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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
7/80

第7話 情報、お寄せください

「いただきまーす!」


 はむ、と頬張った黄身が割れる。とろりと垂れるそれを掬いつつ、塩気の効いたベーコンとカリカリに焼けたパンをまた一口齧る。

 今朝のメニューはオープンサンドだ。バターを溶かしたフライパンで、『花々』の食パンや『ミヅカネ商会』のベーコンと卵を焼くだけ。後はグリーンリーフと一緒に盛りつけ、胡椒をかければ出来上がり。フライパン一つで完成するお手軽料理なのに、しっかり美味しいところがお気に入りだ。


「ンまい!」


 見れば、ユーンくんの頬に胡椒が貼りついて黒子みたいだった。拭ってあげると満面の笑みが返ってきて可愛い。

 それにしても早々に調理器具を揃えておいて正解だった。フライパンがなければ、中と外で食感の違うこんなに美味しいパンがトーストできまい。早く鍋も使ってみたくてワクワクする。

 そんなオープンサンドの付け合わせはサラダだ。余ったグリーンリーフにベーコンの切れ端をトッピングし、粉チーズとオリーブオイルを少々。新品のフォークで突き刺せば、シャグ、と潰れた音が鳴る。


「んー……まあ、里の野菜に比べちまうとなあ……」

「確かに生だとわかっちゃうね……」


 ユーンくんと二人、首を捻る。ハーフエルフの里では魔術で畑が管理されていたため、それはもう段違いの味なのだ。早ければ数日で収穫できるし、見た目も大きさも一回り以上違う。

 対してミネフに流通しているものは、包み隠さず言えば貧相だ。痩せっぽちで色艶も良くないので、きっと栄養価も高くない。レグさんもジゼルさんも溜め息をついていたが、現状ではこれ以上の品質を求めるのが難しいという。

 火を通すと誤魔化せるかもしれないが、実は肉や卵もその影響を受けている。一部の作物からは家畜の餌も作られるからだ。昔に比べて可食部分が減ったとクアリックさんが嘆いていたのを思い出す。


「……本当はもっと美味しいのにね。そういうの、いっぱい味わってもらいたいな……」


 知らずに人生を終えてしまうのがもったいないくらいだから。新参者の私にもたいそう親切な彼らに恩返しできそうなのは、浄化師見習いとしての活動に他ならない。いつか依頼が完了した時、皆が日々の生活を豊かに楽しめているといい。

 そのためにまずは足元を固めることから。決意を新たに、私達は最後の一口を放り込んで席を立った。



         ◆ ◆ ◆



 畑仕事は浄化師の日課の一つである。農作業を通して土地を浄化させるため、水やりと観察は特に欠かせない。

 畑は季節ごとにエリアを分け、魔力を含ませた土と水であらゆる作物を育てる。そして成長しきり、取り出された種を再び植える、あるいは別の場所に移しても良い。とにかく改良された品種を確立することと、土壌に魔力を染み込ませることが大切だ。

 それなら最初から魔力を流すだけで良いのでは、と思う人もいるだろう。私も最初はそう考えていたが、そもそも魔力適正のある者が少ない。大多数は普通の人間なので、彼らに扱える普遍的な形となると、やはり自分達で広められる種や樹木等に固定される。浄化師が依頼場所に一生留まるわけではないため、いなくなった後も後世に伝わるようにするには、最終的に魔術に頼らないサイクルが必要になるのだ。私は今回、その基礎を作るのが仕事の一つだ。

 なので、種まき後に里から持参したジョウロで魔力水を撒いたのだが──。


「……めちゃめちゃしんどかった……」

「……水属性を極めるのが先か、トアンの紹介が先か……」


 回復魔術のおかげで肉体に異常はないが、落ち込んだ精神面はすぐに持ち直しそうにない。ユーンくんもククサの淵で上半身を干している。

 それというのも、魔力水の作成が非常に大変だったのだ。前提として、使用した魔力量に応じて疲労や空腹が発生し、適性のある属性以外の魔術はそれが倍以上になるか全く発動しない。ユーンくんは地属性なので、もちろん無属性の私が引き受けた。

 無属性とは、火・水・風・地・雷・氷のどれにも当てはまらない七つ目のこと。得意属性を持たない代わりに、どの魔術もそれなりにこなせるのが利点だ。

 最初は順調だった。水属性魔術で生み出した水を片手に、畑の端から端へ移動するだけの簡単なお仕事。しかし、一つ目のエリアの途中でまず力尽きた。全くの無から魔術を発現させるのは、元からあるものを変化させることより数段難しい。気を取り直して川から汲んだ水に魔力を注いだが、それでも水属性でない私には過ぎた作業だった。ユーンくんが何度も魔力を分けてくれなければ干からびていたかもしれない。

 畑も可能な限り広げたいし、これを毎日続けるのはいささか困難だ。そう結論付けた私達は、トアンくんの牧場を訪れていた。


「水属性の魔物ですか」

「畑の水撒きとかお願いできればって思うんだけど、得意そうな子いないかな」

「わかりました、ちょっと確認しますね!」


 トアンくんが羊皮紙の束を捲る。

 彼は主に魔物を躾ける調教師だ。家畜や魔獣車牽引用として使役するために、この牧場に野生の魔物を放している。若いながらも腕が良いため、各地からひっきりなしに依頼が舞い込んでくるという。


「……ごめんなさい、水属性の子はついこの前返しちゃったばっかりで。依頼も今のところはないんです……」


 くりくりの癖毛を掻いてトアンくんは唸る。どうやらタイミングが悪かったみたいだ。残念、と肩を落とした私達に「それか……」と声がかかる。


「捕まえに行ってみたらどうでしょう? 上手くいけばその場で契約できるかもしれませんし! 難しそうな性格ならぼくが調教するので!」

「あ、そっか、その手があったね」

「なるべく人語がわかる奴がいいな。アオのお守を分散できる」

「もしもし? 何をおっしゃる?」

「あはは! 人語がわかる魔物というと、この辺りなら前に水棲馬(ケルピー)の目撃情報がありましたよ。詳しいことはアッドさんが知ってると思います。あと、ギルドの人を誰か護衛につけてくれるかも!」

「ありがとう、じゃあギルドに行ってみるね。エカくんもまたね」

「オンッ!」


 相変わらず彼はもふもふだ。とっても癒されるので時間の許す限りここにいたいが、有力情報は無駄にできない。鉄は熱いうちに打て、である。



       ◆ ◆ ◆



 冒険者ギルドとは、国際的人材派遣機関のことを指す。未開拓地の探索や要人護衛、魔物討伐等の依頼を受注し、登録している冒険者に斡旋するのが主な役割だ。併せて魔物や希少な素材の買取等も行っている。

 ミネフ支部の建物は南門のすぐ近く、『イーヴァルディの金床』の隣。余所のギルド員もよく立ち寄るので、いつもそれなりに賑わっている。


「ケルピー? 確かに前はよく見かけたが……僕が一度ぶっ飛ばしてからは姿を見せなくなったな」

「アッ……左様でございますか……」


 じゃあもう絶対ここにはいない。きょとんとする支部長のアッドさんに事の経緯を話す。

 やれ硬質の皮膚を持つサイクロプスを素手で引き裂いたとか、やれ吸血鬼の大規模夜襲を一人で追い返したとか、歓迎会で数々の武勇伝を周囲からたくさん聞かされたのだ。そんな彼直々に手を下されたのなら裸足で逃げ出すに決まっている。


「なるほど、契約したい水魔物がいたのか。それは悪いことをしたな。何度言っても通りすがりの人間を溺死させようとするから、つい強硬手段に出てしまった」

「え゛、ケルピーってそういう感じの魔物なんですか」

「あれはかなり性悪だぞ。水辺の近くで歩き疲れた人間を待ち伏せて、そのまま背中に乗せて水底まであっという間に潜るんだ。皮膚がまた粘着質で、うっかり触ると離れられなくなるらしい」

「ヒエ……」


 思わず身を縮こまらせると、アッドさんが大口を開けて豪快に笑った。上品な顔立ちなのに所作は男らしくて、でもそのアンバランスさが不思議と似合っている。大分永く生きているというから年の功だろうか。

 それはさておき、当てが外れたので困ってしまった。諦めて大人しく作業をこなすしかないか。そう踏ん切りをつけかけたところへ、何やら含んだ様子の声が降る。


「水魔物はこちらでも探しておくが、急いでいるならもっと手っ取り早い方法があるぞ」

「と、おっしゃいますと……?」


 そろそろと目線を上げた刹那──バッ! と目の前に数枚の羊皮紙が突き出される。


「お前がギルド員になればいい!」


 ダンピールの牙をちらつかせながら、ギルドの長が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

閲覧ありがとうございます!

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