Staff Roll
ご覧頂き、ありがとうございます。
最終話となります。
「ママ!」、「えっ!? レオどうしてここに?」
走って来た我が子を抱き上げる。
オレは『龍虎伝説』の人気を侮っていた。リックとの試合でストリートファイトは終わったと思っていたら、それからの続編5作分をきっちりと戦う羽目になった。
もうこれ以上の続編はないよな。あったら泣くぞ。
リックとは……何度も戦って勝ったり負けたりで……その都度愛情は深まって……
はい、正直に言います。大学に入ってすぐ学生結婚しました。前世も含めて初めてだよやった~
この通り……ちょっと恥ずかしいけど子供もいます。もうすぐ3歳。名前はレオ・バワーズ。もう可愛くて仕方がない。
親バカかも知れないけどリックに似てすごく聡明だ。間違いなくオレよりもIQが高い。
『龍虎伝説』の後期作品で次世代キャラが戦うというのがあった。その主人公の名前がレオだった気もする……うん、きっとオレの気のせいだ。
この子にはストリートファイトなんていう血生臭い世界とは無縁で生きて欲しい。
「香織様、今日の夕方にはリック様が帰国されます。そろそろお仕事は切り上げて頂かないと……」
「ワンさん、ごめんなさい、あと一人だけだから」
ワン・フーが困った顔で、オレが抱いていたレオを引き取った。
「ママ、お仕事終まだ?」
「もうちょっとだけワンさんと待っててね、すぐに行くから。良い子にしてたら、パパがすぐに帰ってくるよ」
「パパ? やったー!」
「吸って、息を止めて、はい、吐いて。お梅さん、特に異常はありませんね。検査結果は2週間後には出ますので」
「香織ちゃん、ありがとよ。だけど今の今まで異常なんてあったことないよ」
今は医師になって地元の病院で働いている。
香織は姉の病気を治してあげたくて、密かに医師を志していた。リックのおかげで姉は元気になったのだからそのまま目指す必要は無かったのだけれど、どこで調べたかリックがお膳立てをしてて医学部へ……これは神社の経営が順調過ぎて、お金の心配をしなくても良くなったのも大きい。
大変な仕事だが、前世での介護の知識も生きるし、やりがいもあるから天職かもしれない。
それにしてもお梅さんて何歳だっけ? まったく異常が無いなんて異常過ぎるんだけど……まあ、現役で格闘をこなす人だから、何でもありなんだろうけど……
実はオレがストリートファイターとして伸び悩んでいたときに助けてもらったこともある。
少しでも医療で恩返ししたいけど、これだけ元気だとしばらく出番は無さそうだ。
「今日、旦那さんが帰ってくるんやっけか? 何度もニュースでやってたな。はよ、帰ったげ」
「いえ、もう少し……」
「はあ、結婚して何年目や、そんな真っ赤になって恥ずかしがっとらんと、はよ、はよ!」
いや別に赤くなんてなってないし。本当に仕事が……
「そうですよ、バワーズ理事長。早く帰ってください! 代わりは呼んでいますから……バワーズ財閥の方々から圧力をかけられている私の身にもなってください!」
この病院の副理事長が割って入って来た。ちょっと神経質だが、リックが呼んできてくれた非常に優秀な人だ。
オレは初期研修が終わったばかりの新人だけど、この病院の理事でもある……学校を卒業して、さあ臨床研修と思っていたら、リックとキースがいつの間にか神社の近くに総合病院を建てて、オレの研修先にしてしまった。
自由が利くので出産と子育てはやり易いが、他の先生や職員のみんなはやり難いだろうな……オレのことを考えてくれてのことなんだろうけど、過保護過ぎる。
「分かったよ。ちょっとこれだけ終わらしたら……」
「香織ちゃん!」、「バワーズ理事長!!」
ごめんなさい。すぐに帰ります。
トン、トン、トン
家に帰るとレオの遊び相手と昼の寝かしつけをしてから、夕ご飯の下ごしらえを始める。
ボディーガードにメイドさん、それに道場の門下生の一部が住み込んでいるので、食事作りは大変だ。
お抱えの料理人はいるのだが、オレ自身が料理をするのが好きなのと、リックが手料理を食べたがるので、よく厨房に立たせてもらう。気が付くと高級食材ばかり使うのでその監視の意味もあるかな?
特に今日は久しぶりに帰ってくるからオレの手作りでないとリックが拗ねる。いつも通りメイドさんにも手伝ってもらい、ワイワイと話をしながら進める。
リックはアメリカ人のくせに和食が大好きだ。小さい頃に日本に居た影響かもしれない。
特にお味噌汁が無いと寂しがるので必ず作る。何でそんなに好きなのだろう? 今度聞いてみようかな。
「あら~ 香織ちゃん、昨日までは元気が無かったのに、今日はなんだか楽しそうね。今日帰ってくるんでしょ。毎日ビデオ通話しているのに寂しがり屋なんだから」
姉が巫女姿で厨房に入ってきた。病気が治ってからは神社のことを一手に引き受けてくれている。
「なっ!? そんなことないから、いつも通りだから」
いきなり変なことを言われて危うく包丁で怪我をするところだった。
神社はリックの改革のお蔭で盛況だったが、姉が表に出るようになってから更に人が集まるようになった。色白美人で清楚な佇まいの姉は下手なアイドルよりも人気がある。
「もう、可愛いいんだから。そんなに顔を真っ赤にしていたら、すぐに分かちゃうじゃない」
そんなに赤い顔をしているかな? 頬に手を当てたら、正直すぎと姉に笑われた。
納得いかないけど、オレも自然と笑顔になれた。病院で苦しそうにしていた頃と比べたら雲泥の差だ。
「香織様! 申し訳ありません。師範代にいつもの発作が……」
龍神流を教えている道場の門下生が血相を変えて走って来た。
「あら~」、「またか……」
エプロンを外して門下生と共に道場に行くと大きな声が聞こえてきた。
「強者が儂を待っておる。こんなところで燻ってられぬわ! 儂は出て行く!」
ため息が出る。数年前にふらりと帰って来た実の父には放浪癖があった。借金や病気の子供を抱えての放浪だから質が悪い。
金銭感覚も薄いので、放浪すると方々で借金を作ってしまう。その都度オレが立替えていて、父には道場の指導で少しずつ返済してもらっているんだけど……
「ええい、離せ! 早く行かねば、鬼が来るではないか」
門下生の一人がこちらに投げ飛ばされて来たので怪我をしないように受け止める。
「ふぅん、鬼ってもしかして、こんな顔してるかな?」
「ひっ、ひぃぃぃ」
実の娘にそんなに怯えるなよ。まあ、オレ自身、鬼の形相をしていると思うけど……
「この、くそ親父! レオが寝てるのに五月蠅い! 極・重箱崩し!」
お梅さんに稽古を付けてもらってできるようになった技を怒りに任せて放つ。遠距離技が欲しくて修行をしたけど、結局、気功を飛ばすことが出来るようにはならなかった。
その結果生まれたのが、この『極・重箱崩し』。
飛ばないなら大きな気功を出せば距離を稼げるという単純な思想で始めたら、まるでレーザー光線のような凶悪な技になってしまった。
「ぎゃぁぁぁ」
「強者に飢えてるなら、いつでも相手になってやる!」
「……ずびませんでした……」
頭が痛くなるけど、これでも父親だし、レオが懐いているからな……
「さすがは狂犬! 世界一喧嘩っ早いストリートファイター」
「最恐のラスボスと言われるだけはある」
何か聞きなれない単語が聞こえるんだけど……遠巻きに見ていた門下生達の方に顔を向けると、身を震わせて視線を外された。顔に恐怖の色が浮かんでいる。
「何か言ったか?」
「「「何も言っておりません!」」」
綺麗に言葉が重なった……オレってそんなに怖いだろうか?
夕方になると大統領でも出て来そうな厳ついリムジンに乗って、空港に向かう。
似合わないイブニングドレスに、耳にはリックにもらった赤いイヤリング。いつもどおりメイドさん達に徹底的に磨き上げられ、着せ替え人形になった。
オレもリックの妻として色々と変わったと思ったけど、これにはいつまで経っても慣れない。家族を迎えに行くだけなんだからTシャツ、ジーパンじゃダメなのだろうか?
車内にはワン・フーにメイドさんとボディーガード、それに息子のレオ。リムジンにちょこんとくっついているベビーシートが可愛い。
「奥様、官邸と財界の方から面会の問合せが殺到していますが、目を通されますか?」
「またか……リックとキース義父さんに言って欲しいんだけどな……」
リックは次々に事業を興し急成長する大企業グループの総帥だし、キースは裏で複数のマフィアのボスを続けながら政治活動に熱心だ。次の大統領選の最有力候補らしいから世も末だ……
二人に直接言えばいいのに……リックはオレが会いたい人がいたら会うよ、と軽い感じだ。なのでいつもオレが慎重に選んでいる。信頼されているんだか何だか……
「リック様はもう着いておられるようです」
渋滞につかまって遅れてしまった。ワン・フーが連絡をつけてくれているので問題はないが、待たせても悪いのでレオを抱えて急いで空港の到着フロアに向かう。
「「「きゃ~~~」」」
空港の出口ロビーに到着すると女性達の黄色い声が響いて来た。
有名人でも来ているのだろうか? 奥の方で人だかりが出来ている。
ワン・フーが迷わずそちらに歩いて行くのでついていく……もしかして……人垣の間からチラッと見えた。
ボディーガードに守られるように2人の男性がいる。
もちろんリックとキースだ。ゲームキャラだけあって2人とも背が高く、俳優並みの容姿なのですごく目立つ。それにスーパースターのように人を惹きつける不思議なオーラを持っているんだよな……あの2人が並んでいたら、この人込みも頷ける。
う~ん、2人ともオーダーメイドのタイトな黒のスーツに身を包んでいて、スポットライトが当たったように輝いている。映画の撮影かグッズのプロモーションだと言われても信じてしまいそうだ。
それにしてもリックは若い女の子に黄色い声をかけられて、まんざらでもない顔していないか? ……なんだろう、ちょっと腹が立ってきた。
「さあ、香織様、あちらです」
ワン・フーに促されて進むけど……嘘だろう……あのキラキラの中に入っていくのか?
人権が無いとまで言われた脇役キャラには敷居が高いぞ。あの輪の中に行く勇気はオレには無い。
「香織! レオ!」
オレが逡巡していると、リックがこちらに気付いて嬉しそうな声を上げる。
それと同時に人垣が割れてリックまでの通り道が出来た。まるでモーゼのようだ。
「おお、狂犬の香織だ」
「なになに、えっ、あの美人がそうなの?」
「さすが最強の格闘家、オーラが違う」
良く聞こえないがみんながオレを見てざわざわしている。一般人がこんなに目立ってごめんなさい。
引くに引けなくなったのでリックの方へゆっくりと歩いて行く。こんな環境じゃなかったら、久しぶりのリックだから駆け寄りたいところなのに……
レオは早く父親のところに行きたいと腕の中で暴れるので、地面に降ろしてあげた。すぐにリックの下へ駆けて行く。うう、子供は自由で羨ましい。
「パパ!」
リックに抱っこされてご満悦になったレオはすぐにキースの所に……キースはキャラに似合わず、孫には激甘だ。荷物なんていつもは手下に持たせるくせに、スーツケースを持っているということは、あの中はきっとレオの玩具がギッシリ詰まっているのだろう。キースには、あまり甘やかさないように釘を刺しておかないと……
「香織!」
レオから解放されたリックがこちらに走ってきて、オレを抱き上げる。
こら! みんな見ている中で恥ずかしい。
「ただいま。会いたかった」
……リックの腕の中は何かポカポカと温かくて安心する。
不覚にも少し涙目になってしまった。
「柳兄さんも落ち着いたから、ユイを連れて日本に遊びに来るって言っていたよ」
それは良かった。5作目では柳の嫁探しみたいになっていたからなぁ、落ち着いてよかった。
「ありがとう。親父もレオもいて、柳やユイも幸せに暮らしているのは香織のおかげだ」
そんなことはない。ゲームの知識があってもいつもバタバタと失敗ばかりで、みんなに助けられてなんとかクリアーしている感じだ。
「ああ、香織といると温かくて安心するよ。こっちを見て」
オレと同じことを感じていてなんだか可笑しい。リックを見ると真剣な眼差してこっちを見ている。澄んだ青い目に吸い込まれそうだ……
「何度でも言うよ。香織……愛している」
ああ、オレは前世を含めてやっと安らぎと温かさを手に入れんだな……
長々とキスをされ、空港中に黄色い声が響いた。
ゲームとはだいぶ違ってしまったけど、なんだか愛されているようです。
最期まで読んで頂き、ありがとうございます。
よろしければ感想や評価(★)をお願いします。




