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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
68/80

第67話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──浸食──

「音、音……ああ、ここは行き止まりね。あっちだわ」


 サディアさんがトンネルの先を覗いたと思ったら、すぐに引き返してきて別の道を進み始めた。私はそんな彼女に導かれるまま、ふらふらと後に続く。

 さすがに疲労困憊で、アドレナリンも途切れてきた。魔力を何度も使いきってきたせいで精神が悲鳴を上げている。外傷はいくらでも癒えるけれど、しんどさを意識すると座り込んで動けなくなりそうだ。


「ねえ、あなた大丈夫なの?」

「なんとか……魔力ありがとうございます……」

「べ、別に大したことじゃなくてよ。(わたくし)はエルフなんだから、ハーフエルフより使える魔力が多いのは当然のことですわっ」

「さすがです……いいなあ……」


 だから、サディアさんがこうして手を引いてくれるのは実にありがたかった。おまけに魔力の補充まで、それもこちらを気遣ってゆっくりと。繋がれた掌から伝わってくる、仄かに暖かい空気が沁みる。

 優しいな、この人。しみじみとそう感じた。浄化道具も護衛もない彼女は第一印象とはまるで違う。友達になれたみたいだと錯覚するくらい、その心配りが嬉しかった。


「……へへへ」

「な、なに笑っていらっしゃるの。一人で怖いわ」

「ふふふふ」

「もう! くすぐったいわよっ」


 手を握ったり放したりを繰り返してみても、サディアさんはただ顔を赤くするばかりで「やめろ」とは言わない。こういう他愛もないおふざけ、もはや友達っぽくないだろうか。私、現代では友達にどう接してたっけ。


「……回復したのなら行きますわよ。水の音はこの先でしょう」


 サディアさんが示す方角には相変わらず茶色い岩肌しかないものの、耳を澄ますとかすかに飛沫のような音が聞こえてくる。私が浄化で気絶している間、ウルドアニスさんから今後についての情報をもらったらしい。

 まずは目的地について。私は一刻も早く山頂にいるレモラの浄化を行うべきだと考えていたが、ウルドアニスさんは真逆の一番下──地底部分にあたる場所を指した。そこには(ヌシ)の浄化に必要な『とあるもの』が安置されているという。その際、道しるべとなるのがレモラの司る水。先程からサディアさんが音を辿っているのはこのためだ。

 次に『とあるもの』──レモラのもう一つの魔石について。


「つまり元々魔石(しんぞう)が二つ?」

「いいえ、魔石を故意に分割したそうよ。人間社会と同じく、危機を想定して自身に保険を掛けることが魔的存在にもあるの。力の強い者ほどね」


 なるほど、ゲームでいうボスの第二形態みたいなものだろうか。ピンチになって何かと合体したり部下を吸収したり、割とよく見る展開だ。

 その例に漏れず、レモラも魔石の半分を地底に隠しているそう。それなのに半年も瘴気を抑え込んでいたとは驚きである。


「レモラが完全に沈黙する間際、半巨人の彼女に在処を教えたんですって。今の魔石はほとんど崩れかけているそうだから」

「なるほど……じゃあ一旦レモラの魔石を元通りにしないと、浄化に耐えられないってことですね」

「ええ、そうよ。単純にレモラを浄化すればいいと思っていたから、とても有意義な情報だわ。……悔しいけれど、私一人では知り得なかったことよ」


 そこでサディアさんがちらと私を見やり、「どうして本人がわかってなさそうなの」と顔をしかめた。


「え、いや……打ち解けたから教えてくれたんじゃないのかなって」

「寝言は寝てから言いなさい。あなたが彼女の信頼を得たからでしょう。彼女が本当に伝えたかった相手はあなた、私は同行しているというだけでおこぼれに預かったに過ぎない」

「さ、左様ですか」

「そうよ、全部あなたよ。あんな……まるで死んだようになってまで助けるから、だから……」


 均整の取れた横顔が陰る。私はなんとなく、サディアさんは後悔しているのかもしれないと感じた。弱ったレモラに問答無用でキショウをけしかけたこと、浄化の恩を着せて使役しようとしたこと。仮に今でもその気があるのなら、彼女はとっくに私なんぞ放り出して、もう一つの魔石の回収に向かっていただろう。

 やはり特殊な浄化道具、あるいは周囲の環境が心身に影響を及ぼしている可能性が高い。本当は良いところばかりの人なのに。元に戻ってほしくないのは山々だが、一体どうしたものか。

 悶々としていると、独り言のように何かを呟いていたサディアさんがハッとした。


「……って、あなたのことなんかどうでもよくてよ! 心配とか、そう! 全っ然してないんですからね! そんな暇があるなら早く中央の水柱を──」

「水柱?」

「この山の水をろ過している装置が内部にあるらしいの。レモラのいる山頂の泉と片方の魔石がある地底を繋いで、循環させることで水質を保っていると聞いたわ。そこから下って行けば地底に辿りつける」

「あれですか?」

「そうそう、あれ……よ……」


 トンネルの先を見たサディアさんが放心した。たくさん話していて気づかなかったみたいだが、少し前から水音が随分大きくなってきている。果てなく続くと思われた土壁が途切れ、大粒の水滴が宙を舞っているのが確認できるほどに。

 互いに顔を見合わせ、無言で歩を速める。それは次第に競歩のように、さらにはもどかしいとばかりに駆け足になり、突如目の前が開けたことでピタリと止まった。


「う、わあ……!」


 眼前に広がる巨大な空間。山の中を縦一直線に貫くように円柱の形にくり抜かれたそこで、大小様々な水柱が天地の間に張り巡らされている。その水が絶えず流動しているものだから、腹の底を殴りつけるような轟音がひっきりなしに反響していた。

 水は滝の如く流れ落ちるようにも、はたまた下から吸い上げているようにも取れる。仕組みは全くもって不明だが、ただひたすらに途方もない規模であることだけは理解できた。これがかつてこの地方の水質を保ってきた装置か。

 中でも目立つのは、真ん中の一際太い水柱だ。周囲を円環状に取り巻く水柱群と比べ、心なしか水自体もぼんやり発光している。


「もしかして、あの光ってるところ……」

「ええ、魔石の光かもしれないわ。行ってみましょう」


 おそらくこの場所はレモラのサイズに合わせたもので、水柱に近づけるような足場はない。けれど、岩肌を削った際の名残か、僅かな岩の出っ張りが随所に見受けられる。そこを基点に、土属性魔術で補強していけば螺旋状の降下が可能そうだ。

 目下の心配は私の魔力の残量と身体能力。前者はサディアさんのおかげで補充できているが、次に底をついたら起き上がれなくなるかもしれない。そして後者は言わずもがな、一歩でも踏み外せば即死級の高度だ。方法自体は思いついても、実行力が乏しいのが私という存在である。


「どうしたの? いらして」


 そんな情けなさに打ちひしがれていた時、白魚の手が差し出された。反射的に握ってしまうと、サディアさんはなぜか当然のように頷いて、引率の先生みたいに私を引っ張っていく。もう片方の手に魔力を纏い、造作もなく岩を出したり引っ込めたりしながら。

 地属性に適性があるのか、または相当な鍛錬を積んでいるのか。ともかくも、彼女の魔力操作技術と魔術発動速度はユーンくん並で、心強さに頬が緩む。


「ありがとうございます、サディアさん。助かります」

「大したことじゃないって言っているでしょう。その……哀れなハーフエルフに対するエルフの慈悲よ! 精々自分の幸運を噛み締めることねっ」

「はい。本当に、借りばっかり作っちゃって申し訳ないです。すみません」

「…………ハァ。まったく、冗談の上手さだけはハーフエルフに劣るわ」

「? あ、そうだ。お礼には全然足りないですけど、よかったらこれ。諸事情でちょっと中身は減っちゃってますが」


 ポーチに残っていた、瘴気耐性を上げる固形薬。「ハーフエルフが作ったものなんて」と断られることを覚悟しつつ、服薬効果を説明すると、意外にもサディアさんは突き返してきたりなどせず。代わりに、何やら考え込むように小袋の中を見つめた。


「サディアさん? あ、もちろん飲む飲まないは個人の自由で、」

「いいえ、少し驚いただけ。こういうの、初めて見たから」


 パチクリと瞬きした私をいなすように、彼女は長い睫毛を伏せる。


「ポーションや解毒薬はもちろん知っていましてよ。でも、『ガルヘイム』では基本的に魔術で物事を(まかな)うの。元々エルフの魔力は多いし、少し休めば回復する。時間をかけて薬を作るよりも早くね。だからこうやって手間暇をかけて加工したり、ましてやそれを誰かにあげるなんて……」

「『なんて』?」

「…………ふ、やっぱり『アルヘイム』は()()()()()()()()なのね」

「ウッ」


 そうなのだ。人間に比べればハーフエルフの魔力の総量は多くとも、やはりエルフのそれには敵わない。故に里では浄化以外の全力行使はあまり推奨されず、できるだけここぞという時まで魔力を温存し、代用できる薬や植物の開発に力を入れている。そんな心配をしなくていいエルフ側からすれば、さぞかし非効率に映るだろう。


「それと、私の浄化能力が低いことへの揶揄かと思ったわ」

「えっ!? いやまさか、そんなことっ」

「さあ、どうかしら。あなただって、いざ優位に立ったら意趣返しの一つでもしたくなるんじゃなくて?」

「え、え、ちょ、ちがっ」


 誤解だ。確かに落ち込んだりはしたけれど、様々な人の力添えでとうに吹っ切れたのだ。クスクス笑いながら踵を返したサディアさんに慌てて追い縋る。


「ああああのっ、違いますからね!? 私はその、この先何が起こるかわからないからこう、微々たるものでも予防は大事かなって! あと優位とか、むしろ今こんなにお世話になってるのに、そんな失礼なことっ」

「ふふ」

「サディアさん~~~! ほんとに違うんですって~~~!」

「あら、着きましたわよ」


 私をスルーし、最後の一段を下りたサディアさんがスタスタ進んでいく。

 麓から見上げる太い水柱は、全長が視界から消えてしまうほど長大だった。根元は池のように水が溜まっており、波打つ水面の向こうには光る塊がある。辺りから立ち昇る魔力の気配からして、あれが魔石の片割れで間違いないだろう。規格外の巨躯であるレモラのものらしく、人間数人分くらいありそうなサイズだ。


「さて、どうやって魔石(これ)を運ぶかですけれど。この柱だけ向きが逆だから、水の流れに乗って上手いこと行けないかしら」


 ここまで降りてきて判明したのだが、細い水柱群は上から下に流れているのに対し、魔石が底にある真ん中の水柱だけは噴水のように下から上に湧き上がっている。汚れた水を集めて魔石でろ過し、綺麗になった分を山頂まで押し上げているのかもしれない。

 そうやって、どうにかこうにか頭を働かせてはみるけれど。


「これ、入っても平気だと思いまして? 上から落ちてくる方はなんとなくざわざわするような──」

「…………」

「……もう、そうやってすぐ顔に出すのは不利になるわよ」

「…………サディアさんこそ」

「わ、私のことはいいの! 先輩の助言は素直に聞きなさいっ!」


 ふんっ、と腕を組んでそっぽを向かれてしまい、今更ながらしつこかったことを内省する。でも、ちゃんと会話ができるようになったのに疑われるのは悲しくて。

 尚も煮え切らないでいると、やがて諦めたようにツインテールが萎れた。


「あなたのことだから嘘は言っていないでしょう。……でも私、時々わからなくなるの」


 サディアさんの表情からは笑みが消えていた。どこか心許なさを感じさせる声音で、彼女は私を上目に見る。


「初めて会った時のあなたは遠慮がちで変に物分かりが良くて、いっそ臆病に見えたわ。今も私の機嫌を窺ったわね? 害を与えることを良しとせず、他人のことばかり気にしているお人好し。それがあなたの本質の多くを占めている部分だと思う」

「ど、どうも……?」

「昔からそうだったのかしら? 一度も歪まず? それとも内々で相当数の浄化をこなしたとか、日常的に魔物を討伐していたとか、そういう経験の積み重ねで精神が鍛えられているの? 相手の邪気や悪意に触れて、何か思うところはあって?」

「ええ、と……私は特にどこかが変わったとは……性格はまあ、多少昔とは喋り方とか違うかもしれないですけど、経験的にはずぶの素人です。浄化は薄めた瘴気での練習だけで、ミネフに来るまで魔物と戦ったこともありませんでした。だから、そういう悪いものに遭ったのはここ一ヶ月で初めてで」


 その問いの目的を、私はいまいち察することができなかった。しかし、それを口にすると失望される気がして、思いつくままに感想を連ねてしまう。キラキラしたガラス玉めいた瞳に捉えられると、自分が丸裸になったみたいで落ち着かなかった。


「じゃあ、本当にまっさらな方なのね」

「何もないって意味ではそうですね、恥ずかしながら……」

()()()()()()()()()()()()()()()


 強い語気にギクリと肩が強張った。咄嗟に後ろへ下がろうとした私を押し留めるように、長い指が手首に巻きつく。


「純粋な善良さを持ったまま、さらに今回が一度目の派遣、里を出るのも初めて。なのにそうとは思えないほど『外』に場馴れしていて、何より戦闘の雰囲気に呑まれない。真正面から殺気を浴びても、矢を射掛けられても、あなたは怯むどころか次の算段を考えていた。そうじゃなければ、あのメナスの前で私のように腰を抜かしていたはずよ」

「────」

「あなたが時折見せる冷静さは普段と真逆で、おまけに見習いのそれじゃない。どうして()()いられるの?」


 見透かすような鋭い眼差しに背筋がぶるりと震えた。()()()()()()()()()()

 ウォーター・リーパー、ケルピー、氷面(ひも)の巨人族。思い返せば、どれも対峙していたその瞬間は脳内がフル回転していなかっただろうか。置かれた状況の把握、渡り合うために必要なもの、自分にできることは何か。そうした俯瞰的な計算を続けるうち、いつしか死の恐怖さえ置き去りにして、時には周囲の制止も振り切って挑む私がいたのではないだろうか。

 ゴブリンに戸惑っていたひと月前が遥か昔のことのようだ。間違っても歴戦の戦士などではないのに、思考はそれを模している。さながら肉体、否、魂に刻まれた記録をなぞっているとでもいうように。


「わたし、は」


 ──果たして、いつからまともでなくなっていたのだろう。

 ゴクリと喉の鳴る音がいやに響いた、その時だった。


「カキエエェエェェエエエエ────!」


 突然降ってきた、聞き覚えのある甲高い鳴き声。バサリと翼がはためく音に揃って天井を見上げる。

 太い水柱を這うようにして、猛スピードで急降下してくる影があった。尖った嘴で風圧を断ち、一直線にこちらに向かってくる。


「キショウ!? 今までどこに……止まりなさい!」


 フクロウの形をした浄化道具──キショウは、サディアさんの声に応えなかった。不気味に(さえず)りながら滑空する姿は、発射されたが最後、撃ち抜くまで止まらない弾丸のよう。

 制御装置(翡翠のイヤリング)がないとはいえ、主に目もくれず目指しているのは──。


「ちょっと! 言うこと聞きなさい、このっ……!」


 伸ばされたサディアさんの腕から魔力の弾が迸る。だが、キショウは瞬間的に速度を上げたり回転したりと、いとも簡単に避けてみせ、あっという間に私達の目と鼻の先まで迫った。

 そこまで来て尚、黒々とした猛禽類の眼はこちらを飛び越え、ある一点を凝視している。やはり目的はこれだ。私は確信すると同時に深く息を吸った。


「アオイさん!?」


 勢いをつけて飛び込んだ池の中。たちまち襲い来る冷感に身震いしつつ、底目掛けて水を蹴る。

 キショウがなぜレモラの魔石を狙っているかはわからない。ただ、サディアさんの命令を無視している手前、このまま見過ごしては間違いなく良くないことが起こるという予感があった。それにキショウは身の内に呪いを飼っている。万が一魔石にその邪気が及べば、正しい力を発揮しなくなるどころか持ち主(レモラ)をも苛むかもしれない。

 だから渡すわけにはいかないのだと、光る石に指先が触れた刹那。


「!」


 魔石が妖しく輝き、無数の半透明の魚が現れた。次から次へと生み出されるそれらは思い思いの鱗やヒレを持ち、中には角や牙を生やしたものもいる。レモラの眷属か、どれもが宝を守る門番のように睨んでいた。

 魚群は音もなく私という侵入者を取り囲み、徐々に距離を詰めていく。まだ攻撃の素振りを見せていないためか、ひとまず様子を窺っているようだ。

 ここからどうすべきか。慎重に視線を巡らせていると、不意に目線の端を黒い(もや)が横切った。


『上から落ちてくる方はなんとなくざわざわするような──』


 ゾ、と肌が粟立つ。よく見れば水底にはいくつもの横穴が開いていた。つまり、中央以外の水柱群は瘴気混じりで、一旦この池に滞留してから魔石によってろ過されるのだ。

 この時、浄化師としての本能故か、私は無意識に魔力経路のスイッチを押していた。瘴気、断つべし──かざした右手はしかし、唐突に訪れた鋭利な痛みによってカクリと芯を失った。


「ごぽっ」


 衝撃に酸素が漏れる。手首に突き立てられた魚の牙がいっそうくい込んだ。違う、瘴気を祓いたいだけ。懸命に首を振っても、ガッチリ喰いつかれたまま、敵対コマンドが解除されない。

 そうこうしているうちに他の魚も群がり始めた。自由な左手で幾度払い除けても、皮膚を貫通するおぞましい感触が止まない。寄ってたかって啄まれ、バラバラになっていく想像にますます呼吸が狂った。

 ──そのせいで気づかなかった。瘴気が魚達の一部に溶け込んでいたことに。


「ひゅっ」


 一匹の小魚が口内にダイブする。氷のような感覚がスルン、と喉奥に入り込み、一瞬のうちに体内を滑り落ちて──。


「ァ」


 景色にノイズが走る。真っ黒い線が引かれ、重なっていく。お前はもうダメだ、とバツをつけるように何本も、何本も、何本も。まるで私自身が靄になったかのように視界が塗り潰されていく。

 そうして無理矢理瞼を押し下げられたような暗闇の後。次に光明を得た私は、信じられない場所に立っていた。

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