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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
64/80

第64話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──失墜──

「お下がりください!」


 フォルクさんとフィオラさん、二つの剣が水の刃を受け流す。軌道を変えられた青い三日月はあらぬ方向へ飛んでいき、(ヌシ)の名に恥じぬ勢いで山の一部を抉り取った。寒気を覚える威力だ。押し止める膂力が僅かでも不足すれば、私達はたちまち真っ二つになることだろう。

 そんな中、絶えず起こる揺れをものともせず、エルフの浄化師が優雅に歩みを進める。


「これがレモラ……(ヌシ)ともあろう者が、なんて情けない姿なのかしら」


 その揶揄に巨大魚の応えはない。ただ雄叫びを上げ、巨躯を捩って周囲を滅多打ちにし、水属性の魔術を出鱈目に繰り出すばかり。嵐のような猛攻の衝撃が地を伝い、山全体をも揺らしている。

 レモラとウルドアニスさんから感じるのは、ここに来て一番濃い、濾過を繰り返した果てのような純粋なる瘴気の気配だった。浴びれば発狂のち自死に至るかもしれないほどの邪悪。そこにキショウの呪術が注入されたせいで、二種の毒に侵された彼らの権能や氷魔術が解けてしまっている。


「強いからこそ契約の甲斐があるというのに。育てる手間なんてかけていられませんことよ」


 サディアさんはつまらなそうに唇を尖らせる。そんな彼女目掛けて降ってきた氷塊に、背後に控えていた護衛の戦士が弓を引いた。

 放たれた三本の矢は寸分違わず命中し、氷塊は呆気なく半壊する。


「今は瘴気で一時的に弱っているだけかと。浄化が終わればすぐに回復し、権能ごとお嬢様に平伏すでしょう。大目に見られては」

「ふん、そうだといいのですけれど。ねえキショウ?」

「キエッ」


 バサッと翼を広げたキショウが嘴を打ち鳴らす。新たに撒き散らされる毒々しい霧がレモラ、そしてウルドアニスさんへと向かっていく。

 ざわりと肌が粟立った。獣蟲の呪い──浄化師()の天敵。どっと沸いた嫌悪感に魔力が唸りを上げる。

 次の瞬間、私の掌から迸った光の球が霧を掻き消した。


「……まあ。一体何をなさっているの? アカイさん」

「私の名前はアオイです、サディアさん」

「どうでもいいでしょう。(わたくし)は何をなさるのと聞いているの。故意に仕事の邪魔をするつもりなら、包み隠さずニエマ様にも報告しますわよ」


 冷たい目、固い声音。敵とみなされただろうか。目的は同じはずなのにな、と零す自分がいる。

 けれど、不思議と臆する気にはならなかった。


「ええ、どうぞ」

「!」

「私は見習い、あなたは浄化師。正しい答えも実力も、あなたの方がお持ちでしょう。でも今回だけは、私は自分が間違っているとは思いません」


 両足に力を込め、真っ直ぐにサディアさんを見据える。彼女にだってこの苦悶の声が聞こえるはずだ。


「レモラとウルドアニスさんは半年もの間、絶えず瘴気を抑え込んできました。彼らは非常に弱っている。あなたの浄化方法は確かに強力ですが、それは耐えられる器があってこそ。お願いです、すぐにキショウの力を引き上げてください」

「…………」

「この調査隊の浄化師は私です。どうか、こちらの方法に任せていただけないでしょうか」


 そう請うと、一瞬、彼女の瞳が揺らいだ。だがそこへ、間髪入れず冷淡な低音が割って入る。


「長の命をお忘れですか、お嬢様」

「メナス、」

「浄化師は浄化をしてこそ。あの娘に任せていては、無駄に時間を引き延ばして事態を遅らせるだけでしょう。優れた者が優れた行いをする、そこに義理も順番もありません」

「……ええ、そうね」


 背後から戦士に覗き込まれ、サディアさんは思い直したように目を伏せる。再び顔を上げた彼女は、いつもの勝気な表情に戻っていた。


「浄化は殺すものでしてよ。不浄を滅するのが浄化師の役目、その後がどうなろうと与り知らぬことですわ」

「浄化は生かすものです! 世界から瘴気がなくなったって、残るものがなければ意味が──」

「黙れ」


 瞬時に番えられた矢が放たれた。空気を切り裂いたそれは私の頬を掠め、簡易結界に突き刺さる。ビシ、と一斉に走る割れ目。頭突きを繰り返していた魔物達が揃って一歩後退し、身構え始める。

 刹那、怒涛の体当たり。結界が崩れ、ガラスが砕けるような音と共に大勢の魔物が雪崩れ込んできた。同時にスラリと剣が抜かれ、私の前にユーンくんが立ちはだかる。


「『ガルヘイム』の邪魔をするな。出来損ないめ」

「おい、聞き捨てならないぞ。里同士で争うつもりか」

「そんなことが起こるものか。貴様らが生きて帰ることはない」


 ひたりとこちらを狙う殺気に息が詰まる。彼は本気だ。サディアさんが浄化をしてもしなくても関係ない、ただ口封じのために武器を向けている。

 毛嫌いなんて生易しいものではなかった。エルフの中には明確にハーフエルフを敵視し、その機会を窺っている者がいる。


「それは脅しか?」

「事実だ。慈悲で不慮の事故にはしてやろう。後はお嬢様が全ての浄化を滞りなく終え、従属の意思を見せたレモラを受け入れて使役する。我々の勝ちだ」

「そっちが何を画策しようが勝手だが、勝った負けたの話じゃないと思うがな。里の事情は依頼には何の関係もない」

「っ黙れ、黙れっ! なぜ半端どもに大きな顔をされなければならない! 長がどんなに気を揉んでおられるか……っ!」


 メナスと呼ばれた戦士は激昂しかけたが、悔しそうに吐き捨てた後、何事もなかったかのように真顔になった。切り替えの潔さはもはや殺し屋だ。長の孫娘という特別な存在の護衛を、たった一人で担う理由をそこに垣間見る。


「キショウをお使いください、お嬢様。レモラに代わり、この山を(しもべ)となさるがいい!」

「アオ、やるぞ!」


 地を蹴った彼に、ユーンくんが魔力を膨らませた時──私達の頭上にふっと影が射した。


「あ?」


 見上げれば、空から特大の尾鰭が振り下ろされるところだった。



       ◆ ◆ ◆



「──────…………」


 かなり、そしてものすごく、いややっぱりめちゃくちゃに────痛い。

 それが、冴えてきた頭で抱いた最初の感想だった。原因を探る気にもなれないくらい、どこもかしこもジクジクと不快感を発している。

 とても大人しくしていられず、うっすらと瞼を持ち上げる。ぼやけた視界に映ったのはゴツゴツと隆起した真っ黒な岩肌だった。静寂に耳を澄ませつつ、ゆっくりと呼吸を整える。


「……すー……はー……、ふんっ……!」


 横向きの状態から仰向けにした途端、全身にびりっと電流が走ったが黙殺。まずは腕だけを起こし、次に左右の足を交互に上げてみる。最後にウンウン呻きながら、やっとのことで長座位にまで持っていった。


「あたた……」


 無意識に我慢していた息を細く吐き出す。どうやら打ち身がひどいだけで、骨折等の重篤な傷は負っていないようだった。外套のダブルフェイス生地がクッション代わりになってくれたのだろうか。

 これまた不幸中の幸いで、薬類が入ったポーチも無事だった。液体薬の小瓶は割れてしまっているものの、固形薬は十分形を保っていたので、取り急ぎ一欠片含む。


「うう、あまい……おいしい……」


 目の前がしょぼしょぼした。薬草の苦みももちろんあるが、今は些細な甘味でも五臓六腑に染み渡る。思えば半日以上、身体を酷使しまくりなのだ。

 そうして固形ポーションを舌で転がしながら、私はよろよろと立ち上がった。


「どこだろう、ここ……」


 小さな独り言は薄暗い洞穴に吸い込まれていった。

 私がいるのは、ぽっかりと開いた円形の空間だった。広間のように人工的な形で、地面もある程度均されているが、ケルピーの隠れ処より些か造りは荒い。カハグさん達が掘ったという洞窟の一つだろうか。

 隅の一角には岩がうず高く積み重なっており、そこに天井から薄い光が射し込んでいる。なるほど、私はあそこから落ちてきたらしい。


「……よく生きてたなあ」


 思い出すと身震いするほどの一撃だった。どこにも逃げ場がない絶望、思い知らされる己の無力さ。尾鰭が迫ってきたあの瞬間、私は成す術なく立ち尽くすことしかできなかった。

 運良くこうして生きていたけれど、他の皆はどうしただろう。誰かしらと合流して早く山頂に戻らなければ。あのままキショウの力に蝕まれ続ければ、レモラとウルドアニスさんはきっと無事では済まない。

 冷や汗を滲ませた、その時だった。


「ええ、本当に」

「っ!」

「お互い、悪運は強いようですわね」


 影の向こうからサディアさんが姿を現した。私と同じように土埃まみれだが、足取りはしっかりしており、どこか痛めている様子もない。ただ、元々白い肌がさらに色を失っているように見えて。

 「ではごきげんよう」とスタスタ通り過ぎていく背中を慌てて呼び止める。


「……何かご用?」

「あ、ええと……お顔が真っ白なので具合が悪いのかな、と」

「ここが暗いからでしょう。それかあなたの目がとんだ節穴か」


 その口調にも違和感があった。確かに彼女は時々上から目線な節があったけれど、もっと余裕綽々で皮肉めいていたというか、こんなにも直接的ではなかったはずだ。露骨に眉を寄せられたのも初めてである。

 ふと、視界の端で金属の金具が光った。


「あれ、イヤリングが──」

「……ッ!」


 サディアさんがパッと耳を隠す。しかし、私の目は既に捉えてしまっていた。あれだけ目立つ大振りの翡翠が丸々消えていることを。

 ここに落ちた際、千切れてしまったのだろうか。そう問う前に吊り上がった瞳がキッと私を睨んだ。


「何ですの、その顔……嘲笑(わら)えばいいでしょう? あれほど大事なものを失くすなんて、お前は浄化師失格だって」

「え、いや、そこまでは、」

「嘘つきッ!!」


 鼓膜をつんざいた大声にビクッと肩が跳ねた。反射的に後退った私を爛々とした眼光が射抜く。


「本当はみんなそう思ってる! どうせまた解任されるって! 私が失敗してイイ気味だって! みんな! みんなッ!」


 絞り出すように叫ぶサディアさんは、怒っているようにも途方に暮れているようにも見えた。華奢な肩がぶるぶると震えている。

 それがキショウがいない理由なのだろうか。彼女に一体何があったのか。咄嗟に伸ばした手は嫌そうに振り払われた。


「なけなしの機会だったの! 絶対失くしちゃだめだったの! あれがなければ私は何にもできないのっ!」

「サディアさ、」

「ああぁ、どうしよう、どうしよう」


 耳朶を覆うように引っ張られたツインテールが軋んでいる。次々と抜け落ちていく金糸には目もくれず、宛もなくうろうろ歩き回ったサディアさんは、そのうち電池が切れたみたいにへたり込んだ。

 背を丸めて俯き、やがて囁くような声で、ぽつり。


「いなくなりたい」


 ──その時の感情を、何と表現すればよかっただろう。

 イヤリングをたった一つ失っただけ。そう笑い飛ばす人もいるかもしれない一方、サディアさんにとってはそのことが死活問題なのだ。代替品の用意では許されないらしいことを含め、何らかの事情が彼女に重くのしかかっている。

 サディアさんの白目は健全、つまり瘴気によって引き起こされた負の側面ではない。悲しい答え合わせだが、このピンと張られた糸の状態が彼女の常であり、一度の失敗で心がぐちゃぐちゃになってしまうほど日頃から追い詰められていたことになる。

 普段の自信満々振りからは想像もつかない状況。あまりに儚い後ろ姿にかける言葉が見つからない。ただ、競合しているはずの私にすら吐き出してしまうくらい、いっぱいいっぱいであることだけはわかった。


「……よ、よし、よし」


 意を決して近づき、小さくて丸い後頭部をそっと撫でる。すると、細い身体がバネみたいに跳ね上がった。びっくりさせてしまったかと一旦引っ込めかけたが、サディアさんは何も言わない。


「よし、よし」


 なので私は調子に乗った。馬鹿の一つ覚えで撫でまくり、同世代の女の子相手に子供にするようなあやし方をしたのである。


「あの……あのね? イヤリングのことなら私が一緒に行って事情を説明するよ。それでも怒られちゃうなら私も一緒に怒られる。相手はサフィール氏かな? だったらまあ……正直かなり怖いけど……うん、二人なら半分になると思う、たぶん。い、いざとなったらうちのおじいちゃんに頼もう!」


 しかもこの期に及んで他力本願である。我ながら大変情けないけれど、ニエマ氏が頼りになるのは事実だし、何より独りではないことを知ってほしかった。


「失敗してイイ気味だなんて思ってない。世の中色んな人がいるし、色んなことがあるんだから、全部が上手くいかないのは当たり前だよ。嫌なことも理不尽なこともたくさんある」

「……っ」

「それでも踏ん張って一人前の浄化師になったんだよね。誰にでもできることじゃないよ。もしかして、自分がすごいの知らなかった?」


 戸惑いがちにコクン、と頷いた後頭部に口の端が緩む。大胆不敵な仮面の裏のか弱い少女。ああ、これが本当の彼女だ。以前の私が散々悩んだように、サディアさんにもサディアさんなりの苦しみや葛藤があるのだ。

 幸いなことに、私には暖かい言葉をかけてくれる人がたくさんいた。錆びついた心を丁寧に掬い上げ、優しく撫でては励ましてくれた。

 だから──。


「いなくならないで、サディアさん。私、すごいあなたにいつか追いつきたいんです」

「……っ、ひっく」


 記憶を辿り、できる限りの想いを込めて私も撫でた。ここにいてもいいのだと伝わるように、何度も何度も。その涙が止まるまで、馬鹿の一つ覚えを延々と繰り返したのだった。

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