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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
54/80

第54話 ミート・ミーツ・ミーティング

「んんん……これは効きますね……!」


 私の魔力を注入されたフィオラさんが喉を震わせる。さすが華麗なる戦士、体内で瘴気が浄化される感覚は決して気持ちの良いものではないだろうに、しっかり姿勢を保っている。かっ開かれた瞳孔がちょっと怖いけど。

 先日、一週間ほど続いたリンテスでの浄化作業が山場を越えた。カルロさんも完治し、後は限りなく蓄積を減らした瘴気の根絶待ちが数人のみとなったので、本日の修行は少々お休み。久々にゆっくりと午前を過ごして、溜め込んでいた家事や携帯食作りに勤しんでいる。

 そこへタイミング良く帰って来てくれたのが、ミネフの守護神であるギルド兄妹だ。一足先に裏山を訪れ、魔物を蹴散らして調査隊のルートを整備している彼らには、誰よりも瘴気への感染と発症が警戒される。そのため、こうして体調確認の場を設けさせてもらったのである。

 診たところ、幸いにも二人に発症の気配はなかった。感染自体はしていたものの、配っていた各種固形薬の試作品を摂取していたために、ほとんど影響がなかったようだ。とはいえ、薬効が優先される薬は私の魔力含有量が少ないので、完全な除去には至らなかったのだが。この辺りは私の至上命題で、まだまだ課題が残るところだ。


「うふふ、でも身体がぽかぽかしてきました! 浄化とはこのような心地なのですね! 何だかお風呂に入ってるみたいで……ちょっと兄さん、不躾にキョロキョロしないで! アオイ様に失礼でしょう!」

「す、すまん、あちこちから良い匂いがして、つい……」


 ピシャリと言い放たれたフォルクさんが慌てて居住まいを正した。先に浄化を終えて暇だったらしい。いつも騎士然とした彼の人間っぽさが垣間見えて微笑ましくなる。


「あはは、全然大丈夫ですよ。今、塩焼き豚とビーフジャーキー作ってるんです。携帯食にどうかなって」

「まあ、道理で!」

「携帯食ですか。差し支えなければもしや、調査隊の……?」

「あ、これはヴェルナさんので、」


 途端に「我々は愕然としました」とばかりの表情が寄越される。そっくりのその顔があまりに面白くて、不格好な咳払いが出てしまった。


「ンン、エホン! ではあの、よければ味を見ていただけると嬉しいのですが……」

「はい、喜んで!」

「是非ともお任せください!」

「本日よりヘファネス神への祈りは取り止める所存!」

「貴女こそ我々の神!」

「ははは、そりゃあいい。何を信仰するかは人それぞれだ」


 ユーンくんが笑いながらジャーキーの完成を知らせに来てくれた。丁度いい。手伝いたがる二人をやんわり制して、並べていた肉から火の魔石を遠ざける。

 今回作ったビーフジャーキーは、赤ワインと庭のハーブで漬けた香り高い一品だ。レシピはとても簡単で、漬け液で味を染み込ませた肉を薄く引き伸ばし、傍に魔石をセットして風魔術で煽るだけ。その後はひたすら乾燥させ、持ってみて立つ程度になれば調理完了だ。私の魔力が含まれているのはハーブのみのため、彼らは元より、ヴェルナさんも魔力の過剰摂取にはならないだろう。

 いざ食べてみると、カサカサになるまで熱風を当てたせいでかなりの歯応えがある。でも携行が目的なので保存性は大事だし、何より柔らかいと拍子抜けしてしまう気がしたのだ。勢い良く噛み千切ってこそジャーキー、である。


「どうでしょう。お口に合いますか?」

「はい! とっても美味しいです!」

「芳醇な香りですね。野外でこれほどのものを食べられるとは……」


 上品に頬張る兄妹は揃ってニコニコしている。遠征の時もこんな感じなのだろうか。この仲良しの間に挟まれたら、どんな人だってオセロみたいにひっくり返るに決まっている。


「よかった。塩焼き豚のサンドイッチもお持ちしますね。あ、赤ワインもあるので一緒にいかがです?」

「ありがたき幸せ!」

「我が光栄の至り!」

「わ、わかりましたわかりました」


 迫力のある騎士の礼を庶民の一軒家の中でかまされて、タジタジにならない人間がいたら見てみたい。今でこそ同じ空間にいるけれど、彼らが騎士のままだったら実現しなかったことだろう。そう考えると、どんな経緯があったにせよ、強くて優しい二人がこの町にいてくれてよかったと思う。

 幸運を噛み締めつつ、塩茹でしていた鍋を覗き込む。すると、被るくらいあった大量の水が煮込まれ続けたことで減り、豚から出た脂の量と逆転していた。チュウウ、と肉の表面が焼けていく音が食欲を誘う。よし、このままカリカリになるまで揚げ焼きだ。

 ちなみにこの煮込み作業は二回目。一回目の茹で汁は別途確保しており、春野菜をたっぷり加えてあっさりめのスープにする。


「ジャーキーの後味が濃いからね」

「あの犬コロはそんな繊細なタマじゃなさそうだからな。こっちで食っちまおう」


 確かにヴェルナさんが明確に突っぱねるのはタマネギくらい。故に、タマネギをスライスとソースに使うサンドイッチは兄妹用の限定メニューだ。ビーフジャーキーも塩焼き豚もヴェルナさん用に作ってしまったので、この特別扱いで何とか大目に見てほしい。

 固めのバンズにレタスを敷き、その上に豚肉を乗せ、畑で採れたスライスタマネギをトッピング。仕上げにすり下ろしたタマネギとレモンのさっぱりソースをかければ、塩焼き豚サンドイッチの出来上がり。


「お待たせしましたー!」

「やあ、全然待っていないとも」

「いい匂いだな! 楽しみだ!」

「えっ!? な、なぜお二人がここに……?」


 振り返ればフォルクさんとフィオラさんは脇にずれていて、代わりにモンテスさんとアッドさんが座っていた。あれ、今日のアポ忘れてたかな、と自分の記憶違いを疑うレベルで堂々としている。

 私がキッチンで格闘している間、新たに彼らを通したのはユーンくんだった。何やら用があるそうだが、その視線はグラスの中で踊る紅い液体に注がれている。


「昼食まで馳走になっているとは驚きだ。僕を差し置いて昼間から飲むワインは美味いか? ん?」

「ええ、とっても」

「もちろん美味にございます!」

「あああごめんなさい今出しますッ! って、もうないんだった! お、お酒、お酒……あっ、白あった! 白でもいいですか!?」


 ラギーとお茶会をした時の白ワインが氷室から出てきた。どうかこれで頷いてくれ、と切に願う。我が家では料理酒以外の使い道がないため、アルコールの備蓄がほとんどないのである。

 ビクビクしながらボトルを差し出すと、モンテスさんが焦って首を振った。


「いやいや、我々のことは気にしなくていいんだよ、アオイ殿。こちらの事前調査の情報共有で来たんだ、気を遣わせてすまないね」

「え? 僕はアオイにもてなされたいが」

「御年いくつですか貴方。何百歳も年下の女性にたかるのはやめてください」

「最低です! 罰としてわたしが兄さんのワインも飲みます! 全部!」

「おい待て何でそうなる!? くそっ、この馬鹿力め!」

「……本当にすまない。でもそのサンドイッチは、その……すごく美味しそうだね」


 モンテスさんのお腹が控えめに鳴った。照れくさそうに腹部を擦る彼や、爛々とした眼でこちらを見つめるギルドの三人に、しがない見習いの私は到底為す術等なく──。


「……食べさせてやった方が話が早そうだぞ、アオ」

「ヘイ、用意シマス……」



       ◆ ◆ ◆



「ふむ、豚の脂をソースの酸味で中和させてるのか。なるほど、これなら胃にもたれず食べられるね」

「スープも大変合います。ああ、沁みる……ここのところ、まともな食事とは無縁だったからな……」

「このジャーキーいいな。酒が止まらなくなりそうだ」

「全部本当に美味しいです~~~! さすがアオイ様~~~!」


 小一時間後。食卓を埋め尽くしていた皿は空っぽになり、見事にほろ酔いの集団が出来上がった。たくさん喜んでもらえたようで何よりだ。料理にまつわる全てが好き、と公言するジゼルさんの気持ちがわかった気がした。


「これが全部ヴェルナのものか。贅沢な奴め」

「火の魔石たくさんいただいちゃったので……それに、私がリンテスで浄化できてるのもヴェルナさんのおかげですから」


 ヴェルナさんには今まで村を守ってきた信頼の積み重ねがある。私が受け入れられたのは、そんな彼女の顔見知りだからという点も大きかっただろう。


「ああ、私も向こうの村長から聞いたよ。汲んできた水も浄化して、さらには魔術で外壁まで建ててくれたと。とても感謝されて、私の鼻が高くなってしまったよ」

「ふふふ。こちらこそ紹介状の件、助かりました」

「お前達のおかげで土台固めは順調だな。後は肝心の事前調査だが、首尾はどうだ?」

「……ようやくになりますが、四合目付近には到達したかと。専属のギルド員として全て踏破すべきところ、力及ばず申し訳ございません」


 ついさっきまで上機嫌に酔っていたことなど忘れたかのように、兄妹の顔つきがピリッと張り詰める。


「ケルピーの言う泉も発見いたしました。現在は後発隊の経路の確保と、引き続き道中の魔物の討伐を進めています。しかし、泉の先は行き止まりのようで……本当にあそこでよいのでしょうか」


 フォルクさんが半信半疑の様子で呟く。泉とは、ケルピーが裏山で隠れ処にしていた場所の目印だそうで、そこを経由すると山中を安全に行き来できるらしい。現状、我々のひとまずの目的地なのだけれど──。


「別に、信じなくたって構わないけど」


 雨の一番始めの水滴を受けたようにドキリとした。背後の玄関からケルピーの冷ややかな眼差しが刺さる。


「その時は俺が回復するまでコイツを隔離しておけばいい話だしな。アンタらがどうなろうと知ったことじゃない」

「あ、いや、ごめんね、嘘はついてないってわかってる。泉まで一緒に行ったら案内してくれるんだもんね。大丈夫、わかってるよ」


 お詫びのつもりでジャーキーを差し出す。ケルピーはしばらくこちらを睨んでいたが、やがて奪い取るようにして肉を咥えると、蹄を鳴らして去って行った。

 何とも言えない空気の中、ふ、とアッドさんが息を吐いた。


「すまない。奴相手とはいえ、今のはこちらが無粋だった」

「いえ……とにかく、その泉が鍵なのは間違いないと思うので、引き続きどうかよろしくお願いします」

「はっ。……先程の無礼は平にご容赦を。我が剣の働きにて、寛大な御心に必ずや報いると誓います」

「こら、似非騎士。いちいち大袈裟に立つんじゃない。アオイが引いてるぞ」


 フォルクさんとフィオラさんが立ち上がってまで拝礼するのをアッドさんが止めてくれる。真剣な様はとても格好いいけれど、それが自分に向けられるのはやっぱり慣れそうにない。騎士団を抱える王様や神官は一体どんな胆力をしているのだろう。

 不思議そうに座り直したフォルクさんの隣で、今度はフィオラさんが手を挙げる。


「わたしからも一点ご報告が。例の泉の周辺にはいささか異変が見られました」

「異変?」

「一部が凍っているのです。それも季節柄不自然な凝固かと。雪は全く降らないのに、日に日に凍った場所が増えていきます」


 兄妹以外が怪訝そうに眉を顰めた。通常、山頂ほど高いところになると気圧が低くなり、それに伴って温度も下がる。だから時折雪化粧も見られるのだけれど、裏山に限ってはその雪自体が存在せず、あるのは時間が止まったように凍てついた景色ばかりなのだそうだ。


「火を近づけてみましたが、溶けるまでにかなりの時間がかかりました。おそらく氷属性の魔術と推測します」

「魔物か、あるいは魔術師か。ただ、人間が居座るには難しい環境だろうな」

「はい。私もフィオラも、対策なしでは長くは保たないでしょう。いずれにせよ、四合目より上に強力な力を持つ存在がいるのは間違いなさそうです」

「わかった、ブリンクに耐寒装備を頼んでおこう。その氷にも生身で近づくな。すぐに火の魔石を取り寄せる」

「あ、でしたらこれどうぞ」


 火の魔石を保管袋ごとテーブルに乗せた。リンテスに現れたヘル・ハウンドは二十頭前後。そのうち半分ほどを渡しても、まだこちらには十分残っている。

 それから、ハーブコーティングしたチーズやお馴染みのシリアルバー、炒めた材料をバターで密封したペミカン等も追加する。


「あと、こっちの保存食もよかったら。お肉は今あまりご用意できなくてすみませんが、山にあるものを直接口にするよりはまだいいかと」


 悪意を孕んでいるかもしれない魔術、そして瘴気の両方に触れている可能性が高いものを体内に入れた場合、人間の二人がどうなってしまうのかわからない。私の薬を飲んでも効かない可能性すらある。だから荷物にはなってしまうけれど、でき得る予防策は講じておきたかった。


「ああアオイ様、なんと御礼を申し上げたらよいか!」

「お心遣い、誠に感謝いたします」

「またいつの間に……お前は本当に見習いか?」

「へへへへ」

「よしよし。では、そんなイイコに褒美をやろう。といっても僕からじゃないんだが」

「まあ……支部長ともあろう御方が他人に便乗するなんて……」

「情けないですね、支部長ともあろう御方が」

「うるさいぞイノシシ兄妹!」


 ちゃんと依頼料に上乗せしておくからな、本当だからな、と言い訳のように繰り返し(私が勝手にやったことなのに、催促してしまったみたいで申し訳なくなった)、アッドさんは一枚の羊皮紙を取り出した。その横に、細長い三角錐の形をした何かを厳かに据える。


「オルゼスタから魔力回復薬の礼を預かっている。汚れを清め、悪しきものを寄せつけない破邪の力──ユニコーンの角だ」

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