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朝早くにこっそりと窓から外に出る。
虎神流のみんなには今日一日療養するように言われたけれど、怪我一つしていないので休む気はない。それよりも夜の出来事でゲームのストーリーが変わってしまっていないかが気になった。
あまりに変わってしまって、リックの過去の話を解決することができなければストリートファイトに出ている意味は……賞金があるか……。
ゲームでは本来、始めに戦う相手はレスラー、ボクサー、ムエタイの3人から選ぶ。
始めの相手は弱く設定されていて、徐々に強くなっていくので誰から戦うかは重要だ。何度もプレイしているオレからするともう順番は決まっているけど、ストリートファイトは勝ち抜き戦で敗者復活はない。誰かが戦っていたらゲーム通りの順番にならないかもしれない。
「次は誰と戦うつもりなんですか?」
「う~ん、やっぱり、レスラーのライジングだろうな……って、えっ!? ユイちゃん」
「ふふふ、あんまり大きな声を出すと兄さん達に見つかっちゃいますよ」
全然気が付かなかった。さすがはユイちゃん、2作目でいきなり強キャラになる子は違う。動きやすい服装で後ろをついてきていた。
「リックやワンさんも騙せたのに、なんで!?」
寝る前に安眠効果のある紅茶を飲んだり、メイドさんに朝は起こさなくていいと伝えたり、リックに食べたいものを伝えたりと今日は一日ゆっくり過ごしそうな雰囲気を出していたのに……
「香織お姉さんの顔を見てればわかりますよ」
女のカンというやつなのかな? なかなかに侮れない……
それでも、昨日は攫われかけたのに外に出すのも。
「ついてくるつもり? ユイちゃんは攫われかけたのだから、みんなと一緒にいないとダメだよ」
「大丈夫です。香織お姉さんがいますし、それに香織お姉さんには道案内が必要ですよね」
確かに、ゲームだとエリアを選ぶだけだったから、この辺りくらいしか分からない。時間はかかるけれどエリアの中をしらみつぶしに探す予定だった。
道案内できる人がいれば時間もかからないし助かるけど。
「……でも、それだけじゃないよね」
「ギクッ」ユイちゃんが分かり易く驚いてくれた。寝る前から気付いていて道案内をしたいだけだったら動きやすい服装でコッソリついてくる必要はない。
「……私も……なりたいんです」
「え?」声が小さ過ぎて聞き取れない。
「……私も……戦えるようになりたいんです」
……あちゃ~ 昨日攫われそうになったことで目覚めちゃったか、道場の娘で戦えないのも苦しいだろうし、あの過保護な兄達がいたら反対されるのは目に見えているからね。
「う~ん、その気持ちは分かるからついて来ていいけど、オレの目の届くところから離れないでね」
「やった~ さすが香織お姉さん」
抱き付いてきたのを丁寧に剥がす。結構力が強く、胸の弾力が脅威だった。格闘キャラは何でこんなに発育がいいのだろうか?
「そうだ。オレに何かあったらこれをリックか柳に渡してくれないか?」
龍神流に伝わる秘伝書と龍虎伝説のボスであるビッグXの名前、それとステージエリアの場所をマークした地図だ。
オレがリックや柳以外に負けると、すぐにこの秘伝書が手に入らなくなる可能性があるからユイちゃんに預けた。
「えっ? ええっと、婚姻届けですか?」
予想外の発言に秘伝書を落とすところだった。
「いやいや、違うから、渡してもらったら二人なら分かるから」
「ええ、怪しい。早く本当のお姉さんになってくれてもいいのに」
「だから、オレとリックはそんなんじゃなくて……」
「大丈夫です。ちゃんと渡しておきますね」
リュックサックに秘伝書とメモを入れると、軽やかな足取りで先導してくれる。
機嫌の良いユイちゃんに案内してもらい、プロレスの道場を目指した。
「おう、Samurai Girlじゃねえか、夜の戦いは見させてもらったぜ。ストリートファイト開始早々にすげえファイトするじゃねえか。久しぶりにしびれたぜ」
大きめのガレージといった作りの建物にリングが設置されており。そこに熊のような大男がストレッチをしていた。
オレに気付くとリングを降りて近寄ってくる。
「ここに来たってことは、俺とやろうってことだろう? 初日に何戦もしたいなんて狂犬みたいな女だな。だが嫌いじゃないぜそのスピリッツは」
過去に騙されてプロレスの世界に居られなくなったために、ストリートファイターに転向したのだったか、覆面をしているが、ならず者のバリーと違って、スポーツマンらしい爽やかさを感じる。ただ、身長が2メートル超えで体重が200キロ近くの大男、香織が150㎝くらいしかないから熊に襲われているようにしか見えない。
ゲームだと初戦の雑魚のはずだけど、大丈夫だよな……
「ああ、話が早くて助かる。ライジング、勝負だ!」
ちょっと声が震えたが、勝負を挑む。格闘ゲームの世界に体重別なんて無いのだから考えちゃいけない。
昨日と同じようにドローンが集まって来た。朝早くにも関わらず、オレがリングに上がる頃には周りに見物客まで入っている。
レスラーのライジングから始めるのは龍虎伝説のセオリーだ。ライジングは動きこそ遅くリーチはいまいちだが、とにかく一撃が重い。特に一回転投げと言われる、コマンドの難しい投げ技『ライジングボンバー』を2回くらえば、それだけで体力ゲージがほぼ無くなる。
『ライジングボンバー』は相手との超近距離でレバーを一回転させないと出せない難しい技で、プレイヤーではなかなか成功しない。ただ、コンピューター相手だと簡単に出してくるので、後に回すと手が付けられない。ゲームを知っている人は、弱く設定されていて必殺技をほとんど撃ってこない初戦にライジングを選ぶ。
「Round One Fight!」カーンと鳴るゴングとともに試合が始まった。観客が多く上機嫌のライジングは派手なパフォーマンスで技を放ってくる。
後の先を取る香織にとっては技の出始めが分るのは非常にありがたい。全て当身技で受けて投げ飛ばす。
地味な試合に観客からブーイングが入るけれど、これがオレの戦闘スタイルなんだから観客の要望に応えるつもりはない。
プロのレスラー相手に女子高生が対等に戦っているってだけで満足して欲しい。冷静に見ると異常な光景なんだから……
「Buster!」ライジングの必殺技、『スーパードロップキック』を防御する。2メートルの巨体からの飛蹴りだ。よくこの細腕で防御できると思うが、少し痛いくらいで済んでいる。
ライジングは技の勢いのまま、地面に倒れ込んだ。
この技は出始めが早いので当身技が間に合わないのは想定内。技の終わりに隙が大きいので普通に防御して、隙だらけの体に連続技を叩き込む。
「ぐふっ、まだまだ!」
そろそろ、辛いはずなのに、今まで以上に激しく攻撃をしてくる。
先ほどまでと違い、小技を使って隙を埋めてくるのが上手い。スーパードロップキックに見せかけての足払いは、思わず喰らってしまった。
「ゲームの世界ってだけで、相手はコンピューターじゃないもんな」
ときどき、隙ができるのも気にせずにパフォーマンスを優先させて会場を沸かせるのもプロレスラーらしくて嬉しくなる。
思わず効率も考えずに殴り合いに付き合ってしまった。
「Round Two Fight!」
コーナーで休憩を挟んで次のラウンドの宣言とともに鐘が鳴った。このラウンドも取ればオレの勝ちだ。ライジングは観客が増えるにつれて、どんどんと強くなっているから油断はできない。『ライジングボンバー』を一回喰らうくらいは覚悟しよう。
「香織お姉さん、相手は大技を狙っている気がします。気をつけて」
セコンドについているユイちゃんに声をかけられた。ただの女子中学生のはずなのによく気が付くな。格闘センスはオレよりも絶対に上だ。
「これだ、プロレスはこうでなければ。感謝するぞSamurai Girl、おおおおお!」
ライジングは雄叫びを上げると、筋肉が膨れ上がり上半身のシャツが弾け飛んだ。
懐かしいな……初代の格闘ゲームでは第二ラウンドから変身して強くなるという演出がよくあった。全員がプレイヤーキャラとして使えるようになる2作目以降には、こういう変化が無くなったけど……段々と格ゲーの熱が冷めたのはこの辺りの面白さが無くなったことも影響していそうだ。
「ここからは、プロレスの神髄を見せてやる」
マスクを脱ぐとニカッと笑った。なかなかのイケオジだ。ユイちゃん含めて会場全員が驚いているけど、オレはゲームで知っているから冷静だ。
あの筋肉量とパンプして服が弾けるのは人間業じゃないと思うけど……
「おおおお、Buster!」
『スーパードロップキック』がいきなり飛んで来た。どういう原理かパワーアップして炎を纏っている。第二ラウンドの始まりで必ず出してくる必殺技だから冷静に当身技で対応した。
「ぬおおおお」
「うるさい!」やたらと雄叫びを上げるので追撃を当てて黙らせた。いつも通りしゃがみキックから『重箱崩し』を防御させる。ライジングのパワーアップは単純に威力が上がるだけではなく隙も少なくなるので大変だ。しかも攻撃的になるので『ライジングボンバー』を受けないように間合いには細心の注意を払って戦う。
「はあ、はあ、やるなSamurai Girl、これはどうだ!」
ライジングは突然背中を見せると、コーナーへ走り出しトップによじ登った。コーナーポストの上に立ち上がり、右手の人差し指を高々と上に掲げる。
「ライジング、ライジング」
プロレスファンだろうか、ライジングコールが沸き起こる。
忘れてた。こんな技もあったか……これも初代にしかなかった光景だ。上手く背景を利用して、それぞれの敵のスタイルに合った技を出す。なかなかユニークで攻略するのが面白かった。
ライジングの背景利用技は『ライジング・ボディープレス』という防御不能の必殺技だ。コーナーに上がるまでに時間があるので、上がりきるまでに攻撃を当てて潰さないといけない。
あれ? つまり、もう止められない……やば……
「Rising!」コーナーから飛び出して、腹から巨体が落ちて来る。
「香織お姉さん、危ない!」ユイちゃんが心配そうに声を上げた。
初代なら絶望的だけど、バックステップの無敵時間を使えば……ライジングを充分に引き付けてバックステップで躱す。間一髪だ。
「よし! って嘘!?」
「Samurai Girlなら、この技を避けると思ったわ」
ライジングが腹からリングに落ちた後に、無理やりオレの脚を掴んで『ライジングボンバー』にもっていく。ゲームでは絶対につながらない攻撃を無理やりつなげた。
天地がグルグル回って、リングに頭から叩き付けられた。すごいダメージだ、クラクラする。
ライジングも無理をしたのか、腕を痛めてうずくまっていた。
「ふぅ、ふぅ、どうだ、Samurai Girl!」
「いや、すごいよあんた。でも、オレには香織って名前があるんだ。侍ガールは止めてくれよ」
「ふはは、これは失礼した。わしとしたことが対戦相手に対して礼儀を欠くとは……いくぞカオリ!」
持てる力を全力で使って激突した。うん、この何も考えずにガチャガチャと戦う感じは久しぶりだ。楽しくてしょうがない。
どれくらい殴り合っただろうか。長い時間のようできっとすごく短い……ライジングの目を見ると限界のようだ。勝負には勝負所というものがある。それはお互いなんとなくわかっている。そろそろ決着のつけ時だ。
「おおおお、Buster!」
『スーパードロップキック』を読んで、当身投げの構えを取ったら、ただのジャンプキックだった。オレに当たらないギリギリで着地する。
「スカされた!?」
無防備なオレの腰に腕を回してくる。これは正規の『ライジングボンバー』だ。
「終わりだ」、「させるか!」
バチッ! 大きな音をさせて、ライジングの腕を弾いた。初代にはない投げ抜けという技だ。タイミングを合わせてこちらも投げ技を入力すると低確率で投げを回避できる。事前にしっかりと予測していないと間に合わないシビアな技だ。
オレの方がダメージが少ないから『ライジングボンバー』での一発逆転を狙っていたのは分っていた。それでも成功したのは運でしかない。
「見事だ」
手の平に気を集めて『重箱崩し』の体勢に移る。もう勝負は決まった。ライジングもそれは分かっている。
ユイちゃんも観客も勝負が決まるその瞬間を見逃すまいと目を見開いていた。
「とう、飛翔蝶の舞」
「ぐふぅ」、「え?」
オレが技を出す前に女性が突然飛び込んできた。ライジングは女性から強烈な飛び蹴りを受けて倒れてしまう……
「うわ~、ライジングってリアルで見るとこんなに大きいの。邪魔すぎ~ 早くリングから出て行ってよ」
若い日本人女性がライジングを倒して、その頭を足で踏んでいた。
日本人離れした美貌とスタイル、それを惜しげもなく露出させている姿に見覚えがある。
「白井アイ!?」
試行錯誤の勉強中です。
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