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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
53/80

第53話 いつか来るその日まで

「単刀直入に聞くんで、そっちもヘンに取り繕わないでほしいんですけどー……お姉さんてレグさんの恋人ですか?」


 本当に忖度のない単刀直入だ。連れてこられた路地裏で、私は現実逃避気味にそう思った。

 一つしかない出口を塞ぐように立つ彼女達は、腕を組んで目を光らせている。こちらの一挙一動を見逃すまいと、ともすれば魔物をも凌ぐ執念すら感じさせる気迫だった。おそらく、あの日店内にいた女性客の一部だろう。

 正直、突き当りで取り囲まれるのは怖い。ただ、ある程度予想できていた確認だったので、返答は震えずにいられた。


「いえ、恋人ではないですよ」

「じゃあどういう関係?」

「仕事の取引先です。私はミネフと契約している浄化師見習いで、レグさんには商業ギルドの手続き等の仲介をお願いしていて……」

「え、でもさあ、ギルドの手続きなんてフツーの人でもできるんでしょ? あたしパリスさんに聞いたよ、今はかなり簡略化されたって」

「あ、そうなんですね……勧められて、つい……」

「何でもいいからレグさんと関わっていたかったとかじゃなくてー?」

「め、滅相もないです。すみません、今後は自分でやります」


 なんてこった、商業ギルドの手続きはわざわざ頼むほどのことじゃなかったのか。言われてみれば確かに、複雑では参入の敷居が高くなり、かえって本業に影響する。とすれば、レグさんの申し出は社交辞令だったのだろうか──ああ、きっとそうだ。いくら慣れていたとしても悪戯に仕事が増えるのは良くない。よく考えればわかるのに、どうしてホイホイお任せしてしまったんだろう。

 チ、と苛立たしげな舌打ちに面を上げると、中央にいる長い髪の女性が眉間に皺を寄せていた。毛先が緩く巻かれているその髪型に既視感を覚える。


「……普段もそういう感じなの?」

「『そういう』……?」

「だからッ、恋人じゃないのにベタベタしてんのかってこと!」


 激昂した女性が壁に掌を叩きつける。慌てて首を振ると、彼女の頬がカッと赤くなった。


「じゃ、なんでイチゴなんか食べさせてもらってたわけ!?」

「さ、さあ……私も何が何だか……ただ、ほとんど口の中に入っちゃってたので、これはもう食べないとな、って……」

「アンタふざけてんのっ!?」


 甲高い怒声は静かな夜によく響いた。後ろにいた別の女性が「ちょっと落ち着いてよ」と彼女の肩を掴む。


「ねえ、ほんとにこの人なの?」

「思った。なんか全然心当たりないみたいだし」

「はあっ? 証拠ならあるわよ! 二人の時に髪飾りだの何だのって言ってたでしょうが! 絶対コイツよ、レグさんの好きな人!」

「エッ」


 思わず間抜けな声が漏れた。だってありえないからだ。社交辞令を鵜呑みにする馬鹿な取引先だけれど、それだけは自信を持って言える。一方で、好きな人がいること自体は初耳だった。本人の与り知らぬところで耳にしてしまったこの気まずさは如何ともしがたい。

 でも、おかげでこの状況に至った経緯がわかった。整理してみると、彼女達はレグさんのファンで、店にも熱心に通い詰めるほど。そこへ突然私が現れ、「誰よこの女」と不愉快な上、さらに彼とベタベタしている(ように見える)ところを目撃。私達のアイドルと何してくれてんのよ、とこういうわけだ。

 なるほど、ファンからすれば当然の心理だ。皆のものである推しの近くにウロチョロする影があれば、面白くないし不安にもなる。だから()に直接問い質しに来たのだ。


「レグさんがアンタとどうにかなるなんて、アクリスが自力で起き上がるくらいありえないけど、もし告白されたりしても断って。パリスさんならまだしも、アンタが恋人とか全然釣り合ってないから。ていうか今すぐ消えて」


 そして、ファンが唯一認められるのはパリスさんという人物。商才のあるレグさんに釣り合うその人は、さぞ素晴らしい方なのだろう。ギルド関係者のようだし、むしろ好きな人がパリスさんなのでは?


「聞いてんの!? 何とか言いなさいよ白髪ブス!」

「そ、そこまで言うんです、か──」


 驚きに見開いた目が、彼女達の向こう側に吸い寄せられる。

 最後尾の女性のすぐ後ろに誰かが仁王立ちしていた。黒々とした夜の闇を背負い、小さく怯えられても微動だにせず、小首を傾げて気怠そうに見下ろしている。

 細い月明かりがスポットライトのように差し込み、艶やかなアイアンブルーの髪を仄かに照らした。


「なに……誰……?」

「ぁ……すいませえん、うるさかったですかあ?」

「ごめんなさーい! 行こ行こっ」


 なぜ彼がここに。呆気に取られるこちらを余所に、女性達はそそくさと退散し始めた。まだ言い足りない様子の先頭の彼女も引っ張られていく。

 しかし──。


「ちょっと、どいて……」

「あのお、通りたいんですけどお……」


 彼、もといケルピーはぴくりとも動かなかった。ひょろりとした細身のはずなのに、今は分厚い壁のような威圧感を以て立ちはだかるだけ。同じ人間の形をしているのに通じない。異様な雰囲気に立ち竦む彼女達を捉え、ムーンストーンの瞳が妖しく揺らめいた。

 コ、キン──どこからか聞こえた骨の鳴る音に、ドク、と心臓が跳ねた。


『今までのも全部、アンタみたいに目開けたまま黙って死んでったよ』

「────だめッ!!」


 気づいた時には、悲鳴のような静止が口から(ほとばし)っていた。叫んだ私でさえ一瞬くらりとするほどの大音量だ、無防備な鼓膜に叩き込まれた側はたまったものじゃなかっただろう。女性達は雷に打たれたように飛び上がり、壁にひっついてケルピーと私を交互に見やった。


「うるさい。なに騒いでんだよ」


 ケルピーが不機嫌さを前面に押し出して唸った。いつも私を引っ込ませる表情だ。だがしかし、今回はこちらにだって引けない理由がある。

 焦りのような悲しみのような、割り切れない感情が沸々と湧き上がってくる。衝動のままに細長い腕を掴むと、ケルピーの蒼い双眸がわずかに瞠目した。


「が、我慢させてるのはわかるよ、でもお願い、出発まであとちょっとだから、もう少しだけ待って、本当に、あとちょっとだけ」

「は?」

「ごめんなさい、これだけ、これだけは聞いてください、お願いします」

「おい、」

「こ、これ以上、これ以上人間をっ……!」


 ──喰べたら今度こそ殺される。それは言葉にならなかった。形にしてしまうと現実になる気がしたからだ。だってケルピーには後がない。アッドさんがその気になったら、私では到底止められないのだ。

 でも、もしかしたらケルピーもこの窮屈な生活にうんざりしているのかもしれなかった。それこそ仮契約の条件を破ってもいいくらいに。そんな彼にとって、一方的な意見を押しつけてくる私はこの女性達と変わりないだろう。考えれば考えるほど八方塞がりに感じて、掴んだ腕を放すことも、俯いた顔を上げることもできなかった。


「──精が出るわね。またお得意の私刑?」


 不意の呼びかけに、一気に緊張感が走った。

 姿を現したのは『ミヅカネ商会』にいたはずのフェイとトアンくんだった。前者はいつにも増してぷりぷりと、後者は初めて目にする全くの無表情で、あまりの対比に心配になるほど。

 特にフェイの怒り様は凄まじかった。彼女は自分よりも背の高い女性達に人差し指をビシッと突きつけ、それはそれは低い声音で告げる。


「まったく、何の権限があってこの子をこんなところに連れ込んでるのかしらね。そんなに暇なら刺繍の一つでも覚えたらどうかしら。材料ならウチで売ってあげるわよ」

「なっ、なによバカにして……!」

「だって馬鹿なんだもの。年がら年中発情してケモノみたい。ついでに教えてあげるわ、何の気なしに商業ギルド関係者の名前を借りてるんでしょうけど、問い質されたらまずいことになるのは自分達だってまだわからない? 今までのと併せて一報入れてやってもいいのよ? 『パリス・ウィドーの名をちらつかせて客を脅す連中がいる』って」

「……っ!」

「傍から見ればパリス・ウィドー、いえ、商業ギルドが特定の加盟店をいじめてるみたいね? このことが公になれば一体どうなるかしら。あんた達どころか親族一同、二度と太陽の下を歩けないかもしれないわよ?」


 くすくす笑うフェイとは正反対に、女性達の顔面は蒼白だ。トアンくんもひとまず私に外傷がないと悟るや否や、再び真顔になった。


「これまではコソコソやれてたかもしれないけど、今回は現行犯だし、何より相手が悪かったわね。この子は世界的に希少な浄化師一族の出身で、頼み込んで遥々ミネフに来てくれてるの。あんた達が逆立ちしたって成し得ないことをいくつもやってのけて、ウチにも貴重なものをたくさん卸してる、それほどの取引先よ。機嫌を損ねて今の関係を切られたら、崇拝するレグはどう思うかしらね」

「ぁ……あのっ!」

「お願い、レグさんには──」

「言い訳は結構。二度とこの子に手出すんじゃないわよ」


 フェイの人差し指が指揮棒のように路地裏の入り口に向けられる。すると、散々恐怖を覚え込まされた女性達は、どかないケルピーと壁との隙間に無理矢理身体をねじ込み、一目散に逃げていった。

 唐突に「終わった」と全身の力が抜けた。感じ取ったケルピーがすぐさま私の手を振り払い、スタスタ路地を抜けていく。

 残ったのが私達三人だけになると、フェイは疲れたように深呼吸した。


「はあ……ごめんなさい、謝らせるの忘れたわ。それもこれも全部あのバカ店長のせいよ……!」

「あ、いや……」

「庇うわけじゃないけど、アイツ最近面倒なことになってるの。元はと言えば大昔に自分で蒔いた種なんだけど。そのせいで本人も破れかぶれになってるところがあってね。でもまさか外部のあんたを巻き込むとは……」

「ええ……それ、レグさんは大丈夫なの……?」

「ああうん、いいのよ、大丈夫じゃなくても。自業自得なんだから。けど、この前あんたに余計なことしたせいで、あの女共が焚きつけられちゃってね。ここのところ店に来なかったのはそのせいでしょう?」


 図星だった。ニキちゃんからあの日の出来事を聞いたらしく、私が注文を減らしたり、タイミングによっては入店を諦めていたりしたことは筒抜けだったようだ。納品に来た物言わぬゴーレムに、彼女達は何を思っただろう。


「……ごめんなさい、ちょっと……行きづらくて」

「謝るのはあのバカよ。でも丁度よかったわ。はいこれ、頼まれてたもの。……もうあんなことはないと思うから、落ち着いたらまた来なさいよ。ニキが寂しがってるの」

「うん……色々ありがとう」

「別に。私は最後に来ていいとこ取りしただけよ。それよりあんたと新しく契約した魔物、アイツがいてよかったじゃない」

「人間相手に脅しで済ませて、ちゃんとアオイさんのこと守ってたよね」

「────え」


 受け取った小瓶を危うく取り落とすところだった。二の句が継げない私を見て、二人は不思議そうな顔をする。


「なんであんたが驚いてるのよ。主が攻撃されてると思ったんでしょう?」

「わ、私……?」

「アオイさん、帰ってくる時ケルピーに会いませんか? 彼、牧場脇を通っていくのでよく見かけるんです。エカもぼくにそうしてくれるので、てっきりアオイさんを迎えに行ってるんだと思ってたんですけど……」

「ううん、会ったことはない、けど……」

「あれ、おかしいな。前のエカと似てるのに」

「エカくんと?」

「はい。ぼくは魔力がないからエカとは魔術的な契約関係ではないんですけど、最初はぼくが視界にいないとすぐに捜したり、ぼくに近づくもの全てが怪しく見えていたそうなんです。だから一番にここに来れたケルピーもそうなのかなって。仮の契約状態って、ぼくらが想像してるよりずっと不安定なのかもしれないから」


 まさか──こびりついていた違和感の数々が走馬灯のように過ぎる。もしかして、私はとんでもない勘違いをしていたのか。


「っ、ごめんあの、ちょっと急用が……!」


 挨拶もそこそこに風魔術を発動し、路地裏を飛び出す。細々としていたはずの月明かりがやけに眩しかった。



       ◆ ◆ ◆



「ケルピー!」


 かすかに振り向いた横顔が私を一瞥し、すぐに何事もなかったかのように巻き戻された。一心に広場を横切る背中を転びそうになりながら追いかける。


「あのっ、さっきは怒鳴ってごめんなさい! あの人達のこと、最初から喰べるつもりなかった……?」

「…………」

「……そうなんだね。早とちりで決めつけてごめん……せっかく助けてくれたのに、恩を仇で返すようなことした。本当にごめんなさい」

「…………」

「それで気づいたんだけど、ラギーのことずっと見てたり、宿屋についてきたのもそのため? 今日あそこにいたのも迎えに来てくれたから?」


 ケルピーは天邪鬼だ。人語を知っていてもコミュニケーションはほとんど交わしたことがないのか、言葉選びに容赦がない。何かと捻くれたように言い返してくるし、意図しないことははっきり否定する。

 その分、言い当てられるとその否定ができない。かといって素直に受け入れるのは癪なのか、むすっと黙り込んでしまう。弱肉強食の魔物の世界では、会話等さしたる意味もなかっただろうから余計だ。

 つまり、現在のように彼が唇をへの字に曲げる時は、それが正しいことを示している。私はにやけそうになる頬の内側を必死で噛んだ。


「うるさい。仮契約のせいなんだからいちいち口に出すな」

「うん、ごめん。でも全部本当のことなんだね。ありがとう」

「だから俺の意思じゃないって言ってるだろ」

「わかってる。ただ、ケルピーのおかげで助かったのは事実だから」

「……っ」


 苛立ったように歯噛みしたケルピーがぷいっと顔を背ける。その仕草が子供っぽくて、何だか可愛らしかった。


「……さっきの人間共、なんで殺さないんだよ。普通は敵意を向けられたら殺し合うだけだ」

「あー、うん、まあ……理由は色々あるけど、一番はそれほどのことじゃないっていうか……人間社会は言葉があるから、まず極力対話で収めるんだよ。魔石なんてないから脆いし、理性や責任感がないとたぶんすぐに絶滅しちゃう。あ、もちろん山ではこんなこと通用しないのわかってるよ。そもそも話し合う人間なんていないだろうし」

「どーだか。殺す家畜の瘴気まで診てやるおめでたい頭だ、そんなことできやしないだろ」

「えっ、リンテスまで来てくれてるの!」

「アンタが瘴気にやられたら俺も危なくなるだろ。嫌なのはこっちも一緒だ」

「まさか、嫌なわけないよ! 強制だとしてもすごく心強い!」


 鬱陶しそうに眉を顰めるケルピー。まだ契約下にいてくれることがわかったものの、制限の多い日々に間違いなくストレスは溜まっている。自由な魔物としてのプライドだっておおいに傷ついているだろう。

 生憎と、私が彼に返せるものは一つしかない。


「……ごめんね、もう少しだけ我慢してね。修行頑張って、ちゃんとあなたを解放するから。それまで耐えられる程度に見守っててくれると嬉しい」


 返事はなかった。けれど、何より雄弁な彼の表現方法を知った今では、不謹慎にも心が弾んでしまい、仄暗い喜びを隠すために口の中がズタズタになってしまった。

 その後ユーンくんと合流するまで、そっぽを向き続けるケルピーに気づかれないように、私は努めて不変を保ちながら回復魔術を発動し続けた。いつか離れる──どうしたって横たわる、(きず)のような未来ごと覆い隠すように。

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