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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
74/80

第73話 ふおんなあとしまつ

 一階奥の貴賓室には要人が勢揃いしていた。豪奢なシャンデリアの下、立派な暖炉の前でシンメトリーに向かい合ったソファの手前にモンテスさん、その隣に祖父のニエマ氏。彼らの対面には顔面蒼白で縮こまっているサディアさん、そして──。


「ようやくのご登場かね。相変わらず悠長なものだ」


 初対面時より数段厳しい顔つきで座す、エルフの里『ガルヘイム』の長・サフィール氏。お得意の嫌味節も健在で、数日前の私なら即座に怯んでいたことだろう。

 しかし、どういうわけか今日はあまりダメージをくらっていない。それどころか、「そういえばこういうヒトだったな」と流してしまえるだけの余裕すらあった。もはや一言、二言の皮肉程度で誰が傷つこうか。私はもっと直接的な恐ろしさを知っている。


「申し訳ございません、遅くなりました」


 アッドさんに促されるまま、モンテスさんに会釈し、ニエマ氏の隣に腰を下ろす。皺だらけの大きな掌に背を叩かれたのが嬉しかった。


「やあ、アオイ殿。帰還早々にすまないね。具合はどうかな?」

「とんでもないです。私は元気で──」

「散々邪魔をしておきながら被害者振るとは、とんだふてぶてしさだ。こちらの損害とは比較にもならないくせに」


 ピリ、と殺気にも似た空気が充満し、刃物のように鋭い眼光が私の全身に突き刺さった。さすが獣蟲の使い手、眼差しだけで人一人殺せそうだ。

 化けの皮を剥がしてやろうという気概をこれでもかと感じる中、身を起こしたニエマ氏が両手を組む。


「落ち着け、サフィール。何度も言うとるが、憶測で物を語るんじゃない。我々が聞いたのはサディア嬢の話のみ。ウチの浄化師の話も聞いてからでないと不公平じゃろうが」

「公平さなど何もない……! 私はメナスもキショウも失っているんだぞ!」

「そうなった経緯はサディア嬢からも説明があったろう。後はその辻褄が合うかどうか。二人の人間が別々の場所で同じことを話したなら、疑うべくもないことじゃろうて。……よいか、アオ」

「はい、長」

「ユーンも補足があれば頼む。途中、別行動になったことは聞いとるからな。それと、そこのケルピーも。おっと、もう名前があったんじゃっけ?」

「ええ、ルビオンです」

「そうかそうか。よく似合っとる、いい名前だ。ではルビオンもよろしくな」


 部屋の隅にいたルビオンが素早く私を見たのがわかった。びっくりするほど大きな器の持ち主でしょう、うちのおじいちゃん。面食らった様子の彼に、そうテレパシーを送ってみる。

 ところが、そのやり取りがいっそう癇に障ったらしく、目を剥いたサフィール氏が身を乗り出す。


「魔物の話を真に受けるだと? それも()()ケルピーの? 騙して水中に引きずり込むのが奴らの習性だぞ、一体何の証拠になると──」

「そこのケルピーは例外だ。奴は仮契約の段階でもアオイとの契約条件を守り通した前例がある。信用には値するだろう」


 ぴしゃりと訴えを封じたアッドさんがこっそり片目を瞑ってくれる。ああ、ありがたい。上辺だけ取り繕っていたとしたら、こんな台詞、咄嗟に出てくるものだろうか。

 深い皺を顔中に刻んだエルフの長に向き直る。何を言われたとしても、心情を込めず、なるべく俯瞰的に。努めて冷静さを失わぬよう自身に言い聞かせ、私は静かに口を開いた。



       ◆ ◆ ◆



「……それで、レモラとウルドアニスさんの浄化を行おうとした矢先、サディアさん達が合流しました。キショウによる浄化を試みたんだと思います。でも、二人には強過ぎる方法だった。瘴気とキショウの霧が体内でぶつかり合った結果、レモラが暴走し、山頂も陥没。私とサディアさん、ウルドアニスさんが山の内側に落ちました」

「俺とフォルクとフィオラ、それと巨人族はその場に残った。キショウもいたな。メナスとやらはいつの間にかいなくなってたが、キショウが山中の魔物を呼び寄せたもんで、それどころじゃなかった」

「そうだったんだ……」

「それに関しては先程サディア嬢から聞いた。別行動の最中、瘴気をキショウで中和しとったそうだ。魔物の中にその影響が残っていれば、瘴気と戦わせるために仕向けることは容易い」


 正面のサディアさんがビクリと肩を揺らす。俯いたままの彼女は、先程から何度も膝上のスカートを握り直していた。当時は薄れていただろう罪悪感だろうか。今すぐ傍に行って、あらん限りの労わりをしたい気持ちに駆られるも、ぐっと堪えて報告を続ける。


「私とサディアさんは山頂に戻るべく、洞窟内を進みました。そこでウルドアニスさんと合流し、さらにその先でメナスさんと鉢合わせました。彼は、その……瘴気に感染していて……サディアさんのイヤリングを壊し、私達を攻撃しました。それを庇ってくれたのがウルドアニスさんです。彼女がメナスさんを食い止めている間、今度はキショウが現れましたが、翡翠がないせいかサディアさんの命令を聞いてくれず、困っていたところを──」

「俺が撃ち落とした」

「はい。彼がそのまま私達を山頂へ運んでくれました」


 ちらりと窺えば、各々方は真剣な表情で話の続きを待っている。私は、意図的に省いたキショウの目的について説明を求められなかったことに安堵した。分割された魔石の件はレモラの命に関わることなので、サディアさんに使役を指示していたかもしれないサフィール氏に詳細を明かすのは憚られたのだ。彼女も伏せておいてくれるといいのだけれど。


「その後、力尽きる寸前のレモラの浄化を私とサディアさんで始めました。それを追いかけてきたのが、キショウと融合したメナスさんです。彼はほとんど正気とはいえないようでしたが、レモラの浄化を終えると連動でキショウの成分も弱体化して、自我を取り戻したように見えました。……最期はしきりに『長』と」

「もういい」


 そこでサフィール氏が席を立った。意外にも終始黙していた彼が、満を持して自論をぶちまけるのかと思いきや。なんと我々に一瞥もくれず、スタスタと部屋の出入口に向かっていくではないか。

 呆気に取られていれば、視界の端に金のツインテールが靡く。


「おっ、お祖父様!」


 裏返った声にサフィール氏の足が止まる。立ち上がったサディアさんは、皺くちゃになった服の裾から何とか手を離し、まだ震えるそれを胸の前で固く組んだ。


「ご……ごめんなさい、お役に立てなくて……お貸しいただいたものも、その、きちんとお返しできず……本当に、申し訳ないと……つ、次は、必ず……」


 サフィール氏は不気味なほど何も言わなかった。微動だにしない背中へ、沈黙を恐れるように次から次へと言葉を紡いでいたサディアさんだが、やがてゴクリと喉を鳴らして一言。


「……道具を使わず、自分の力でやり遂げます、ので」


 はっとして彼女を見れば、不安げに眉を下げながらも、振り向いてもらえない後ろ姿を懸命に見つめている。その瞳には確かに一条の決意があって。夕焼けに照らされた握手を思い出し、胸がじわりと綻んだ。

 サディアさんがこちらを振り返り、泣きそうな顔で拙い笑みを浮かべる。うん、頑張った。あなたは偉い、本当にすごい人だよ。精一杯を込めて首肯すると、ニエマ氏の手が私達の肩に置かれた。


「わかったじゃろう、サフィール。この子らの証言に食い違いはない。サディア嬢が真実を隠さなかった勇気を認めてやってくれ。祖父として孫を導いてやりたい気持ちはわかるが──」

「ああ、私が間違っていた」


 サディアさんが目を見開く。あ、と期待を孕んだ吐息が漏れた刹那──。


「サディア、お前に期待した自分がこの上なく愚かしい」

「────!」


 サフィール氏の眼は、血縁に向けるにはあまりにも憎悪に満ちていた。愕然とよろけた孫娘に凶器の如く人差し指を突きつけ、長身を折って食い入るように()めつける様は、いっそ悪魔が乗り移ったのかと邪推してしまうほど。


「キショウを破壊し、メナスを死なせ、挙句浄化の任も遂行できぬとは。今までお前に任せたものは何一つとして成果がない、そのくせ『自分の力でやり遂げる』だと? 私がどれほどお前の失態に目を瞑り、盛り立ててきてやったと思っている? それとも私の顔に泥を塗るのがお前の唯一の特技とでもいうのか?」

「ち……ちが……っ!」

「……お言葉ですが!」


 ぽろ、と零れたその透明な粒を目の当たりにした瞬間、私は反射的にサディアさんの横へ滑り込んでいた。約束したのだ、半分にしてみせると。彼女はもう独りではないのだから。


「イヤリングを壊したのは瘴気に感染したメナスさんです。浄化もサディアさんと一緒にやりました。道中、彼女は何度も私を守ってくれましたし、今私がここにいるのは彼女のおかげだと、」

「知った口を利くな劣等種ッ!」

「サフィール!!」


 すぐさま止めに入ってくれたニエマ氏が、信じられないといった形相でサフィール氏に食って掛かった。


「よくもそんなことを……! 最近のお前の振る舞いは目に余る。獣蟲もこれ以上の使用は薦められん。あれは本来、浄化師たる我らとは真逆に位置する代物。今一度頭を冷やして考え直せ」

「余計な世話だ。如何に老師といえど同じ立場、私の方針に口を挟む権利はない。そんなに暇を持て余しているというなら、そこの役立たずを好きにするといい。面倒を見切れるとは到底思えないがね。……私はもう、うんざりだ」


 二度と顔も見たくない──残酷に言い残し、『ガルヘイム』の長は扉の向こうに消えていった。

 今や室内に大人しく座っている者はいなかった。誰もが何か言いたげではあれど、かといって安易に口火を切るわけにもいかず。重々しい沈黙が蔓延する最中、ややあってから落ちた「すみません」という涙声の呟きに、ニエマ氏はどう声をかけたものかとばかりに揉み手を繰り返した。


「いや、いや、サディア嬢。そう真に受けられずともよろしい。サフィールはちょいと完璧主義が過ぎる。血に誇りを持つあまり、昔から排他的なところはあったが……あそこまで融通が利かなくなっているとは思わなんだ。なはは、奴も歳かのう」

「いいえ、ニエマ様。お祖父様のおっしゃることは当然です。私は浄化師と名乗ってはいけない身です。何を、どうやっても、上手く応えられなくてっ……メ、メナスが、ひっ、アオイさんに、したことの、せ、責任もっ、ひっく、取らなくちゃ、いけない、のに」


 本格的にしゃくり上げる彼女を、大の大人達がめいめいに慰めようとして、でもどうしたらいいのかとまごつき始めた。特にモンテスさんの狼狽振りは凄まじく、お手伝いさんを呼んで大量のハンカチやお菓子を積み上げまくっている。私はその中の一枚と一つを預かり、「どうにか頼む」と顔面に貼りつけた彼らにしかと頷いた。

 涙を拭い、スコーンを齧り、紅茶を一口飲んで。サディアさんが一息つけたのを見計らい、部屋の奥で手招きするニエマ氏に駆け寄る。


「大丈夫か」

「はい。少し落ち着いたみたいです」

「アオちゃんの方じゃよ。サフィールめ、よりにもよってあんなおぞましいことをほざきよって」

「ああ、いえ、私は……意外と大丈夫でした」


 ニエマ氏はかなり憤慨しているものの、実のところ私にはとんと響いていなかった。ハーフエルフになったのがここひと月くらいのことなので、当初から当事者意識が薄いのである(『白髪ブス』は普通に傷ついたけれど)。唯一痛んだのは鼓膜くらいだ。


「あの、長。サフィール氏、随分頭ごなしというか……あれ、獣蟲の影響などは……?」

「正直、全くないとは言えんじゃろうな。だがのう……サフィールともあろう男が呪いに転がされるとは少々考えづらい。ふむ、ちと調べてみるか。それと、サディア嬢のことじゃが……相当滅入っとるし、当面サフィールと顔を合わせるのは危険かもしれん。行く宛はありそうか?」

「それがあんまり……急ぎの用がなければ開花祭の間は町にいてもらって、気分転換しつつ話を聞ければと思ってます。その後は私含め、今後のことを相談させていただきたく」

「おお、そうか。確かに気分転換は必要だな。ふっふ、誰かさんはとんでもないことを成し遂げてきよったからのう! 儂も鼻が高いわコノォ!」

「んへへへ」


 わっしわっしと頭を撫でられ、照れると同時にこみ上げてくるものがある。現代でもここでも私はとっくに成人しているというのに、彼にとってはいつまでも幼い孫のままらしい。とはいえ手放しで褒めてもらえるのは嬉しいので、まあいいかという気さえする。


「あ、そうだ。報告書にも書くつもりだったんですけど、これ、どうしたらいいでしょうか」

「む?」

「レモラの体内にあった瘴気の発生原因です。浄化したので今はただの置物だそうですが……皆さんどこかに保管されてましたっけ?」


 無造作にポケットへ突っ込んでいた蓮に似た花を取り出す。あれから数日が経過しているが、レモラの言う通り世話をしていないにも関わらず、枯れる気配は微塵もない。摩訶不思議なこれを里の浄化師達はどうしているのかと、何の気なしに尋ねた時だった。


「……なんじゃこれは」

「え」

「これが瘴気の原因じゃと?」


 にわかに剣呑さを帯びた目つきにコクコクと首を振る。ニエマ氏は袖の内側を使って慎重に花を取り上げると、日頃していない眼鏡をかけ、花弁を摘んで裏に表にと観察を始めた。


「いいか、アオ。瘴気に明確な発生源はないとされとる。あれはいつの間にか広がって、いつの間にか感染しているもの。発生装置なんてものがあれば、儂らの仕事はもっとずっと単純だったはず。……すまんが、支部長さん」

「何か」

「こちらをご存じですかな。孫曰く、この花のようなものから瘴気が生み出されていたそうで」

「いや……僕も初めて見るな」

「アオ、レモラは他に何と?」

「ええと、ある日突然体内に現れて……つくりは魔石に近いそうで……無駄に頑丈とも言っていたので、もしかしたら壊そうとしたけどダメだったのかも。あと、直感で『この世のものではない』とも」


 何の悪戯か、白い空間での出来事は他人に話せない。しかしあそこ以外の、今回でいう黒い丘──レモラの体内空間と思しき場所等については、選ぶ情報を間違えなければ第三者に伝えることができそうだった。

 そうして一通り事情を聞いたニエマ氏は顎を擦る。


「ふうむ、そこは瘴気と同じじゃな。発生場所も頻度も未だ何一つ解明されとらんが故に、およそ世界からかけ離れた存在といわれとる」

「まあ、その例えは進まない研究に匙を投げているせいかもしれないな。とりあえずこれは魔術研究機関(ガルズルーン)に調査を依頼しておこう。何かわかるかもしれない」

「よろしくお願いします。儂はこの後お暇しますので、結果は孫に伝えていただけると」


 アッドさんは花を受け取ると、糊の効いた真っ白なハンカチで丁寧に包んだ。そこへモンテスさんが遠慮がちに近づいてくる。


「ご歓談中すみません。ニエマ殿がお帰りになってしまわれるかと思い、その前にご挨拶をと」

「ああ、こりゃご丁寧にどうも。いやあ、皆さんには大変なご迷惑をおかけしまして。ウチの妙なしきたりに巻き込んで本当に申し訳ない」


 そう言って、深々と頭を下げるニエマ氏。その姿に何だかモヤモヤした。一方的に敵視してくるのは『ガルヘイム』の方なのに、いつもこうして尻拭いをしているのだろうか。同じ穴の狢だと誤解されかねない恐れもあるというのに。

 もちろん海千山千の長だ、そんなことは百も承知なのだろう。世の中にはエルフとハーフエルフの違いを知らなくても困らない人の方が多いし、我々の確執なんて尚更興味を持たれない。だから一緒くたにされることも、悪くないのに謝ることも、祖父は当然のように受け入れている。私だけが子供のように悶々としているだけ。

 けれど──。


「いいえ、ニエマ殿に謝っていただくようなことは何一つありません。むしろ里からご足労いただいたばかりか、何日にも渡って拘束してしまい……あなたの知見と厚意に甘え過ぎていました。それでも、あのままではサフィール殿の采配に従うことになっていたかもしれません。町長としてはお恥ずかしい限りですが、あなたが隣にいてくださって、これほど心強いことはありませんでした」


 滔々と述べたモンテスさんは、私達を混同していなかった。否、彼は最初からそうだった。私をこき下ろしたサフィール氏を否定し、強引な提案にも待ったをかけ、予定通り調査に旅立たせてくれたのだ。これはハーフエルフをエルフの劣化版ではなく、一種族として扱ってくれた何よりの証拠に他ならない。


「あなたのお孫さん──アオイ殿も、文字通り我々の救世主です。依頼を出した時はまさかこんな大変な状況になっているとは思わず、結果全てを押しつけた形になってしまって……なのに君は立派にやり遂げてくれたね」

「いえ、私一人の力じゃ……皆さんのお力添えとすごい道具があったおかげです」

「道具は扱う者次第で毒にも薬にもなるし、周囲が協力を惜しまないのは君がそうされるべき人だからだ。始めからアオイ殿は心身共に紛れもない浄化師だよ。誰が何と言おうと、君の力は我々が証明する。どうかこれからも力を貸してほしい」

「おお……おお……よかったのう、アオ……! 研修先がこんなにいいところで、お前は幸せ者じゃあ……!」


 おいおい泣く祖父に起こる笑い声、向けられる優しい微笑み。私もまた口角を上げて笑顔を(かたど)る。()()()()()()()()()()()()()()()()


『いつかその裏にあるものに気づいて、取り返しがつかなくなっても』


 わかっている。わかってはいる。出自も正体も何もかもが不明な存在が、ただ惑わせるために口にしたような根拠のない発言、そんなものを心に留めている私がおかしいのだと。

 けれども私の血の半分、そして現代から続く思考はやはり人間のそれ。百に値する親愛のハグやこの上ない賛辞でも掻き消すことのできない、一の引っかかりがどうしてもあって。場に倣って破顔しながら、その一抹の後ろめたさを、私はついぞ打ち明けることができなかったのだった。

怪しい感じで終わりましたが、始まりの一章が完結いたしました!

この後もまだまだお話は続きますので、のんびりお付き合いいただけますと幸いです。

よろしければ評価等々お待ちしております!

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