Perfect Game
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ガシャン! そろそろ寝ようかというときに窓ガラスが割れる音がして飛び起きた。
しまった、そういえば!
慌てて道着を引っ掴むと窓から外へ出る。黒いトラックに黒ずくめの男たちが数人集まっていた。
「思い出した! ゲームではユイちゃんがマフィアに攫われるんだった!」
何で忘れてたんだ。後悔しながらも黒ずくめの男たちに向かってダッシュで近付きジャンプキックを決める。
あれ? 意外と弱い。頭の上の体力ゲージが半分に減っている。そのままパンチを入れると呻き声をあげて倒れた。
「重箱崩し!」近くにいた残りの二人に必殺技を叩き込むと盛大に吹き飛ばされて気を失った。おお、気持ちいい。襲撃者がこんなに弱いなら簡単に撃退できるかもしれない。
「ひゃっは~」
あまりに簡単に大柄の男たちを倒せたから油断した。突然、上空から奇声が聞こえたかと思うと、頭に強い衝撃を受けて倒れる。
立ち上がると棒が迫ってきたので慌てて防御する。腕に衝撃を受けて少し後ろに下がった。
あれで殴られたのか、よく痛いくらいで済んだな。ゲームキャラの屈強さに驚きながら相手を見る。
「バリー!?」
この棒使いはマフィアの幹部でナンバーツーのバリーだ。ボス戦の前に現れるキャラなのでもちろん強い。ゲームではリックで戦ったことがあるけど、リーチが長くて強かったのを覚えている。何度負けて100円玉を使う羽目になったことか。
「ちっ、なんで俺の名前を知ってやがる」
バリーは焦ったように距離を取った。ユイを攫うのはバリーだったんだな。それならここでこいつを引き付けていれば柳とリックがユイを助け出してくれるだろう。
ファァァーーン
覚悟を決めて構えると、クラクションのけたたましい音が響いた。猛スピードで黒いトラックが迫ってくる。
あっ! こちらがトラックを避けている隙に、バリーはトラック荷台に掴まるとそのまま走り去ってしまった。
「ユイ!」柳がユイちゃんの部屋の窓から顔を出す。あああ、やっぱり攫われてしまったか……
「香織!」
こっちにはリックが駆け寄ってくる。二人とも遅いと思ったが、音が聞こえてすぐに外へ飛び出したオレと比べたら可哀そうだ。
「リック、急いで車を」
ゲームでは港に連れ去られていたから今から追えば間に合うはずだ。
急いで来たのか、リックの顔が赤い。
「すぐに出す。それまでに服を着てくれ」
……そういえば、サラシと褌のまま戦っていた。リックの顔が少し赤かったのは、もろに見られたせいか。うう、でも今はそれどころではないから……
服は車でも着れると思い、急いで車庫の方に向かうと、バイクがすごい勢いで出て来た。
「柳!?」
アメリカンと呼ばれる大型のバイクに跨った柳が、目の前を通り過ぎてトラックが去った方向に消える。
確かゲームでこんなシーンがあったな。ちくしょう、結局ゲーム通りか……せっかくゲームの知識があるのに防げなかったなんて……
柳の家にあったピックアップトラックにリックと一緒に乗り込む。運転席にはワン・フーが乗っており、オレ達が乗り込むのを確認すると素早く車を発車させた。
「本当に湾岸でいいのか?」
無言で頷く、ゲームではユイが連れて行かれたのが湾岸の倉庫だったから、それでいいはずだ。
理由を聞かれても困るので何も言わない。
それよりもリックはしばらくこっちを見るな! 着替えているんだから。
何も言わずに非難の目を向けると、慌てて窓の方を向いてくれた。
「香織、今更だけど少し俺の話を聞いてもらってもいいか……」
窓の外を眺めながら、幼い頃に香織達と別れてアメリカに帰国してからのことを話し始めた。
アメリカでマフィアに母親を殺されて、外交官だった父が失踪したこと。その後、この虎神流の総師範代であるマックに家族同然で育ててもらい、孤児だった柳とユイと共に兄弟として育ったこと、育ての親であるマックもマフィアに殺されて、今ではそのマフィアに命を狙われていること。
「……だから、危険なんだ。香織を巻き込みたくない」
ゲームで知ってはいたけど、本人から直接聞くと胸が詰まる。
気が付いたら、泣きそうな顔をしているリックの顔を抱き寄せていた……
「えっ?」「あっ!」いまさら解くのも格好悪いけど、よく考えたらこの状態は恥ずかしい。
ワン・フーがバックミラーをチラッと見て、視線を外した。
「お、オレよりも弱いやつがよく言うよ。心配しなくてもユイちゃんはオレがすぐに助け出してやる」
リックは驚いた顔をしたが、そのまま動かなかった。
「……香織は女神なのだろうか? 俺に寄ってくるやつは金銭目的が多いのに、香織はこのボロ屋を嫌がらずに嬉々として掃除をしてしまう、俺やユイだけじゃなく、メイドやボディーガードまで虜にして、俺の家族に何かあれば半裸ででも飛び出して助けに行ってしまう。それにこんなに優しく俺達を心配してくれて……」
リックが何かブツブツ言っている気がするけど、恥ずかし過ぎて頭に入ってこない。ワン・フーがうんうんと頷いているけど、何を理解したんだ!
誰かこの状態からなんとか……あ、あれは!
ゲームのシーンでみたことのある長いトレーラーが見えた。バリーとの戦闘はこの走っているトレーラーの荷台上という一風変わったステージだったから印象に残っている。
「ワンさん、あのトレーラーの横に!」
「香織何を……」
突然のお願いにも関わらず、ワン・フーは何も言わずにトレーラーの真横につけて並走してくれる。飛び移ろうとすると、急にトレーラーの方向が変わり、距離が開いた。危うく道路に身投げするところだった。
こちらに気が付かれたか?! トレーラーがスピードを上げたので、しばらく映画のカーチェイスのように湾岸道路を爆走する。
オレ達にアジトの場所を気付かれたと考えたら、ゲーム通りに湾岸の倉庫に行かないかもしれない。もしかして、ここで見失ったら追えなくなる?
焦っていると空にドローンが飛んでいるのが見えた……これは大会用の……ということはもうストリートファイトが始まっている。
「そうだ! バリー、勝負だ!」
大声で空に向かって叫ぶと、たくさんのドローンが集まって来た。ストリートファイトを挑まれたら一日に一戦は必ずしなければいけないルールだ。大会に参加しているバリーはこれで逃げ隠れができない。
「リック、トレーラーにユイちゃんがいるはずだから、オレが戦っているうちに頼む」
「分かった、香織無理はしないでくれよ」
トレーラーがゆっくりと止まって、バリーが降りて来た。当たり前だが、すごく不機嫌だ。こっちを睨んでくる。
棒高跳びの要領でトレーラーの荷台の上に登ると、アゴをクイッと上げた。
やっぱり、そこで戦うのか……振り返ってリックを見るとリックが軽く頷いた。ユイちゃんはリックに任せて、頑張るか。
梯子でトレーラーの上に立つと、急に走り始めた。危うくトレーラーから落ちそうだ。まあ、走るのは想定内だけど、ここで戦うのは勇気がいる。
ゲームだと端に追い詰められても落ちなかったけど、現実だと絶対に落ちるよな……
「Fight!」
どこからか試合開始を告げる声が聞こえた。取材ヘリも近寄ってきて、トレーラーの上を明るく照らす。真夜中にも関わらず賑やかだ。
「Hey hey hey!」
バリーが開始早々、問答無用で棒を突き出してきた。普通だったら腕の骨が折れそうなものだが、上腕を上げて防御する。必殺技ではないのでダメージも無しだ。
「これでもう、コソコソとするのは無駄だぞ」
「ちっ、Sting!」
バリーの必殺技、「蜂の一刺し」だ。引いた棒を腕一杯に伸ばすと棒に仕込まれている鎖が伸びて画面の半分以上先に届く。
「甘い!」当身技で受けて投げ飛ばす。いつも通りダウンしたところに追撃を加え、起き上がりに『重箱崩し』を防御させて主導権を握る。
あ、あれ? バリーは中ボス扱いなので非常に強い。リーチも威力もあって、ゲームではリックを使っても苦戦していたのだけど……
しばらく戦っているとバリーが肩で息をして膝を付いていた。散々投げ飛ばし、『重箱崩し』を当ててやったのでそこら中が痣だらけだ。
ゲームでは段々と敵が強くなる。終盤に戦うことになるバリーが想定外に初戦となったことを考えるとゲーム補正で弱くなっている可能性もあるけど……
香織でバリーと戦ったことが無かったから知らなかっただけかもしれない。なんというか、すごく相性がいい。バリーの必殺技はリーチと威力があるけれど、必殺技を撃ってくるのが分かり易い技ばかり。当身技を使える香織にとってはまさに飛んで火にいる夏の虫状態で、簡単に反撃ができる。
無理にバリーの懐に飛び込む必要もないので、優秀な対空技の餌食になることもなければ、短気なバリーは待ち構えているオレにむやみに突っ込んで来てくれるので後の先が取り易い。
「Kaori Won! Perfect!」
オレの勝利が宣言された。しかも体力ゲージをまったく減らさずの完全試合。これは高ポイントが期待できる。
思わずガッツポーズ、あまりの嬉しさに小躍りしたい気分だった。
だけど、そこに隙が生まれた。
「死ね! Sting!」ボロボロのバリーがしゃがみ込みながらも必殺技を繰り出した。防御も間に合わず鳩尾に決まり吹き飛ばされる。
合気道をやっているときに試合後も気を抜かない残心の大切さを教えてもらったが嬉しさのあまりすっかり飛んでいた。試合後に卑怯だと言いたいけれど、マフィア相手に油断しているオレが悪い。
えっ? これ、また死んだ!? 迫る道路に思わず目を閉じた。
「香織!!」
思ったよりも軽い衝撃に目を開けると、リックの腕の中に納まっていた。ピックアップトラックの荷台の上にいる。追いかけてくれていたのか、助かった。
「無茶し過ぎだ」
「あ、ありがとう。も、もう大丈夫だから降ろしてくれ」
リックの腕の中でバタバタと暴れたけど、ビクともしない。
離す気無いなこいつ。
ドルルルルル
「げっ!」立体交差の上から柳のアメリカンバイクが落ちて来た。トレーラーの上に着地すると横滑りしながら無理やりスピードを殺す。
バイクは金属の擦れる火花と大きな音を響かせながら、バリーを巻き込んで道路に落ちた……あれ、バリー死んでないか? 大丈夫か??
柳は落ちる寸前でバイクから飛び降りてトレーラーの端にしがみついている。すごい怒りの形相だ。いかつい体から黒い湯気が上がっているように見える。
片手懸垂の要領でトレーラーの上に登ると、怒りに任せてトレーラーの天井を殴り始めた。ドゴン、ドゴンと鈍い音がして天井に穴が開く……に、人間業じゃない……
あっ、ユイちゃんが引き上げられた。感動的なはずなのにドンキーコングに攫われたお姫様にしか見えない。
「柳兄さん、こっちだ」
えっ! あの状態の柳をこっちに呼ぶの?
ユイを左肩に抱えると柳がトレーラーからピックアップトラックの荷台にジャンプしてきた。
「藤原さん、すまん。俺が間違っていた!」
「えっ?」
俺達の横に着地した柳が涙を流しながら顔を近づけてきた。
「藤原さんがこんなにも俺達家族を思ってくれていたとは……ユイが攫われそうになったときは真っ先に駆け付けて勇敢に戦い、攫われてからは的確な推理でアジトを探し出した……」
いやそれは推理したわけでは無く、駆け付けることができたのもゲームで知ってたからで……
両肩を掴まれた。すごい力だ、痛い痛い。
「俺達のために命懸けでトレーラーの上で戦って、しかもマフィアの幹部を傷一つ負わずに倒してしまうなんて……」
最後にバリーを倒したのは柳だと思うけど……
「もう、君は俺達の家族だ!」
興奮で力加減のできない柳に思いっきり抱き付かれた。ちょっと待て、男臭過ぎる。そして痛い。
ゲームの設定では直情的で融通が利かない性格ってなっていたけど、これは酷い。
「柳兄さん!」
リックが柳から引き離した。助かった……そういえばリックに抱きかかえてられていたんだった。
「香織お姉さん」
ユイちゃんも抱き付いてきて、助かったことを喜んでいる。
ブ~ン
ドローンが一台近くに寄ってきた。冷静になれば取材ヘリの音も聞こえている。そういえば、ストリートファイトの試合でこの状況は全国放送されているんじゃなかったっけ?
「……こら、離せ!」
「みんな家族だ!」
柳が叫ぶと再びリックとユイちゃんが抱き付いている状態のオレを3人まとめて抱き上げて、ピックアップトラックの荷台の上をクルクル回った。
後日、テレビでこのときの映像が鮮明に流れたことにビックリした。想像以上に撮られている。これは恥ずかしくてしばらく表は歩けないな……
試行錯誤の勉強中です。
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