Final Round
ご覧頂き、ありがとうございます。
評価やブックマークなどありがとうございます!
二人の黒服マフィアに連れられ、一般客の立ち入れない扉から、豪華なエレベーターに乗り込む。
扉が開くと純和風というか……鳥居の先にお城の入り口があるような不思議なエントランスにたどり着いた。
おそらくスイートルームよりも上の階。促されるままに中に入ると、大奥のドラマに出て来そうな派手な浮世絵が描かれた四枚の襖が現れ、マフィアに両側からバンっと開けてもらう。それを何回も繰り返すと広い近代的な事務フロアーが現れた。
エグゼクティブデスクと一緒に仏像や甲冑やらが無秩序に置かれている。
日本かぶれというか何というか……部屋のセンスに呆れていると、豪華な黒い椅子に座り、最上階から外を見ていた男がくるりと椅子を回してこちらを向いた。
40代後半だろうか、死ぬ前のオレと同じくらいだ。くやしいが、くたびれた元のオレと違って金髪碧眼のかなりのイケオジ。しかも筋骨隆々で精力が漲っている。さすがは複数のマフィアを従える闇の支配者だ。
「……藤原の娘が来るとは……運命とは残酷だ。この顔は覚えているかな?」
「ああ、もちろん。キースのおじさん、お久しぶりです」
「……覚えていて、驚かないとはな……」
真のボスで、リックの父親であるキース バワーズがニヤリと笑うと椅子から立ち上がった。
おお、懐かしい。隠しステージのオープニングそのものだ。
ゲームの設定でキースは奥さんをマフィアに殺され、狂ってしまった男として描かれている。
リックの父親だけあって、頭が良く肉体的にも恵まれていたキースはCIA所属を隠しながら表面上は外交官として各国で調査の仕事をしていた。そして、趣味と実益を兼ねて各国で格闘技を習っていたので、打撃から投げ技までありとあらゆる技を使うことができる。
仕事絡みで奥さんが殺されてしまった後は、復讐の鬼と化し、金や暴力、人脈などあらゆる力を使ってこのノースタウンの支配者となり、敵対するマフィアを血の雨で徹底的に叩きのめし復讐を成し遂げてしまう。
それで終わりとなれば良かったのだが、暴力にどっぷりと漬かってしまったキースは、闘争心と残虐性を消すことができずに、いつしか関係の無い強者をターゲットに次々と死闘を繰り返し、死体の山を築くことになる。
「驚いていないのなら、分かっているだろう。血の海から作り上げた我流の技と龍神流の古武術、どちらが強いか決めようではないか」
椅子から立ち上がり、軽く首を回すと着ている道着の上半身をはだけた。実際に対峙するとすごい迫力と殺気だ。
ゲーム知識で考えると、キースを正気に戻すためには勝つしかない。初めて敗北を知ったキースはやっと闘争心を消すことがきたという話しだった。
リックで一回だけ倒したことがあるけど、注意しなければいけないのはただ単に勝てば良いというわけではない。正気に戻ったキースは罪の意識からか、この超高層ビルから飛び降りて自らの命を絶ってしまう……。
キースがどれだけ嫌がっても、リックのために正気に戻して連れ帰ってやる。
髪が邪魔だったので、左手で一纏めにするとゴムで括ってポニーテールにする。そういえば香織のゲームの登場シーンでは今のように髪を括っていたよな。不思議と気合が入り気持ちが落ち着いた。
キースもストリートファイターとして参加する一人だが、この試合だけはショーではない。観客もカメラも無い静かな空間で対峙する。
「……そのイヤリングはどこで手に入れた?」
「えっ? ……リックからもらったものだけど?」
何か気になることでもあったのか? 髪を上げてよく見えるようになった赤いイヤリングをキースがじっと見ている。
「そうか……いくぞ! Raging wave!」
距離を取るとキースは必殺技を放った。地面を這う気功の波が迫ってくる。
普通に防御をしても大きく体力ゲージが減った。覚悟はしていたが、すごい威力だ。
『Raging wave』というキースの遠距離攻撃は威力が大きいだけではなく、スピードがあり、ジャンプの頂点付近でなければ越えられないくらい大きいという理不尽極まりない技だ。防御していてもこれを数十回受ければ負けてしまう。
キースはこの他に『無手投げ』というどんな攻撃でも去なして投げてしまう当身技と、ただのボディブローにしか見えないが防御不能で超高威力の『One inch blow』という3つの強力な必殺技を使う。
シリーズ通してボスキャラは理不尽なほど強い。キースのように隠しボスともなればなおさらだ。ゲームならハメ技というプログラムのバグを突くような方法でなんとか倒せるけど、コンピューター相手ではないから、使えないだろう。
初代以降の技となぜか覚えた奥義というアドバンテージでどこまで通用するか……
「Raging wave」
「たぁ! 重箱崩し!」
続けて撃ってきた『Raging wave』を3作目以降に導入されたスーパージャンプで難なく越えるとジャンプキックから『重箱崩し』を当てる。
「くっ、何だその跳躍力は」
格闘ゲームでは圧倒的に有利な戦い方はどんどんと潰された。画面の端まで高く鋭くジャンプできるスーパージャンプができたお蔭で遠距離攻撃だけに頼る戦いは出来なくなっていく。
そうだ! せっかく近付けたので距離を調整して小パンチをギリギリ当たらない距離で放つ、思った通りキースは超反応で『無手投げ』の構えを取った。すかさず通常投げで投げ飛ばす。
これがキース相手のハメ技だ。どんな攻撃でも超反応で当身技をしてくるので、攻撃の当たらないギリギリで硬直の短い技を出して『無手投げ』を誘い、通常投げでダメージを与えて行く……ゲームではこれだけを正確に繰り返していたら勝てたのだけど……
次に同じことをしようとしたら、蹴りが飛んで来た。やはりゲームのようにはいかないか。
適度に当てたりスカしたりに加え、隙があればスーパージャンプからの蹴りと『重箱崩し』でダメージを与える。キースが『Raging wave』の連発による単純な力押しや、超反応の『無手投げ』をしなくなったので一気に戦い易くなった。
少しずつ攻撃を当てて削っていく。流れは良い感じだ。
「しまっ……」
「Blow away!」
『無手投げ』の構えを見せたので通常投げをしようと近付いたら、突然『One inch blow』切り替わった。
咄嗟に防御したが、防御した腕ごと押し込まれ、お腹にドスンと攻撃が届く。中国拳法の短勁を真似た技とのことだが、威力が違い過ぎる……一瞬意識を失いその場で崩れ落ちた。
「ふはは、思ったよりはやるようで嬉しいぞ香織。龍神流は極めたと思ったが父親と違って面白い技を使う。全てを出し切って私の糧となれ!」
「楽しそうなところ悪いけど、いい加減にしろよ! あんたは復讐も終わったのにこんなところで何をしているんだ」
自分の強さにしか興味を持っていないキースに腹が立った。小さかったリックを放り出して、やっていることがこれではリックがあまりに可哀そうだ。
立ち上がりに、しゃがみ大パンチを放った。下から突き上げた掌底がキースの顎を捉える。
「ぐっ」
ぐらついたキースに追撃のチャンスと思い足払いをしたら『無手投げ』でこちらが地面に転がった。
今のが投げられるのかよ。悪態をついてみたが、元々の性能差があり過ぎるのだから仕方ない。
あれだけ優位に進めていたのに、2つの必殺技で簡単にひっくり返された。体力ゲージが赤く光り始める。もうあれしか……
「くっ、奥義! 獅子真龍撃!」
「Come on !」
「なっ!?」
獅子真龍撃は奥義だけあって非常に強力な技だ。気を溜めるモーションがあるので出だしこそ遅いが、突進技クラスの速さで相手に肉薄し、防御は無効。対処法としてはジャンプで避けるか、もしくは出の早い遠距離攻撃で潰すしかない。
近距離にいればほぼ対処できないので至近距離にいるうちに奥義を繰り出した。
キースは悠然と挑発をしてくる。もしかして奥義を出すように誘われた!?
何かしてくる気かと警戒したが無事に当たった。奥義で試合が終わるように祈りながらキースに乱撃を当てていく。
「どうせ、リックに奥さんの面影が見えるから辛いんだろう? そんなに奥さんが好きだったのなら、ちゃんと家族の下に帰ってやれ」
オレの膝蹴りを受けて体がくの字に曲がったキースに向かって叫ぶと、突き出た顎に向かって思いっきりフィニッシュのアッパーカットを放った。
獅子真龍撃をまともに喰らったキースは弧を描いて地面に叩き付けられるとピクリとも動かなくなった……
「……そのイヤリングは亡き妻の物だ……」
「えっ?」
倒れたままのキースから小さな声が聞こえた。
「守護のイヤリング……フランク王国の騎士が永遠に守り続けるという誓いとともに愛する女性に送たと伝えられているものだ……リックも私と同じで愛する女性を永遠に守る続けると思いを込めて香織に送ったのだろう……」
「うぐ。いやいや、今日のドレスに合うから渡されただけで、すぐに返す予定の物だから」
何を言い出すんだこのおやじは! そんなことあるわけないし。
うん、そんなことはない。これはキースの精神攻撃だ。このドキドキはやばい、冷静にならないと。
「バワーズ家の愛は重い……伝承の騎士は愛する者を命懸けで守ったというのに、私は……」
目に見えるほどの黒い気を纏いながらキースがゆっくりと立ち上がる。
「私と同じように愛する者を亡くした息子はどうなるのだろうか? 私を殺しに来るか? それも良い。行くぞ はあああ」
この構えは獅子真龍撃!
やっぱりさっきのは奥義を盗むためにわざと喰らったな。
ゲームではあり得ないけど、オレが奥義を使えるくらいだ。キースが奥義を使えてもおかしくない。
まずい、今の体力ゲージで獅子真龍撃を受けたらもう立ち上がれない。この距離でジャンプも間に合わないし、遠距離攻撃も無いから……
「死ね! 獅子真龍撃」
「今更いくら強くなったって、奥さんは帰って来ないんだよ! マッハ・パンチ!」
「なっ!」
突進してくるキースに、香織には本来無いはずの突進技で応じた。
この『マッハ・パンチ』はボーナスステージでニッキーからもらった古い巻物を開いて覚えた必殺技だ。本来は龍虎伝説の最弱ボクサーが使う技で香織が使えるはずも無いんだけど……
『マッハ・パンチ』は踏み込みながらストレートを出す技で、出始めの速さ、リーチに優れている。長身のボクサーが使うとしゃがんだ相手に当たらないというデメリットがあるけど、背の低い香織だとそんな恐れも無い。
「ぐはっ……み、見事だ……」
お互いの技が相討ちとなる。オレはキースの奥義の初弾が当たり弾き飛ばされるが奥義はそれで終わりとなり連撃を受けることは無い。キースはオレが放ったストレートを顔面に受けて窓ガラスまで吹き飛んだ。
勝った! この技をくれたニッキーに感謝だ。
「そうか、守りたかったものは、もう既に失っていたのだったな……」
キースはよろよろと壁際に近づくと、大開口の窓ガラスを叩き割って外に身を躍らせた。
「散々やらかして、逃げるなんて許さないからな」
ダッシュで近づいてキースが窓から落ちる寸前で手を掴む。
掴んだけど、ダメだ。いくらストリートファイターとはいえ、大柄な男性の落下を腕だけで支えられるはずもない。
キースもろとも超高層ビルの外の闇に落ちて行く。
ボスッ
「香織! それに父さん!?」
落下による浮遊感の後、すぐに身体が何かに受け止められた。
ヘリコプターのけたたましいロータリー音に混ざってリックの声が聞こえる。
良かった。リックがちゃんと用意してくれていて助かった。リックとの別れ際に最上階の窓から落ちるかもしれないと伝えたら、「そんなことは絶対にさせないから安心してくれ」と力強く言われた。
どうするつもりかと思ったら、まさか4台のヘリコプターで落下防止ネットを張るなんて……
リックなら絶対に何とかしてくれると信じていたけど、実際にキースの重さに引っ張られて窓から落下したときはもうダメだと思った。
力が抜けそうになったけど、キースが暴れるのでネットごと挟み込んで動かないように取り押さえる。
「もう復讐も悪夢も終わったんだ。そろそろ残されたリックのことも考えてやれよ」
母親が殺され、父親は復讐にかられてどこかに行ってしまったのではリックが本当に可哀そうだ。無駄だと思いながらも必死にお願いした。
あれ? キースは諦めたのか急に暴れなくなった。もう体力も気力も限界なので有難い。
ヘリコプターはオレ達を乗せたまま、高度を落として行く……
「香織、なんて無茶をするんだ」
地上に着くと、真っ先にリックが駆け寄ってきてオレを抱きかかえた。
「こら、恥ずかしい」
降り立った駐車場にはヘリコプターが緊急着陸した騒ぎで、人がたくさん集まって来た。
「オレよりも、キースおじさんを……」
「何があったか知らないけど香織が一番大切に決まっている……なぜ父さんがここに居るか後で話してもらうけど、あっちは怪我が酷いから家の者に処置してもらっている。柳兄さんがビッグXを倒したそうだから、すぐにワン・フーにも来てもらうよ」
リックのボディーガードの数人が倒れたキースについている。もう暴れないだろうから大丈夫か。
「……約束したからな、全部話すよ……そうだ、家に帰ったらリンゴ剝くからさ、渋いお茶と一緒に食べながら話そうぜ……」
うん、高級店は素敵だったけど、やっぱり落ち着かない。いつも通り家でゆっくりの方が話し易いや。
「おい、もう大丈夫だから、そろそろ下ろせ!」
「ん? だめだよ。香織はすぐに俺の手から逃れようとするからね」
「逃げないから離せ~!」
リックは暴れるオレを抱きかかえたまま、優雅にヘリコプターに乗り込んだ。
試行錯誤の勉強中です。
よろしければ感想や評価(★)をお願いします。




