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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
52/80

第52話 浄化修行②

「…………ふう」


 魔力を停止させた途端、襲ってきた軽い眩暈に深呼吸。よし、まだ何とか動けそうだ。感染初期でカルロさんの体内の瘴気が少なかったためか、前回よりも余力があることに安堵する。

 一時はひどく興奮していたカルロさんも今は落ち着き、健やかな寝息を立てている。メイさんはその様子に涙ぐんで、労わるように息子の髪を撫でた。


「峠は越えましたので、今日はここまでになります。あまり魔力を流し込み過ぎると別の問題を引き起こしかねないので……魔術での治療はゆっくり休んで体力を回復していただいてから、また再開しますね。それまではこの熱傷薬とポーションを飲み続けてください。こちらはなくなる前にまたお持ちします」

「本当に……本当にありがとうございます、あなたは息子の命の恩人です」

「こちらこそ、色々とご協力ありがとうございました。大変助かりました」


 メイさんは始めから私の様々な打診を受け入れてくれていた。加えて治療中も身の回りの世話を細々と焼いてくれたので、浄化に専念できたのは彼女のおかげだ。

 互いに頭を下げ合っていたところへ、荒々しい音と共に扉が開かれる。そこには呼吸の乱れも返り血も、何一つない歴戦の戦士が立っていた。


「ヘル・ハウンドは全て討伐した。出たいヤツは外に出ろ」

「おお……!」

「さすが傭兵さん!」


 ぞろぞろと村人達が出て行く流れに逆行し、ヴェルナさんがこちらに向かってくる。私がその獣耳に手を伸ばすのと、彼女が腰を折るのは同時だった。


「お疲れ様でした。瘴気も……うん、感染してなさそうです。さすが、お強いですね」

「テメェはそのお強いオレを舐めくさって、『傷をつけられないように』とかほざいてたな? またバカにしてくれたのはこのクチか? ええ?」

「ぶえ……ほめ()のになん()……」


 両頬を易々と片手で挟まれたせいで、不可思議な音の羅列を漏らすだけの壊れた人形のようになってしまった。けれど、槍の呪いに応えたために気持ちに余裕があるのか、今日はかなりの手加減を感じる。本気なら、今頃私の口内では最悪のトンネルが開通していたことだろう。


「──随分仲が良いんだな」

「ヒョッ!」


 いつの間にか、むすっと腕を組んだユーンくんが背後にいた。思わず飛び上がりかけた身体は、ヴェルナさんの手に阻まれているせいでびくともしなかった。


「ええっと……これにはちょっと……深い訳がありまして……」

「ほう? 俺にはその深い話が回ってきてないような気がするんだが……気のせいじゃないよなあ?」

「いや……まあ……ソウデスネ、ハイ……」

「なああ?」

「ごめんなさい黙ってました心配かけると思ってェ!!」


 ブラックホールのようなその眼差しに屈し、私はヴェルナさんと会っていた日のことをおそるおそる打ち明けた。ただ、獣人三兄弟によるニオイの上書きや試験済みの抗痺薬から、彼は薄々勘付いていたらしい。それを聞いてますます申し訳なくなってしまった。


「アオ、君の思いやりは嬉しいさ。でも、これからは包み隠さず話してくれ。君は許したのかもしれないが、俺はぶっ飛ばせる機会をいついかなる時も窺ってるんだからな」

「あれ……私がいいならそれでいいって話になったはずじゃ……?」

「檻越しならな。無体を働く害獣なら殺処分に決まってる。正直今も、なんで君が呪いを和らげてやったり心配してやったりする必要があるのか理解に苦しむ」

「ハッ、四六時中まとわりつかれてる鬱陶しさがわかるんだろ。あん時はどっかのクソチビから解放してやったんだから、早く肉寄越せよお節介女」

「いや鬱陶しいとかはあるわけないですけど……険悪になるのはやめていただいて……」

「ははは、犬ってのはまったくよく吠える。おまけに誇りもないらしい。散々軽んじた相手に『呪いを弱めてください』なんて尻尾振って、恥ずかしくないのか?」

「あ?」

「は?」

「アア──ッ! えーっと、えっと、えっと……お、お腹空いちゃったなァー! ご飯食べに行きませんっ?」

「テメェはオレに肉持ってくんのが先だろ」

「この期に及んでエサまでねだる気か犬コロ」

「あ?」

「は?」

「ンアアア……!」


 だめだ、この殺意のぶつけ合いを終わらせるには荷が勝ち過ぎる。さらにあろうことか、一部始終を見ていたメイさんが私に「傭兵さんの飼い主さんなの?」と爆弾発言を落とした。

 直後、首を嫌に優しく掴まれ、絶叫したところで記憶が途切れている。たぶん(精神的に)一度召されたと思う。



       ◆ ◆ ◆



 ヴェルナさんとのことはさておき、この騒動のおかげか、リンテスでの瘴気の調査及び浄化作業は少しずつ進んだ。

 ミネフでの畑仕事が終わり次第、薬を持って村へ向かい、まずはカルロさんの治療に従事。その後は魔力と時間の許す限り診断や点検を重ね、浄化を行う。住民にはすっかり手放しで迎えられ、こちらが恐縮するほど協力してもらえるようになっていた。

 肝心の瘴気はというと、やはり他の二拠点よりも蔓延していた。人間や家畜の体内には大なり小なり瘴気が蓄積されており、一部はどこかしら不調を訴える等、ほとんど発症も間近だった。

 連日の浄化で魔力の総量は増えているが、残念ながら私はまだまだ見習いの域を出ない。そこで、前もって配布したポーションで瘴気を薄めておいてもらい、仕上げに魔力を直接流し込む──今の私にできる最も効率的な浄化方法で瘴気の完全な根絶を繰り返した。

 そうして感染者と向き合い続け、その度に強く感じた、ただ一つの想い。


「手遅れになる前に間に合ってよかった……」

「本当にな。見知った顔がある日突然豹変するなんざ、とんでもなく恐ろしいことだ。それこそ自分の信じていた世界がひっくり返るくらいに」


 ぼやくユーンくんに同意する。ずっと続くと信じていた日常が壊れる瞬間は、訪れてみて初めてわかるもの。瘴気という忍び足の持ち主に対抗できる浄化師は、日頃から耳をそばだてておかなければならないのだ。


「まあカルロも大分回復してきたし、簡易とはいえ外壁も張ったから、リンテス周辺も少しは落ち着くだろう。生身でヘル・ハウンドの群れに単身特攻するなんて無茶をしない限りはな」

「そうだね、きっとわかってくれたと思うよ。でも、ここの人達にはそれだけ大事なことでもあるんだよね」


 カルロさんが大怪我をした理由──それは、とある祭に必要なものを守るためだった。

 ミネフ、リンテス、パラルフェル。三つの町村が各々の特産品を持ち寄って、毎年この時期に開催している『開花祭』なる催しがあるという。会場となるミネフに咲き誇る花々を飾り、耐え忍んだ暗い冬からの解放を祝うのだそうだ。

 カルロさんはそこに、育てた鶏や卵を出品するつもりだった。ところがヘル・ハウンドに目をつけられ、無我夢中で庇ったところ、あのような大火傷を負う羽目になってしまったのだ。


「お祭りって非日常っていうか、その一時だけでも現実を忘れさせてくれるから。不作だったり魔物がいたりしても、気持ちを切り替えて、明日からも何とか頑張っていこうって。特に三つの拠点が集まるなら、お互い励まし合って尚更力をもらえただろうね」


 手塩にかけた自慢の一品を披露できる見せ場、遠くにいる知人に会える機会、生きて春を迎えられた喜び。「今思えばとんでもないことをした」とカルロさんは気落ちしていたが、彼を動かした「希望を潰されてなるものか」という衝動は私にもわかる気がした。


「……お祭りかあ……」


 見上げれば、ミネフの街並みの間から星々が瞬いてる。今夜の帰宅も大分遅くなってしまったけれど、春のすっきりと晴れた夜空のおかげで眩しいくらいだ。こんなに綺麗な景色の下で宴を楽しめたら、どんなにか活力が湧いてくることだろう。


「たぶんこのお肉も出品用だったよね」

「だろうな。それを除いてもやけに持たせてくれたもんだが」


 連日、浄化のお礼にとリンテスの主産物をこれでもかといただいている。瘴気は生命反応が消えたものには宿らないため、もちろん口にはできて嬉しいのだが、いっそ消費が追いつかないくらいだった。


「早いとこ携帯食作らないと」

「またヴェルナか」

「う゛……でも、火の魔石たくさんもらっちゃったし……」


 ヘル・ハウンドを討伐した際の大量のそれを、ヴェルナさんは「いらねェ」とこちらに押しつけてきたのだ。確かに日々多くの魔物を狩っている彼女には目新しくないのかもしれないけれど、B級の魔石なんて普通はなかなか手が届かない代物である。私だって一つ入手するのにあれだけフィオラさんに協力してもらったくらいだ。そんなものをいきなり身に余るほど得てしまったのだから、たとえユーンくんのジトっとした視線が痛かろうと、返礼はすべきだろう。

 脳内で氷室の在庫を思い起こしながら、重い身体を引きずるようにして広場を横切る。その時、不意に『ミヅカネ商会』から零れる灯りが視界の端にちらついて、「そういえば」と足が止まる。


「……いい加減受け取りに行かないと」

「何か頼んでたのか? 今からって、君、疲れてるんじゃないのか」

「パッと行ってサッともらってくるだけだから大丈夫だよ。先行っててくれる?」

「わかった、ならその肉貸してくれ。西門で待ってる」


 ユーンくんに礼を述べ、足早に商会へ舵を切る。窓からこっそり覗き込めば、カウンターにいるのはフェイとトアンくん、それから売り場にお客さんが数人。そのうち女性は年配の方が一人だけ。

 よかった、今日は入れそう。ほっとして、ドアに手をかけた刹那──。


「あのー、前にレグさんと話してた人ですよねえ? ちょっと一緒に来てもらえますー?」


 有無を言わせない口調に全身が硬直する。私の後ろには、能面のように温度のない目をした五人の女性が立っていた。

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