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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
61/80

第61話 町依頼:裏山の調査を開始せよ!──氷人──

 世界各地に点在し、独自の集落を作って暮らす一族──巨人族。特徴は、生物の中でも群を抜く巨躯と超人的な怪力である。多くは神と同時代に生きたとされ、その名残からか人語を解し、魔力適正や古代の知識を有することもある。

 冒険者ギルドの資料通りだ。眼前の巨人達の、人間二、三人分はあろうかという洞窟の天井に届く背丈、私を軽々と持ち上げた握力、独特な発話の仕方。見た目は人がそのまま巨大化したようだけれど、さらに一回り大きな手足のアンバランスさがより人外感を醸し出している。

 彼らの持つ松明が一際燃え上がったその時、最後尾から一番大柄な巨人が飛び出してきた。


「仕留め、きれて、ねえ! おまえ、おまえ、おまえっ! やるかあっ!?」


 ワンッ、と反響した吠えるような大声。反動か、岩の破片がパラパラと落ちてくる。

 ケルピーは短く嘆息すると、これ以上は耐えかねるとばかりに低く構えた。


「うるっさ。黙らせてやるから来いよ、木偶の棒」

「デク、だとっ!? それは、おれに、効く! 許、せんっ!」

「あっそ、ドーモ。俺もさっきの不意打ちは本当に腹が立ったよ。……おい、こっちに来るな」


 一歩踏み出した途端、こちらを()めつけたムーンストーンにゴクリと息を飲む。


「……ちょっと、待ってほしい」

「は?」

「あの人達と話がしたくて」

「敵の真ん前で何言ってる。瘴気に触れ過ぎてとうとうイカれたか」

「ケルピーだって、さっきの凍結が」

「うるさい。いいから下がってろ」


 私を押し退けるケルピーの挙動は僅かにぎこちない。先程氷属性の魔術を解除したせいで、おそらくかなり体力が減っているのだ。今ここで私が回復させたとしても、巨人の脚力には敵わないだろう。

 ならば、と彼越しに身を乗り出す。


「……あの! 私の契約者が挑発してしまってすみません。この場はどうか収めていただけないでしょうか」

「なにいっ!?」

「おいバカッ」

「不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい。ただ、もしも少しだけお話させていただけるなら、教えてほしいことが一つ。その代わり、お三方のお困り事を解決させていただきます」


 限界まで腰を折り、後ろ首を曝け出した。彼らのほんの一捻りでポッキリ折れそうな私の生命線。

 ──これは一種の賭けだ。炎に照らされた傷だらけの肉体、そして()()()()()()()()()()。巨人達は私のペンダント──破邪の力を秘めるユニコーンの角を避けた瘴気発症状態。それも出会い頭に氷漬けにしてくるあたり、内心非常に殺気立っている。

 対してこちらは手負いの魔物と未熟なハーフエルフ。そしてこれ以上の衝撃にひとたまりもなさそうな狭い洞窟。ユーンくん達を呼びに行こうと、黙って見過ごされるわけもなく。やり合えば良くて共倒れ、最悪の場合は私達が道半ばで敗れることになる。

 何より、三人はこの山の抱える何らかの事情を知っているはず。まだ言葉が届くうちにと、私はなるべく落ち着いた声音を心掛け、おそるおそる口を開いた。


「『瘴気』という精神異常を引き起こす黒い(もや)をご存じですか。発症すると白目の部分が黒く濁って、頭の中がぼんやりしたり、無暗に悲しくなったり、止められない怒りを瞬間的に覚えたりします。自分の意志とは別に、強制的に。……心当たり、ありませんか」


 ふうふう荒い息を吐く大柄巨人の後ろで、男女の巨人が顔を見合わせた。かすかに頷く動作を視界の端で確認し、一息に畳みかける。


「私は浄化師という、瘴気を浄化する専門家の見習いです。この山の瘴気が原因で水が汚染されていると知って、麓から調査に来ました。この件について、どんな些細なことでも構いません、知っていることを教えてほしいんです。交換条件としてあなた方の瘴気を浄化します。どうか、ご一考いただけないでしょうか」


 言いきったと同時に、腹部の下にケルピーの頭が潜り込んだ。間髪入れず跳ね上げられた身体がピタリと彼にくっつき、慌てて引っ張ってもびくともしない。どうやら皮膚の粘着加減はコントロールできるらしい。

 断られた瞬間、お前の主張なんか無視して()るぞ──ぶつけられる無言の圧力に千切れるほど首を振った。


「…………」


 沈黙の中、目配せをやめた巨人達はじっとこちらを見ている。あれだけ勇んでいた大柄巨人も今はだんまりで、男女をちらちら窺っている。じり、とケルピーの蹄が地面を擦る度、首筋から汗が吹き出た。

 しばらく膠着状態が続き、やがて女性の巨人がケルピーを指差した。


「……オマエ。この山の、魔物、では、なかった、か」

「だったら何だ」

「悪、かった。凍えた、だろう」

「……別に。あんなの屁でもない」

「ケルピー!」

「ふふ、ふ。確、かに。ワタシは、それ、ほど、魔術に、長けて、いない」


 ──笑った。驚きに瞠目していれば、彼女の指先が水平に移動する。


「ジョウカシ、の、オマエ。ただの、人間、では、ないな。大分、度胸が、ある」

「え、あ、ありがとうございます! 種族の違いかはわかりませんが、ハーフエルフのアオイといいます。エルフと人間の血が半分ずつ」

「エルフ……道理で、耳に、覚えが」

「血が、半分」

「ウルドアニスと、同じ」

「ああ、同じ」


 納得したように同じ言葉を繰り返す男女から、心なしか強張りみたいなものがなくなった気がする。誰のことを話しているのかさっぱりだが、何とか警戒は解けたらしい。

 彼らは私達の前まで歩いて来ると、互いを指差して言った。


「オマエは、アオイ。ワタシは、イミ」

「俺は、カハグ、だ。これは、スィアギ」

「ふんっ!」

「……! よろしくお願いします!」

「あー、やっぱ重い」

「グエッ」


 唐突にケルピーの上から放り出される。ひとまずの危機が去り、安堵したのは私もだけれど、何も落とさなくても。腰の痛みに恨みがましく見上げるが、意地悪そうに目を細められるだけだった。


「アテテ……じゃあ早速ですけど浄化させていただきますね。ちょっと場所をお借りして……」

「元々俺の隠れ処だけど」

「エエソウデシタネ。あ、ところで皆さんはこちらで何を?」


 何の気なしに尋ねると、それまで饒舌だった巨人達が急に黙りこくってしまった。かと思えば意を決したように膝を折り、苦しそうな顔をこちらに向ける。


「……ジョウカシ」

「はい……?」

「ワタシ達、ずっと、誰かの、手を、借りた、かった。頼む、聞いて……そして、どうか、断らないで、くれ」


 まるで人間のようにか細く、悲痛さに塗れたその声の理由を、私はすぐに知ることになる。



       ◆ ◆ ◆



氷面(ひも)の巨人族か。お目にかかったのは初めてだな」


 ユーンくん達と合流し、かつてのケルピーの隠れ処にて、ずぶ濡れの私達は火の魔石を囲む。

 泉を往復させられたせいか、洞窟の主はますます不機嫌になり、輪から外れて伏せている。彼の体力を魔術で回復しながら、私もポーションをがぶ飲み中だ。

 薬は傷と瘴気を和らげるべく、巨人の三兄妹にも共有されている。始めのうち、特にスィアギさんにはなかなか受け取ってもらえなかったものの、目の前で毒味を繰り返した今では瞬く間に空の小瓶が積み上げられていく。それどころか、ニコニコしたフィオラさんに拍手されて満更でもない様子だ。


「ひも?」

「氷属性の魔術を操る巨人族の一派さ。普通は雪深い山奥なんかに集落を作るから、あまり人目に触れることはないんだが……どうやら訳ありみたいだな。そこかしこにある氷も無関係じゃないだろう」


 水を向けられた巨人達の一人、イミさんが小さく頷いた。胡坐をかいた膝の上では拳がギチギチ鳴っている。

 悲しそうな、悔しそうな彼女の肩に長男のカハグさんが手を置いた。


「氷は、確かに、一族の、魔術、だ。正確、には、ウルドアニス、と、いう、仲間の、もの」


 ──遥か山の頂で(にえ)となっている。絞り出された呟きに、私達は二の句が継げなかった。


「半年、前の、ことだ」


 始まりは、三兄妹とウルドアニスさんが一族の別の集落を訪れるべく、この裏山を通り道にしていた時だった。


「レモラ、と、いう、(ヌシ)が、山頂に、いる。俺達は、毎年、挨拶を、して、いる。この、日も、そうだった」


 レモラは山を統べる魔物だった。空に一番近い、てっぺんの湖を根城にしている水の王。カハグさん曰く、麓に綺麗な山水が届くのは主の恩恵があるからなのだそう。

 いつものように山道を往く許可と加護への感謝を示すべく、彼らは山を登った。しかし、道中奇妙な気配を感じる。辺りに漂う黒い靄、争い合う魔物達。自我を塗り潰されたように濁りきった黒い瞳を目にした四人は、只事ではないとレモラの元へ急いだ。

 そこで見たのは、瘴気の渦に囚われて暴れ狂う主の姿だった。


「レモラの、意思は、僅かに、残って、いた。瘴気、ごと、俺達の、魔術で、凍、らせる、ように、と」


 氷属性の魔術により、己ごと瘴気を抱え込んだレモラは権能『遅延』を発動。尾鰭でたったひと撫でするだけで、百人単位の漕ぎ手を擁する大型船すら動けなくなるというその力を使い、瘴気の活性を阻む。結果、レモラは氷の彫像となり、今も自身の内側で瘴気を抑え込んでいるという。


「そんなことが……」

「もしかして、ウルドアニスもそこにいるのか?」

「! ……そう、だ。ウルドアニスも、レモラを、支え、ずっと……!」

「カハグ、」


 言葉に詰まるカハグさんに代わり、スィアギさんとイミさんが続ける。


「ウルドアニスは、人間と、巨人の、ハーフ。魔術、に、長けて、いる」

「おれ達、そこまで、魔力、ねえ、んだ。だん、だん、ウルドアニスに、頼っち、まって」

「周り、の、魔物、やっつける、しか。それも、こんな、下まで、落ちて」

「ウルドアニスは、ひとり、で」


 ぼたり、大粒の雫が地を穿つ。みるみるうちにせり上がった涙が三人の頬をしとどに濡らしていた。

 瘴気と戦う氷漬けのレモラ、その氷を魔力で維持し続けているウルドアニスさん。にわかには信じ難い話だった。それぞれの能力はもちろんのこと、何より驚嘆するのが、半年の間一秒たりとも弛まない精神力。そんなことができる存在がこの世にどれだけいるだろう。そして、もしも自分の大切な人がそうなったら、どんなにか生きた心地がしないことだろう。


「頼む、瘴気を、浄化して、どうか、二人を、解放、してやって、くれ」

「おれ達、何でも、する。頼む、頼む」

「ジョウカシ、アオイ、どうか」


 彼らもまた戦ってきた。奪われたことに嘆きながらも、今日この時まで懸命に、二柱の尊い犠牲を守るために。

 怒り。憂い。失った当たり前の日々。それが瘴気によってもたらされるものなら、浄化師見習いの名に懸けて。


「──承りました。誠心誠意、尽力します」

「ああ……!」

「おまえ! おまえっ! いい、やつっ!」

「あり、がとう、アオイ! あり、がとう……っ!」


 イミさんの両手に掬い上げられ、滝のような落涙に噎せる。おまけに頬擦りまでされて服が千切れそうになった上、またもペンダントのせいで飛び上がられたけれど、私の全身は高揚感に満ち満ちていた。この山に仇なす全ての害を祓いたい──ミネフとこのヒト達のために。心が強くそう叫んでいた。


「氷の謎が解けましたね。しかし、もしやあまり猶予はないのでは」

「ええ。レモラが抑え込んでいるはずの瘴気は麓でも感染している者がいます」

「その、通り、だ。レモラも、ウルドアニスも、限界が、近い。実際に、見た、方が、早い、だろう」

「わかりました。その前に、約束通りお三方の浄化をさせてください」


 立ち上がりかけた三人の前に膝をつき、まずはカハグさんの手を取った。人間の何倍もある掌を垂直に起こしてもらい、私のそれをそっと合わせる。

 いささか緊張したその面持ちに少しだけ和んでいた矢先──。


「、────ッ!」


 ずるん、と流れ込んできた黒い澱み。予想と心構えをあっさり圧し潰した物量に、束の間呼吸が途切れる。一瞬、世界が真っ白になって、嫌な既視感が鎌首を擡げた。

 ──()()が来る。


「大丈夫、か。顔、色が」

「は、い。全然、へいきです。つぎ、スィアギさんの、やりますね」


 どぷり、どぷり、どぽん。次々と身体の奥に沈殿していく穢れ。跳ねた飛沫が付着する度、心臓が石になっていくような心持ちがする。

 どうしてこんなに重苦しい。発症が進んでいたとはいえ、多少は薬で散らしたはずなのに。


「アオイ、オマエ、目が」

「ハッ……ハッ……」


 イミさんの浄化に移る頃には、既にまともに焦点が合っていなかった。無理矢理瞼を押し開いても、白い残像が何度も割り込んでくる。そのうち声さえしなくなり、四肢の末端から急速に熱が引いていく。

 一度強く目を瞑り、再び開けた先には、どこまでも白いあの空間。

 ──ああ、来た。


「よう、久しぶり。代わり映えしない挨拶だが許せよ」


 半ば諦めた気分で振り返る。そこには空中に腰掛けた男が、靄のない顔の右半分を笑みの形に曲げていた。

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