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ファンデア・テイル  作者: 八架
二章
79/80

第78話 お祭りの準備をしよう!②・申請編その2

 商業ギルドとは、その名の通り商人が所属する商人のための組合である。

 戴く標識(マーク)(いかり)と穀物、印璽デザインは貨幣。ギルドは扱う商品の選定や品質の維持、販売価格等を定め、会員に規則の厳守と相互扶助を求める。会員もまた、加盟すれば営業権の独占や遠隔地取引における護衛の手配等、商売上の安全を保証してもらえることになる。故に数多くの店や個人事業主が名を連ねており、ミネフの『ミヅカネ商会』や『キャニス・ルプス』、『イーヴァルディの金床』も加入しているという。

 レグさんとパートナー契約を交わす際に受けた説明を思い出しながら、私は目の前の青い屋根の建物へと足を踏み入れた。

 正面には広々としたカウンター、整然と聳え立つ資料の棚、所狭しと羊皮紙がひしめき合う掲示板。別種のギルドとはいえ、基本的な構造は冒険者ギルドとそう変わりない。ただし、凝った照明器具やいくつも飾られたタペストリー、如何なる商談の機会も逃すまいと設置された応接セットの多さに全く違う印象を受ける。当然土埃や獣の臭いもせず、どちらかというと雰囲気はモンテスさんの屋敷の貴賓室に近いだろう。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの受付嬢が笑顔を向けてくれたのも束の間、その目がみるみる見開かれていく。視線の先は先頭の女性──片手を挙げたホワイトブロンドの彼女だ。


「やあ」

「ぎ、ギルドマスターを呼んで参ります」

「いや、別に構わないよ。付き添いで来ただけなんだ」

「左様でございますか。では恐れながら私が承ります」

「よろしく」


 最初こそ明らかに動揺していたものの、さすがはプロ。受付嬢はすぐに平常心を取り戻し、再びにこやかな笑みを浮かべて私達をカウンター前に案内した。室内中から飛んでくる好奇の眼はこちらも気にしない振り。女性がとても偉い人、それも相当影響力のある立場なのだと改めて確信するだけだ。

 声をかけてくれた理由はわからない。暇を持て余し、気まぐれに新人を構っているのかもしれない。それでも滅多にないチャンスであることは、かすかに震える受付嬢の指先がありありと物語っていた。


「本日はご来訪いただき、誠にありがとうございます。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「商品の登録申請に来ました。品目は化粧品です」


 差し出されたトレイにサディアさんと試作品を並べ、登録目的や商品説明を羊皮紙に書き記してもらう。すると、横から伸びてきたヌーディーカラーの爪がそのうちの一つを摘み上げた。


「いい香り。含有魔力の種類もなかなか見かけない数だね。少し試してみてもいいかな?」

「はい、どうぞ」


 手に取られたのはローマンカモミールを使ったハンドクリーム。リンゴに似た甘酸っぱい香りが特徴で、花の匂いが苦手な人にも取っ付きやすいかと作ってみたものだ。

 ところが、すぐさま脇から制止がかかる。「試験していない商品に直接肌が触れるのは」と渋る御付の男性に、女性は軽やかな一瞥を投げた。


「この子に至っては問題ないはずだよ。なんせ、()()『ミヅカネ商会』が今一番懇意にしてる取引相手だ」


 彼女がそう口にした途端、ギルド内の空気が静かに、しかし確かにざわめいた。受付嬢から使いで訪れたメイドまで、複数の女性達の囁き声が水面の波紋のように広がっていく。一体どういうことだろう。内容までは聞き取れないが、一向に治まる気配がない様子にだんだんと居心地が悪くなってくる。


「ポーションも状態異常の回復薬も、レグの商品は今やキミのところに総とっかえだ。まあ当然か、この辺りじゃ段違いに質が良い。あちこちでたいそう評判になってるそうだけど、その顔だと知らなかったみたいだね」

「は、はい。でもあの、光栄です」

「ふふ、そう。キミはそう思うんだ」

「何がおっしゃりたいの?」


 含んだ物言いにサディアさんが気色ばんだけれど、女性は笑っていなすばかり。なんだか良くない予感がじわじわと滲み出してくる。


「エルフやハーフエルフって、ここらじゃとても珍しいでしょう? だって、キミ達の種族は必要な時以外、滅多に里から出てこない。だから人間がどういう生き物か知らないことも多いんだ。何を考え、どういう目的で異種族と交流を図るのかを」

「もう一度言います、聞きたいことは率直にお願いしますわ。人語すら覚束ないと馬鹿にしていらっしゃるなら話は別ですけれど」

「ああごめんね、では率直に聞こう。人慣れしてないキミにレグはどう映った?」


 言葉に詰まった。種族柄世間知らずと断定されているようだが(私的な事情でこの世界に慣れていないのは一旦置いて)、そう誘導した上で、とある答えを私から引き出そうとしているのだと直感したからだ。

 おそらく、この人の中では既に決まっていることがある。敢えて尋ねる形式を取っているのは、こちらの口からそれを言わせて周囲に知らしめるためだ。疑問を解消するだけなら、魔獣車内でいくらでもできただろうから。


「キミがミネフに来てまだ二ヶ月程度と聞く。それなのに早々にレグと契約して、毎回惜しみなく商品を卸してる。老婆心に打ち解けるにしてはいささか早過ぎると思ってね。もしかしたら、()()()()()()()()()()()をレグがキミに与えたのかなって。例えば……恋心、とか」


 ああ、やはり。いっそうどよめき立った周囲に、私は胸の奥が急速に冷えていくのを感じた。


「……私がレグさんを好きだから協力し、見返りに恋人の座を得ていると?」


 ようやく合点がいった。彼女が私を自らの魔獣車に乗せ、ギルドまで同行したのはこのためだったのか。いくら何でも唐突だとは思ったのだ。レグさんは、最初からそういう目で見られていた私に気づいて忠告してくれていたのかもしれない。

 五人組に囲まれたあの夜のことはまだ終わっていない。噂の出処に心当たりがないわけではなく、尾鰭も相当ついているだろうけれど、これ以上誤解を広められてしまうことだけは避けなくては。


「全くの事実無根です。それに……レグさんにも失礼だと、思います」


 自分でも驚くほど固い声が出た。御付の男性が見事に目玉をひん剥いたが、女性は片手で下がらせる。私も私で、例え止められたって黙る気はなかった。

 悔しかった。あれだけ仕事に誠実な人が、たった一つの、それも実体のない噂如きで貶められるのかと。ただただ猛烈に悔しかったのだ。


「初めてお会いした時から今まで、私はレグさんが真面目な人だという印象以外ありません。確かにちょっと考えてることがわからない時もありますけど、いつも取引内容は明確にしてくれますし、こちらの事情も汲んだ上で無理のない発注をしてくれます。そういう取引先としての心遣いならありがたく拝受していますが、そんなことができる人が仕事のためにわざわざ恋人を作るなんて必要は──」

「ちょーっと待った、アオイちゃん!」


 場違いに明るい声が響いた矢先。突然ぐいっと肩を引き寄せられたと思ったら、まさに時の人──レグさんの顔が至近距離にあった。こめかみには汗が滲んでいる。

 どうしてここにいるのだろう。一瞬呆気に取られたが、すぐに思い直した。良い機会だ。当事者二人が揃っているなら、潔白を証明する絶好の舞台はここしかない。レグさんにも伝わったのか、にっこり笑って目配せしてくれる。

 ──だが、次の瞬間。


「そんな大っぴらに否定しなくても。恥ずかしかった? せっかく恋人同士になれたのに寂しいなあ」

「は」


 きゃあっ、という誰かの悲鳴が耳朶を通り過ぎた。それを皮切りに、ギルドが一斉に阿鼻叫喚の地獄と化す。待って、嘘でしょ、なんでアレが。鋭利過ぎる刃物言葉にドスドス突き刺されながら、私は頭上からしこたまタライをくらった気持ちで赤毛のワケワカランお兄さんを見上げた。


「な……なにをおっしゃって、……?」


 その時、妙な違和感に気づいた。密着しているレグさんの身体がいやに熱い。思い違いでなければ細かく痙攣もしているような。より注意深く観察してみれば、彼の首筋からは次から次へと汗の玉が噴き出し、呼吸もほんの僅かだが荒いではないか。

 具合が悪いのか──それが声になる前に、大きな掌が私の口元を丸ごと覆った。


「そういうことだからさ、尋問みたいなのもやめてくれる? 怖がって逃げられちゃったら俺、何するかわかんないよ」

「…………」


 打って変わって冷ややかな目つきで、女性はレグさんをひたと見据える。いや、もはや氷点下だ。絶対零度の眼差しはウルドさんの氷魔術くらい恐ろしく、まさに凍りついたように全身が動かなくなる。

 そうやって私が固まっている間にも、彼らは見えない圧を交わし合う。嫌いとか気に喰わないとかそのレベルではない。やはりこの二人、何かあるのか。


「尋問とは物騒だね。私は単に気をつけてほしいだけだよ」

「それが余計だっつってんの。何様なんだよ」

「キミにはわからないかもしれないが、優れた商品を安定して生み出す人材はとても貴重なんだ。生活必需品なら尚のこと。それなのに手垢がつくのを黙って見過ごせと?」

「ハァ、手垢。また随分な言い草ですこと」

「かつて手当たり次第、どこかの誰かさんに喰い荒らされた女の子達を嫌というほど知っているものでね」


 ────え。

 咄嗟に身じろぎしてしまうと、レグさんの眉間に深い皺が刻まれた。下瞼を引き攣らせる彼から目を逸らし、女性は真剣な顔つきで私に向き直る。


「これは本当に忠告だよ、キミ。今ならまだ間に合う。弄ばれる前に──」

「ははは、ウィドー家のご令嬢にわざわざご心配いただかなくても。生憎、正真正銘、相思相愛の恋人同士なんだよね」

「うそっ、だってあの時……!」

「ア?」


 隅から聞こえた、思わずといった発言にレグさんが反応する。ひどくざらついた声色だ。虫の居所が悪いのを隠しもせずに睨みつけられ、カウンター奥で受付嬢の一人が飛び上がった。

 毛先が緩く巻かれた長い髪。見覚えのある背格好に、吐き捨てられた『白髪ブス』が蘇る。


「マスター、()()ですね」


 ギ、と木板を踏み締める音がしたと思ったら、ウルドさんが臨戦態勢を取っていた。突然のことに驚いた私は、慌ててレグさんの手を引き剥がし、かろうじて彼女の服を掴むことに成功する。


「まっ、待ってウルドさん、どうしたんですか!?」

「ルビオンから共有がありました。前にあの者を始めとする数人がマスターを取り囲み、攻撃しようとしたそうですね」

「いや攻撃とまではっ──」

「あー、そう。そういうこと。アッハハ」


 ふらりとのけ反る体躯にぎょっとした。本格的に発熱が進んでいる。本人は可笑しそうに喉を鳴らしているけれど、いつそのまま床に倒れ込んでしまうかとひやひやした。


「道理でデカい顔できたわけだ。なるほど、ギルド公認とは恐れ入る」

「責められる謂われはないよ、レグ。元はと言えばキミが好き勝手撒いてきた種でしょう」


 ──顔色が変わった。瞳孔が底のない闇みたいにかっ開かれ、レグさんから表情という表情がごっそり抜け落ちる。


「そんなに目障りならほっとけよ……毎度毎度寄ってたかって蟻みたいに……いつまでも俺のテリトリーに居座ってるのはそっちだろ……ッ!」


 耳元で唸りを上げる魔力。彼の五指に嵌まる指輪がそれぞれ光を放ち出し、私は今日一番の冷や汗をかいた。ここはギルドだ。おまけにこんな体調の時に魔力を使うなんて。


「れっ、レグさん行きましょう! 気分転換に外の空気でも吸いに! ね、ウルドさんも!」

「しかし、マスター」

「イヤーちょうど今日ウルドさんと一緒に寝たかったんですよね実は!」

「はい、マスター! 私もです!」


 たちまち上機嫌で振り返ったウルドさんに心の中でガッツポーズ。これ幸いと、空いているレグさんの片側を支えてもらった。

 こんなところで言い争いをしていては病状が悪化するだけだ。結局何が起こっていたのかよくわからなかったけれど、当初の目的は果たしたし、今やかなり増えている衆人環視に晒され続けるのはごめんだった。


「──付き合う相手は選ぶべきだよ」


 入り口まであと一歩のところだった。背中越しに投げられた、不意の一言に足が止まる。今のは誰に言ったのだろう。

 目線だけでそっと窺うと、ウィドーと呼ばれた女性の顔はこちらに向けられていたが、その目は狂おしいほど一心にレグさんの背を捉えていて。

 扉が閉まる直前まで、それはついぞ途切れることがなかった。



       ◆ ◆ ◆



「……っ」

「レグさん!」


 バタン、と音がした刹那、痩躯がぐらりと傾く。魔力を使おうとしたことが駄目押しとなったのか、彼はとっくに意識が朦朧としていたようで、ひたすら苦しそうに呼吸を繰り返すばかりだった。


「仕方ありませんわ、観光は諦めて帰りましょう。先に馬車を拾ってきますから、待っていらして」

「ありがとうございます」


 見ず知らずの他人と乗り合わせる駅馬車より、個人馬車は金額次第で細かな融通が効きやすい。病人を一刻も早く連れ帰るには後者が妥当だと、サディアさんは検問所へ話をつけに行ってくれた。残った我々もまた、人目を避けるべく往来を後にする。

 ウルドさんに抱えられているレグさんは力なく瞼を下ろしている。落ち着かない心音、拭っても拭っても滴る汗。そして、発動した回復魔術はとある一点に吸い寄せられてしまう。


「マスター、彼から血の臭いがします」

「……何が、あったんでしょうね」


 裾から覗く脇腹に巻かれた包帯と、そこに染み込んだ赤い痕。白と赤のコントラストは、奇妙なほど鮮烈に誰かを思い起こさせるものだった。

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