことに何でもよいからブランド物が欲しいという、お客様には何故か人気で……」
オレのことをそうとう気に入ってくれたのか、店のことや生い立ちのことまで色々と話してくれた。介護職のときもよくお爺さんお婆さんの話し相手になってたことを思い出す。
話ながらも目をキラキラさせて、服の仕上げをしてくれる……ここまでやってもらうとやっぱり買いませんなんて言えないな。
リックを見ると満足そうな顔をしている……もしかして、こうなることを分かっていたなこいつ。
しょうがないなアウェー戦みたいなものだし、今日は負けといてやるか。
「お前らみたいな素人に用はないんだよ! ジジイを呼べ」
服選びも一通り落ち着いて、皆で談笑しながらバリスタに淹れてもらったコーヒーを飲んでいると、突然、この店には似合わない大きな声が響いた。
「勝手に入られては困ります」
「俺を誰だと思っているんだ! 邪魔だ、どけ」
何の騒ぎだ? やっと一息ついていたのに。
段々と足音が近づいてきたと思ったら、扉が乱暴に開かれて、チンピラのような男と派手な女が入ってきた。
「居やがったなジジイ、俺の予約を何度も断るとはどういうことだ!」
チンピラ風の男が創始者であるルッチに向かって怒声を上げだ。一応ドレスコードを守ってタキシードを着ているようだが酷く着崩しているので見る影もない。チェーンや宝石をジャラジャラと付けて一昔前の不良学生のようだ。
「なんですかな、いきなり入ってきて。私はもう引退の身、予約を受け付けてはいませんよ」
「嘘をつくなジジイ! ジジイに見立ててもらったと自慢するやつをパーティで見たことがあるぞ」
「ニッキー、この娘も見立ててもらったんじゃないかしら、羨ましいわ。ルッチに見立ててもらえるなんて、どこのパーティーに行っても自慢できるじゃない」
女性の方はブランドのロゴだらけの派手な服を着て化粧が濃く香水の匂いがきつい。その服は創始者が散々こき下ろしてた服だけど……
「こんな地味なチビを相手にする暇があったら、ハニーに……」
オレの方に迫ってきたので、腰を上げようとしたらリックが先に立ち上がってオレを庇うようにニッキーと呼ばれたチンピラ風の男の前に立った。
誰かに守られる経験なんて無かったからドキッとする。最近のリックの行動は心臓に悪い。
「ゴールド家のニッキー、ずいぶんと失礼じゃないか」
「ちっ、リックか、学生がこんなところに来てるんじゃねえ……ちょっと待てお前と一緒にいるってことはこいつは……」
「どうしたのよニッキー、こんなやつら黙らせちゃってよ」
女に煽られたニッキーはオレに伸ばそうとしていた手を引っ込めると明らかに青褪め始めた。
「……兄貴を瞬殺した狂犬……」
「ニッキー?」
「そういえば、今日、香織が倒したボクサーはニッキーの師匠だったな」
えっ? あのボクサーに弟子がいたんだ…… って、そんなに震えなくても。
「狂犬って、朝のテレビでやってた、あのやばい女!? わ、私は関係無いから、すぐに帰るから」
「ま、待ってくれ」
派手な女が涙目で一目散に逃げ出した。それを追うようにニッキーも部屋を出て行く。
ちょっと待て、オレって逃げ出すほど怖いか? その反応はちょっとショックなんだけど。
「私どもの不手際でご迷惑をおかけしました」
「いやいや、皆さんのせいじゃないですし」
帰り際に従業員一同から頭を下げられた。あれはニッキーとかいうチンピラが勝手に騒いで勝手に逃げて行っただけだから、謝罪を受けるのはおかしい。
「ゴールド家の馬鹿息子を追い返してくれてありがとうございます。センスの欠片も無いのにしつこくて困っておりました。これは渡したいと思っていた服です。御礼だと思って受け取ってください」
ブランドロゴの入った袋を二つ渡された。これ以上、高級服はいらない。
それにオレは何もしていないから遠慮したけど、無理やりに渡された。中を見ると甘々のガーリー服と……バニースーツ!? 何だこれ!
「同じバラの匂いを纏われるほどリック様と親密なのです。香織様はもう少しリック様に対して素直になられた方が良いと思いますよ」
「なっ!?」
ルッチがオレの耳元で小さな声で言うと、いたずらが成功した子供のように微笑んだ。
これを着てリックの前に立つ姿を想像して顔が赤くなった。いやいや、こんなの絶対に着ないから!
試行錯誤の勉強中です。
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