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ファンデア・テイル  作者: 八架
二章
78/80

第77話 お祭りの準備をしよう!②・申請編その1

 各々の予定の合間を縫い、化粧品作りは順調に進んだ。

 日中はそれぞれ仕事があるので、主に私とサディアさんが精油や浸出油の作成といった時間のかかる作業を行う。用意したその素材を、定休日や週末に集まって試作品──ハチミツと各種の花を掛け合わせた化粧水、ミュゲの香る練り香水、ラベンダーと天然塩のバスソルト等々へと昇華する。この流れを繰り返し、開花祭本番が一週間後に迫った今では、ほとんどの販売目録とラッピング案が形になっていた。

 終いには揃いのエプロンまで作り、出店場所も『ミヅカネ商会』の真ん前(フェイが「客をぶん盗ってやる」と強気にもぎ取ってきてくれた)。祭の間だけの露店というより、もはやフランチャイズ店のよう。

 そんなこんなで、成果が増えていくにつれて私達は大いに浮かれた。浮かれ過ぎて全員がこうも思った。

 ──これ、商品登録できちゃうんじゃない、と。


「見なさい、ニキのツヤツヤほっぺ。これでどうして効果がないと言えるのかしら?」

「フェイも髪すごいよ。サラサラ」

「サディアちゃん唇プルプルだあ」

「そ、そういうあなたもいい香りよ」


 目の前にはキラキラでピカピカな美女軍団。作業場の照明さえ不要とするほど彼女達が光り輝く理由──それは、毎日毎日試しまくっていた試作品のせいだった。

 前提として、我が家の畑の作物には最低限四種──私、ユーンくん、コクちゃん、ルビオンの魔力が含まれている。花類にはさらにミフラの魔力も加わるため、五種の相乗効果が花を通して化粧品に伝わった結果、ハリ・ツヤ・モチモチ・潤い・その他たくさんの効能が髪や肌に反映されたのである。

 ただし私にその恩恵はほぼない。自分の魔力が自分に還ってきているだけだからだ。私の魔力が含まれている契約者のそれもまた然り。悲しい。

 ともかくも、彼女達の変化は町では既に評判で、内緒にするのも一苦労だ。けれどこのままの状態を保って販売すれば、何よりの見本として決定的な購買チャンスを与えられる。その機会を確実なものにすべく、商業ギルドへの商品登録でより箔をつける話になったというわけだ。


「祭には余所からも観光客が来るし、今年は大量のシュラブルーム目当てのお偉いさんも多いって話よ。まず寄ってもらわないことには意味がないんだから、断片的な情報は撒いておいて損はないわ」


 当初から特に気合が入っているフェイは、日に日に闘志を燃やしている。曰く、毎年出品物に対する投票があり、優勝するとモンテスさんのポケットマネーから賞品が贈られるそうで、どうも彼女はそれを目指しているらしいのだ。ちなみに昨年度の優勝は『花々(かか)』が提供したチューリップのキューブサンド。副賞のトロフィーが今も店内に飾ってあるという。


「お祭りが終わっても特産品になったら嬉しいしね。じゃあ私、明日申請に行ってくるよ」

「悪いわね。レグに頼むと根掘り葉掘りうるさそうで」

「ううん。レグさんに頼ってばっかりもいられないし、ちょっと観光もしてみたかったし」


 水質汚染の改善は済み、畑仕事も遅くとも午前中には終わってしまうので、冒険者ギルドの依頼でも受けようかと考えていたくらい暇だったのだ。それに、()()()()()()()()にならないよう自力での手続き方法を覚えておきたい。

 「行きたかった~!」と机に突っ伏すラギーを宥めていると、集団の中からそろそろと手が上がった。


「あの……(わたくし)も行ってよろしくて……?」

「あ、是非! 一緒に行きましょ!」

「鬱陶しいでしょうけど、なるべく迷惑にならないようにするから、……へ?」

「何時集合にします? 朝早い方がいっぱい回れますかね?」

「テルベは色んなものがあり過ぎて、一日じゃたぶん無理よ」


 フェイがニヤリと口角を上げる。一番近い商業ギルドの支店がある街はテルベといい、話によると非常に賑わったところであるらしい。


「そっかあ、残念。じゃあ適度に余裕持って行きましょうか」

「わ、わかったわ。……ありがとう」


 呟いて目の淵を赤くしたサディアさんを、背伸びしたニキちゃんがヨシヨシと撫でる。時々強気な発言をしてしまってから気づいて落ち込む彼女は、もうすっかり末妹のように思われており、この中では年上にも関わらず方々から可愛がられていた。

 そんなサディアさんとの小旅行、楽しみでないはずがない。私は気色の悪い笑みを何とか噛み殺し、提出する試作品をまとめて袋に突っ込んだ。



       ◆ ◆ ◆



 翌朝は南門の駅馬車乗り場で待ち合わせ。護衛としてついてきてくれたウルドさんと一緒に辿り着くと、そこには裏山で見たキリッとしたオーラ、所謂仕事モードのサディアさんが立っていた。


「おはようございます! 晴れてよかったですね!」

「ええ、本当に。では出発しますわよ。忘れ物はなくて?」

「はい、バッチリです! ……ん?」


 テルベ行き乗り場の手前には、同じようなつくりの馬車がもう一台あった。しかし荷台には馬ではなく、濃い灰の毛並みと赤い目を持つ狼が繋がれている。驚いたことに、その脚は左右併せて六本。


六本脚の狼(コルンムーメ)の魔獣車ですわ」


 サディアさんによれば、魔獣車は駅馬車に似た運送手段の一つ。その名の通り調教した魔物が()くことによって、圧倒的な移動速度を誇っているらしい。代わりに御者に求められる能力も多岐に渡り、また魔物の完全な使役にかかる手間も費用も桁違いのため、運賃はかなり高価なのだそう。各地の一定規模の都市には標準装備となっており、それがある程度の財政状況を維持していることの裏返しにもなるとか。


「先生も魔獣車用の調教を引き受けることがあるそうですよ」

「そうなんですね。やっぱりトアンくんすごいなあ」


 私にはまだまだ届かない世界だ。そして、これだけの高級車を乗り回せる貴人がミネフに来ているところにも初めて遭遇する。モンテスさんの賓客だろうか。

 出発までのささやかな時間を馬車の中でぼんやり待っていると、見知った顔がこちらに近づいてくるのに気づいた。


「レグさん。おはようございます」

「────」


 普通に挨拶をしたつもりだったのに、赤毛のお兄さんはなぜか極限まで目を瞠った。何かついているだろうかと頬を擦ってみるが、わざわざ覗き込んで確かめてくれたウルドさんにも首を振られる。かといってサディアさんでもなさそうだ。というより、彼女は試作品の種類を確認するのに忙しそうで頭すら上げない。

 硬直したように動かなくなったレグさんを、背後からスラリとした影が追い抜く。その人物は、御付と思しき初老の男性の介添えを掌一つで制し、馬車の乗車口に足をかけた。

 ──その瞬間、私は文字通り目を奪われることになる。


「行き先はテルベ? よければウチの魔獣車に乗って行かないかい」


 意志の強そうな切れ長の瞳に細い鼻梁、まろやかなレッドに縁取られた薄い唇、たっぷりとしたホワイトブロンドの髪を耳にかける艶やかな爪。たった一度の瞬きにさえ洗練された高貴な雰囲気が滲み出ている。

 中でも毛穴一つない肌は特に輝いている。一目でわかる上流階級層のオーラにしばし喉がつかえたが、女性が「ん?」と首を傾げたことで、私は意識を取り戻した。


「あ……いえ、ありがたいですがお気持ちだけで」

「遠慮することないよ。こっちの方がうんと早い。大事な用なら早く済ませた方がいいでしょう」

「なぜそれを……」

「観光にしては荷物が多いし、どことなく緊張してるみたいだもの。さあ、立って」

「え、え、」


 言うなり、女性が私の手を取って立ち上がらせた。力自体は決して強くないのになぜか逆らえず、途中から御付の男性も加わり、あれよあれよという間に馬車を降ろされる。後ろから「マスター!」「ちょっと!」という声が追いかけてくるけれど、しっかり掴まれた手首は、ふかふかの座面に腰を下ろすまで放されなかった。

 怒涛の展開に何が何だかわからない。初対面のはずなのに、と向かいの女性を窺うも、始めからずっと湛えられていたアルカイックスマイルがさらに深められるだけ。


「自慢じゃないが、乗り心地は悪くないと思うよ。時々虫とじゃれて大袈裟に跳ねることがあるけどね。それに──」

「アオイちゃん、ソイツと話さないで」


 その時、ふっと手元に影が射した。乗車口に片足を乗り上げたレグさんが固い表情でこちらを見下ろしている。


「それと、悪いけどテルベ行きも薦められない。降りてくれる?」

「え……っと、」

「いいから。必要なものは全部俺が手配するよ」

「強引な男は嫌われるよ、レグ」


 御付の男性までもがレグさんの前に割って入る。女性は興味を失ったようにそこから目を逸らすと、懐中時計を取り出して唸った。


「ああ、もうこんな時間か。お友達も全員乗った? じゃあ出して」

「よろしいので?」

「邪魔ならそこの赤いのは轢いて構わないよ」

「おい!」

「魔獣車の前に出てくる方が悪い。ほら、どきなさい」


 ゴロ、と重たそうに車輪が回り出す。彼女は、ぱっぱと埃でも払うようにレグさんを追い出し、優雅に足を組み替えた。そうして、尚も吠える彼を奇抜な見世物のように一笑に付す。

 その横顔は冷え冷えとしたようでも、どろりと溶けたハチミツのようでもあり、何より凄絶なまでに美しかった。



       ◆ ◆ ◆



 その後はさしたる会話もなく、上手く言い表せない微妙な空気のまま、私達はひたすら魔獣車に揺られた。

 ただ、ホワイトブロンドの女性は時折何か言いたげな目線を私に寄越した。見張られているのか、探られているのか。向けられ続けるアルカイックスマイルをどうしても真正面から受け止められなくて、意図的に受け流してはテルベへの到着を待った。

 それというのも、有無を言わせないレグさんの台詞が引っかかっていたからだ。愛想の良い彼にしては珍しい、明確にこの女性と関わってほしくないようだった響き。二人は知り合いみたいだが、あまり良好な関係とはいえないのか。もしくは彼女がある種の危険人物だったりするのか。そう悶々とした気持ちが晴れず、意味もなく試作品の蓋の締まり具合を点検する振りをしてしまう。

 ウルドさんが前方を指差したのは、十数回目の締め直しを終えた頃だった。


「マスター、着いたようです」

「わー、おっきい街!」


 魔獣車が徐々に速度を落とし、少々古めかしくも頑丈そうな石門の手前で停まる。

 ヘールハインツ最北端の街・テルベ。各ギルドの支部や港が揃っていながら、手つかずの大自然にも溢れ、北の玄関口として日々多くの旅人を歓迎している。そのためか様々な文化が混ざり合い、特に中心部は非常に活気に満ちているという。

 魔獣車を降りた我々は門の脇の検問所へ。私は冒険者ギルドのバングルを、ウルドさんは首輪を見せ、サディアさんは浄化師の証明書を提出。程なくして通された街の中は、評判通りたいそうな盛況振りだった。

 門から真っ直ぐに敷かれた、多様な人種がごった返す大通り。両側に立ち並ぶ数々の店と、軒先で張り上げられる呼び込み。少し見渡せば建物の陰から草木がニョキニョキ生えていて、都市と遜色ない様相ではありつつも共存した自然の息吹を感じる。

 傍の店から一軒ずつじっくり見て回りたいし、ビーチで開かれるらしいマーケットにも立ち寄りたい。自然保護区にも足を伸ばし、帰りがけに岬で夕陽を眺めるのもいいかも。そうやって一歩踏み出す度に景色が変わり、あれもこれもと目まぐるしく興味を惹かれる。フェイの言う通り、一日どころか一週間あっても満喫しきるのが難しそうなところだ。

 そうなると余計にレグさんの忠告が忘れられない。どうしてこれほど素晴らしいロケーションに来るのを止められたのだろうか。


「驚いた? 立派な街でしょう」

「はい! 送ってくださってありがとうございました! まさか魔獣車に乗れるとは思わず……貴重な経験をさせていただきました」

「ふふ、そう言われると送り甲斐があるよ。さて、じゃあ早速商業ギルドに行こうか。案内しよう」


 はて、なぜ私達の目的地を知っているのだろうか。サディアさんも怪訝さを隠さず眉をひそめる。


「……私達、ギルドに用があると言ったかしら?」

「ああいう商品(モノ)は見たことがないし、品目も一つとして同じ種類がない。目の前であれだけ念入りに確認してるんだもの、少し考えればわかることだよ」

「盗み見は感心しませんが、話が早くて助かりますわ」

「こちらこそ。たまにいるんだよね、意地張って迷子になっちゃう子が」


 少しだけ長生きしてる先輩のお節介だと思って。歌うようにそう言って、女性は軽やかに歩き出した。相変わらずの展開の早さにぽかんとしていれば、トンと肘で小突かれる。


「観光の時間がなくなりますわよ」

「は、はい。でも……いいんですかね? レグさんが話さないでって」

「無理でしょう。ああいうそこはかとない強制力を持つ人間は、自分が満足するまで決して引き下がらない。それに自信家、おそらく結構な地位があるんじゃないかしら。上手くいけば便宜を図ってもらえるかもしれなくてよ」

「ふむ、確かに言い得て妙ですね」

「どうしてそこで私を見るのかしら……!?」

「はいっ、行きましょう行きましょうっ」


 明後日の方を向くウルドさんと歯を剥いたサディアさんの間に慌てて入る。冗談なのか本気なのか、裏山での折り合いがついているのかいないのか、未だに判断しかねるからだ。それ以上に女性もレグさんも何を考えているのか。

 願わくば僅かでも観光できる体力が残っていますように。大分小さくなってしまった背中を追いかけながら、私は遠い目で祈りを捧げた。

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