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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
51/80

第51話 浄化修行①

『水が汚れた原因がこの瘴気だからさ』


 連日ミネフを脅かしている水質汚染。要因である瘴気を根絶できる数少ない存在の一つ・浄化師──その見習いである私とミネフの首脳陣は、刻一刻と悪化する状況への対策を立てるべく、現状を整理した。

 まず、瘴気が蔓延(はびこ)っている裏山に一番近いミネフ。町中と私の家の傍にある水源を改めて調べ、瘴気の残滓を発見したが、これらは現在生活用水として正常に機能している。これまでアッドさん達が限りなく影響を薄めてくれており、さらに私が浄化修行の一環として魔力を注ぎ、瘴気を完全に祓い始めたためだ。

 また、食堂『花々(かか)』や各種ポーションを通じて、私の魔力が含まれているものを極力摂取してほしいと頼んだ。そして、できれば日々にささやかな希望を見つけてほしいとも。身体と心が健康であれば、たとえ瘴気に蝕まれても抵抗できるかもしれないからだ。

 山の麓のこの場所は、被害があるとすれば確実に受け止めざるを得ない。むしろ周囲へ広げないためにも、防波堤となる土台を固めなければならないとの見解は、モンテスさん達とも一致している。

 次にパラルフェルの集落。ミネフと同じく、普段の生活用水は山からの湧き水を使用していたが、最近は水属性のアルミラージ達が生み出す魔力水に切り替えたそうだ。マリアちゃんを調べさせてもらったところ、体内に蓄積されていた瘴気は少なく、発症しないうちに大元を除去すれば心配なさそうだった。

 問題はリンテスだ。ミネフのような外壁のない小さな村では、時に魔物が闊歩する足音を耳にしながら、近場のルルフィン湖で水を賄っている。湖には山から流れてくるものが溜まる一方で、ほとんど浄化されていない。同時に村の畜産業の要である牛や豚が魔物に喰われることもあるらしく、おそらくかなりの瘴気とストレスに見舞われていることだろう。

 それなのに、C級昇級試験で馬車に乗せてくれたおじさんはとても親切だった。自分が大変な状況でも他人に優しくできる、そういう人こそ報われてほしい──そんな経緯で、私は今日、リンテスを訪ねている。


「お? お嬢さん、あん時の」

「ご無沙汰してます! 先日は大変お世話になりました」


 モンテスさんが書いてくれた紹介状を手に、村内で挨拶回りをしていた矢先。奥の牧場で子豚を抱えて運ぶ見知った顔に出会った。

 どうやらおじさんも覚えていてくれたようで、嬉しさに小走りで駆け寄る。


「おかげ様で無事試験にも合格できました。改めまして、冒険者ギルドC級ギルド員兼浄化師見習いのアオイです。こちらは契約妖精のユーン」

「ああ、こりゃご丁寧に。おれはカーターだ。……そうか、合格したかあ。よかったなあ」


 カーターさんは人好きのする笑顔でしみじみと頷いた。孫でも見るかのような優しい眼差しに胸が暖かくなる。


「で、今日はどうしたんだ? ウチ、何か依頼出したっけか」

「いえ、こちらがお願いしたいことがありまして」


 瘴気汚染の疑いがあるものの調査および浄化──足を運んだ目的を話すと、カーターさんは困ったように後ろ髪を掻いた。


「瘴気ってのは聞いたことはあっけど、まさかウチの近くにもあるとはなあ。んで、具体的にどこを調べたいって?」

「人と、人に飼われているもの、その両者が口にするもの……とにかく身体に影響がありそうなことは一通り確認させていただきたくて。ただ、やはり皆さん抵抗があるみたいで……私もいきなり来てしまったので当然なんですが……」


 村長の方に許可を得はしたが、かといって初対面の相手に懐を明け渡すかはまた別だ。私の肩書自体もいまいち心許ない。素人に毛が生えたような見習いである上、浄化師は魔術師よりも遥かに少数で知名度が低かった。仕事内容が受動的な性質で、問題が起こらなければ関わりのない人種だからだ。

 紹介状のおかげで門前払いはされないでいる。後はこちらの能力を直に見てもらえればと思ったが、最初のきっかけを作るのがどうにも難しかった。


「まあそうだな……ギルド員なのはわかってるが、おいそれと外の人間を家に上げるのは難しいかもしれねえなあ。特に今は村中がピリピリしてる。サイクロプスに喰われた奴の葬儀がやっと終わったと思ったら、今度は若いのが一人張り切って──」

「コイツだろ」


 掠れたアルトは静かな村内によく通った。直後荷物が投げ出されるような音がして、咄嗟に振り向いた視界に銀色の大槍が飛び込んでくる。


「ヴェルナさん!」

「あ? テメェ……フン、今日はそれほど臭かねェな」

「いつもは臭いみたいじゃないですかそれ……」

「事実だろ。臭せェよ、テメェはいつもいつも。クソッタレのケモノ臭三匹分嗅がされるオレの身にもなれや」

「い、言い方がひどい……ところで、ヴェルナさんは何を──」


 焦げた強い臭いに語尾が途切れる。思わず掌で鼻を覆った瞬間、カーターさんが悲鳴のように叫んだ。それは幾重にも木霊するほどよく響き、聞きつけた村人が慌ただしく集まってくる。

 地面に転がっていたのは一人の若者だった。弱々しく呻く彼の服は黒焦げとなってかろうじて張りついている始末で、その下の肌は真っ赤に焼け爛れ、一部は皮下組織までもが露出していた。立ち昇る湯気が目に見えるような錯覚さえ起こす、全身が今にも発火しそうなくらいの大火傷である。


「こ、こんな大怪我……傭兵さん、カルロに一体何が……っ!」

「このバカがヘル・ハウンドの群れに突っ込みやがったんだよ。やめろっつってんのに聞きやしねェ。自業自得だろ」

「ああ……何てこと……」

「熱傷薬、あったか……?」

「少しは……ただ、随分前のだから期限が……」

「ポーションはどうだ……」

「こんなんなっちまったらもう……効くかどうか……」


 ひそひそと交わされる囁きの声音は暗い。あまりにも重い症状に、皆手を出しあぐねている。そんな雰囲気を知ってか知らずか、突き立てた槍に寄りかかったヴェルナさんが盛大な欠伸をした。

 正直、私も普段に輪をかけて自信がなかった。これだけの傷だ、治すまで保たなかったら──そう考えると足が竦みそうになる。けれど、今この場で薬と回復魔術の両方を持つのは私だけ。それに──。

 ヘーゼルの双眸と視線がかち合う。そうだ、私は一人じゃない。それならもう、恐怖なんてどこかに消えてしまうのだ。


「治療します! ユーンくん、手伝って!」

「了解」

「え、いや……お嬢さん、浄化師とかいうんじゃあ……」

「はい! でも大別は魔術師ですので! 熱傷薬も回復魔術も使えます!」

「誰か浴槽を貸してくれ! まずは火傷の進行を止める!」


 総出で近くの家に運び込み、カルロさんを空の浴槽に横たえた。そこへ魔術で水を注ぎ、火傷のある上半身や太腿を全て浸からせる。冷温と私の魔力でひとまずの応急処置だ。

 そこからはひたすら薬と魔術を交互に使用した。熱傷薬で火傷を重点的に治療しつつ、ポーションでその他の怪我と体力の回復、さらに回復魔術で全体的な治療の促進。当人が魔力を取り込み過ぎないよう注意しながら、腕や足に刻まれた噛み傷の治癒も忘れない。複合的な処置は初めてだったものの、ユーンくんが的確な指示を出してくれるおかげで、徐々に傷口は塞がれていった。


「ぐ……ふーっ……ふーっ……」

「カルロ……!」

「気がついた!」


 わっと歓声が上がる中、固く閉じられていたカルロさんの瞼がうっすらと開いた。私の魔力に反応したのだろう、黒い血管が枝分かれするように白目を這っている。


「瘴気だ。濁りが少ないから発症して間もない。でも油断はするなよ」

「うん!」


 回復をユーンくんに任せ、魔力を浄化に専念させる。一瞬身構えたが、初期段階だったためか、あの白い世界はやってこなかった。里での練習然り、瘴気の濃度が関係しているのだろうか。


「ぎッ! やめろ小娘! さわるな、ぎああっ!」


 衝撃に跳ねたカルロさんの肘が浴槽にぶつかる。カイエさんと同じく、踵が何度も底を蹴って逃げた。

 瘴気による汚染。蓄積度合いや個人差はあれど、弱体化した感染先と浄化の気配を察知したせいか、余計に発症が早い。


「おい、苦しがってるぞ!?」

「浄化されるのを恐れた瘴気がカルロさんに言わせてるんです。でもこれが体内にある限り、凶暴化したり廃人になったりと、人格に様々な問題を引き起こします。私はこれを祓うためにここに来ました」

「そうは言っても……」

「こんなに嫌がってるとやっぱり……」

「……いえ、そのまま……そのまま続けてください」


 最初からずっと傍にいた中年の女性が神妙に言った。洟を啜る彼女はカルロさんの母親だという。


「ごめんなさい、よそのお嬢さんに『小娘』だなんて……うちの息子はそんな乱暴な言葉遣いをする子じゃなかった。本人の代わりに謝ります、だからどうか、どうか息子を助けてください……!!」

「メイさん……」

「おい、全員とっとと家ン中入れ。オレがいいっつーまで出てくんな」


 ヴェルナさんの声がしたかと思えば、勢いよく扉が閉められ、振動がびりびりと壁を伝った。室内にはカルロさんの様子を気にする村人達がひしめき合い、入りきらなかった分はまた別の家に押し込められたようだ。乱暴な開閉音が数度続いた後、それっきりシンとなった空気に、誰もが怪訝そうな顔をしている。

 我々はなぜ閉じ込められたのか。疑問を抱いた一人が窓枠に手をかけた矢先、鋭い怒号が飛んだ。


(そこ)にも近づくなバカが! 来るぞ!」


 刹那、合図のような遠吠えがあちこちから反響した。瞬く間に駆け巡った緊張感が辺りに充満する。ゴクリと喉を鳴らした誰かが「ヘル・ハウンドの声だ」と囁いた。


「ハッ! ここまで入ってくるたァ、随分見境なくなってんじゃねェか。人間はよっぽど美味かったかよ?」


 「ギャインッ」という悲痛な断末魔に村人達が耳を塞ぐ。かねてからヴェルナさんと契約しているというが、彼女の『狩り』を目の当たりにするのは案外初めてなのかもしれない。


「アオ、俺も上から結界を張ってくる。ヘル・ハウンドの焔じゃ木造なんざひとたまりもない」

「うん、こっちは大丈夫そうだからよろしく。あと、ヴェルナさんに伝言頼めないかな。『ヘル・ハウンドに傷をつけられないように』って」


 十中八九、ヘル・ハウンド達も瘴気に感染しているからだ。この魔物は縄張り意識が強く、餌のガヌ・サーペントを捕食する際も、どんなに遠くからでもわざわざ(ねぐら)に持ち帰るほど。そうして獲物をどこまでも追い詰めるのも勝てる勝負だからで、つまりはそれだけ理性と警戒心のある生物なのだ。

 縄張りでの生活を中心とし、己より遥かに強い相手を深追いしない。それが今は、あの恐ろしい槍の射程圏内へ一斉に飛び込んできている。考えられるのは、瘴気によって自己を見失っていることに他ならないだろう。

 ユーンくんはしばらく眉間に皺を寄せたり口を尖らせたりしていたが、やがて諦めたように嘆息した。


「……はあ。仕方ない、君の頼みじゃな。ただし、君達が思ってたより親しげな理由も後で聞かせてもらうぞ」


 そう残して、私の返事も確かめないうちに煙突を駆け昇っていった小さな背中。どうしよう、あの言い方は強制だ。今までヴェルナさんとの邂逅の内容は話したことがなかったのだ。それはひとえに、ユーンくんが彼女のことをよく思っていない訳がわかり過ぎるためだった。親しげどころかしょっちゅう小突かれていることは何としても黙っておこう。

 仕切り直しに深く息を吐き出せば、メイさんが額の汗を丁寧に拭ってくれる。


「ありがとうございます。すみませんが、全員窓や壁から離れて、もう少し真ん中に集まっていただけますか?」

「これでいいかしら……?」

「完璧です。あとは何が聞こえても、なるべく取り乱さないように。お子さんがいらっしゃる方はぎゅっとして、どうか落ち着かせてあげてください。ヴェルナさんと私の妖精はとっても強いので大丈夫です。私も頑張って、絶対にカルロさんを助けますから」


 集団とは、とかく周囲の状況に左右されやすい。慌てふためく人が多いとパニックは伝染しやすいし、逆に隣人が平常であればそれに倣いがちだ。結果、私のような若輩者の言葉を聞き入れてくれたカーターさんやメイさんを見て、周りも冷静さを取り戻してくれたらしい。強張っていた顔つきが幾分和らぎ、「手伝えることはないか」と手を挙げてくれた人もいた。

 ──これならきっと乗り越えられる。一方的で心底楽しそうな外の処刑音に勇気づけられて、私は今一度魔力の出力を上げた。

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