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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
62/80

第62話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──惜別──

「言っといてナンだが、思ったより早い再会だったな」


 組んだ膝に肘をつき、男はくつくつと笑う。僅か二度目の対面でも、愉快そうな表情が少々腹立たしく、また記憶の隅に懐かしいような気がした。


「つまりそれだけ瘴気が濃い」

「……やっぱり、ここが現れるかどうかは濃度に関係してるんですね」

「そりゃあな。半身とはいえオレが実体化できるほどだ」

「じゃあ、あなたがこの瘴気を……」

「いいや? これは誰かさんの妄執だ。ただこの世界の異物だから、同じ異物のオレを守ってる」


 その答えは私の中にストンと落ちた。やはりこのヒトは普通の存在ではないのだ。『誰かさん』とやらのことはわからないが、相変わらずいまいち核心を掴ませようとしないのは性分なのだろう。

 しかし、彼が抽象的な表現に留めている理由はそれだけではないはず。『オレが実体化できるほど』という台詞、そして前回私をどこかに連れ出そうとしたことを考えると、おそらくこの空間は何かしらの制約が働く境目。ここを一歩でも出れば、私も異物としてこの世界から弾かれることになるのかもしれない。

 ますます男についていくわけにはいかない、と汗まみれの手で固く服を握る。ユーンくん達と離れ、二度と戻ってこられなくなるのはごめんだった。


「ヨチヨチ歩きのひよっこ浄化師には今回の瘴気は手強そうだからな。健気に応援に来てやったんだぜ。嬉しいだろ?」

「…………」

「んはは! ンな子供みたいな顔するなよ。連れて帰っちまうぞ」


 どうせ楽しんでいるだけのくせに。彼は今すぐ行動を起こすわけではないものの、私が死ねば魂を持ち帰るとのたまっていたのだ。『余興』の言葉を覚えているんだぞと睨めど、当人は手を叩いてはしゃぐばかり。

 その背後からジワリと黒い(もや)が生える。


「ほうら、来るぞ」


 瘴気はたちまち積乱雲のように膨れ上がると、男を見向きもせずに飛び越え、真っ直ぐ私に襲いかかってきた。

 反射的に掌を突き出す。放出された魔力は迫る黒霧を掻き消した──はずが、すぐに元通りになって私の腕に絡みついた。重い。タールみたいにずっしりした邪気を咄嗟に魔力でガードする。


「この世界にとって瘴気が忌むべきものであるように、瘴気にとってもこの世界が異物となる。なのに居座ってるのはお前が補足対象だからだ。取り込まれない限り、どこまでも鉢合わせるだろうぜ」


 どちらかが尽きるまで永遠に。芝居がかった声で紡ぐ男に意識が散りそうになる。


「うう……ぐ……!」


 だらんと腕が垂れ下がる。腕から肩、肩から背中、背中から首へと、瘴気が全身を這っていく。まるで抱擁のようにぎゅうっと齧りついてくる様は、男の言う執念みたいなものを感じるほどだった。刻一刻と増していく重みに膝がガクガク震える。

 瘴気との間に挟み込んだ魔力の膜は機能している。それでも流れ込んでくる不快感の渦たるや。脳裏が黒く塗り潰されていく想像に支配され、ざわざわと肌が粟立つのを止められない。


『山の瘴気はこれより何倍も濃い。浄化の前に自分の感染を止められなくて終わりだ』


 これほどまでに高濃度の瘴気は確かに初めてだった。浸食を防ぐのに精一杯で浄化が追いつかない。


「頑張れ、頑張れ♪ ま、本音はここで死なれた方が楽なんだけどな。魂はちゃんと……おっ」


 直後。

 胸元から光の粒が零れたかと思うと、周囲の瘴気が瞬時に塵と化した。驚いたように私から離れた残りも粒子に追いかけられ、触れられてバラバラと崩壊していく。瘴気を跡形もなく消していく一方、光は冷え切った四肢にひどく温かかった。

 解放された腕で服の内側を探れば、これまでの比ではない煌めきを放つペンダント。


「イイモノ持ってんじゃねえか! んははははっ────」


 ユニコーンの角はいっそう輝きを増すと、心底面白そうな高笑いごと空間を焼き尽くした。



       ◆ ◆ ◆



「……オ、アオッ!」

「う……」


 重い瞼をこじ開けた先には、心配そうにこちらを覗き込んでいる面々。巨人の三人すら動揺させてしまっていて、私は慌ててイミさんの膝から身を起こした。


「アオイ様! 大丈夫ですか!? ああ、見て兄さん、お顔が真っ青……!」

「アオイ様、無理に起き上がらず、どうかそのまま。目が回ってはいませんか? 吐き気は?」

「あ、いや……」

「一時的に魔力が不足しただけだ。浄化に神経を使うとこうなるみたいでな。とはいえ二回目だぞ、君。何かあったんじゃないだろうな」


 うん、と声に出したつもりだった。真っ白い空間で直接瘴気を浄化してるんだ、そこにはヘンな男のヒトもいてね──そう告げようとした口は、何重にも縫い合わされたように動かない。そうこうしているうちに内容を忘れてしまい、皆の首を傾げさせることになる。

 一番最初にあの空間に降り立った時もそうだった。私の中でははっきり覚えているのに、浄化行為以外についてを第三者へ打ち明けようとすると、端から忘れてしまう。しばらくしてから思い出し、そしてまた口を開くと靄がかかったように思考が鈍る。何度試してもずっとその繰り返しなのだ。

 どんなにもどかしく思っても、そのことすら薄れていく。これが例の制約のようなものなのだろう。


「ええと、何だったっけ……いや、特に何も……?」

「おいおい、本当に大丈夫か? 記憶がすっぽ抜けるほど一気に魔力を使うのは負担になるぞ」

「うん……気をつける……」


 ああ、と自分のどこかが溜息を吐く。それがどうしてかもさっぱり思い出せないまま、私は覚束ない手つきで魔力回復薬を飲み込んだ。


「アオは魔力が回復するまで少し休め。君達の方はどうだ? まだ調子の悪いところはあるか?」

「いや……何も、ない。頭が、すごく、はっきり、した」

「がははははっ! おれ、元気っ!」

「これが、ジョウカ……」


 拳を開いたり閉じたりする彼らの目は白い。魔物との戦闘で負ったであろう傷も、ポーションが効いて随分治っている。

 自身も手応えを感じたのか、巨人達は決意を新たにした眼差しで片膝をついた。


「助、かった、ジョウカシ。心、から、感謝、する」

「こちらこそ。あとはレモラとウルドアニスさんですね」

「ああ。このまま、頂き、まで、案内、させて、くれ」

「そう、だ! おれを、使えっ!」

「だそうだ。行けるか?」

「うん、魔力補充できたよ」


 オルゼスタさん用と同じ配合にした薬の効き目は我ながら素晴らしく、ゲームなら満タンの魔力ゲージがピカピカしている状態だ。ドーピングみたいなものだが、崩壊までに間に合わなければ目も当てられまい。

 それでも勢いに任せて立ち上がると、ほんの少し足元がふらついた。けれどそれ以上後退しなかったのは、いつの間にか背後にいた大きな馬のおかげだった。


「わ、ごめん」

「……それ、黒いけど」


 ケルピーが顎で示したのは私の首に提げられたペンダント。役目を終え、すっかり黒ずんでしまった欠片をそっと手に取る。

 この角の力がなければ一体どうなっていたことか。背筋が冷たくなると同時に、今一度、オルゼスタさんに気合を入れてもらえたような気がした。


「アンタが無様に気絶してる間、ずっと光ってた」

「無様て! ……これね、浄化を手助けしてくれたんだ。だからケルピーも安心だよ。名実ともに本当のお守りだから」


 大抵の瘴気からは身を守ってくれる最強のアイテムだ。なのにケルピーは鼻の頭に皺を寄せる。


「アンタのはなくなってるじゃん。次、浄化する時どうする気だよ」

「まあ……そうだね。何とかしなくちゃね」

「何とかってなに」

「え……それは、その……何かいろいろ……」

「瘴気と魔物だらけのここに何がある。そう言いながら結局何も持たずに行く羽目になるんじゃないのかよ。死ぬ気?」

「いや、もちろん死にたくはないけど……足りないのは自分のせいだからさ、最悪それに近い目に遭うのも仕方ないなって」

「ッ、アンタやっぱりバカかよ!」

「ヒドイ……」


 いきなり怒鳴られて身が竦む。分不相応な理想を叶えようとして、持てる分相応を充当した時、残った不足分のツケを払うのは当然のことだろう。何がケルピーの琴線に触れたのか見当もつかなかった。


「アンタが死んだら終わりだって言ってるだろ! 何のために俺と契──」

「あ、そのことはね、もう解決してるから大丈夫!」 

「あ!?」


 でも、これ以上『無様』な『バカ』を晒すまい。それだけを強く念じて、震えそうな喉を振り絞った。


「ここまで案内ありがとう。ケルピーはもう、自由だから」

「…………、は?」


 その一言がスイッチだったかのように、洞窟内から一切の音が消えた。最後くらいは円満に終われたらよかったのに、どうやらまた怒らせてしまったらしい。視線の圧がひしひしと刺さる。

 ──そうだ、私はずっと彼を怒らせてばかりだった。


「ま、魔石もさ、大分復元されたかなって。私の魔力、回収するね。大分遅くなっちゃったけど……」


 理由なんて山程ある。勝手に契約を取り付けられた、見知らぬ場所に連れてこられた、意思を捻じ曲げられ強制的に隷属させられた──並べてみると本当にひどい。ケルピーにとって私との出会いは最悪の一言に尽きるのだから、コミュニケーションが上手くいかなかったのも納得だ。無理矢理従わせてくる奴と誰が仲良くするものか。

 申し訳なさに俯いたまま、手探りで袋の紐を(たてがみ)に結びつける。カチャリとぶつかり合う火の魔石の熱が泣きたくなるほど温かい。


「これ、餞別。横流しになっちゃうけど、魔石の足しになれば。それと……余計なお世話だけど、ここにはもう近づかない方がいいと思うよ。次に人間喰べたら今度こそアッドさんに砕かれちゃう」


 ケルピーは凍りついたように動かなかった。私に対して怒りを抱きながらも、契約下のために手が出せないのだ。それなのに毎度丁寧に尾を踏みつけ、我慢を強いる自分の愚かさに吐き気がした。


「……長いこと窮屈な生活させてごめんなさい。でも、水質汚染の原因がわかったのもケルピーのおかげだし、たくさん助けてもらっちゃったし、()()ケルピーと契約できてよかったよ」


 私がもし契約者なら、そんな主と心中するのはまっぴらごめんだ。散々世話になっておいて情けないけれど、ケルピーに返せるものは相も変わらず一つだけ。

 ──彼を解放し、何が起こるか予想できないこの先に巻き込まないこと。


「約束、最後まで守ってくれて嬉しかった。ありがとう」


 魔力の最後の一滴が私の身体に戻る。その瞬間、ふつりと何かが途絶えた感覚にようやく顔を上げることができた。

 うっすら青みがかった光沢のある白毛、すらりとして若々しい肢体、魚の背鰭(せびれ)のような濃紺の鬣。そこにムーンストーンの瞳がぴたりと合わさって、本当に綺麗な生き物だった。神馬のようなその美しさが損なわれないよう、どうかいつまでも元気でいてほしい。そう、何度も願った。

 だって私達は二度と交わらない。どこか遠くで暮らすケルピーの姿を、目にする日はきっと来ないのだから。


「さようなら、ケルピー」

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