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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
66/80

第65話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──変身──

 緩やかなトンネルのカーブを曲がると、その先は真っ暗だった。魔術の光源では心許ないくらいの完全な闇だ。こんなところで襲われでもしたらひとたまりもない。

 周囲に漂わせていた光球の一つを放ってみる。すると、仄かな照明の範囲に焦げた角材がちらついた。ああ、ここにもあった。心の中で巨人の三兄妹に礼を述べる。

 私達が落ちたのはやはり彼らが掘った洞窟のようで、時々こうして松明の残りが置かれていることがある。山頂に戻るべく移動を続けている身にとって、大変ありがたい置き土産だ。


「灯りつけますね」


 指先から火魔術を移すと、一気に空間が明るくなった。火や水属性以外の魔物には牽制にもなるので本当に助かる。


「これでよし。岩がゴロゴロしてますから、足元に気をつけて行きましょう」

「…………ええ」


 私が振り返ると、サディアさんはサッと下を向いた。その瞳には涙の膜がうっすら残っている。

 あれからどうにか落ち着いて、何とか出発にこぎ着けたのだけれど、彼女の口数は極端に少なかった。私も私で散々子供扱いしてしまったため、若干気まずい。他の人達とも未だ合流できず、ギクシャクした雰囲気が続いている。


「ねえ、さっきの……」

「はいっ?」

「わ、(わたくし)が……その……」


 裏返った私の返事を咎めることなく、彼女はモゴモゴと口を動かす。


「泣いた、ような、気が、しなくもないのですけれど……あ、あれは目にゴミが、……ちょっと待って」

「?」

「……音がしませんこと?」


 人差し指を立てたサディアさんが辺りを見回した。言われた通り耳を澄ませば、確かに何かを引きずるような音が聞こえる。

 おそるおそる前方に目を凝らす。ずり、ずり、と絶えず響いてくる重い規則正しさ。だんだん大きくなっていく足音のようなそれに互いの顔を見合わせる。

 ──誰かが近づいてくる。


「っ!」


 たちまち血相を変えたサディアさんが魔力を放った。岩壁にぶつかった衝撃で一瞬もたらされた光の下、黒い影が浮かび上がる。人だ──そう思った次の瞬間、目の前に氷の剣山が生えた。


「きゃあっ!」

「サディアさん!」


 次々に襲いかかってくる鋭い切っ先。狭い細道に逃げ場はなく、肩や脇腹に冷たい痛みが走った。まるで氷の刃を身体の内側にばらまかれたみたいだ。傷口がみるみる凍りついて、あっという間に体温が下がっていく。

 血管を吹雪が駆け抜けるようなおぞましい感触に意識が鈍る。いつの間にか松明は消え失せ、私達はガタガタ震えながら暗闇の中に取り残された。


「い、イミ、さん!? そ、そ、それともっ、カハグさん、ですか、スィアギさん、です、かっ!?」


 置かれた状況にぞっとしながらも、噛み合わない歯の根を必死に食い縛って問うた。私はこの攻撃に覚えがあったからだ。氷属性の魔術を操る彼らが思い違いをしているのだろうと、ほとんどそう確信していたのである。

 しかし、現れたのは全く別の人物だった。


「なぜ、その名を知っている」


 感情の篭らない低いアルト。私の首を易々と握り込み、前髪が触れる距離からこちらを覗き込んでいる。

 この仕草、巨人の三兄妹よりも小さい手、卓越した氷魔術──そこでようやく合点がいった。


「っ、もし、かしてっ、ウ、ルドア、ニスさん、っ……?」

「!」


 影が小さく息を飲んだのがわかった。次いで、スンと空気を吸い込む気配。


「……イミの匂い……?」

「か、肩に、乗せ、て、運んで、もら、ました、あ、なたを、助ける、きょ、りょく、をっ!?」


 言い切る前にパッと首が放された。そうして、派手に尻餅をつくと覚悟したところを存外優しい手つきで支えられる。言うなれば、こちらがどういう生き物か知っているような力加減だった。


「そうか……だが、っ!」


 喉を詰まらせたウルドアニスさんがぐらりと傾く。もたれかかってくる体躯は大きく筋肉質で、しかし巨人の彼らとは決定的に違う、ある種の柔らかさがあった。これが彼女の人間の部分なのだろうか。


「イミの、友と、いえど……そこのエルフと、通じている、なら……っ!」


 ウルドアニスさんは悔しそうに歯噛みするが、立っているのもままならないらしい。気づけば彼女の魔術も解けていて、ずるずると沈んでいく身体を何とか抱きかかえた。

 全身が痙攣している様が痛々しい。未だ瘴気と獣蟲の両方が体内に蔓延っているのだ。私は回復魔術を発動し、サディアさんを振り仰いだ。


「サディアさん、キショウを止めてください。ウルドアニスさんの体力が戻るまで一旦回復を──」

「だ、だめよ」


 ところがサディアさんは首を振った。なぜか悲壮な顔つきでスカートの裾を握り締めている。


「お願いです、このままじゃ」

「だめなの、だって」

「サディアさん、」

イヤリング(あれ)がないと、私……!」


 ──刹那、腕の中のウルドアニスさんが僅かに身動ぎした。


「ぐう……ッ!」


 直後、ドン、と強い震動。彼女を通して伝わってきたそれが電流のように身体中を走る。何だ、今のは。急いで魔力を増幅すれば、とある箇所に急速に引き寄せられていく。

 時を同じくして、指先が固い感触を探り当てる。細くしなやかな節、先端に靡く羽──ウルドアニスさんの背には矢が深々と刺さっていた。


「──お迎えに上がりました、お嬢様」


 剃刀の如く酷薄な声が反響する。

 小さな松明と共に姿を見せたのは、一分の隙もなく弓を構えたエルフの戦士だった。ただ、彼とて山頂から落ちてきたはずなのに、その出で立ちは異様なほど綺麗なまま。そのことが何だかすごく恐ろしかった。


「メナス!」

「少々お待ちを。薄汚いネズミどもを始末します故」


 相も変わらず機械みたいに無慈悲な表情だ。内心毒づいてはみるものの、絶体絶命なのは変わりない。

 ギリ、と弓が引き絞られる音にいよいよ死の淵を感じる。この状態のウルドアニスさんを置いてはいけない、かといって算段は何もない。ユーンくんならまだしも、私の魔術発動速度では即座に射抜かれるのがオチだろう。駄目で元々先手を打つか、いやいっそ頭を庇えば一命は取り留めるかも、そこから回復魔術で応急処置のち反撃を、でも始めから心臓を狙われたら。ああ、一体どうすれば────。

 けれど、やって来たのは矢でも剣でもなかった。


「……ま、待ち、なさい」


 はっとして顔を上げると、私の前には華奢な脚が二本あった。


「お嬢様?」

「いいから、その手を下げなさい。弓もしまって」

「何を──」

「私は『待て』と言っているのよ、メナス」


 凛とした一言だった。立場は同じでも実態は下っ端の私にすら悟らせる、上に立つ者としての威厳を備えた命令。抗い難いカリスマ性に戦士はピクリと眉を引き攣らせ、渋々ではあるが、案の定矢尻を下ろした。


「確かに『アルヘイム』の存在は鬱陶しいわ。でもそれで有無を言わさず殺すのは少し……ほんの少しですけれど、大人げないんじゃないかしら。ただ口を塞ぐのではなくて、完膚なきまでに実力を示して屈服させることこそ、真に選ばれた者の振る舞いではなくて?」

「サディアさん……!」


 言葉に詰まっていた様子が嘘みたいに、サディアさんは次第に調子を取り戻していった。長の孫として振舞うため、心細さを隠してきたであろう演技が板についている。この仮面は彼女の武器なのだ。あの涙を見たからこそ、切り替えて奮い立つその芯の強さが身に染みた。

 思わず名前を呼んでしまうと、サディアさんは「……何ですの、その犬みたいな顔」と下唇を尖らせた。


「べ、別にあなたを助けたわけじゃ……コホン、とにかく! いいことメナス、あなたの実力は里の中でもかなり優れているわ。だからこそ、もっと多岐にわたる有用な使い方をしてほしいの。たとえば私のイヤリングを探してくるとか……」

「ないと怒られちゃいますもんね」

「そうそう……って、何を悠長にしていらっしゃるの!? 言っておきますけれど、お祖父様に怒られる時は本当に来てもらいますからね!」

「そのことなんですけど……やっぱりちょっと怖くなってきて……まずは想定問答作りませんか……?」

「キィィッ! さっきの威勢の良さは何だったのよハーフエルフ!」


 それに、表情がコロコロ変わる今のサディアさんとは話しやすい。取り繕うのをやめたどころか、むしろ元来こういう性格だったのだと開き直っているのだろうか。赤面したり叫んだり、子供のように忙しそうな彼女が可愛らしかった。

 これはイヤリングが失われたからこそ訪れたきっかけだ。つまりイヤリングと、それでないと制御できないらしいキショウの不在による心身への影響があるということ。

 ならば普段のサディアさんの言動は獣蟲の余波を受けている可能性がある──ふと思い当たったが、程度の差はあれど、ありえない仮説ではなさそうだ。獣蟲(呪い)は浄化の対極にあるもの。いくら翡翠という避邪物で抑え込んでいたとしても、契約まで交わした相手から取り込むものがないとは限らないだろう。

 果たして、サディアさんに自覚はあるのだろうか。


「サディアさん」

「なん、ですの、急に改まって。も、もしかしてさっきの怒って……」

「いえ、何も怒ってません。でも心配ではあります」

「心配……?」

「私、正直今のサディアさんと話すの楽しいです。できればもっと仲良くしてもらえたらって思います」

「!? あ、あな、あなたいきなりなにをっ、」

「ほら、そうやって慌てたりとか、前は見られなかったでしょう? 私もよくパニックになったりするから、サディアさんも本当はこんな感じなのかなって親近感湧きます」

「……全然、そうは見えないけれど。憎たらしいくらい落ち着いてるじゃない」

「それはあれですよ、自分より慌ててる人がいると逆に冷静になれるっていうか」

「悪かったわね慌ててて()!」

「……んぷ」

「くっ、口が回らなかっただけでしょう!? 笑うことないんじゃなくてッ!?」

「ゴメンナサイゴメンナサイ」


 拳を振り上げるサディアさんの頬はさらに真っ赤だ。ああ、彼女の中にはちゃんと血潮が流れている。まだ間に合うのだ。


「こういうこと、キショウを使役し始めてからありましたか?」

「え……?」

「笑ったり泣いたり怒ったり、自分が自分らしく振舞えてるなって、思えてましたか?」

「…………それは」

「イヤリングがないせいで今のあなたに精神的な拘束がないなら、本来はそれが正常だと思うんです。でもそれがキショウを使役することでもたらされるなら……もう、あまり使わない方が──」


 ────カンッ!

 不意に木霊した、やけに甲高い硬質音。コロリと地面を転がった物体にサディアさんが「あっ」と身を乗り出す。


「私の……っ!」


 松明の揺らめきを反射したのは、失くしたと思われていた翡翠のイヤリングだった。弾かれたように駆け寄ったサディアさんが手を伸ばす。


「ああよかった! 見つけてくれていたのね、メナス! さすがよ、ありが──」


 それは瞬きの合間の出来事だった。

 洞窟内に似つかわしくない風切り音が唸り、膝をついたサディアさんの鼻先に何かが振り下ろされた。ぱき、と脆く崩れ去る玉石。空耳だろうか、割れ目から怨嗟のようなものが流れ出た気がした。


「……たまたま()()に生まれついただけの糞餓鬼が……」

「メ、ナス……?」

「あれほどお膳立てされておきながら……何の成果も上げられないどころか、汚らわしい混血と慣れ合うだと……?」


 不自然なほど緩慢に身を起こした彼は、深い眠りから目覚めた獣のようでも、黄泉の国から這い上がってくる亡霊のようでもあった。ギラギラと脂っこい眼、その周りを取り囲むように黒い澱みが浮き上がっている。サディアさんが信じられないとばかりに瞠目した。


「あ、あなた……いつ、感染、を」

「ああ? ああ……ひ、はは……これが瘴気か……」


 顔を覆う指の隙間から吊り上がった口の端が覗く。しとやかなエルフの美貌はもはや見る影もなく、山なりの双眸がただ不気味に底光りしている。


「いいな、とても心地がいい……お遊びはもうこりごりだ……そもそもなぜこんな不出来に付き従わねばならん……血の繋がりなど無意味だった……正しく長の志を理解する……俺のような者こそ生き残るべきだ……故に貴様は」


 ひたり、黒い視線がサディアさんを捉えた。無駄のない、慣れた動作で剣が引き抜かれる。

 ──同時刻、背中に回された手にグッと服を掴まれ、私の耳元に囁きが落ちた。


「死」

「走れッ!」


 振り向き様、ウルドアニスさんが冷気を纏った拳を地に打ちつけた。一帯が瞬時に凍りつき、そこから何十という氷柱が一斉に射出される。空間を縫い合わせるように組み合わさったそれらは、私達とエルフの戦士を完璧に分断した。


「サディアさん!」


 放心している彼女の腕を手繰り寄せる。途端、およそ人とは思えない咆哮が轟いた。


「覚悟しておけ餓鬼どもッ! 俺は絶対に逃がさんぞお! 長を煩わせた罪、俺をくだらんままごとに付き合わせた罪、全部、全部(あがな)わせてやるッ! 骨一本、肉一片残さず刻み! 長に味わっていただくのだあアあアヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ────」


 狂った高笑いが追いかけてくる。いつまでもまとわりつくような、その湿った怖気を振り払うように、私達は長いトンネルを走り抜けた。

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