New Challenger
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白井アイ、龍虎伝説シリーズで一番有名な女性キャラだ。
白井流忍術の使い手で、美人なだけではなく、ものすごくグラマーな体形。それが胸ぐらや腰、太ももが大きく開いた忍び装束を着て派手に戦うので、ゲーム内に留まらず人気を得ていた。
外見だけではなく、格闘ゲームのキャラとしても非常に強力で使用するプレイヤーも多かった。素早く、技が多彩で使い易い。鉄扇を武器にしているのでリーチが長く、コンボも簡単に繋がる。通常技の威力が弱いのが弱点だが、手数が多く必殺技の威力は申し分ない……
なんだこのチートキャラは……香織と違い過ぎないか? 製作者の悪意を感じる。
確か、女子高生として香織と同じ高校に通っていて、グラビアアイドルとしても活躍している設定だった。それにしては高校で見たことがないな……アイドルの仕事が忙しいのだろうか。
ストリートファイトに参加するのは愛するリックを追ってと、戦うアイドルとして世界的に名前を売るため……よく考えたら重い設定の主人公と比べるとお気楽だな。
まあ、香織の目的も父親探しと優勝賞金目当てだから、人のことはとやかく言えないけど。
「藤原香織! 私のリックを取るってどういうことよ! バグってるの? 私がギッタギタにしてあんたの化けの皮が剝がしてやる!」
唖然とした。ゲームではエロティックだけど内面は明るく爽やかなキャラだったはずだけど、どうした?
もう勝負が決していた試合に乱入してきて、ライジングの頭を踏むという無礼な行為……場内はブーイングの嵐だ。
「飛蝶扇」
周りの反応など気にせずに鉄で出来た扇子を投げてきた。問答無用で乱入してくる理不尽さはシリーズ後半では当たり前だ。慣れたつもりだったけど、白熱しているときに邪魔をされると腹が立つ。
不意打ちだったので、飛んで来る扇子を防御するので精一杯だった。防御できてホッとしていると、すぐにジャンプで飛び込んできたアイのキックがオレの顔を狙う。慌ててそれも防御すると立パンチ、しゃがみキックで少し離れると『飛蝶扇』と切れ間が無い。
こいつ滅茶苦茶だけど本当に強い。コンボ技の無い初代で無ければ、ハメ技で何も出来ずに負けていたところだ。
格闘ゲームをやらなくなったときのことを思い出す。ゲームセンターで遊んでいると突然乱入してきて、一番効率のよいコンボ技を永遠と喰らって、何もできずに敗退する。
勝つために、こちらも対抗して強いコンボを覚えるけど、同じ動作を繰り返すだけの作業になってしまって、次第に面白くもなんともなくなった。
ある程度のゲーマーでもそんな調子だから、格闘ゲームの初心者はもっと大変だ。プレイしてすぐに瞬殺されてしまうのでゲームとしての魅力はゼロ。次第に格闘ゲームをする人が減っていった。同じ作業をいかに正確に繰り替えせるかを競うだけの世界。初めの頃のドキドキが無くなり、オレも格闘ゲームから自然と足が遠のいた。
「なあ、それって面白いか?」
「はぁ? 面白いって何? 勝てればいいのよ」
なるほど、勝てれば何でも良いのならば強いキャラで隙のない連続技を繰り返すのが一番効率が良いな。
正確に隙の無い連続技を繰り返してくるので、防御状態から動くことができない。
必殺技の『飛蝶扇』が入っているので、防御されていてもちょっとずつ体力ゲージを削ることができるのがよく考えられている。
香織に遠距離技があれば対抗できるのだけど、無いので身動きが取れない。せめて当身技で返せる隙があればいいのだけど、近付いてきて放つ技は隙の少ない通常技。とても返せる気がしなかった。
「まあ、香織なんて人権ないキャラだから余裕よね」
悔しい。格闘ゲームはどうしても使い易いキャラと使い難いキャラができる。技に癖が強く、基本性能の悪い香織はもちろん使い難いキャラだ。ネットなどでは人権が無い……つまり使う価値が無いキャラとして嫌厭される。
オレも初めの頃は香織を使っていたが、あまりに勝てないので、しょうがなくリックを使っていた。だけど何とか勝てないかとお金に余裕があるときは試行錯誤して……でも、弱いキャラだからカモだと思われてすぐに乱入され、負けるとすぐに馬鹿にされて……
「何だと!」昔を思い出して、ついカッとなった。
頭に血が昇った攻撃など効果があるわけもなく、逆に手痛い反撃を受ける。香織には攻撃に特化した技が無いのが痛い。
「香織お姉さん! 冷静に」
アイの必殺技をくらい、地面に倒れると心配したユイちゃんが声を上げた。
確かに香織は冷静に後の先を取らないとまともな戦いにならない。それを分かって言っているのかな? やっぱりユイちゃんは格闘センスがある。
少し冷静になった。人権が無いを知っているなんて、アイってもしかして……
「お前も、もしかして転生者か?」
「……香織がバグってると思ったら、そういうことね。はいはい、そうよ私はこの格ゲーのプレイヤー。リナって名前でプロとしてやってたんだけど知ってる? eスポーツ界ではそこそこ有名だったんだけど」
リナ!? 確かにニュースサイトで名前を見たことがあるような。美人eスポーツ選手として有名だった。でも、何か騒ぎを起こしてニュースになってたような。
「あんたもこのゲームをやったことがあるのなら、知っているでしょ。リックは私のものなんだから返しなさいよ」
「知っているけど……何だろう? リックをもの扱いしているような女にリックの彼女になって欲しくないんだけど」
「香織お姉さん!」
ユイちゃんの声で気が付いた、アイは会話中にじりじりと間合いを詰めて自分の得意な距離に調整している。
「ずいぶんと姑息だな」
間合いを無理やり詰めて、相討ち覚悟で放った蹴りが初めてアイに当たった。
「きゃっ」
あれ? たいしたダメージじゃないはずだけど、アイの動きが目に見えて悪くなった。攻撃を受けることを怖がっている?
素手での殴り合いだ、もちろん攻撃を受ければ痛い。
オレは悲しいかな、職場で痴呆症のあるお爺さんに殴られることもあったから多少は慣れているが、アイは殴られたことなんてなかったのだろう。あれだけ上手いのだからもしかすると今までの試合もまったくの無傷だった可能性もある。
積極的に攻めると攻守が逆転した。攻撃を受けることを極端に怖がっているから、防御を気にせずにパンチやキックを叩き込む。アイからの苦し紛れの攻撃は冷静に当身技で返すと一方的な戦いになっていく。
「……なんで、なんでよ! 学校でリックと会えると思ったらほとんど席にいないし、放課後もすぐに帰ちゃうから見かけないし。それに本当ならリックはアイのお爺ちゃんに弟子入りするはずでしょ! それが来ないってどういうことよ!」
あ、あ~ それはオレのせいかも…… 授業時間以外はオレのいる教室に入り浸っていたし、神社の再生計画のために放課後はすぐにオレの家に来ていた。
それにオレが龍神流を教えていたから、白井の忍術のところに行かなかった。だからアイとの接点が無くなってしまったのか……
「そういえば、よくうちの家に来ていたな……」
「なんですって!」
しまった。思わず口に出てしまった。せっかく良い流れだったのに。
アイの怒り任せて攻撃に転じてきたが、髪を掴んだり道着を引っ張るような攻撃ばかり、とてもプロの格闘ゲーマーとは思えない。反撃できていてストリートファイト的には助かっているけど……こら、そんなところ引っ張るな、サラシが取れる……これ、傍から見たらただのキャットファイトじゃないか。
「私はアイドルで人気があるのよ。このルックスとスタイル見なさい。高校生で博士顔負けの論文を書いて独自の特許を取るような天才で、イケメン事業家としてテレビにも引っ張りだこのリックにふさわしいのは、私でしょう!」
うん、二人並んで絵になるのはアイだと認めるけど、何か勘違いしていないか?
「リックは天才とか言われてるけど、すごく努力家だぞ、時間さえあれば難しそうな本を読んでいるし、夜は誰よりも遅くまで勉強しているよ。あの努力をただの天才で片付けるのは可哀想だろう」
「なんで夜遅くまで勉強しているのをあんたが知ってるのよ」
「そりゃあ、よく家に泊まってたし……」
「な、な、な……そこまで進んでいるの!?」
アイが目を白黒させた。観客もざわざわしている。
「か、香織お姉さん」
ユイちゃんが慌てたような声を上げた。
泊まったといっても、神社の再生計画で遅くなったときぐらいだぞ。ワン・フーもボディーガードもメイドも居るのに、そんなに驚くことか?
「そもそも、ゲームで何言ってるのよ。努力だけで高校生がそこまでできると思ってるの?」
ダメだこの女、世界がゲームにしか見えていない。確かに女子高生がプロのレスラーと試合とか滅茶苦茶だけど、怠ければ弱くなるし、鍛えればその分強くなれる。ライジングだって、ゲームの設定を無視してオレに必殺技を当てるのだ。ストリートファイトを離れれば、食事や掃除をして普通の生活をしているのに、全てがゲーム通りだと思っているのだろうか?
ビリッ! 無理に引っ張られたサラシがとうとう切れた。ポヨンと胸が突き出てきて慌てて隠す。なぜか会場が沸いた……おい、これ、相当恥ずかしいぞ。
「あんた、貧乳キャラのくせに、何よその胸は! それでリックを誘惑したのね」
「変な憶測で話を盛るな」
初代当時はゲームを売るためか、お色気要素も多かった。女性キャラが負けたら服が破ける演出もあったから、香織に隠れ要素で実は貧乳じゃなかったっていう設定があったのかもしれない。
「なんでいつも他の女に取られなくちゃいけないのよ! 少し借金が嵩んだからってみんなで手の平を返したように離れて行きやがって。ちょっとブランド物の服を着て美味しいもの食べるぐらい良いじゃない。あんただってそう考えているのでしょ、リックと一緒になったら何だって買えちゃうものね」
金目的かよ! そういえば思い出した。eスポーツのリナって言えば、美人で強くて人気があって、同じプロチームのイケメンと結婚したりと、テレビでよく話題になっていたけど、金遣いが荒くて借金のし過ぎでプロチームを解雇されると次々とスポンサーに離れられて破産したり、結婚相手の浮気が発覚して離婚したりと、絵に描いたような転落人生を送っていた。
「お前と一緒にするな」
お金の無い辛さは知っているけど、前世から慎ましく暮らしていた。香織になってからもリックに神社の立て直しと借金の肩代わりはしてもらったが、贅沢をするためにリックを利用したことなんてもちろん無い。リック自身だって……
「それに残念だったな、社交とかで一見派手そうに見えるけど、リックが稼いでいるのは家族と義父の道場を守るためだから普段の生活は質素だぞ。オレの手作り唐揚げで喜んでくれるくらいだからな」
「か、香織お姉さん!」
「……げっ! リック!」
ユイちゃんが焦ったような声を出したので振り返ると、ユイちゃんの隣にリックがいた。あれ? もしかして、さっきから呼んでたのって、リックが来たことを知らせようとしていたのか!?
今までは会う機会が無かったから、香織との変な噂が立っていたけど、白井アイを直接見たら、もしかしてゲーム通りにリックも……
リックは熱を帯びた潤んだ瞳でこちらを見ている。きっと、アイを見ているのだろう。まあ、それがストーリー通りか。
「……こんなにも理解してくれていたなんて……俺の肩書やお金も関係なく、どこまでも生身の人間として俺自身を認めてくれる。事業に成功してから柳兄さんやユイとだって少しギクシャクしていたというのに、香織は幼い頃から変わらずに……」
『Time up. Kaori win !』
リックが何かブツブツ言っているようだったが、主催者のタイムアップ宣言にかき消された。
キャットファイトの時間が長過ぎたせいで時間切れとなった。判定だけど、後半の巻き返しでオレの勝ちだ。負け試合だったから助かったよ。
「やった~ 香織お姉さん。」
リングから降りるとすぐにユイちゃんが抱き付いてきて、オレの勝利を喜んでくれた。子犬みたいで可愛い。
ユイちゃんの頭を撫でていると、リックが緊張した面持ちでこちらに歩いてきた。
髪をかき上げて真剣な眼差しで見つめられるとなんだかドキドキする。普通の人がやれば気障に見えても、リックがやるとすごい色気を放つ。
「リック! やっと会えた。私が本当の婚約者よ!」
オレの後ろから、アイがリックの元に駆け寄った。
あ~ なるほどね。アイを見ていただけか……外見は良いけど、あの性格だとあんまりお勧めしないけどな……。
白けているとリックがアイをすり抜けて、こちらにズンズンと進んでくる。
「ほえっ?」
思わず間抜けな声が出た。進んできたスピードそのままにリングのコーナーに押し戻されると、右手で逃げ道を塞がれた。これはいわゆる壁ドンではないですか?!
「困ったお姫様だ。俺がこんなに本気だというのに、気付かないなんて。このストリートファイトで優勝したら、子供の頃にした結婚の約束を守ってもらうからね」
ストリートファイトで優勝ってことは、オレに勝って、しかもマフィアのことも解決するって言いたいのか。
それに結婚の約束って?……そういえば子供の頃にリックとそんな約束をしたかもしれない。あの頃はリックに負けるなんて思ってもいなかったけど……
リックはオレの顎を左手でそっと掴むと、俯きかけていた顔を上に上げさせて……前世を含めて初めての口づけを奪われた。
初めてなのに、ディープなやつで……声も出せず、身動きも取れない。
まだ多数の観客が残っている会場の中。オレ達を目撃した人のどよめきと、ユイちゃんのきゃあきゃあ叫ぶ声、そして……
「そ、そんな~」アイが信じられない光景を見て崩れ落ちる音が聞こえた。
試行錯誤の勉強中です。
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