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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
73/80

第72話 帰還

 沈みゆく夕陽を見送った直後、闇色のカーテンを閉められたように私は気を失った。山の上から下までを駆け巡った大移動、短時間のうちに何度も繰り返した魔力補充、戦闘に浄化にと強いられた極限の緊張状態。目まぐるしいほどの冒険を終え、張り詰めていた神経がふっと途切れたのを覚えている。

 次に意識を取り戻したのは一週間後、自宅のベッドの上だった。


「起きたか」

「……ユーン、くん……」

「おっと、声ガラガラじゃないか。ちょっと待ってろ」


 ユーンくんは操っていた羽ペンを置くと、枕元の水差しに移動する。また器用に魔術を使うのかと思いきや、小さな瓶は直前で長い五指に掻っ攫われ、代わりに水を注がれたグラスが私の前に突き出された。


「ん」

「ありがとう、ルビオン」

「……っ!」

「……プ……」

「待てよ、アオが飲み終わってからだ」


 人型のルビオンの肩に見え隠れする二つの小さなシルエット。ユーンくんが可笑しそうに待ったをかけるが、今にも飛び出してきそうなその挙動に、私は慌てて水を飲み干した。


「ン!」

「っアオ殿お~~~!」

「プププププー!」


 コンッ、とグラスを置いて、バッ、と両手を広げ、飛び込んできたドングリ坊やとミツバチ騎士を受け止める。懐かしい重みだ。掌に収まる仄かな熱に、まるで何年も旅をして、ようやく戻ってきたかのような感慨が湧いてくる。


「おっ、おっ、お帰りをっ、お待ちっ、申し上げてっ、おりっ」

「プウゥ~、ププ」

「地震がっ、(それがし)達もっ、魔物をっ、うっうっ」

「ププー! プププー!」

「あああ、心配かけてごめんねコクちゃん。ミフラは、いッきし! ちょっとおいで、花粉を、ッきし!」


 小筆片手に聞いた留守の間の様子は、こちらに負けず劣らず大変なものだった。暴走したレモラの一撃による陥没の余波はミネフにまで届き、山からの土砂と魔物が押し寄せたという。けれど、各々ができる限りの初動対応にあたり、最終的にはアッドさんの指揮の下、被害は最小限に抑えられたそうだ。

 この近辺に現れた魔物はミフラとC級昇級試験で仲良くなったヒヨドリ達、そしてエカくんが追い払い、コクちゃんは状況をナビゲートしつつ土砂の流入を防いでくれたらしい。結果、見事に家も畑も無事。私がこうしてグースカ寝こけていられたのは、ひとえに彼らの多大な恩恵によるものだったのである。


「ありがとう、二人とも。いっぱい頑張ってくれたんだね。大変だったでしょう。でも契約主としてすごく誇らしいよ」

「アオ殿もおぉ、ご無事でえぇ、ひっぐ、ずびっ」

「プープ、ププープ」

「よしよし。お、ミフラは『当然』って感じかな? さすが騎士様だねえ」

「プー!」

「うりうり、へへへ」

「はいはい、一旦そこまでにしてくれ。起きて早々悪いがアオ、色々と事後処理が残ってる」

「事後処理……はっ、報告書!」

「それもだが、もっと面倒なことがあってな。時間もあまりない。とりあえず飯を食って、後は町長屋敷に移動しながら話そう」



       ◆ ◆ ◆



「えっ、サフィール氏が?」

「ああ。君が寝ていたのをいいことに、かれこれずっと同じ主張を繰り返してる。『裏山の浄化の全てを執り行ったのは孫である』ってな。いくらサディア本人が否定しても、謙遜するなってそればっかりだ」


 町の北にあるモンテスさんの屋敷を目指し、私達は表通りを歩く。

 辺りは概ね平時の往来を保っているが、お店のいくつかは閉まっており、そういうところには足場が組まれている。土砂を被った屋根や抉れた壁を補修する姿もちらほら。怪訝そうな顔で事情を尋ねているのは、余所から来たギルド員だろうか。

 それでも私は少なからず安堵した。受けた被害は確かに残ってはいるものの、この町は生きている。日常を取り戻した暁にはさらなる発展を遂げていくことだろう。


「あれだけ自信満々に売り込んできた手前、信じたくないのかもな。ニエマが取り持ってるが、話が通じなくてサディアもすっかり怯えてる。……彼女、前と少し違うよな?」

「ああ……たぶんキショウがいないからだと思う。翡翠のイヤリング、あったじゃない? あれがなくてキショウとも(はぐ)れてた時、サディアさん、本当に普通の女の子みたいだったんだ。浄化師なのに呪具みたいなもの使ってたら、いくら避邪物で抑えててもそれなりに悪影響があったんじゃないかな」

「ははあ、それで性格が悪かったのか」

「……それサディアさんに言わないでね」

「元々の部分が助長されたんだろ」

「ほんとにやめてねあなた達!!」


 隣を闊歩するルビオンも失礼なことを言う。いや、元々毒づく時はこうだったかもしれない。今後は責任を持って人との関わり方を考えていかないと。

 こめかみを押さえつつ宿屋『牡鹿と牝山羊』の前に差し掛かると、「あ────っ!」と轟いた大音量に今度こそ頭が揺れた。驚いて足を止めれば、店の奥から満面の笑みを湛えた女性が走ってくる。


「アオアオアオアオ」

「あ、ラギー。こんにちは」

「こんにちは! って呑気に挨拶してる場合じゃないでしょもう! でもそこがアオのいいとこ! うりゃっ、ぎゅーしてやる」

「あたたた、絞まってる絞まってる」


 良い香りのする美女から白昼堂々のハグ。大変嬉しいが、店先のガラスに映る自分のにやけっぷりが気持ち悪い。おまけにその向こう側にいるドミトルさんとカイエさんの生温い視線にも晒され、完全にトドメを刺されてしまった。違うんです、お宅の娘さんを振りほどけるわけないじゃないですか、違うんです、違うんです、不審者じゃないんです。


「あたしの心配伝わるでしょ。ずうっと面会謝絶で生きた心地がしなかったんだからね、こっちは」

「ごめんね、ひたすら寝てただけなんだ」

「ううん、謝る必要ないよ。もう大丈夫なの? 痛いとことかない?」

「うん、大丈夫。どこも何ともないよ」

「よかった。おかえり、アオ」

「……ただいま」


 ラギーの声はどこまでも穏やかで優しかった。心から私を案じ、帰りを喜んでくれているのがわかる。脳裏に過ぎるものがないわけではないけれど、今はただこの暖かさを享受していたかった。


「お熱いところ申し訳ないが、そこの英雄殿を借りても?」

「ヒギャッ!」


 思わず飛び上がった私から渋々ラギーが離れる。いつからいたのか、我々の背後には冒険者ギルド・ミネフ支部長──アックスフォード氏が立っていた。


「……アッドさーん、馬に蹴られても知らないよ? ほら、ちょうどそこにいるし」

「ははは、すまない。だが一度はコテンパンにした身でな。向かってくるなら遠慮なく返り討ちにしてやろう」

「あ?」

「あ、チョッ、待って、冗談だよ、ね、アッドさん!」

「うん?」

「殺す」

「ぎゃああっ」

「あっはっは、威勢がいいな。本契約で余程快調とみえる」


 豪快に笑うアッドさんは、私達の間にあるものを全部お見通しのようだった。その上でさらに釘を刺す。


「忘れるなよ、ケルピー。僕はお前の過去を知った上で、これからのお前を見ている。もしもアオイを裏切るようなことがあれば……その時はわかっているな」

「…………アンタに関わる気はない。次、俺に近寄ったらマジで殺す」

「ふむ。その言葉、アオイに免じて信じるぞ」

「???」


 ルビオンはアッドさんに関わらないと言っただけに聞こえるのに、アッドさんはなぜか神妙に頷いている。正直、やり取りの意味は理解できなかったが、話の決着はついたようで、青い馬はムスッと口を閉ざしてしまった。


「さて、モンテスのところへ行くんだろう? 僕も仕事の目途がついたから同行しよう」

「じゃ、あたしは仕事に戻ろっかな。アオ、またね。今度お祭りの出し物、打ち合わせしよ」

「え、あ、うん! ……お祭り、って」

「開花祭の話だ。今回の浄化の完了を受け、遅まきながら例年通り開催することになった。あれは少々気が早いがな」

「……!」

「お前のおかげだ、アオイ」


 ああ、まさか、そんな日が来るだなんて。放心する私に、アッドさんは紅い瞳を緩やかに細める。


「苦労も多かっただろうが、終わってみれば同じくらい得難い経験をしている──冒険とはそういうものだ。報告書もいいが、お前の口から直接話を聞きたいな。そうだ、笛は役に立ったか?」


 ギク、と背筋が強張る。ウキウキしている上司に打ち明けるには非常に心苦しい内容。だが、報連相は大事。とても大事。現代社会人じゃなくても、だ。


「笛は、その……何回やっても音が出なくて……すみません、私が壊しちゃったかもしれないです……」

「? あれは元からそういうものだぞ。犬笛の一種だからな」

「……犬笛!?」

「なんだ、ヴェルナは来なかったのか?」

「っいえ! 来てくれました、それも物凄く良いところで! あ、だから『ピーピーピーピー』……」


 あれは笛の音のことを指していたのか、と今更腑に落ちる。サディアさんもかなりの回数を吹いたそうだから、さぞ耳に痛かったに違いない。


「何はともあれ、一番の当事者であるお前が目覚めた。ユーンから話は聞いているな? 休み明けに悪いが、今はこの場を乗り切るぞ」

「はい!」


 町長屋敷はもう目の前。いつものように外観も植え込みも手入れされ、記憶と変わらないはずのそこが、この瞬間だけはどことなく要塞染みた雰囲気を放っているような気がするのは、胸に渦巻くもののせいだろうか。

 ──いいや、構うものか。見習いとはいえ私は浄化師、どんな(もや)でも晴らしてみせる。バチン、と頬を叩いて気合を入れると、頭の隅でゴングが鳴った。

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