Round One
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「英雄に英雄視される英雄譚」もボチボチ書いています。
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『龍虎伝説』は格闘ゲームというジャンルを確立し、長い間ブームを牽引した名作の一つだ。
いくつものシリーズが出ていて、スピンオフなども含めてアーケードゲームや家庭用ゲーム機で絶大な人気を誇っていた。
ストーリーは主人公の柳とサブ主人公のリックを中心に展開する。虎神流の総師範代であり、柳とリックの育ての親であるマックがある日、マフィアの集団に襲われて帰らぬ人となった。
それだけでは終わらず、柳とリックもマフィアに狙われるようになる。そんな最中二人の下に届けられたのはストリートファイトの出場権。マフィアが関わっていると噂される大会に敵討ちを兼ねて参加する二人は強敵と戦いながら、大会の闇に迫っていく。
ストーリーが進んでいくと、虎神流と龍神流の元となった武術には非常に強力な奥義があったことが分かる。奥義の危険性を危惧した開祖が2つの流派に分け、虎神流と龍神流のそれぞれに秘伝書を授けることによって秘匿したのだ。
柳とリックの育ての親であるマックは秘伝書を渡すまいとして殺されてしまったのだが、虎神流の秘伝書は柳の妹のぬいぐるみに隠されており、ストリートファイトが始まるとマフィアに攫われてしまう。マフィアの幹部を倒して、妹を助け、香織を倒し神社の御神体に隠されている龍神流の秘伝書の2つを揃えると龍虎の奥義を覚えることができ、最後のボス戦になる。
ボスはビッグXと言う名のロシアの格闘術コマンド・サンボ使いで、最後に倒して刑務所に入れれば一応のエンディングを迎えることができる。
このゲームの凝っているところは、真のボスが隠されているところだ。初めは何の意味があるのか分からなかった勝利後に得られるポイント。このポイントが高得点だと、ビッグXを倒した後に真のボスと戦うことができ、倒すと真実が解るエンディングへと繋がる。
一方、香織のストーリーは至って簡単だ。父親を捜すためと優勝賞金3百万ドルを目指してストリートファイトに出場し、ビッグXを刑務所に入れた主人公の柳を倒して虎神流よりも龍神流が強いと証明して終わり……重要なキャラじゃないのは分かっているけど、あまりに扱いが雑だ。
奥義を得るために龍神流も重要な位置にいるはずなんだけど……なんだろう、開発者からもあまり愛されていないように感じる。
神社の社務所を兼ねる道場にリックを無理やり連れて来た。
「おおお!」
周りを見渡して思わず声が出る。ゲームで香織と戦うときのステージそのものだ。板張りの剣道場のような雰囲気と真ん中の大きな拝殿。ゲームでは気にしていなかったが、このステージは神社の祈禱場所だったんだな。
「なぜ、香織が驚いているんだ」
「いやいや、これは感動するって。ほら、あの隅の方でよく練習したよな。おい見ろよ、背の高さ測った跡がまだ残ってるぞ」
「まったく、自分の家で感動できる香織がすごいよ……確かによくここで練習したな、あの頃は楽しかった……」
リックが呆れながらも、昔を思い出して遠い目をした。
アメリカでマフィアに母親を殺されて、外交官だった父は失踪。その後の育ての親もマフィアに殺されて、今はそのマフィアに命を狙われているか……天才事業家っていってもてはやされていても、本人は辛かっただろうな。
「あはは、高校生のくせに年寄り臭いこと言うなよ」
香織の知らないはずの話だ。敢えて触れずに明るく振舞った。
「それじゃあ、やりますか」
「本当に手合わせするのか? 体調不良とか……そ、その、昔の約束とか……」
何でリックは恥ずかしそうにしてるんだ? 最後の方は小声でよく聞こえなかったし、自信満々キャラのリックにしては珍しい。
「まあ、そんなに硬く考えずに、軽いスパーリングだよ」
防具なしのストリートファイトに軽くがあるのかどうかは分からないけれど……
せっかく格闘ゲームの世界に転生したのだから自分はどのくらい戦えるのか、戦ったらどうなるのか知りたい。
まだ、ビッグXと会ってもいないだろうからここは初代『龍虎伝説』の世界のはずだ。シリーズが進むにつれて戦闘システムも変化しているから、覚えている技でも実装されてないから使えないなんていうこともあるかもしれない。
「んじゃ、行くぜ」
「……しょうがないな」
距離を取ってお互い構えた。リックは自分から動く気はないようだ。なんとなく、この手合わせは家庭用ゲーム機にあったチュートリアルに似ている。
それなら好きにやらせてもらおう。
少し近づいて軽くジャンプする。
「うわ!」ビックリするくらい高く上がった。リックの頭を軽く越えているから、2メートル近くは跳んでいる。あまりの高さに怖くなった。
格闘ゲームで考えると普通だけど、プロのバスケットボール選手でも70㎝くらいだから余裕で世界記録が狙える。
そのまま容赦なくリックの顔面に向けて蹴りを放った。簡単に防御されたが「ゴッ」という痛そうな音が鳴る。そのまま、着地して素早くパンチ、これも防御されたが反動でリックが少し後ろに下がった。
ここまではイメージ通りの動き。次はこれが……
「重箱崩し! ……で、出た!」
香織の必殺技『重箱崩し』、両手の手刀で相手を攻撃する技だ。手刀の先から三重の板状の気功が現れ、崩れるように相手に襲い掛かる。
他のキャラクターのように遠距離には飛ばないが、隙が少なく近距離では使い易い技だ。まあ、香織はこれくらいしか攻撃技がないんだけどね。
「こ、これは体力ゲージ?」
リックの上に黄色いゲージが薄っすらと見える。格闘ゲームは通常このゲージを攻撃によって削っていって、最終的に無くなった方が負けになる。
そのリックのゲージが少し減っている。初代の必殺技は本当の意味で必殺技だった。だいたい5~6発当てれば相手を倒せるし、防御されてもパンチ1発分くらいのダメージがあったはずだ。
現実世界で体力ゲージが見えるってすごい違和感があるけど、間違いなく格闘ゲームの世界だし。オレもゲームのままに戦えている。
「よし、それなら」威力の違う、小パンチや大パンチ、近距離のキックと遠距離のキックと通常技をそれぞれ試していく、リックは攻める気がないようで、防御に徹してくれているけど、攻撃が当たるたびにゴッ、ゴッと痛そうな音が鳴る。
そりゃあ、グローブも付けない素手の攻撃だから、これだけの勢いで殴ったら普通は内出血するはず。通常技をガードした場合は体力ゲージが減らないから実は痛くない可能性もゼロではないけど……VRゲームが進んだらこんな感じだろうか、ゲームの世界が現実になると違和感がすごい。
「防御ばっかりしていないで、攻撃してきたらどうだ? スパーリングにならないだろう」
一通りの動きは確認できた。さすが初代、通常攻撃でも当たるとダメージが大きい。シリーズを重ねていくとパンチやキックをつなげていくコンボと呼ばれる連続技が主流になるので、相対的に単体のパンチやキックは威力は低くなっていった。
格闘ゲームの後期作品はいかに上手く攻撃をつなげられるかが全てだった。コンボゲームなんて言われたりもしていたはずだ。
リズム感がなくコンボが下手なオレには最新の格闘ゲームは面白くなかった。コンボが上手く使えないので一方的にやられて反撃する隙も無い。いわゆるハメられる状態。強いコンボはおのずと決まってくるから延々と同じ攻撃をされて負ける。
こちらも覚えれば良いのだけど、同じ技を繰り返すだけのゲームになっていって駆け引きも何もあったものじゃない。
決められた操作をいかに正確に繰り返せるかだけの勝負……必殺技は派手でキャラクターは格好良いけど、もはやただ作業をしているだけなので急速に興味を失った。
だから、初代には期待してしまう。単純だけどワクワクするような駆け引きができるのではないか、全力でガチャガチャとレバーとボタンを押して自分がストリートファイトしている感覚。今はキャラクターそのもので操作しているわけではないけど、そんな感覚がまた感じられるのではないかと。
自然にリックとの間合いを詰めた。きっと不敵に笑っていたと思う。小キックをリックにギリギリ当たらない距離で放つ。
「雷神撃!」オレの攻撃に合わせて、リックがムーンサルトキックのような強烈な必殺技を繰り出した。リックの対空技で無敵時間があるため、近距離の攻撃をするとよく繰り出す技だ。
かかった! 踏み込んでいないため、リックの必殺技も空を切る。隙だらけのところを近づいて『重箱崩し』を打ち込む。これでリックの体力ゲージも半分を切った。
相手が空中にいたときに当てたのでダウンも取れた。起き上がりをしゃがみキックで牽制して、反撃を封じるともう一発『重箱崩し』を防御の上から当てる。
さあ、もう一回。「天神撃!」一瞬でリックの拳が目の前に広がり、顔面を思いっきり殴られて、吹き飛ばされた。
『天神撃』はリックの強力な突進技だ。拳を前に繰り出しながら前方に移動する。当たると相手を必ずダウンさせることができ、威力も申し分ない。天使の羽のようなグラフィックも出る人気の技だ。
「……怪我をさせたくなかったんだけどな」
女性の顔に思いっきり拳を入れておいてと思わなくはないが、さすがは格闘ゲーム、鼻が曲がることがなければ今のところ血も出ていない。まあ、一発しかくらっていないのにオレの体力ゲージは結構減っているんだけど。
「オレに一回も勝ったことがないくせによく言うよ、怖かったら降参してもいいんだぜ」
さてここからが本番だ。
攻撃に回ったリックは本当に強い。必殺技を防御しきれず、体力ゲージを半分にしていたハンディはすぐに無くなった。
格闘ゲームのキャラクターはどうしても強い弱いがある。いや、使い易い、使い難い。もしくは勝ち易い、勝ち難いだろうか。
リックはサブ主人公だけあって、非常に強力なキャラクターだ。主人公が攻撃型なので対比として防御型ではあるが、スピードが少し遅いだけで、通常攻撃にクセがなくリーチがあるので撃ち負けることがない。必殺技も遠距離攻撃に隙が無く、対空攻撃にしっかりと無敵時間があり、突進攻撃は出が早く威力も強い。その上、当身投げと呼ばれる反撃手段まで備えているので、初心者から上級者までよく使う人気キャラクターだ。
一方の香織は、悲しいかな一番使い難いキャラクターだ。スピードこそあるが、小柄なので通常攻撃にリーチがなく、威力も弱い。柔術が主体なので、必殺技は当身投げが数種類。遠距離攻撃は持っておらず唯一の攻撃手段が『重箱崩し』。強い投げ技でもあれば投げキャラとして確立しただろうが、それもない。おそらく相手の攻撃を上手く利用してカウンター攻撃を行う、後の先キャラにしたかったのだろうが、展開の早い格闘ゲームで普通の人間が相手の攻撃を予測して的確に反応できる訳もなく、ただただ使い難いキャタクターとなっていた。
だからネタ以外では誰も使わない。使う価値もない、人権のないキャラとまで言われていた。
誰にも見向きもされないキャラクター。……なんだ、必死に働いても報われることのなかった昔のオレと同じじゃないか。
それならこんな遊びのファイトで必死にならなくても……
しゃがみ大キックをくらって、盛大に転び、地面に叩き付けられた。どうすることもできない能力差が悲しくなる。
「もうやめないか。昔の約束もあるから、ここで勝負を付けなくても……」
フラフラと立ち上がる。昔の約束? 何だろう? 何かあっただろうか……初代で……約束……
「あ、ああああ」
思い出した。そういえばお約束があった! なんでリックが知っているんだ?
女性キャラは負けると必ず上半身の服が破けて下着姿になる。なぜか格闘ゲームの女性キャラはセクシーで性的な描写も多かった。高校生という多感な頃だったからドキドキしたのを覚えている。
それに今のオレはサラシを外してしまっている……負けたら裸決定だ……リックに胸をもろに見られて明日から普通に登校する? どんな羞恥プレイだ!
「ありがとうリック、思い出したよ。今日は、今日だけは絶対に負けるわけにいかない。絶対にだ!」
「えっ!? か、香織?」
リックにダッシュで近づく、驚いているリックに近距離で大キックを当てた。不意打ちで卑怯だけど、負けられない戦いだから許して欲しい。
膝蹴りがリックに当たった瞬間に大パンチに切り替え、近距離で掌底をリックの顎に打ち付ける。そして「重箱崩し!」香織の基本的なコンボだ。掌底で相手が一瞬浮くので普段はダウンの奪えない『重箱崩し』でも相手をダウンさせることができる。
初代から数えて3作目以降でないと使えないはずのコンボ技を無理やりに繋げた。初代でコンボをつなげると威力がすごい。そのまま倒れているリックに追撃の関節技…… あれ? 出来た。この技も3作品目以降に追加された動きだけど……なんだ、出来るじゃないか。そういえば格闘ゲームの常識であるダッシュやバックステップも2作品目以降で導入だったから初代は使えないはずなのに自然に使うことが出来た。
「天神撃!」、「甘い!」リックが立ち上がって、突進技を繰り出すのを当身技で受けて投げ飛ばす。もちろん倒れているので追撃の関節技も決める。
「なっ、香織。何だその動きは?」
関節技が決め手になって、リックの体力ゲージがゼロになった。
初代の『龍虎伝説』だけど、オレの知っている技は出せる。これはチートじゃないだろうか? もしかすると、最弱キャラじゃなくって、最強キャラにもなれるのでは……。
「体調が優れないのに無理やりスパーリングをしたのはこれを見せたかったからか……俺に足りないものを見せるために……。俺が香織に勝ったら結婚するという約束も覚えていて、それでも今日は絶対に負けられないって……そこまで俺のことを……ライバルの流派に入り、何の連絡もしなかった俺のことを怒らず。天才事業家や資産家という色眼鏡でも見ない。日本人らしい謙虚さで俺を待っててくれたのか……はっ! 日本人はプロポーズでお味噌汁を毎日飲みたいと言うらしいから、俺を家に入れて出したあのお味噌汁はそういうことか! これは参ったな」
リックが熱に浮かされたようにブツブツと言っている。打ちどころが悪かっただろうか?
「香織!」、「は、はい?」
いきなり起き上がったと思ったら、オレの手を取って大声で名前を呼ばれた。驚いて反射的に返事をしてしまう。
「次こそは、次こそは絶対に勝つから待っててくれ。俺はもっと強くなる」
変なスイッチが入ったみたいだ。再戦なんて勘弁してくれよ、強くなったリックとなんて戦いたくないって。
試行錯誤の勉強中です。
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