香麗
ーーーー香麗、香麗です。普通車、黒灯川行き、香麗の次は波尾に停まります。ーーーー
海岸線と住宅街を交互に映していた車窓は、やがて香麗駅のホームを乗客たちに見せる。駅で言うとたった1駅分だが、夕浜マリンワールド前からは少し離れていて乗車時間もわりと長い。
香麗には、高台の上の私立香麗学園という女子高がある。こう言ってはなんだが、勉学の成果というよりも制服の可愛さで生徒を集めている学校である。わざわざここの制服が着たいからという理由で、ここを受験する女子中学生も少なくない。高台の上という立地上、登校するまでに数百段の階段を上らなければならず、まるでどこかの寺社にお参りする時の名物のような扱いになっている。
数年前、ほとんどの生徒がスカートの丈を可能な限り短くしていたこともあり、学校の関係者でもないのにここの階段をうろつく不審者がーー何をしていたかはあえて言うまいがーー逮捕されるという一件があったが、それ以来配置された警備員により、ここの階段には生徒と教職員以外立ち入れないように環境整備された。
ーーーー線路とホームとの間が離れています。ご注意ください。ーーーー
まばらに数名が降りる。無論、ほとんどが私立香麗学園の生徒か関係者である。その当たり前の光景に、駅員も乗客も慣れている。だからこそ、異質な物は目につきやすい。変わらない日常風景の中にただ一点非日常が在る場合、それはとりわけ浮き彫りとなるのだ。
学生達が1人の男をチラチラと見ていた。電車を降りる時も。改札を通過する時も。学園への直通廊下を歩く時も。駅から学園へ向かう際、一瞬だけ通る横断歩道の前でも。
未だ梅雨入りもしていないのに初夏を想起させる陽気が、制服を更に眩しく映し出す。フィルムの1カットのように青春が弾け中、異質な存在ーーーーその男はそれを意に介すでもなく、時折汗をハンカチで拭いながらも歩を進める。
「あの、すみません。」
警備員が、見慣れぬ男に声をかける。男は、まさに今あの名物の階段を上がらんとしていた。
「えっ?」
自分が呼び止められるとはついぞ思っていなかったといった様子で、男が振り返る。
「入館証を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
ここしばらくの間、階段下で警備員が誰かを呼び止めるなんてことは起こらなかった。先に階段を上がり始めていた学生グループがザワツキ始める。
「えっとー……」
明らかに返事に窮している男を見て、女子生徒たちのリアクションボルテージがもう1段階上がる。それだけではなく、男が俗に言うイケメンの類にカテゴライズされるからのような気もするが。
「あれー……」
一応入館証を持って来てはいるが、バッグの中に見当たらないという所か。
それを見ている警備員の目付きがいっそう険しくなる。右手が、無線機のインカムのスイッチへと伸びる。
「あったあった!」
バッグから男が引きずり出したそれは、間違いなく学園への入館証だった。
「確かに。失礼いたしました。」
警備員が入館証を確認し、少しお辞儀をしながら男へと返却する。
「いやぁ、焦った~。」
屈託のない笑みを咲かせながら、はにかんで見せた新任教師の爽やかな顔に、多くの女子学生が心を掴まれた。