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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
59/80

第59話 船出

「液体ポーションはここで、固形はこっち……それから解毒薬、熱傷薬、抗痺薬……あと魔力回復薬も入れて……」


 一つ一つ確認しながら、壁にかけた耐寒装備とポーチに荷物を詰めていく。

 用意してもらったのはセルキーの皮を使用した外套だ。セルキーとはアザラシ型の水属性の魔物で、普段は海中に住んでおり、その表皮は水や冷気を弾くという。内側は枝角兎(ジャッカロープ)生地のダブルフェイスになっているため、全体的に軽くて柔らかい。小さなポケットもあちこちにあるので、火の魔石をカイロ代わりに入れておくのも良さそう。


「準備できたか?」

「うん、バッチリ。今日は早く寝ないとね」


 奇妙な緊張と高揚を感じつつも、持ち物一式を玄関に運び込んだ。いよいよ明日、私とユーンくん、そしてケルピーは裏山へと出発する。


『長く不安定な状況で待たせて申し訳なかった。アオイ殿の意見はニエマ殿から聞いたよ。我々としても是非、当初の予定通り裏山へ同行してほしい』


 モンテスさん、ニエマ氏、そしてサフィール氏。三者による会談から一夜が明け、疲れ果てた顔のモンテスさんとアッドさんが、結果を知らせに来てくれたから。

 その時手渡されたのがこの外套だ。いつもニコニコしている二人がかなり疲弊していたことに気を取られ、その素晴らしい機能性を確認できたのはつい先程なのだけれど。

 案の定、サフィール氏がなかなか落とし所を決めてくれなかったらしい。()()()()()()()()()()()()()、何が何でもサディアさんを調査隊に加入させたかったそうだ。しかし、モンテスさんとニエマ氏が履行中の現契約を理由に条件の変更を阻止。その後幾度の応酬を経て、浄化師の枠は私のまま、サディアさんは同行のみが認められることとなった。

 ひとまずの区切りはついてほっとしたものの、残念ながらまだ気は抜けない。調査隊で実績を作り、それを盾に交代を迫ってくるかもしれない──全容のわからない現場で不要な競争は避けるべきだが、それを念頭に置いておくに越したことはない、とは二人の談である。


「その前に少し時間をくれ。ニエマがメモを寄越した。サディアの使う、あの妙な魔物についてだ」

「うん、私も聞きたい」


 広間に移動すると、すぐにミフラが小筆を持ってきた。頷いて片手を差し出せば、ずしっと感じる重量感。花蜜の過剰摂取だろうか。そのうち飛べなくなっちゃうよと覗き込んでも、本人はどこ吹く風のご様子。近くのコクちゃんは前にあげた煮亜麻仁油で全身を磨いている。

 彼らの正面に座し、ユーンくんが神妙な面持ちでメモを開いた。


「ニエマ曰く、あれは『獣蟲』じゃないかってことだ」

「ジュウコ?」

「閉じ込められ喰らい合うムシをなぞらえたケモノ……つまり、蟲毒みたいな儀式で生み出された人工的な魔物のことだ。蟲毒について聞いたことは?」

「私が知ってるのは、同じ容器の中に虫を入れて、最後の一匹になるまで共食いさせるってやつだけど……」


 マンガや小説で齧った程度の知識だが、こちらの世界でも同様の意味を持つらしい。頷いたユーンくんが上下を入れ替えたメモを滑らせる。見せられた走り書きの中には『ヒスイ』や『シュサ』という謎のフレーズ。


「獣蟲はその魔物版だ」

「うええ」

「あのフクロウの見てくれ、妙に浮いているというか、取ってつけたような違和感があるだろう。密室で蟲毒を繰り返すうち、高まった呪術的な影響で喰った相手の特徴が反映されちまってる。何より『特注品』というのが気になった」

「契約魔物にはしない言い方だもんね」

「おまけにここから北のどこかが産地となると、朱砂(シュサ)国がドンピシャだ。あそこは昔から呪詛や呪術の総本山で、避邪物として翡翠を身につけていることが多い。呪術の跳ね返りや使役物に取り込まれるのを防ぐためだ」

「そういえば、あのイヤリング……」

「ああ。これだけ証拠が揃ってるんだ、ほぼ間違いない。問題はその使い方だ」

「それ、あの吐血と関係ある……よね?」

「まさにそこだ。君もそうだと思うが、俺も『治療』ってのがずっと引っかかってた。瘴気は主に精神に作用するものだ。でもあの血の塊は明確に身体のどこかが傷ついてる。ここでさっきの蟲毒の話に戻るぞ」


 読んでみてくれ、と指差された一文を目で追う。

 ──蟲毒は呪術の一種である。蟲を放つことで対象者に強烈な腹痛、胸部の痛み、吐血等を引き起こす。その苦痛は無数の虫に噛みつかれているようだという。

 途端に記憶がフラッシュバックする。響き渡る絶叫。掻き毟られる胸元。何かを取り出そうとするような動作。


「あの人達、呪われてたってこと……?」

「副次的にな。おそらく本来の獣蟲の力を応用して瘴気と相殺させてるんだと思う。獣蟲の放つ呪い──あの紫の霧を感染者に吸い込ませて体内の瘴気にぶつける。吐血はその副作用だろう。瘴気が直接祓えるほどなくなったところで、仕上げに『浄化』と『治療』をする……こういうことだな」


 バラバラに散らばっていた欠片がピタリと嵌まったような心地がした。サディアさんが用いた補助道具、それは私達の天敵ともいうべき不浄の瘴気と同類の呪力。度々あった、キショウに対する胸騒ぎの正体はこれだったのか。


「向こうで何がどう転ぶかわからない。気休めかもしれないが注意を怠らないでくれ」

「わかった。ちゃんと()()、付けておくよ」

「プゥ?」


 取り出したものをミフラとコクちゃんの首元にかける。ぐるりと一周させ、革紐の端をしっかり結ぶと、それは照明の下で厳かに輝いた。


「アオ殿、これは……?」

「ユニコーンの角をヘザーさんに細工してもらったんだ。翡翠じゃないけど避邪物ってことで、留守の間、お守りにしてほしくて」


 螺旋を描く一本角を五等分し、それぞれに紐を通してもらったペンダント。至急の依頼だったのに完璧に仕上げてくれたおかげで、こうして出発までに間に合っている。料金も端材と交換で無料(タダ)、むしろ「釣り合わない」とアレコレ足されそうになり、慌てて辞退したほど。そんな彼女なら、余った素材で誰かに素敵なアクセサリーを作ってくれるだろう。

 ミフラもコクちゃんも快く受け入れてくれたため、残りはあと一つ。そっと手に取り、部屋の隅へ爪先を向ける。

 暖炉の火の届かない角の床には美しい馬が伏せている。態度そのものはあまり変わらない、それでも一緒にご飯を食べて、同じ室内で同じ時間を過ごして。最初は会話すらままならなかったのに随分慣れてくれたように思う。そうして懐かしむ度、寂寥感にどっと襲われそうになるのは秘密だ。


「ケルピーのはこれね。付けたくなかったらそれでいいよ。でも、できれば持っててほしいな。ユニコーンの角ってすごいんだって! 破邪とか無毒化とか……」

「あのいけ好かない奴のことなら知ってる」

「そっか。うん、じゃあここに置くね。……あの、本当に持っててくれる?」

「しつこいな。聞こえてる」

「ごめん……あと『できれば』って言ったけど、やっぱり可能な限り身につけておいてほしい……」


 我ながら食い下がり過ぎたと気づいたところで、やはりケルピーも堪忍袋の緒が切れたようだ。音を立てて床板を蹴り、私を見下ろす眼差しは心底冷え切っている。


「うるさい……何なんだよアンタ、俺には関係ないだろ、仮契約なんだから」

「……そんなことないよ、必要だよ」


 矢継ぎ早に紡がれる様は凄みがあるけれど、なぜか怖くはなかった。それどころか、彼からどこか焦りのようなものを感じ取れる余裕すらあった。

 だって私達の間には確信がある。先の見えない未知の調査の中、唯一敷かれたレールのようなものが。


「どこにいても、きっとケルピーを守ってくれるはずだから」


 あなたと離れる。予定調和の未来が、間もなくやって来る。



       ◆ ◆ ◆



 明くる朝は、それまでの雨空が嘘のような晴天だった。


「皆々様のお見送り、誠に感謝いたします。ではこれより本調査隊、出陣いたします」

「ああ、全員気をつけろ。フォルク、フィオラ、お前達が先頭と殿(しんがり)だ。引き際を見誤るなよ。特にアオイは無茶しがちだからな」

「気をつけます……」

「自分じゃどうにもならなくなった時はこれを吹くといい」


 掌に乗せられたのは細い銀色の筒だった。節のように分割された胴には不思議な形の穴が空いており、先端にはさらに空洞がある。


「少々特別な笛でな。()()()()()()必ず効果があるだろう」

「ありがとうございます」


 アッドさんが横目で見やった先では、サフィール氏がサディアさんと、彼女の後ろに立つエルフ──弓を背負った戦士と思しき装束の男性に何かを言付けていた。一瞬視線がかち合いながらも、何事もなかったように黙殺される。相変わらず羽虫のような扱いだ。

 くそう、こっちだって細々ながら生きてるんだぞ。内心地団駄を踏んでいると、不意に両頬を挟まれた。鼻先が触れ合いそうな距離には怒っているような表情のラギー。


「わかってるよね、アオ。どうするんだっけ?」

「何があっても絶対生きて戻ってきまひゅ」

「どこに?」

「ラギーのとこりょ」

「よォしッ!」

「ウワッ耳イカれる」

「新手の魔物か?」

「うるせーっ! 大事でしょこういうのっ!」

「ハッ、言い聞かせ一つでどーにかなるかよ。赤ン坊でも無理だろ。ニオイ重ねがけした方がよっぽど──」

「特別濃い三匹分にまだ上乗せしようって? がっついてんなあ。そういう重たいの、困っちゃうよねえ?」


 ロンドルフさんを押し退けた長い腕の主は久方ぶりのレグさんだった。イメチェンなのか、カラーレンズの色が一段と濃い。

 あんな出来事があったせいか、相対するのは若干気まずかった。彼もまた不自然なほど完璧な微笑を湛えていて、心なしか早口である。


「気をつけてね。それと、留守中迷惑かけちゃったみたいで申し訳ない。帰ったら話せる?」

「は、はい。大丈夫です」

「ありが、ぃッッッて!!」

「店長邪魔」

「どいてスケコマシ」


 とてつもなく素早い蹴りを両の脛にくらい、くずおれたレグさんの向こうからたくさんの人がやって来る。


「アオちゃん、いってらっしゃい」

「治せるからってあんまり怪我するんじゃないわよ」

「お庭のことはぼくとマリアちゃんに任せてください!」

「おねいちゃん、がんばって」

「無理だけはしないでちょうだいね。帰ってきた時のために、美味しいご飯いっぱい作っておくから」

「お願い、瘴気に負けないで」

「神のご加護があらんことを」

「きっと何とかなるよ。大丈夫」


 流星のように降り注ぐ激励と祝福。「内密の計画だったはずなのにな」と呟くアッドさんに苦笑いしつつ、溢れそうなそれらを大切に胸に仕舞って、モンテスさんと固く握手を交わす。


「どうか不浄の縁が打ち祓われるよう。君達の無事を心から祈る」


 ──私も必ずあなた達の憂いを祓う。


「いってきます!」


 鞭が宙を舞う。車輪が回る。高らかな(いなな)きと共に馬車が動き出す。

 頼もしい相棒と万感の想いを込めて手を振る。応えるように突き出された幾本もの腕は、まるで旗印のように、いつまでも青い空に揺れていた。

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