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ご乗車ありがとうございます  作者: ノリマキトカゲ
夕浜本線
5/5

波尾

ーーーーご乗車ありがとうございます。特急慈濃行き、次は、波尾(なみお)ーー波尾に停まります。普通車ご利用のお客様は、着きました向かいの4番ホームでお待ちください。次は波尾に停まります。ーーーー


ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


 電子端末やSNSが普及して以降、人々は一様(いちよう)に死んだ目をして乗車している。まるで生気(せいき)が感じられない。だが、そんな様子を眺めている私には、彼等を社会の歯車に甘んじているだのなんだのと揶揄(やゆ)する権利はない。


 私は普通に働いていない。働くことができない。私には、()えてしまうのだ。この世ならざる物たちが。彼等も大抵はまるで生気が感じられない(うつ)ろな目をしている。違いは、生きているか死んでいるか。


ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


 ああ、()いてるな。そう思っても、その人に伝えることはまずない。良かれと思って伝えた結果、そのコミュニティー内で迫害(はくがい)されるなんてことは目に見えているのだから。視えているだけに。なんてふざけてはみても全く笑えない。同じ(てつ)は踏まない。そう決心し、自身と社会を切り離してからは、これでもわりと楽に生きて来られた。


 ところで、目の前の女性の乗客には憑いている。無論、伝えはしない。


ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


ーーーー波尾、波尾です。ーーーー


 列車が減速を始め、目の前の乗客が席を立った。少し離れた所に立っていたおじさんが、これ幸いとばかりに入れ替わる形で着席する。


ーーーー普通車をご利用のお客様は、当駅でお乗り換えください。次は黒灯川で普通車と接続いたします。ーーーー


 おじさんには憑いて行かない。いや、ややこしいな。付いて行かない。あ、これも違うな。おじさんには憑かない。元々憑いていた女性に付いて行くのが視える。その様子から、列車やその座席、この波尾駅への怨念(おんねん)ではなく、今しがた車両を降りたあの女性に目的を(いだ)いて憑いているのだと断定できる。


 フシュー……


 電車が、停車したついでに息継ぎをするみたいに、気体を吐き出す。


 (くだん)の女性は、やや熱気を帯びたそれを浴びて、暑く感じたのだろう。肩掛けの麻のトートバッグから、小さな充電式扇風機を取りだした。その一連の動作の中で、憑き物がバッグの中身を覗き込んだ。そして荒れ狂うように騒ぎだした。


 グギャアアァァァ!!


 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。周りの人には聞こえてない。なぜ私だけこんな苦しい思いをしなきゃならないのだろう。工事現場でコンクリートを砕いている真横に突然放り出されたぐらいにはうるさい。なのに、聞こえているのは私だけ。


 あの怨霊(おんりょう)は何を見て怒ったのだろうか。そう思案し、視線を再び降りて行った女性の方にやると、女性は落とした何かを拾おうとしていた。ブレスレットか何かだろうか。淡い色の石がついているソレを見て、怨霊はまた叫んだ。


 グギャアアァァ!!


 やはりソレを見て怒り心頭らしい。


「うっ……」


 女性が(うめ)いた。怨霊が女性を背中から殴りつけている。かわいそうに。原因不明の肩こりと腰痛が、あの女性をこれからも襲い続けるだろう。あのブレスレットを持っている限り。

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