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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
50/80

第50話 あなたのものになるために

「パラりゅ、ぱ、パラ、ル、フェルから来ました、マリアです! よろしくお願いしますっ!」

「ご丁寧にありがとうございます、マリア殿。私はクアリック、この教会に勤めている者です。こちらはスタイラー。ここの地下にある墓地の管理人です」

「ちか……ぼち……」

「ちょおお、何でも正直に言い過ぎですよ! 怖がらせちゃってるじゃないですか! あああえっとね~、マリアちゃんが行くことはないから大丈夫だよ~、用があったらね、このベル鳴らしてくれればオジさんが上がってくるからね~」

「も、申し訳ない……」


 目の前のやり取りにこみ上げてくる笑いを懸命に噛み殺す。瞳からハイライトが消えた幼女を宥める二人が必死過ぎるのだ。互いの緊張が手に取るようにわかる手前、下手くそな咳払いで何とか誤魔化す。

 ミネフでのポーション作りをトアンくん経由で打診してから僅か一日、マリアちゃんのフットワークは軽かった。その場でご両親に窮状を訴えて説得し、すぐに了承の返事をくれ、こうして体験に来ている。傍らには子供のアルミラージを一匹連れて。彼女を乗せて運べるほど成長した魔物は、偉大な調教師のおかげか、部屋の隅で大人しく丸まっている。


「こんにちは、マリアちゃん。久しぶりだね。今日は来てくれてありがとう」

「アオ先生っ!」

「せ、先生?」


 マリアちゃんがパッと頬を上気させた。私の上擦った問いに、目をキラキラさせてウンウン首を振る。


「トアン先生がね、教えてくれる人のことは先生って言うんだって!」

「そ、そうだね、それは合ってるけど……私はあくまで材料提供者というか、先生と呼ばれる立場にないというか……」

「何をおっしゃいますか、先生。我々に効率的なポーション作りを教えてくださったのは貴方でしょうに」


 驚いたような口調でクアリックさんが微笑む。単純な私は、調子良く鵜呑みにして照れるばかりだ。


「せ、先生ですか……へへへ……」

「うん、アオ先生は先生なの! クアリック先生はリック先生って呼んでもいいですか!」

「おや、私もとは光栄ですな。どうぞお好きなようにお呼びください」

「え~いいなあ~。マリアちゃん、オジさんは?」

「イラ先生!」

「そこ略すの!?」

「ブフッ」


 とうとうスタイラーさんとマリアちゃん以外の全員が吹き出した。終始イライラしている人みたいでちょっと、いやかなり面白い。


「では僭越ながら、ポーション作りの指導を担当させていただきます。今日は体験なので、一連の流れだけでも知っていただければ。契約するかどうかはそれからで結構ですよ」

「はいっ!」


 気合を入れるようにぐいっと袖を捲り、マリアちゃんはクアリックさんの隣にぴたりと張りついた。作業台に並ぶ彼らをスタイラーさんがにやにやと指差す。見て、おじいちゃんと孫みたい。小声でそう話しかけられたアルミラージは、不思議そうに首を傾げていた。



       ◆ ◆ ◆



 一番オーソドックスな水出しポーションの作り方を紹介し、マリアちゃんにも何度か試してもらっていると、時刻はいつの間にかおやつの時間を過ぎていた。

 仕事の合間には適度な息抜きが必要だ。教会でも(主にスタイラーさんがねだるそうで)一日に何度か休息が取り入れられているという。

 というわけで、『花々(かか)』の日替わりスイーツをお茶請けに、私達は束の間の休憩を絶賛堪能中だ。


「アオ先生、ドーナツおいしいね」

「美味しいねえ。中がオレンジなのはニンジンが入ってるからなんだって」

「ニンジン入ってるの! でも甘いよ?」

「ふっふっふ、ウチのニンジンは甘いのでね……!」


 何を隠そう、このニンジンドーナツの材料は我が家の畑産である。最近大量に収穫した分を納品した結果、連日ニンジン料理が大盛況らしい。私では想像もつかないおやつやジュースにまでしてしまうのだから、ジゼルさんの腕前には天晴れだ。


「ちなみに加工前がこちらです」

「おっきい!」

「アルミラージの餌にどうかと思って持って来たんだ」


 袋からニンジンを取り出すと、それまで眠りこけていたアルミラージがのそりと身を起こした。すわ狼かと見紛うほどの体躯は、まるっとしたフォルムも相まってかなりの迫力がある。私の腕に収まるくらいだった当時を思い出し、元気に育ったものだなと感慨深くなった。

 アルミラージは鼻先のニンジンをひとしきり嗅いだ後、戸惑いなく齧りついた。縦に長く伸びた板みたいな歯が小気味よい音を立てて貪っていく。見る間に口内へ消えていく様に、マリアちゃんは嬉しそうにその背を撫でた。


「レッキス、おいしい? お野菜食べれて嬉しいね」

「名前つけてるんだね。もしかして全員分?」

「うん!」

「すごいね……誰がどの名前だかわからなくなっちゃったりしない?」

「ううん、しないよ。ちゃんと返事してくれるから」


 点呼を取ると短く鳴くのだそうだ。人間と暮らしているからか、トアンくんが調教したからかはわからないけれど、ささやかな意思の疎通はできると彼女は言う。


「名前決める時ね、大変だったの。先につけた子に、まだつけてない子が意地悪しに行っちゃったりして。トアン先生も、なるべく早くつけた方がいいよって」

「へえ……」


 不和を引き起こすほど魔物が名前に執着するなんて初めて知った。ペットの時の感覚が親から流れ込んできて、魔物化したためにより強い衝動となった、とかだろうか。

 そういえば、私の契約者達の中で固有の名前を持つのはユーンくんだけだ。幼い私がつけたのだろうそれについて、マートル・ビーやドライアドから言及されたことはなく、また名付けの要望もなかった。だから彼らのことも種族名で呼んでいたのだが──はて、これは単にアルミラージ達がこだわっているだけなのか。

 二匹にそれとなく聞いてみようかと考えていると、不意に柔らかな感触が太腿に沈んだ。


「レッキス、勝手にお膝乗っちゃダメだよ」

「キュ」

「もうっ!」

「あ、いいよいいよ、大丈夫。ニンジンもう一本食べる?」


 レッキスは高い鳴き声を発しながら、私の膝を踏み台にして袋を覗き込んでいた。こういうところはまだ本能が勝ってしまうようで微笑ましい。

 肝心の餌は、その食べっぷりから是非にと購入を希望された。今までは普通の餌をたくさん摂取することで体力と同時に魔力を補充していたのだろうが、魔力が含まれている私達の野菜は魔物の血肉となりやすいので、併用すれば食事量はぐっと減るだろう。頻繁な狩りで集落の人々が疲弊することも少なくなるはずだ。

 そのことを話すと、マリアちゃんは真剣な眼差しで居住まいを正した。


「先生、私、ここで働きたい。いっぱい働いて、クーの分までみんなをちゃんと育てたい」


 彼女の胸元にはウサギの木製ブローチが二つ留まっている。かつて日々を共に過ごし、そしてもう二度と会えない親友が確かにいた証。

 天国みたいなところがあるなら、きっとそこでマリアちゃんを見守ってくれている。


「……うん、わかった。私もできる限り協力するね。じゃあまずはクアリックさん達に話して、契約条件をまとめていこう!」

「はい!」


 明るい未来と友情を信じてやまない彼女の笑顔が、ただひたすらに眩しかった。



       ◆ ◆ ◆



 教会とマリアちゃんの雇用契約はとんとん拍子に進んだ。当面は週に何度かミネフに来て、冒険者ギルドや住民用のポーションを作製する。慣れてきたら、教会裏手の小さな畑で薬草類の栽培補助も視野に入れるそうだ。

 対価は主にアルミラージ用の野菜と、マリアちゃん用の給金を少し。最初は全部餌がいいと言われ、少々押し問答があったが、「将来的にお金はあっても困らないから」と納得してもらった。時には頑張る自分にご褒美があってしかるべき、『花々』に並ぶお菓子や『イーヴァルディの金床』の繊細なアクセサリーへの彼女の興味を見抜いたクアリックさんの誘導は見事だった。


「やややっ、なんとめでたきこと! では、次の種からニンジンやラディッシュを多めに撒きましょうか?」

「うん、そうしようかな。魔物は大概何でも食べられるっていうけど、どうせなら好物の方がいいもんね」

「ええ、ええ! (それがし)も毎日美味なるものに囲まれて幸せにございまするっ!」


 ウキウキしたドライアドが、葉っぱの掌をナイフのようにしてソラマメを収穫していく。彼は人間の料理を喜んでくれるけれど、よく育った作物を伝う朝露等、自然の恵みを味わうのも好きらしい。おそらく私達の中では誰よりも健康的で、早く起きて森林浴をしたり、あげたハンカチで乾布摩擦に似たことをしているのもよく見かける。ドライアド種では若い方だというが、その習慣はすっかりおじいさんみたいだ。


「……あ。そうだ、ちょっと聞きたいことがあって」

「はいっ、何でしょう?」

「すごく今更なんだけど……名前って要るかな?」


 ──ゴンッ、ベチャ、バン!

 どこからか慌ただしい音が聞こえた、次の瞬間。唸り声のようなものがだんだんと大きくなり、それが超特急で飛んできたマートル・ビーだと気づいたのは、ハチミツまみれの白い塊が顔面に激突してからだった。


「プゥプププッ、プ────ッ!」

「ぶふっ」

「プププププ────!」


 マートル・ビーは何やら物凄い興奮状態だった。私の鼻先にしがみついたまま、軽快なラッパのように甲高い高音を吹き鳴らしている。うんうん、元気なのはいいことだ。私は垂れてくるハチミツで鼻の穴が塞がれそうだけれど。

 しかし、普段なら多少は雰囲気でわかるはずの彼の様子が、今はどうにも読み取れない。ハチミツを拭いつつ引き剥がし、よく通訳してくれるはずのドライアドに助けを求めると──。


「……名を……いただけるのですか……?」


 彼は呆然とそこに突っ立っていた。ソラマメのさやを抱える枝の腕がかすかに震えている。


「う、うん、一応私なりに候補を考えてみたんだけど──」

「ありがとうございまするっっっ!!!!」


 まする、まする、まする──あまりの音量のためか、山びこが幾重にも響き渡る。すると、教会用の土を作っていたユーンくんがからかい交じりにやって来た。


「すごい声だな、こっちまで聞こえたぞ。だから早く言っておけばよかったのに。アオは断らないって言っただろう」

「名前のこと? ユーンくん、知ってたの?」

「まあな。……君の記憶がないこと、うっかりしてたぜ。契約魔物には名前をつけるもんだってことも忘れてるよな」


 小声で耳打ちされた内容に目を丸くする。つまり、私はユーンくんに名前をつけた際の記憶がない(てい)なのでその思考に至らず、マートル・ビーとドライアドは戸惑いを抱えつつも、催促するのは図々しいのではと口にしなかったそうだ。見かねて私に提案しようとしたユーンくんは、二匹にかなり止められたらしい。


「名を与えることは存在を確立させること、要は結びつきをより強固にするためでもある。それもあって、大体は主が直々に授けてくれる新しい自分を名乗りたがるんだ。名付けをしない契約関係もあるが、それなりの理由があるし、ごく少数派だ」

「そうだったんだ……」


 三つの契約を結んで、仮契約というイレギュラーも経験したからと、理解した気になっていた思い上がりが恥ずかしい。彼らが自分達の希望よりも私を優先してくれていたことを今更知るなんて。


「ごめんね、私、抜けてるところがかなりあって……知らないことすら知らないというか、いやこれは言い訳だ……とにかく、私相手に遠慮しないでいいからね。私も勉強するから、少しずつでもしたいこととか欲しいものを教えてくれると助かります。それで、お互いに一番良い契約関係を一緒に作っていこう」

「はいっ!」

「プー!」

「へへへ、よろしくお願いします。じゃあ発表するね」


 拍手と翅音の中、教会からの帰り道の最中にウロウロしながらメモした羊皮紙を引っ張り出す。


「えー、コホン……まずはマートル・ビー、あなたの名前は『ミフラ』です」

「プ!」

「由来は騎士のミフラムヨルフという方からいただきました。クアリックさんに教えてもらったんだけど、二つ名が『白騎士』っていう騎士団のすごい人で、マートル・ビーにピッタリだなって」

「プゥ?」

「……前に、私を助けてくれたから。あの時から私にとっての『白騎士』はあなたなんだよ」


 喉を喰い破った銀の穂先、おぞましい死の呪い、そしてそれらを断罪するように現れた白い光。己の何倍も大きなものに立ち向かっていく姿は、紛れもなく騎士の勇敢さそのものだった。


「どうかな? 気に入りそう?」

「プップップー!」

「『女王の決めたことに異論などあるはずがない。ただし、もちろん家畜のように呼び捨ててくれるんだよな? な?』」

「エッ、ア、ハイ……」


 一方で、彼の妙な(へき)には時々追いつけないところがある。どうも「女王()にかしずきたい」という働きバチ的本能がそうさせるらしいが、指示すれば文字通り際限なく働かれてしまいそうなので、本人の要求とのバランスを取るのは未だに難しかったりする。


「じゃあ次、ドライアドね。これかなって思ったのは『コクロ』」

「コクロ……」

「うん。由来は『刻露清秀』っていう古語からで、刻露は木の葉が落ちて山の姿が現れること、清秀は澄んだ秋の景色っていう意味なんだって。山じゃないけど、ドライアドも一度は葉が落ちて、もう一度生まれ直して現れたじゃない? それにドングリは秋の象徴だから、まさにドライアドのための言葉だなってピンときたんだ」

「…………」

「ドライアド……? あ、もし別のがよかったら──」

「、いえ! いいえ……違うのです、違うのです……」


 俯いたまま、ふるふると振られるドングリ頭。底の見えない黒い穴のような口が、落ち着かない様子でひっきりなしに形を変えている。


「なんと申し上げればよいのかと……某程度の言葉では上手く表せぬような、む、むしろ言葉にしようとすることで、かえって無理矢理当てはめて固定化されてしまうようなっ! 某の中に今、湧き上がる()()はっ、そんなものでは……っ!」

「ど、どうどう。大丈夫だよ、嫌でないなら私はそれだけで」

「滅相もございませぬっ! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


 ひしっと私の膝に貼りついた小さな体躯が可愛くて、頭頂部に茂る森を撫でた。二匹とも、こんなに喜んでもらえるとすごく面映ゆい。


「あの、アオ殿……一つお願いが」

「うん?」

「それを……某の名があるところを、いただけませぬか」

「これ? いいけど、机がないところで書いたから字がガタガタで……あ、書き直して渡すよ」

「いえ、それがよいのです。大切にします故、どうかいただきたいのです」

「そ、そう……? じゃあ、どうぞ」


 コクロと書かれた部分の羊皮紙を切り離せば、恭しく伸ばされた葉の両手に受け取られる。切れ端をそっと抱き締めるその姿は、まるで世に二つとない勲章を得たように誇らしげで、何だか私が泣きそうになってしまった。こちらにとってはたった一枚のメモ書きでも、至上の宝物のように扱ってくれる。そんな彼らに応えられる契約主にならなければと、痛いほど切実に感じた。


「プッ、ププ」

「マートル・ビー……じゃなかった、ミフラも? あっ、ちょっと待って切るから──あああっ!」


 するりと抜き取られた羊皮紙が風に靡く。来た時と同じくらい高速で飛んで行ったミフラは、あっという間に見えなくなってしまった。

 まずい。あんなものがあると知られたら冗談抜きで殺される。


「ど、どうしよう……後で回収させてくれるかな……その前に誰にも見せないように頼んどかないと……」

「何でだ?」

「…………要らないことも、メモしちゃってたから」


 浮かれていたのだ。一つ、二つと考えて、続けざまに書いてしまったそれ。この先呼ぶことはないとわかっているのに、未練がましく綴ってしまった()()()。本当に、馬鹿みたいに浮かれ過ぎていた。

 ──後に巣箱を訪ねると、そこにはミフラの名前しかなかった。処分してくれたのだろうと安堵して、幻の三つ目がとうとう見つからなかったその理由に、私はついぞ気がつくことはなかったのである。

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