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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
63/80

第63話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──融解──

 ケルピーとの仮契約を解除し、私達は巨人達の先導で洞窟内部を登り始めた。

 この洞窟は上下がアリの巣のように枝分かれしている。元々そういう造りだったところを、彼らが魔物との戦闘や籠城のためにさらに掘り進めた結果、山の至るところに出られる通路となったらしい。未だ合流できていないサディアさん達もこのショートカットを見つけられているといいのだけれど。

 岩肌から染み出す瘴気を浄化しながら進むことしばらく。魔術で道を整えていたユーンくんがふわりと肩に降りた。


「よかったのか?」

「え?」

「ケルピーだよ。頼めばついてきてくれたんじゃないか」

「えっ、ありえないよ! あっ……」


 ワッと反響した声に慌てて口を噤む。音速で駆け寄ってきたギルド兄妹に謝罪しつつ、一度咳払いしてから音量を絞った。


「私が嫌がられてたの、ユーンくん知ってるでしょ。それにさ、ケルピーは約束守ってくれたのにこっちが反故にするわけにはいかないよ。せめてそれくらいはしなきゃ」

「君はそれでいいのか?」

「いいっていうか……そうするしかないし……ねえユーンくん、濁してるけど、何か言いたいことがあるの?」

「うん? まあ、あるといえばあるけどな。でも君とケルピーの問題だから、俺は手を出さないでおくぜ」

「…………」


 ユーンくんまでこんな含んだ言い方をするなんて。どこぞの(もや)男を思い出したせいで膨れた頬をブスリと突かれる。


「ほら、もうすぐ出口だぞ。拗ねてないで気合入れてくれ」

「ヴン」

「あはははは! 喉にオッサンを飼うんじゃない! ……こうやって、誰とでも腹割って話せれば苦労しないんだけどな」

「うん……私もそうできればよかった。結局、最初から最後まで色々押しつけただけだったなあ……」


 ケルピーと話す時の私の声色は、いつも不自然に上擦っていた。自分の思い描く精一杯の『いい人』を演じ、これ以上不快にさせないようにと、心の中で計算していたような気さえする。彼の前ではしゃいだりふざけたりなど以ての外で、機嫌の悪そうな顔を見ると自らの行いを振り返ったりもした。

 たぶん、こういう小細工みたいなものも気に食わなかったんだろう。物理的な距離が少しだけ縮まったからと、「このまま仲良くなれるかも」なんて高望みした私が悪いのだが。


「罪滅ぼしっていうのかな。居心地が良くなれば少しは、なんて……イヤごめん、こういう独りよがりがだめだ!」

「そうか? 君はかなり歩み寄ったと思うけどな。ま、反省は次に活かそうぜ。今はもっと集中しなきゃならないことが……ああ、あったあった」


 ユーンくんが取り出したのは、彼用に(あつら)えてもらったユニコーンの角。キーホルダー風のそれを私に握らせた相棒は、「最後の一つだ」と念を押すように言う。


「君に渡しておく。あくまで調査とはいえ万が一のことがあるかもしれないし、この中じゃ浄化は君以外できないからな」

「わかった、ありがとう。気合入れるよ」


 見上げた上方の穴からはかすかに光が射し込んでいる。粗削りの段差を踏み越え、時に引っ張り上げてもらい、私は数時間振りに外の空気に触れた。

 慎重に這い出た先は斜面の中腹で、一面の氷の世界だった。大地も木々も、小動物までもが凍てついている。そして驚くべきことに、それらは氷の中で冬場の状態から全く変化していなかった。外界は五月を迎えているというのに枯れ木は芽吹いてすらおらず、リスはまさにエサを頬袋に詰め込んでいる瞬間だった。時が完全に止まっている。

 恐々立ち上がりかけた私は、辺りの異変に気づいた。漂う瘴気の気配が物凄く濃いのだ。あちこちから立ち昇っている黒い靄は本体ではなく残り香のようなものなのに、それでも凄まじい嫌悪感が募る。中途でこれなら山頂は一体どうなっていることか。


「皆さん、薬は間に合ってますか。ここからは瘴気の濃度が段違いみたいです。感染すなわち即発症かもしれません、不調があればすぐに──」

「ブォオッ!」


 後ろから咆哮が飛びかかってきた──と思いきや、直後に「ビャンッ」という悲鳴と倒木の音。振り返った時には既に大型の猪に似た魔物がのびており、スィアギさんが片腕をぐるぐる回していた。


「ふんっ! 今の、おれに、こんな、ものっ!」

「これも、瘴気、まみれ、だ」

「ええ、目が真っ黒……そういえば、皆様は発症していても随分落ち着かれていらっしゃるように見えました」

「できる、限り、魔力で、防御を。だが、飲まれる、感覚は、どう、しても、あった」

「ウルドアニスも、同じ、はず。急が、ねば」

「はい。……ですが」


 息を吐く間もなく、方々から低い唸りが聞こえてくる。透明な氷の向こうにこちらを睨む闇色の双眸が増えていく。


「フィオラ」

「ええ、兄さん。囲まれてる」

「おれが、蹴散、らすっ!」

「スィアギ。岩を、引っこ、抜いたり、するな。最近、地盤が、心許、ない」

「この間の雨のせいか。俺も加減した方がよさそうだな」

「アオイは、ワタシに、乗れ。ウルドアニスには、オマエが、必要。無事に、届け、たい」

「ありがとうございます!」

「行くぞ!」


 ドッ、と踏み込んだ衝撃で地面の氷に亀裂が走った。

 すかさず、割れた破片をフォルクさんの剣が弾く。命中した氷に気を取られた魔物が一太刀で両断され、さらに踏み台にされて斜面を滑り落ちていく。

 同様に、流れるような動作で小型の魔物を切り捨てていくのはフィオラさんだ。対の天使は刃を翻し、三つの巨躯の間を優雅に舞う。

 カハグさんとスィアギさんは、大型の魔物を片っ端から殴り飛ばしながら、飛行型を氷魔術で墜落させている。地に叩きつけられた魔物は漏れなくギルド兄妹の餌食だ。

 ユーンくんは敵を足止めしたり味方を回復したりと、全体の補助として地魔術を駆使している。そうして頂上へと駆け昇る我々の後には、屍が次々に小山を成した。


「ふっ!」


 私を肩に乗せたイミさんは、最小限の動きで魔物を払い除けていく。ずらりと生え揃った牙に怯みもせず、拳で正確に頭蓋を穿つごとに、びしゃりと撒き散らされる体液。飛びかかった刹那に死骸と化す様は、並の魔物であればすぐさま逃げ出すほど凄惨だ。

 ただし、ここは瘴気に満ちた場所。内なる破壊衝動に支配された魔物達は、力量の差もわからぬまま突っ込んでくる。

 そんな数の暴力によって瘴気に触れてしまったのなら私の出番だ。発症する前に感染を抑え込み、感染する前に傷口を浄化する。一つ一つの規模が小さいうちは白い空間に引き寄せられる恐れもないし、心強いお守りもある。


「…………ウルドアニス」


 また一匹葬り終えたイミさんが想いを馳せるように呟く。仲が良いのか、彼女はとりわけウルドアニスさんを心配しているようだった。


「無事でいてほしいですよね。でも、たとえウルドアニスさんがどんな状態であっても、浄化も治療も全力を尽くします。行きましょう、イミさん」

「ああ……そう、だな。迎えに、行こう」


 再び歩を進め始めたイミさんだが、目線は私から逸らされない。物言いたげなそれに首を傾げると、張り詰めていた目尻がふっと緩んだ。


「オマエ、少し、ウルドアニス、みたい」

「え?」

「あの子も、自分、そっちのけ。いつも、誰かを、気に、かけて、た。オマエ達、きっと、気が、合う」

「それはそれは! お会いできるのが楽しみです」


 そこで初めて見た彼女の満面の笑顔は、宝物を自慢するみたいに誇らしげだった。



       ◆ ◆ ◆



 瘴気に蝕まれた魔物を砕き、切り伏せ、撃ち落とし、合間に回復と浄化を重ね、私達はひたすら山頂を目指した。

 進む度に不快な邪気は増し、狙われ続ける緊張感も相まって、満足に息も吸えない。それでも誰一人欠けることなく頂上に辿り着けたのは、全員が常に背中を合わせて戦ったからだ。巨人、人間、妖精、ハーフエルフ──育ってきた文化も環境も違うはずの私達には、信頼とも呼ぶべきものが芽生え始めていた。

 最後の一段を上がり、追い縋る魔物除けに簡易結界を展開。ぶつかっては弾かれる集団を横目に、イミさんが息を切らしながら駆けていく。


「ウルドアニス……っ!」


 ──それは、氷の精達の束の間の休息のようだった。

 氷界の中央に浮かぶ、視界に収まらないほど巨大な氷の魚。鮫でありながらクジラでもあるような、今にも天へと泳ぎ出さんばかりの大きな氷像。これが山の(ヌシ)、レモラ。微動だにせずとも尚、対峙するものを畏怖させる神秘さとオーラがある。

 傍らには人間にしては突出した、しかし決して巨人とはいえないサイズの人型生物が、同じく氷の彫像となっている。閉じられた瞼を飾る睫毛は豊かで、一見すると密やかな眠りについているだけの深窓の令嬢のよう。

 彼らの周囲には自然の氷像群が彩るように立ち並ぶ。ここはまるで世間から隔絶された精霊達の暮らす秘所だ。あまりに幻想的な光景に、私達はしばし言葉を失った。


「こん、なに、凍って……! 独りは、寒かった、だろう……すま、ない……すま、ない……っ!」


 ただ一人、イミさんは人型の氷像──ウルドアニスさんに近寄ると、彼女を覆う氷の表面を優しく撫でた。その横顔は泣き出しそうに歪んでいる。

 震える背を痛々しく感じていると、こそりとユーンくんに呼ばれる。


「あれを見てみろ」

「!」


 レモラの尾鰭の先端からは雫が垂れていた。それは真下の湖に落ち、凍結した湖面を割って水の中に溶けていく。瞬く間に拡散するどす黒い濁りに背筋がぞっとした。


「瘴気……!?」

「レモラとウルドアニスの衰弱で瘴気が滲み出る、滲み出た瘴気が水の流れを通して山全体へ広がる……どうやらこれが水質汚染のカラクリらしいな」


 通常、この巨体を維持するためには相応の魔力が必要になる。だから万全でない現状でも、レモラの器は私にも理解できた。では、そんな凄い力を持つ(ヌシ)をもってしても抑え込めない瘴気とは、果たしてどれほど濃いのだろう。

 考え出すと寒気が止まらなくなるが、もう猶予はない。既に氷は溶けかけ、こうしている間にも雫がとめどなく滴っている。レモラもウルドアニスさんもとっくに限界を過ぎているのかもしれなかった。

 私はポケットのお守りを強く握り直した。


「ユーンくん。私、ここで浄化するよ」

「……いけるのか?」

「調査の名目だったけど引き返してる時間がない。角もあるし、何とかやってみる。もし私の魔力が尽きそうになったら無理矢理にでも継ぎ足してくれる? 浄化が完全に終わるまで絶対に途切れさせたくないんだ」


 能力も自信も全く足りていない。だから怖くて仕方がなかったけれど、そう宣言することで私なりに退路を断ったつもりだ。

 それが伝わったのか、三人は決意に満ちた眼差しで頷いてくれる。


「わかった。君が必ずやり遂げられるよう、俺も全力で支える」

「魔物は我々にお任せを」

「ご武運を、アオイ様!」

「ありが──」


 ──何かに、亀裂の入った音がした。

 降ってきた塊が足元を跳ねる。衝撃に白い粒子を撒き散らしていく()()()()。首筋にぞわりとしたものが這った。


「────オ────オオ────」


 腹の底まで響く奇怪な轟音に耳を塞ぐ。バラバラと落ちてくる大量の氷塊。一帯を揺らす微細な震動が徐々に大きくなる。


「ウルドアニス!」


 悲痛な声にハッとする。カハグさんとスィアギさんが走り出した先、ウルドアニスさんの氷が割れ、囚われていた彼女が自由になるところだった。

 だが、様子がおかしい。


「あ、ぐっ……アアアッ!」


 ウルドアニスさんはつんのめって膝をついたかと思うと、苦しそうに胸のあたりを押さえた。浅く忙しない呼吸をしながらギチギチと爪を立てている。その仕草の意味するところは──。


「一足遅かったですわね」


 カツン、背後で軽快にヒールが鳴る。振り向いた私の目の前に靡いた、陽射しを照り返す眩い金糸。


「サ、ディア……さん」

「ふふ、でもご心配なく。どちらの浄化も(わたくし)がきっちり全うしてみせますから」


 腰に手を当て、自信たっぷりに微笑むエルフの少女。その華奢な肩の上では、フクロウの双眸が不気味に光っていた。

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