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ファンデア・テイル  作者: 八架
二章
77/80

第76話 お祭りの準備をしよう!①・会議編

「ただいま」

「おかえり。ん? なんだなんだ」

「こんにちはー」

「お邪魔しまーす」


 広間に入っていくラギー達を、ユーンくんが興味深そうに見送る。とある打ち合わせのため、鍛冶屋からの帰りに遭遇した彼女達を我が家へ招いたのだ。


「ちょっと広間借りるね。あとこれ、お土産」

「どれどれ……お、チョコレートか!」

「『花々(かか)』の試作品なんだって。可愛いよね」


 会合のおやつを調達すべく寄ったところ、ジゼルさんがくれたチョコレートバーク。薄く広げたチョコの上にトッピングを乗せ、ざっくり割って食べる板状のお菓子だ。ヘザーさん同様に『花々』でも食用花が使われており、色鮮やかな小花が散りばめられたそれは、開花祭用の商品の一つらしい。


「甘いもの食べたらさ、ユーンくん……元気になるかなって」

「……ああ、なるさ。ありがとうな」


 一瞬瞠目したユーンくんが苦く微笑む。あれから結構な日数が経過しているが、裏山で無茶をし過ぎた彼の魔力は未だ回復しきっていなかった。おまけに本人が一過性のものだと焦らないので、私は歯痒くて仕方ない。

 キッチンに寄って包みの中を等分し、盛りつけた大皿を人数分のティーカップの脇に添える。飲み物はコーヒーにしようかな。多少苦い方がよりお茶請けの甘さが際立つ気がする。

 お湯を沸かす私の後ろでは、ウルドさんがしきりに自分の耳を引っ張っている。


「見てください、ユーン。マスターの色です」

「いいな、似合うじゃないか。どうしたんだ、それ」

「ヘザーさんがくれたんだ。使い終わった魔石で作ったピアスなんだって。私もほら、水色」

「マスターのは私の色です!」

「交換したんですよね~」


 ずっと上機嫌の彼女につられて頬が緩む。あまりに喜ぶからか、ヘザーさん本人もかなり嬉しがっていて、「今度、巨人族の話を聞かせてほしい」と頼んでいた。インスピレーションを受けて新しいモチーフの参考にするのかもしれない。


「あ、そうだ。ルビオンいる?」

「なに」


 窓の外からずいっと鼻先を差し込んでくる青い馬。弾みでその顔を滑り落ちてきたコクちゃんがシュタッと着地し、続いてミフラも降りてくる。この三匹──否、二匹がルビオンにくっついて回っているのかもしれないけれど、なんだかんだ一緒にいるところを見かけるので、結構な仲良しとみえる。


「髪留めるやつ。人型の時、目に入りそうだったから」


 黒っぽい革紐にシンプルな銀色のコンチョがついたそれはヘザーさん作。アイアンブルーの髪にワンポイントが映えるかと思い、気づけば衝動的に購入していた。彼は時々魔力で服を着替えているし、お洒落に興味がありそうなので。


「とりあえず渡しとくね。要らなかったら私が使うからいいよ」

「お預かりいたしまする!」

「よろしくね、コクちゃん。チョコも皆で食べてね」


 コーヒーを淹れ、準備は完了。大きなトレイをよっこらせと持ち上げて、お喋りが響く広間に戻る。


「お待たせしましたー」

「ありがとー! 持つ持つ」

「何か決まった?」

「ぜんぜん」

「正確には『いつもと同じものしか浮かばない』よ」


 羽ペンを放り投げたラギー、フェイ、ニキちゃんがズズズとコーヒーを啜る。

 今日私達が集まった理由は、先日ラギーから打診があった開花祭の出し物の件だ。例年、それぞれの仕事先でいつもより接客に追われるのが常らしいのだが、今年は何か新しいことに挑戦してみたいのだという。特に今回は困難が明けたせいか、反動で皆非常に気合が入っているとのことで、そこはかとなく負けず嫌いな面のある彼女達はいっそう黙っていられないようだ。

 私を誘ってくれたのもその一環。四人集まれば文殊の知恵以上、アイディアがポンポン出てくるはずなのだが──。


「結局さ、鬱陶しい客が二倍になるだけで楽しむどころじゃないんだよねえ……」


 疲れ切っている三人は明後日の方角を眺めている。チョコレートバーク(甘味成分)の減りも早く、補充する傍からわんこそばの勢いでなくなっていく。


「ラギーはさ、鬱陶しいお客さんじゃなければいいの? それともお祭りの間は接客自体お休みしたいとか?」

「アオと回る以外は仕事する予定かな。ていうかその時間確保するために働く、みたいな」

「オッ……あ、ありがと、それはそれで時間作ろう」

「やたーっ!」

「アオちゃん、わたしも嫌じゃないよ」

「そっか。フェイは?」

「バカ店長目当ての話の通じない女じゃなければ構わないわ」

「なるほど」

「アオ?」

「ちょっと考えてみたんだけどね……」


 落書きに脱線しているメモを引き寄せ、三人の名前と、そこから伸びる矢印を書く。


「皆の共通点は接客業でしょう? 今から全く別の何かをするのも大変だから、勝手がわかってることの延長線上で新しいことをしてみるのはどうかなって。お祭の間だけなら気分転換になるかもしれないし。たとえば……」

「あたしは何かモノを売ってみる、とか?」

「わたし達は普段モノを売ってるから、接客に力を入れる……?」

「むしろモノから作るって手もあるわね」

「うん、そんな感じ! 私もちょうど相談したかったことがあって」


 私は筆記具を除け、キッチンカウンターから持ってきた一輪挿しと小振りな円筒容器をテーブルの中央に置いた。


「花、と……こっちは?」

「ハンドクリーム。簡単なものだけど、このゼラニウムで作ってみたやつ」

「えっ、アオが!? てかそれって作れるものなの!?」

「意外だよね。しかも湯煎して混ぜるだけとか、結構簡単なんだよ」

「わ、いい匂い!」


 三人の手の甲にひと匙ずつクリームを乗せていくと、ゼラニウム特有の薔薇とハーブを混ぜたような芳香が淡く香った。心なしか、彼女達の肌もさらに艶やかになったような気がする。

 このクリームは植物オイルを多めに入れているため、軟らかめの質感で伸びが良い。反対にオイルの分量を減らすとリップバームになる。


「うちで育ててる花って、種を作るだけだとそれ以外の用途があんまりなくて。定期的に出荷はしてるんだけど、野菜とかに比べると余っちゃうんだよね」


 花は食べられないものの方が多いので、鑑賞以外の目的があまり見出せない。私個人もヘザーさんのように細工ができたり、ジゼルさんほど料理のアレンジに明るいわけではない。では、その限られた範囲で長期的に活用するためにはどうするか。


「だから、これで他の化粧品も作って売ってみたらどうかなって。ハンドクリームだけじゃなくて、化粧水とか練り香水とか」

「そりゃできたらすごいけど……」

「わたし達でも作れる?」

「ちょっと待って……いけるかも。いや、いけるわ」


 はっとしたフェイが物凄い勢いで羽ペンを走らせる。化粧水や練り香水に始まり、オイル、クリーム、バスソルト等々。バイヤーとしての知識も豊富な彼女は、さらに必要な材料や入手先の目途も書き連ねてくれる。


「化粧品を自分で作るのってそんなに難しくないらしいんだ。化粧水なんかはハチミツと精製水でもできちゃうみたいだし」

「どっちもここにあるわね」

「うん。基礎になる魔力水とかハチミツとか、精油もこっちで用意できる。肝心の花もね。あとはフェイ達の方で足りないものを調達してもらえれば」

「ええ、レシピもこっちで調べとくわ。今からでも十分取り掛かれるし、他と被ってもいない……ふふん、冴えてるじゃない」

「へへへ」

「……なんかよくわかんないけど、とりあえず決まった感じ?」

「一応もう少し調べてからにはなると思うけどね。でも、女の人向けの商品だったらラギーもそんなに大変じゃないかなって」

「ウソでしょ、アオってなんていい奴なの……!」

「ありがとありがと」

「ニキもそれでいいかしら」

「うん。作るの楽しそう」

「おっしゃー! 忙しくなりそ~」


 コーヒーを飲み干したラギーがカップを置いて叫び、フェイとニキちゃんがそれを笑う。煮詰まっていた会議の方向性が定められ、和やかになった雰囲気。

 ──切り出すなら今だ。


「実はもう一人声をかけたい人がいるんだけど──」



       ◆ ◆ ◆



「くっ……この……! あ゛──! またやり直しっ!」


 小さい容器にクリームを詰めていたラギーが憤慨する。ミツロウ入りのそれは一度溶けてもすぐに固まってしまうため、いくつも注ぐには手早くしなければならないのだが、動作の大きい彼女は零さないようにすることが精一杯らしく。そうこうしているうちにだんだんと冷えてきてしまうようで、先程から湯煎を繰り返して一向に進まない。

 そんなラギーは唇を尖らせつつ、隣の作業スペースをずいっと覗き込む。


「待って、サディアちゃん超綺麗にできてる。完璧売り物」

「すごーい」

「やるわね。ねえ、ラギーと交代してもらってもいいかしら? 向いてないから別の作業やらせるわ」

「え、ええ……構わないけれど……」

「ひどくない? 図星だけどさ」


 ラギーがすごすごと移動した瞬間、私はツインテールの少女によって空いた場所に引っ張り込まれた。小声で「ちょっと」と凄む彼女の顔は引き攣っている。


「来いって言うから来たけれど、何がどうしてこんなことになってるの……!? (わたくし)は一体何をしているわけ……!?」

「今度の開花祭で出す化粧品作りですね」

「そうじゃなくて……! 私はっ──」

「別に、もういいんじゃない?」


 凛とした声が遮った。ハチミツにカモミールを抽出させながら、ラギーは軽い調子で続ける。


「サディアちゃんがあの腹立……ンンッ、お祖父さんとやったことは、あたしも風の噂で聞いたけどさ。一番やり合ったアオとはもうわだかまりはないんでしょ? だったら外野(あたし達)がどうこう言うことじゃないよ」


 そう告げたラギーの眼差しは驚くほど澄んでいた。持ち前の太陽の如き陽気さで邪気を吹き飛ばしてしまったみたいに。同じことを感じたのか、サディアさんが眩しそうに俯く。


「確かに好き勝手してくれるなとは思ったけど、あたしはアオのこと信じてるから。アオがいいならこっちは受け入れるだけだよ」

「ラギー……」

「やば、自分で言うのもナンだけどあたし最高の女過ぎる。冷静に考えて誰よりもアオの親友にふさわしくない?」

「今ので台無し。全部くそ」

「あんだってェ!?」


 ニキちゃんに一刀両断されたラギーが目を吊り上げ、途端に作業場が騒がしくなる。目の前で繰り広げられる喧騒に溜息を吐くと、フェイは呆れた様子で振り返った。


「ま、そういうことよ。けど、やりたくなかったら別に無理強いはしないわ。どうしたいかは自分で決めてちょうだい」

「はい、フェイの言う通り興味がなかったらいいんです。急にお呼び立てしてごめんなさい。でも、気晴らしにはなるかもしれないなって思ってて。よかったら、お祭りの間だけでもお付き合いいただけないでしょうか」

「……っ」


 キョドキョドと、潤んだ大きな瞳が泳ぐ。荒れ狂う大海で縋るものを探しているような雰囲気に、私は咄嗟に彼女の背へと手を当てた。

 後悔か、葛藤か。サディアさんの心に何が渦巻いているのかはわからないけれど、そこから必死に抜け出そうとして、絶対的な存在にも抵抗したことを私は知っている。未だミネフに残る彼女に、ラギーだけでなく他の皆もそれを感じ取っている。だから、少しでも拠り所となれたらと手を伸ばすのだ。

 サディアさんは何度か言いかけてはやめながら、やがて何かを決心したように、ツインテールの先をぎゅっと握った。


「……わ、私でよければ、力を貸してあげてもよくって、よ……っあ、ちが、」

「ほんと!? じゃあお手伝いしてくれてよくてよ!」

「ぶきっちょラギーは落ち着いてくれてよくてよ」

「くぉらニキィ!」

「あ、あの、」

「癖ってなかなか取れないものよね。でも面白いわ、売る時はその感じでやってくれない?」

「ええとつまり、おすまし口調のお嬢様が友人のために用意したけど恥ずかしかったりで素直になりきれずちょっと強めに渡してくる化粧品……ってこと!?」

「いいじゃない! 短期間とはいえ購入意欲を煽るために多少の世界観設定は必要、しかも祭の雰囲気に流されてウケること間違いなし! よし、それで行くわよ!」

「え、え、待ってそれ私のこと……? あなた達はどこを目指しているの……?」


 かくして全ては決定した。我々は花を使った化粧品で開花祭の天下を取る──にわかに活気づく作業場で当のお嬢様が一人、オロオロと立ち尽くしていた。

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