第9話 依頼1/5:薬草を納品してください(低確率でレアアイテムが出現)
身体能力試験の翌日。無事合格した私は、やっぱり慣れない午前中の水やりを終え、午後から家の裏手の森に来ていた。
今日は記念すべき依頼の一つ目、薬草採取を行う予定である。
「探索できて依頼もこなせるし、私達にうってつけだね」
「何だかんだ全然行く暇なかったもんなあ」
真上の太陽からの木漏れ日がとても心地良い。朝晩はまだ肌寒い日が続いているが、春の訪れが近いことを予感させる暖かさだ。
きょろきょろと辺りを見渡しつつ、籠を片手に木々の間を進む。先導してくれるのはユーンくんだ。地属性の特性故か、彼は自然環境への造詣が深く、私では名前のわからない植物や鉱石なんかを判別して発見できるのである。
「アオ、あったぜ」
早速ユーンくんが指差した先に、依頼のあった緑の草が群生していた。独特の薬臭さがあるたくさんの楕円の葉、間違いない。道端にもよく生えているらしいが、あまり人が立ち入らないからか、ここには溢れそうなくらい生い茂っている。
「わーいっぱいある! すぐ見つかってよかった~」
「依頼は三十だったか?」
「うん。最初はそんなに用意できるかなって思ったけど、蓋開けたら楽勝だったね」
ぷちぷち積んでは籠に放り込む。比例して指先が緑の汁でべたべただ。これが冒険者には欠かせない回復薬の材料になるのだが、案の定臭いが強烈で、鼻を摘むユーンくんに苦笑する。
根こそぎ採取しないよう気をつけながら続けていくうち、ふと思い当たる。
「……薬草、うちの畑で育てられないかな」
「? できると思うぞ」
「そうだよね、できるよね? いや、ちょっと思ったんだけど……里ではポーションも自作してたじゃない? もしかしたら人間相手でも、魔力が込められた薬草ならポーションの効果も上がるかもって」
この依頼を受ける際、アッドさんから聞いたのだ。薬草採取が初心者向けに必ず依頼されるのはお手軽かつ必要だからで、なぜそこらに生えているものが常に必要なのかというと、薬草とポーションの消費量が釣り合っていないから。
一番回復量が少ないために要求素材も少ないという初級ポーション一瓶でさえ、使われる薬草はおよそ五本以上。三十本あっても五、六瓶しか作成できない。回復量の乏しさから一人が複数購入していくこともざらで、消費期限もそう長くない。
おまけにミネフには薬屋がない。普通は薬屋が調合したポーションを冒険者ギルドに卸すのだが、この町では教会が作っている。専任ではないので数も揃えられず、余所からポーションを買い付けることもあるのだ。そうなるとギルド員はおろか住人分も足りなかったり、余分な経費がかかることになる。
──ならば、最初から魔力で育てた薬草ならどうか。
「なるほどな。五本以下で作れるし、もっと回復量のあるポーションになるかもしれないってことか」
「うん、試してみる価値はあると思うんだ。そうしたらクアリックさん達の手間も減るかもしれないし、余計なお金もかからないかもしれない」
「いいな、やろうぜ! どうせなら薬草以外も持って帰るか」
いつかはこの地で育つ全てが多くの魔力を含んでいるといい。でも今はとにかく地固めが先だ。認識を一致させた私達は、散り散りになってあらゆる植物を掻き集めた。
◆ ◆ ◆
「ん?」
それからしばらく、ありがたく森の恵みの採取に勤しんでいた頃のこと。
たっぷりのローズマリーの茂みをほくほく掻き分けていると、小さく細長い葉の隙間に光る何かがちらついた。手を伸ばせば、コツンと固い感触が爪の先に触れる。
「なんだ? それ」
「たぶん髪留めかな……?」
それは人差し指サイズの金属製のポニーフックだった。現代では髪をまとめる筒状のあれだ。中央の十字架の上下に細かな曲線の細工が施されていて美しい。
土を払うと全体像が露になり、どことなく男性向けのデザインに思えた。アッドさんあたりが持っていそうな気もしたが、彼の髪は留めるほど長くない。
「誰かが落としてそのままになっちゃってたのかな。まあ森じゃ見つけにくいよね」
「陽が入らないところは暗いしなあ。そろそろ夕方だし、報告ついでに届けてやるか」
薬草はもちろん、他の採取物で籠がいっぱいになったこともあり、今日のところは引き上げることにした。いつまでも長居しては野生の動物達も落ち着かないだろうし、こちらも目当てのものは確保できた。食用にもいくらかいただいてしまったので、今夜はいよいよ鍋を使って料理するのもいいかもしれない。
落とし物の周知ってどこが効果的なんだろう、ギルドの前にある掲示板でいいのかな。ベリー類の甘酸っぱい匂いを堪能しながら呑気にそう考えていた私は、訪ねてくる持ち主に驚くことになるのだが──この時はまだ知らないでいた。
◆ ◆ ◆
その後、私達はギルドへ報告に行き、一つ目の依頼を滞りなく達成した。
納品ついでに畑計画及びポーション改良計画を話したところ、アッドさんは大いに喜んで期待してくれた。水属性の魔物も引き続き探してくれるという。
ただ、残念ながら例の髪留めに覚えはなかった。それでも似たようなものを見かけたことがあるらしく、快く預かってくれたので安心した。まだまだ地理に疎い私より格段に効果があることだろう。
「というわけで! 依頼も落とし物の件も一旦片付いたので、今から夕食を作ります! ダダン! レシピはこちら!」
「何だそのダダンて」
「気分を盛り上げる効果音」
森で採れた食材の詰まった籠、『ミヅカネ商会』で買い足した魚や調味料。その横に綺麗に揃った文字が並ぶ数枚の羊皮紙。
ギルドの帰りに雑貨屋に寄った時、鉢合わせたジゼルさんにメニューを相談した結果、その場で書いてくれたものだ。「走り書きで恥ずかしいわ」と照れながらも、素人の私に合わせて手順やポイントを丁寧に記してくれている。
そんな今夜のメインはきのこソースがかかった白身魚のソテー。ユーンくんには助手としてレシピを読み上げてもらう。
「じゃあいくぜ? まずはタラに塩・胡椒して、小麦粉を薄くつけてくれ」
「はーい」
カッティングボードの上に切り身を二切れ取り出す。白身魚の代表格でもある柔らかい身が、灯りに反射してキラキラした。
レシピ通りに小麦粉まで纏わせたら、バターを熱したフライパンに投入。焼き色がついたら裏返し、蓋をして蒸し焼きにする。
「その間にソースの材料を切るぞ。シメジは石づきを取って小分け、タマネギは薄切りな」
雨粒がひっきりなしに滴るような音をBGMに、シメジとタマネギに刃を入れた。ユーンくんが魚の焼き加減を確認してくれているので自分の作業に集中できて助かる。
ちなみにこのシメジは森に生えていたものだ。ただし随分と小振りなため、いつかは本来の姿を取り戻したものを味わいたい。
「お、焼けたな。そっちは切れたか?」
「待ってね、これで最後……よし切れた!」
「なら魚を一旦取り出して、油を小さじ一杯追加。これでシメジとタマネギを炒めるらしい。シメジがしんなりしてきたら生クリームと粒マスタード、あと粉チーズだな」
「了解!」
調味料を加えて煮詰めていると、とろりとしたクリーム色のソースが木べらに絡んできた。少し味見してから塩と胡椒を追加し、ソテーしたタラに万遍なくかける。仕上げに、みじん切りした森のパセリを散らせば完成だ。
「できたー! いい匂い!」
「美味そうだな、さすが現役料理人のレシピ」
「そんなに難しくないのにすごいよね。私めちゃくちゃ料理上手くなったのかと思ったよ。あとはパンを温めて……そうだ! お鍋で作るデザート教えてもらったからそれも作ろう!」
「いいなあ、甘いやつか?」
「うん、甘いやつ! ユーンくんたぶんすごく好きだよ、チョコラテみたいな感じで──ユーンくん?」
不意にユーンくんの動きが止まった。ククサから身を乗り出し、くりくりした瞳でじっと玄関の方を見つめる。
「──誰か来た」
ヘーゼルの瞳孔がきゅっと収縮する。「玄関前から動かない」と囁き、ユーンくんはジェスチャーで私を台所のさらに奥へ下がらせた。彼の周辺の空気が揺れ、その身体に魔力が駆け巡っていく。
町の人だろうか。否、それならノック等で来訪を知らせてくれるはず。黙ったまま直立しているのはなぜなのか。
息を潜める中、一時の沈黙が流れ──やがて、ドアの向こうの気配が静かに動いた。
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