Round Two
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ジリリリリリ――
旧式の目覚まし時計の音で目が覚める。すごい音だ、すぐにスイッチを押して止めた。昔の時計は電子じゃなくて物理的に鐘が鳴るから音に優しさがない。ボーっとしながら、過去の香織の記憶の中で、目覚ましが鳴る前に起きていたことに納得する。
お金ができたら新しい目覚まし時計を買おう……それよりも食べ物や着るものが先か……はぁ、借金があるのに無理だよな。虚しいから考えるのを止めた。
時計の針は5時を指している。7時半に家を出れば学校には間に合うので早起きだ。昔の俺だったらギリギリまで寝ているんだけど……まあ、夜勤が多かったから寝れるときは寝ないと体が持たないからだったか……。
香織は神社の掃除や朝の祝詞を唱えたりと朝は何かと忙しい、ボーっとしていないで早く起きないと。
「起きるか」
布団を畳から上げると台所に向かう。朝ごはんは残り物のお味噌汁にご飯と卵を混ぜて味噌雑炊にして食べる。卵は昨日の夜にお梅さんから頂いた。栄養の付く物を選んでくれたようで、卵と熊肉を持ってきてくれた。熊肉はどこで手に入れたか分からないけど、「新鮮だから美味いぞ」といい笑顔で言われたので、大人しく受け取った。お梅さんにはお世話になりっぱなしだ。どこかでお返ししたいけど、先立つものがないとなかなかに難しい。
朝ごはんの後は軽く柔軟をしてから水で汗を流す。夏でも山の水は冷たくて凍える。毎日の日課だが冬になったら辛そうだ。
水を拭き取ると、髪をヘアゴムでポニーテールにして、巫女服を纏う。昨日の反省から今日はしっかりとサラシを巻いた。どこでストリートファイトが発生するか分からない。負けると服が破れる鬼畜仕様なので、息苦しくても我慢だ。
大きな胸をサラシに隠していたのがこんな理由だったなんて呆れるしかない。
着替えたら、神社の拝殿から奥に進み、本殿前で祝詞を上げる。毎日行っているからか、自然と口から祝詞が出て来るのは有難い。口にする言葉を意識してしまうと途端に途切れてしまうので何も考えずに口から出るままに任せる。終わったら柏手を打って締めだ。
この本殿の中に秘伝書が入っているんだよな……ゲームの知識があるからここにあるのが分かるけど、現時点では父親以外は知らないはずだ。
すごく興味が湧いた。今の時間は香織だけ、本殿は立ち入り禁止なので今なら……
ご神体の扉は神主も開けてはいけないと教えられているが、どうせ秘伝書の存在が明るみに出ないための方便だ。信心深い方でもないので思い切って扉を開けて中を見る。中は質素な台座に紫の布が被せてあり、その上にご神体である鏡が鎮座していた。
あれ? ない?
罰当たりだが、中を隈無く探る。ご神体である鏡をどかし、台座を外すと下に埃を被った本があった。
「あった、あった。これは……げっ!」
パラパラっと捲って、すぐに閉じる。そそくさと元の状態に戻し、逃げるように本殿を出た。
「秘伝書はあの技か……」
境内を竹ぼうきで掃きながら、秘伝書のことを考える。境内が広いので時間いっぱい掃除ができるようにセーラー服に着替えた。巫女服でやった方が趣があると思うが、学校に遅れるわけにはいかない。
本は 装丁の整えられた立派な古文書で、美術的価値がありそうな崩し文字で書かれており意味を拾うのも大変だった。通常なら読めずに終わるところだが、驚くことにオレが眺めていると脳裏に超必殺技のコマンドが見えた。
そういえば初代はボーナスゲームをクリアーすると新しい必殺技のコマンドを教えてもらえるシステムだった。知っていれば特にボーナスゲームをクリアーしなくても必殺技を出せるが、初期の頃は新技が徐々に増えるのでボーナスゲームはワクワクしながら挑戦していた。
しかし、今回のコマンドは……本来の半分しかコマンドが出てなかったが、秘伝書を2つに分けたのなら半分も納得できる。これは、もしかして香織でも使えるのか?
介護職のときもそうだったが、掃除は考え事に最適だと思う。適度に動きながら思考に集中できるので心が落ち着いてきた。掃除も捗るので広い境内だがもうすぐ終わりそうだ。
ざわざわ
鳥居の外の階段を掃こうとしたら、人が集まっていて騒がしい。
何だろう? お祭りはもう少し先だから朝早くに人が集まることなんてないはずだけれど……
「香織お嬢様、お待ちしておりました」、「えっ?!」
階段の下から黒のスーツをビシッと着たお爺さんが昇ってきて、手を差し出してきた。好々爺のように柔和な笑顔だが、目が鋭く只者ではない。
「これは失礼。バワーズ家で執事をしておりますワン・フーと申します。リック様がお待ちですので、お手をどうぞ」
階段の下に車体の長いリムジンが横付けしており、そこから階段上まで赤い絨毯が敷かれている。
リムジンの後部座席から制服姿のリックが出て来て、こちらに笑顔で手を振った。
「香織、さあ、一緒に学校に行こう」
「な、な、な、」
神様の通り道とされる参道の真ん中になんて罰当たりなとか、近所迷惑で目立ち過ぎだとか、なんでそんなに爽やかな笑顔なんだとか、言いたいことが多過ぎて言葉が出ない。
「竹ぼうきをこちらに、香織お嬢様のお鞄はすぐに持って来させますので」
貧乏神社の前にリムジンが止まり、赤い絨毯が牽かれ、車からは今話題の天才実業家が出てきて、オレを車に誘う……明日から近所の人にどんな顔をして会えばいいんだ……頭を抱えそうになった。
実は昨日負けたこと根に持ってないよな? 衆人環視の中、この状況は断りづらい。達人クラスに見えるワン・フーに持たれている手を振り払うのも難しそうだ。正直、逃げ出したいがグッと我慢して速足でリムジンに入ってしまう。ドアーの前でリックが手を差し伸べてきたけど、無視して乗り込んだ。本当はワン・フーに礼を言って、リックの手を取ったら優雅に見えるのだろうが、庶民にはハードルが高すぎる。というか、扉が閉まったらリックを殴ろうと心に決めた。
「婚約者の手を取らないなんて、悪い子だ」
「なっ、誰が婚約者だ!」
広いリムジンの中でリックの距離が近い、本気ではないが拳を出したら軽く受け流された。こいつ本調子に戻ってやがる。
ん? リックは混乱するオレをじっと覗き込み、思案している。何だ?
「確かに、まだ香織に勝てない俺では婚約者にふさわしくないかもしれない……親同士が決めた婚約とはいえ、努力が足りないのは確かだ」
親同士が決めた婚約?? そんなのゲームのストーリーにあったか? あれ? 子供の頃に親同士が練習後の酒の席で、そんなことを言っていたような記憶がある……覚えているっていうことは、香織もまんざらでもなかったのかな?
「いや、いや、それ酔っ払いの戯言だから」
「やはり、愛を伝える努力をしないと、思っているだけではダメだな」
「おい、話を聞け!」
「一緒に過ごす時間も大事か登下校は大丈夫として」
「大丈夫じゃない、迷惑だから」
全然聞いてくれやしない。
「リック様、奥様にこちらを」
ワン・フーが呆れたように何か書類を手渡した。リックを止めてくれるのは有難いが、誰が奥様だ!
「そうだ、藤原家の借金だけど、うちの財団が全て買い取ったから」
「は?、え?」
「筋の悪いところも多かったから骨が折れたけど、違法金利分は全部返還させたよ。後で確認してみて、だいぶ借金が減っているはずだ」
昨日の今日で何言っているんだ?
「夫婦になったら共有財産だから、実質的に借金が無くなったと思ってくれればいいよ。こちらは藤原神社の再建計画だ、ここの活用できていない土地は時間貸駐車場にして、交通安全の祈祷をしよう。あんまり気乗りしないけど、女子高生が切り盛りしている神社として宣伝するよ。香織は美人だからすぐに人気になるね。変な男が来ないか心配だけど、俺が近くにいれば大丈夫だろう。そうだ、恋愛成就に効果があるのだからソーシャルメディアを通じて広めよう。じい、インフルエンサーを何十人か用意してくれ」
「かしこまりました」
ええっと、ついていけないけど、次々と大事なことが決まっている気がする。この辺りが天才事業家なのかもしれない。
細かいことは分からないけど、これってリックに借金していることになるよな……知らない間に首根っこを抑えられてしまっていないか?
「香織、これが債務の譲渡通知書だ確認してくれ、こちらが賃貸駐車場の業務委託契約書と地目変更届で、これがテレビへの出演依頼書、これは婚姻届けで、これが秘密保持契約書。基本的にサインするだけだが、詳細はじいが教えてくれるから安心してくれ」
「あ、ああ……ってリック、さらっと婚姻届を混ぜるな!」
「ははは、これは成人してからのお楽しみにするよ」
スッと一枚退いたけど、こいつ書類の山に埋もれて間違ってサインしていたら、試合に勝った瞬間に市役所に提出する気だったな。
リックの手の平の上はなんだか怖いが、現金収入がお賽銭程度しかない現状はなんとか変えたい……ぐっ、悔しいがここは乗るしかないか。
混乱していたら、車が止まり外から扉が開けられた。どうやら学校の前に着いたようだ。
登校中の学生が皆こっちを見ている……はっ! そういえばリムジンの中だった。
リックが当然のように車から降りて、こちらに手を差し伸べてきた。いやいや、その手を取ってリムジンから降り立つなんて、庶民にはできないから。
オレは自分の鞄を抱きかかえると、身を縮めてそそくさとリックの横を素通りして降りる。
「香織、差し伸べた手を取らないなんて本当に悪い子だ」
襟首を後ろから掴まれた。こら、オレは猫じゃない。
「きゃ~」、「おお~」見ていたみんながどよめいた。女子生徒からは悲鳴に近い声が聞こえる。
もしかするとオレも上げていたかもしれない。掴まれた襟首を解こうと手を後ろに回したら、素早く両脚を取られた。背中と膝の裏を持たれたまま、校門に入っていく。
こ、これは、いわゆるお姫様抱っこ……思ったよりもリックの顔が近い、ゲームのメインキャラクターだけあってオレから見てもイケメンだ。何でこんなに肌が綺麗で爽やかなのだろう。見ているとリックがこちらに目を向けて優しく微笑んだ。
「あう」なんだか恥ずかしくなり抱えていた鞄に顔を埋めた。
校門の声を聞いて校舎の窓からも大勢の学生がこちらを見ていたらしい。リックに降ろしてもらい、教室に着く頃には全校生徒の注目の的だった。
◇◆◇◆◇◆
「つ、疲れた……」
衝撃の登校から一週間が経った。
教室ではクラスメートどころか、他のクラスからも人が……主に女生徒が来て毎日質問攻めを受けている。先生にも何回か職員室に呼び出され事情を聞かれた。
皆には、リックとはただの幼馴染で、たまたま車で送ってもらっただけ。そして車から降りるときにバランスを崩したのを調子が悪いと勘違いしたリックがオレを抱え込んだだけ、と本当のことを言っているけど、未だに信じてもらえていない。
家の方は一度テレビに出て以来、人が絶えない。なぜか玉の輿神社と呼ばれるようになって、お守りやお札が飛ぶように売れる。駐車場にした空き地は常に満車で家の前の道路は誘導が必要なほどの盛況ぶりだ。
神主である父以外は、本来祈祷などはできないが、何か神社庁のお偉いさんが来て通信講座を受けることを条件に許可された。作法は小さい頃から見様見真似でできるので問題ないが、こんなにすぐに出来ることに驚く……まあ、どうせリックの仕業だ。
無名の神社がここまで生まれ変わるとは、天才実業家ともてはやされるだけはある。その上、リックの手配で優秀な人が手伝ってくれているのでオレはほとんどすることが無い。それにも関わらず、収入は過去の自分の3倍はあるって……あっ、ちょっと涙が出てきた。
ただ、祈祷に、お守りやお札の授与に掃除と一時期は大忙し。よく声を掛けられるし、写真も撮られるからアイドルになった気分だった。正直ちょっと気分を良くしていたけど、リックの手配で優秀な人が手伝ってくれるようになってから、外の仕事は激減して、奥に籠っての祈祷ぐらいしか仕事が無くなった。
超多忙だったので助かるけど、注目され好意を向けられることが無くなるのはちょっと残念かもしれない。
「香織の愛らしさがここまで人を虜にするとは、やはり俺の目に狂いは無かった。だが、他の男に見られることにこんなに悩まされるとは……こら、そんなアングルで撮るな! 香織はその辺りのガードが弱いからな。じい、あの男を捕まえろ! 写真は消去させて……うむ、証拠としてコピーは会社のパソコンに保存しておけ。はぁ、やはりしっかりと囲っておかないと取り逃がしそうだ。早急に人前に出る仕事は他の者にやらせろ」
「はっ!」
リックがワン・フーとやり取りしての決定だから、きっと事業として必要なことだったのだろう。文句を言うのも筋違いだ。
入院していた姉は病気の原因が解り、特殊な手術を受けることになった。リックは「何もしていない」と言っているが、嘘が下手過ぎる。姉のいる病院に交換留学と称した海外の専門医が何人も駆けつけて、瞬く間に原因を特定させた。
難しい手術らしいが、原因が解らず入退院を繰り返すよりはよっぽど良い。姉も笑顔が増えて手術に対して前向きなっている。
リックの善意は素直に嬉しいが、恩が溜まり過ぎて怖い。このままではリックが冗談で言っている結婚でもしないと帳尻が合わなくなりそうだ。
マフィアのボスは何もしなくても、リックが倒しそうだから、オレが出来る恩返しは真のボスを出現させて本当の父親と会わせてあげることぐらいか。
幸いオレにはゲーム知識があり、この世界はまだ初代ルールだから香織でも十分に勝算はある。ついでに優勝すれば賞金で借金も返せるしな。
そうこうしていると、ストリートファイトの招待状が届いた。重厚な黒の封筒に金の刺繍で龍虎が争っているシンボルと香織の名前が書いてある。
少し武者震いがした……いよいよゲームの本編が始まる。
試行錯誤の勉強中です。
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